きゅうわ きょうらんかい
改修
船の上は戦場だった。
悲鳴が聞こえる、怒声が聞こえる、咆哮が聞こえる。
血に塗れ伏せた先ほどまで人だったもの……。
それを見て感じるものは、怒りか、悲しみか、それとも恐怖か。
変異蛇竜が口を大きくあけ、息を大きく吸い込んでいる、首元には大魔力が可視化できるほどに集まっている。
「まずいっ竜の伊吹が来るぞ!全員結界を張れ!」
初老の男性、ジンム・レイダルス伯爵が叫ぶ。
結界を張るのは騎士や護衛たち、次々と結界が張られていく。
次の瞬間、辺りは閃光に包まれた。
変異蛇竜の口から放たれた竜の伊吹は扇状に広がり、その範囲内にいたものを全て焼き払わんと襲いかかった。
結界の強度が足りないものは次々と竜の伊吹に飲まれいった。
次々と消えていく人々……。
中には叫び声を上げる暇すらなく燃え尽きたものもいた。
光が収まり、生き残りが辺りを確認する。
竜の伊吹は扇状に広がり、結界が耐え切れないものは焦げあとすら残らなかった。
竜の伊吹を受けた船の一部は焼け焦げ、あちこちから火の手が上がっていた。
愕然とする人々。
何人死んだのか数えるのも馬鹿らしい。
それも束の間変異蛇竜が再び喉に大魔力を貯めていた。
「陛下を守れ! 外の騎士団が来るまで耐えるんだ!」
今の現状でそれ以上の事などできるはずもなく、生き残りは必死で結界を貼り続けた。
***
ガタンッと大きく船が揺れた。
「湖の上なのにこんなに揺れるなんておかしいわね?」
フランシスが不思議そうな顔をした。
「他の余興でもやってるんでしょうか? 気になるなら見に行きますか?」
セシリアが提案した。
「そうね、そろそろ行きましょうか。お腹もすいてきたしね」
二人は甲板に向けて歩き出す。
***
「一班、二班いるか?」
ジョーイが小さく声をかけた、すでに船に掛けられている縄梯子に位置しており、静かに変異蛇竜を観察していた。
「一班もんだいありません」
「二班も同じく」
遊園会に配備された蛇竜騎士団は百人、一つの班に十人で十の班がある。
団長と副団長を含め合計百二人。
それが蛇竜騎士団の遊園会に回された数の総数である。
「対竜種特別陣形……やりたくないねぇ……」
苦虫を踏み潰すような表情をしながらジョーイが零す。
対竜種特別陣形とは、大型竜種相手に人だけで挑むことを想定された陣形である。
陣形概要は至極単純だ。
正面から竜種を惹きつける班、背後から竜種を攻撃する班に分けられる。
つまり、片方が引きつけてる間に大火力でもって一撃殲滅をするのだ。
単純な囮作戦であるが、単純がゆえに成功率も高い。
だがもっとも危険かつ重要な囮、これには相当な技量を持つものが担当する。
理由は単純だ。
技量が低ければ死ぬからだ。
惹きつける役目もできずに死ぬと今度は竜の背後に位置する仲間が襲われるだろう。
竜種を惹きつけながら、竜の伊吹を撃たせないよう比較的近距離での行動となる、当然近距離は竜の爪や牙の範囲である、相当の技量がなければ数秒で死に絶えるだろう。
しかし、攻撃班とて安易な役割はではない、竜種に魔法は効きづらいし刃も通しにくい。
その竜種を一撃で仕留める、もしくは行動不能にするほどの攻撃をするのだ。
時間をかけ膨大な大魔力を集め、練り上げる、使う魔法は時と場合によるが、それでも制御を一歩間違えば己の体がはじけ飛ぶほどの大魔力使用するため、制御は慎重を要する。
集団で魔法を扱うには、三つの役割に別れる必要がある。
大魔力を集める者、制御するもの、そして砲台になるものだ。
それを何十人単位でやろうというのだ、砲台に選ばれたものは一度魔法を使えば、酷い魔力酔になる、無理に複数回行えば、耐え切れずに体がはじけ飛ぶ。
囮班も攻撃班も命懸けの陣形である、だが大型竜種というのはそれほどにも驚異なのである。
爪を振れば、大地が抉れ。
翼をはためかせれば、空が悲鳴をあげる。
顎を開けば、世界が苦しむ。
人種という矮小な身だけでは犠牲なしで勝てる相手ではない。
変異蛇竜が竜の伊吹の準備を初めて、可視化できるほどの大魔力が再び喉に集まっていく。
