ななわ ひとかい きかんほうこく
改修
何処か懐かしさを感じる、石と木でできた建物。
平屋建てで、大きく頑丈に作られている。
セシリアとマーサ院長は孤児院の奥に向かっていた。
ミナクシェル孤児院の建物はそこそこ広い。
平屋建てで、子供たちが最大百人は寝起きでる寝室。
四人部屋が二十五部屋と食堂、それを賄える炊事場が備わっている。
それと作業用の部屋がいくつかとトイレだ。
シャワーは無いので井戸水である、夏はいいが冬はきつい。
奥の作業用の部屋に向かう二人。
「男の子達は畑なんですよね? 女の子たちはなにをしているんですか?」
セシリアは疑問を投げかけた。
セシリアにとっては、孤児院、つまり、市井の子どもたちがどのような生活をしているか気になったのである。
「布を織ったり、市場で売れるものを作ったり、あとは小さな子の面倒を見てもらったりしています」
関心したのか、セシリアは感嘆の声をあげた。
「へぇ……もう働いているんですね」
セシリアが成人前など日夜フランシスと山や森を駆けずり回っていたものである。
時たま両親に連れられ貴族の社交界というものにも出張ってはいるが、両親が殆どつきっきりであった。
セシリアは三女である、上二人の姉が若くして嫁に行ってしまった事もあり、両親は末っ子であるセシリアを溺愛したのである。
弟であるクリスが居たという事が発覚したのは六年前である、それまで末っ子としてベタベタに甘やかせれて育っている。
もっともクリスは庶子であるので、公爵家には殆ど姿を見せなかったのだが、そのため結局クリスが庶子として認められてからも両親からは末っ子扱いのままである。
そのためセシリアの眼には孤児院でやっている事がとても新鮮に映ったのだ。
廊下を渡り、奥の部屋に繋がる扉をあけるとそこには三十人ほどの子供たちがいた。
殆どが女の子で、畑仕事ができないくらいの大きさの男のが数人混じっているくらいだ。
各自何らかの作業をしている。
奥に目を向けると幼児をあやす姿も見える。
すると入ってきた二人に気づいたのか扉の近くに居た数人ほどが作業を止めて二人に注目した。
「院長せんせーどうかしました?」
一人が声をかけてくる。
「お仕事中ごめんなさいね、ロフィーナとナタリラとレイラを呼んでもらえるかしら?」
マーサが声をかけると、その子は大きな声で叫んだ。
「ロフィーナーー! ナタリアーーーー! レイラーーーーーーーーー! 院長せんせーーーが呼んでるーーーーーー」
あまりに大きな声をだしたので、セシリアは驚いて耳を塞ぐ。
マーサは、気にした様子もないのでいつもの事なのだろう。
そうすると、機織りから一人が、子供をあやしてるところから一人、籠作りから一人、それぞれが歩いてくる。
「院長先生何か御用ですか?」
「なんですか……?」
「せんせー、なんすかー?」
三者三様の有様で疑問を問いかける三人の少女。
「前にお話した、騎士団の事よ、今日はその副団長様がいらしてくれたの、セシリア・リリィ様よ、ご挨拶しなさい」
「騎士様?」
「本当に……?」
「まじっすかー」
「セシリア・リリィだ、副団長を務める事になっている、今日は連絡と確認をしに参った」
騎士っぽく振舞うセシリア。
「レイラ・スターシャです、よろしくお願いします」
「ロフィーナ……です」
「ナタリアっす」
褐色の肌に赤い髪で真面目そうなのがレイラ。
金の髪を短く肩で切りそろえていおり、寡黙なロフィーナ。
灰色の髪を一本にまとめていて活発そうなのがナタリアである。
孤児院というだけあって皆若い。
「若すぎじゃないですか……?」
三人をみて思わずセシリアが零した。
そう若すぎるのである、どうみても十才程度しかない。
「ですが、これ以上の年齢となると、その……発育の良い女の子はもう行き先が決まってまして……」
マーサ言いよどみ、セシリアから眼を逸らした。
発育がいい、言い方からしてどうやら娼館に先を越されているようだ。
「ですが、この三人は男の子にも負けないくらい運動が得意ですので、騎士の業務についても慣れれば問題ないかと……」