「まずい、撃たせるなっ、蛇竜騎士団いくぞ! 陛下を守れ!」
叫び駆け出すジョーイ。
「「「「「「「応!」」」」」」」
叫びに叫びで返し、あとに続く団員たち。
「蛇竜騎士団が副団長がジョーイ! 参る!」
叫び名乗りあげながら、得物である、突撃槍を構えるジョーイ、変異蛇竜の目の前に飛び出し、突撃槍を変異蛇竜喉元めがけ投げつけた。
しかし、変異蛇竜は怯みもせず大きな翼を交差させ、喉元を守る。
「副団長に続けえええええ!!」
次々に変異蛇竜に突撃槍を投げつける団員たち。
突撃槍は蛇竜騎士団の基本装備である。
本来は蛇竜に跨り使うための装備であるが、投げることもできるのだ。
なぜ突撃槍なのかというと、くねくねと動く蛇竜の体に武器が触れても体に傷をつけないという配慮のためである。
それに王都四騎士団の中で唯一水上、水中戦をこなす蛇竜騎士団には何かと都合のいい武器なのである。
いくつもの突撃槍が変異蛇竜に向かい飛んでいく、しかし、どれもが変異蛇竜にかすり傷一つ付けられずに落ちていく。
強固な鱗とその翼が、その全てを弾く。
だがしかし、傷をつけることが目的ではない。
変異蛇竜は鬱陶しそうに目を細め、標的を副団長たちに変えたようだ。
この時点で目論見は成功したと言える。
竜の伊吹はなりを潜め、先ほどまで溜まっていたモノは霧散していた。
「注意を惹きつけるだけでいい! 無茶はするなよ!」
ジョーイが叫びながら片手平剣を抜剣する。
団員たちの次々に己の得物を構えていく。
すると、変異蛇竜は体を左右へゆらりゆらりと揺らし始めた。
頭の位置は動かずに体だけが器用に動く。
ジョーイに悪寒が走る。
「散開しろっ! くるぞ!」
指示をだしきるまえに、その巨体はジョーイの目前から姿を消した。
「うわあああああああああ」
背後から聞こえる団員の悲鳴に振り向けば、変異蛇竜の喉元にはちょうど人型の膨らみが。
「あああああああ!」
ジョーイが怒りに任せ剣を振るうが虚しく鱗にはじかれる。
「くそっ」
悠然と人型のそれを飲み込む変異蛇竜。
くぐもった悲鳴が聞こえてくる。
ゆっくりと腹を動かす変異蛇竜。
バキリ、ボキリと何かが砕けるような音が辺りに響く。
食べ終わったのか何か光るものを吐き出した。
食われた騎士の鎧と剣だろう、僅か数十秒で変異蛇竜の腹にあったそれは錆び付いていた。
だが他の騎士とてそれを黙って見ていたわけではない。
いくつかの詠唱が重なり響く。
水の森に漂う天然の水風船、それが変異蛇竜の上に大量に集まっていた。
「氷柱の豪雨!」
攻撃班の騎士が呪文を唱える。
すると、水玉全てが鋭い氷柱となって、変異蛇竜の頭上がら降り注ぐ。
「離れろっ!」
ジョーイが叫ぶ、すぐさま散開する囮班。
氷柱は変異蛇竜に触れると触れたあたりから、氷が広がり固まり始める、次々と降り注ぐ氷柱。
氷柱は触れたものを支点にすべてを凍らせていく。
半径二十メートルほどか……そのあたりは極寒の地域となった。
空にあった水玉、その全てが落ちたときには、そこには変異蛇竜の彫刻ができあがっていた。
「「「「……おおおおおおおおおおおお」」」」」
一瞬の沈黙そしてあがる雄叫び。
皆が歓喜に打ち震えようとした。
だがその時。
ブーンと何かが震える音がした。
その後ピシリと小さな音がする。
音は断続的に聞こえ、徐々に大きなる。
音の発生源を辿れば変異蛇竜の周りの氷が剥がれ落ちはじめていた。
「全員、攻撃っ!」
ジョーイが叫ぶ。
しかし、それは遅かった。
すでに変異蛇竜はそこに居らず、背後からは新たな悲鳴が聞こえた。
「くそっ」
思わず悪態をつくジョーイ。
騎士団の奇襲は完璧だった、攻撃には成功していた。
しかし、選んだ魔法が悪かった。
確かに竜に対し氷魔法は有効打になりやすい、表面をすべて分厚い氷で覆ってしまえはどんな生き物だろうと、例え竜種だろうと動けないだろう。
しかし、他の竜種と違い蛇竜にある特徴があった。
元々水場に住む性質上、進化の過程で手に入れた力なのだろう。
狭い場所でも体を微細に振動させることによって、体温を上げる事ができるのだ。
そして、氷が振動し続ければどうなるか、答えは明白である。
いくら分厚い氷といえど、内部からの振動と熱の前にはあっけなく崩れ落ちる。
「氷の魔法はきかない! 他の魔法を使え!」
叫ぶジョーイ、しかし騎士の一人がやらかした。
「炎の槍!」
騎士の一人が変異蛇竜に炎の魔法を放つ。
氷が効かないのなら炎とでも思ったのだろう、けれども軌道も甘くかすりもしない、と誰もが思う。
けれども変異蛇竜はその鱗でもって炎を受け止めた。
「何!?」
思わず叫ぶジョーイ。
しかし、変異蛇竜の体には傷一つない。
その体に残っていた氷も全て溶け、近くにあった氷もまとめて蒸発している。
「キュィィイイン」
小さく声をあげる変異蛇竜、まるで気持ちいいと言わんばかりだ。
「敵を喜ばしてどうするんだ、阿呆!」
ジョーイは思わず怒鳴りつけた。
攻撃班に目を向けるジョーイ、次の魔法にはまだ時間がかかりそうだ。
何かないかと変異蛇竜を見つめるジョーイ。
すると、今度は変異蛇竜の翼から霧が発生しだした。
「誰か風の魔法を!」
叫ぶやいなや誰かの魔法か、暴風が駆け抜ける、しかし、霧は消えもせず尚も増え続ける。
「何……?!」
数秒もしないうちに船上は霧に包まれる。
包まれたかと思った途端に悲鳴があがった。
「ああああああああああああああああああああああ」
「ひあああああああ」
次々と聞こえる悲鳴、バキボキと成る咀嚼音。
船上は更なる地獄へと進んでいく。
***
「ちくしょうが……」
ジンム・レイダルス伯爵は冷静に物事を理解していた。
騎士団がきて注意を逸らし、おかげで竜の息吹がこちらに向かなくなったのはわかる。
その後、騎士団が魔法でもって、変異蛇竜を凍らせたのも分かる。
問題はそのあとだ、勝ったと思ったはずの騎士団たちの前に無傷の変異蛇竜氷の中から飛び出し、飲み込んでいった。
その後応戦するも、変異蛇竜によって作られた謎の霧おそらく、大魔力を使って構成されている霧だ。
その霧が騎士団を飲み込んだと思えば、聞こえてくるのは悲鳴ばかり。
霧の中がどうなっているかの想像は誰にでも容易く出来た。
「騎士団でも歯が立たないか……、ちぃ」
舌打ちをひとつ、そして大きな声で陛下に申し上げる。
「陛下、ご英断を今ならば逃げられます、騎士団が囮になっているその隙に、船内に通じる道は変異蛇竜に塞がれております。フランシス王妃はお諦めください、運よく船内で縮こまっておられれば助かるやもしれませぬが、こんな所で陛下を失うわけに行きませぬ、ご英断を!」
ギリアスはジンムを見ると苦く笑った。
「王妃を見捨てた王など、誰が仕えようか? 騎士を見捨てた王にどこの騎士が忠義を立てる? 俺はここに残り騎士団を見届ける……もしここで死ぬならそれも運命ということよ、俺の運命に皆を巻き込むわけにはいかぬ。逃げたければ行け、咎めはせぬよ」
「陛下……」
「我らは陛下と共に……」
その言葉に次々と騎士が平服し、陛下を褒め称え忠義を誓う。
その空気に飲まれて、ジンムも平伏するほかなかった。
糞どもがっ、今陛下を失うわけにはいかぬというのに。
ジンムの胸に四年前、東の国イスターチアとの戦争が蘇る。
国力は拮抗し前線は凄惨を極めた。
休戦という形で一応は収束をしているものの、虎視眈々とイスターチアはエフレディア王国を狙っている。
今陛下が堕ちれば、間違いなく襲って来るだろう。
遊園会で死んだ貴族の数だけでもすでに馬鹿にならない、それだけでも攻め入るには絶好の機会なのだ。
しばらくは箝口令をひくだろうが、長くは持たないだろう。
そこまで考えたジンムに陛下の声がかかった。
「なに、信じてやれ。蛇竜騎士団は決して弱くはない。それにもうすぐ騒ぎを聞きつけた翼竜騎士団も来るだろう、何も心配することはない」
それにと呟くギリアス。
「反撃の音が聞こえてこないか?」
金属同士がぶつかり合うような硬質な音。
鱗に切りつけているのだろう、激しい剣戟の音が響き始めた。
***
セシリアとフランシスは甲板に向けて歩いていた。
すると唐突に辺りが暗くなる。
「あら?」
と声をあげるフランシス。
「魔力灯が……壊れたのかしら? 大気の大魔力をかってに吸って明るくなるはずなんだけど、まとめて壊れるなんて……船の管制室に異常でもでたのかしら?」
魔力灯、主に貴族や皇族に使われる高級品の洋燈である。
常に暗い地下牢や船室の中にはよく設置されている品物だ、常備灯として設置してあるものは管制室で管理を行うのが常である。
「暗くて動けないわね……」
「私は平気ですけど、手つないで上に向かいます?」
セシリアは子供じみた提案をする。
「いいわ別に、私だけ見えないのに進んで転んでも危ないし、先に上にあがって誰か呼んできてちょうだい、私はその辺りの壁に寄りかかって待ってるわ」
フランシスは恥ずかしいのか、提案を断る。
少し頬が赤い。
「では行ってまいります」
セシリア言うと駆けていく。
「……目良いわね」
さっきの伯爵といい、魔力灯の故障といい、今日は運が悪い……、せっかくの遊覧会だというのに。
フランシスは一人物思いに耽ることにした。
一方セシリアはまるで見えているかのように颯爽と駆けていく。
しかし、決して見えているわけではない。
本人に聞けば、なんとなく、と答えるだろう。
剣術に打ち込むことで鍛え上げられたセシリアの五感は聖騎士になることでさらに研ぎ澄まされた。
そのことによって第六感ともいえるものが開花したのである。
聖騎士になったセシリアは例え見る事ができなくても、何があるかを感じる事ができるようになったのだ。
暗闇のなかで体制を崩さすに途中崩れた道を駆け抜けた。
光が見えた、しかし何かがおかしい。
途中崩れていた道といい、本来扉のあるはず場所には何もなくただ空のみが垣間見える、そしてその空すらも霧で濁ってみる。
「なんかいますね……でっかいの?」
立ち止まるセシリア、大きな物音と悲鳴がその耳に届く。
「悲鳴?」
セシリアは理解し、すぐさま駆け出した。
駆け上がったそこにそれは居た。
蛇竜を大きくした姿に一対の翼を携えた竜。
変異蛇竜がそこに居た。
食事中なのか首元は人型に膨らんでいる。
人型はくぐもった悲鳴をあげならが、胴に移動し、バキリボキリと音を立てる。
そして、何かが再び喉にせりあがり、セシリアの前に吐き出された。
セシリアの前に落ちる剣と鎧。
その剣と鎧そして変異蛇竜を見つめるセシリア。
すると、変異蛇竜もセシリアに気づいたのか、その瞳をセシリアに向けた。
次の瞬間、新たな獲物を見つけたとでも思ったのか、長い胴体から放たれた細い尻尾の先がセシリアの後ろから回り込みその体を締め上げた。
「あっ……」
思わず声を漏らすセシリア、その顔を驚きで満ちている。
「そうか、君は敵なんだね?」
静かに問いかける。
そして、変異蛇竜は首を傾げた。
セシリアの反応が可笑しいのだ。
今まで尾に捕まえた獲物は腐る程いた、そのどれもが捕まえた瞬間に怯え、恐怖し、喚き散らす、中には失禁するものまでいるというに、ただ静かに問いかけられたのは変異蛇竜にとって初めての経験である。
初めての経験に驚いた変異蛇竜に一瞬の揺らぎができる。
「キュィ?」
変異蛇竜が首をかしげた。
すると、次の瞬間セシリアに巻いていた尻尾が力を失くしすとんと地面に落ちた。
その光景に驚き、尻尾を見つめる変異蛇竜。
セシリアに巻きついていた尻尾。
二メートルほどの尻尾がそこに落ちていた。
そして、セシリアの右手には先ほどまで腰に下げていた刀が一振、白刃が煌めいている。
「硬いね? 先っぽの方でそれだと体には通らないか……まぁ、関係ないけど」
「ギュァァァァアアアアアアアアアア」
尻尾を切られた痛みか、驚きか、それとも怒りか、咆哮を上げる変異蛇竜。
尾先を切られた尻尾は血を流しながら、付近に叩きつけられる。
「ギュアァァァアアアアアアアアアア」
その度痛みで悲鳴をあげながら、暴れまわる変異蛇竜。
一仕切り暴れまわると、フーフーと荒い息を付く。
落ちつちたのかその目には静かに怒りを湛えている。
その眼をセシリアに向けると、大きく口を開きセシリアを呑み込まんとそのまま襲いかかった。
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