三人を見つめるセシリア。
不思議そうに見つめ返す三人。
「問題ありません」
レイラが泰然とした態度で言い切った。
「大丈夫……です」
「平気だよ~」
残りの二人も後に続いた。
「……いいか別に」
鍛えればいい、とセシリアは思う。
セシリアの呟きを聞くとマーサがほっとしたように、顔を綻ろばせた。
「ありがとうございます、一人銀貨一枚で、合計三枚になります」
唐突な発現に、金をとるのか、とセシリアは思わず訝しげな目でマーサを見た。
「娼館に行く子達よりは、お安くなっていますよ?」
何かを勘違いしたマーサがそう告げる。
「三枚ですね……」
懐から銀貨を三枚取り出し、マーサに握らせる。
「ありがとうございます、これで子供たちに少しでもご飯を多く食べさせてやれます」
純粋に微笑むマーサにセシリアは毒気を抜かれる。
しかし、推薦とはどういう意味だったのだろうか……。
するとセシリアの背後からミリアが顔を覗かせた。
「まぁ起きたのね? 大丈夫かしら?」
それに気づいたマーサが気遣うように声をかける。
「はい、大丈夫です、それで騎士様……」
真摯な瞳でセシリアを見つめるミリア。
「何?」
「私も騎士団に入るんですか?」
「名前は?」
「え、はい、ミリアです」
「ちょっとまってね」
セシリアは手紙を広げ、名前を調べていく。
「あった、ここステラの酒場のミリアであってる?」
ミリアは問いかけにコクンと頷き肯定する。
「うん、そうだね騎士団推薦者名簿にあるよ、推薦人は商人組合ってなってる」
「養父が組合に加入してるから、そのつてかな……」
ミリアは沈んだ表情で呟いた。
ミリアは体よく処分されたようだ。
目に涙を貯め始める。流石のセシリアもこれには慌てる。
「どうしたの? 何か悲しい事があった?」
周りの子達も口々に慰めを口にしてる。
「よくわかんないけど、騎士になったら楽しいよ? 私は楽しいし、だから泣かないでがんばろ?」
セシリアなりの慰めをすると抱きつき大声をあげてミリアは泣き出した。
困り果てた顔をするセシリア、流石にセシリアでも泣く子は苦手らしい。
しばらく、そうしていただろうか、泣き声が落ち着いた頃にマーサが話しかけた。
「ほら、ミリア。セシリア様が困ってしまうわ、一旦顔を拭いて、落ち着きましょうか」
事情を把握したのだろうマーサが手ぬぐいをミリアに渡した。
ミリアが手ぬぐいで顔をふくとぼそっと呟いた。
「……させてやる」
「えっと何ですか?」
思わず聞き返したセシリア。
「後悔させてやるの! 私を手放したことを心のそこから!」
言い切るミリア、その目には強い意思と怒りが垣間見える。
周りの子達は行き成り叫んだミリアに若干驚き引いている。
「元気になったようで、よかった」
セシリアはほっと胸を撫で下ろす。
「騎士様申し訳ございません、ご無礼をしました」
途端に丁寧な口調になるミリア、セシリアも思わず面食らってしまう。
「別にいいですよ、気にしないですし」
「それで私は一体何をすればよろしいのでしょうか?」
「ああっと、そうですね……?」
セシリアは少しばかり思案する。
「リリィ公爵領までこの三人を連れて行けるかな?」
そう言って、レイラ、ロフィーナ、ナタリアをセシリアは指さした。
「問題ないです、歩いて一週間ほどですかね……?」
「馬車でいいよ、お金はあげるし早い方がいいから」
懐から半銀貨を取り出すセシリア。
「これだけあれば足りるかな? 馬車で三日もかからないと思うから、ついたらこの手紙を公爵家のひとに渡してね?」
ミリアとある事に気づく。
「リリィ公爵領って……もしかしてセシリア様の?」
「うん、そうだね私の実家です、騎士団結成までまだ期限があるからそこで白百合騎士団に鍛えてもらおう」
調子は軽いが言っている事は結構すごいことである。
リリィ公爵家私兵、白百合騎士団。
先代陛下の懐刀と言われた現リリィ家当主、アーノルド・リリィが率いる騎士団である。
先の戦争では、遠征なされた陛下の身辺警護を任せれ、陛下の陣を奇襲してきた敵軍を瞬く間に撲滅したと言われる、結果陛下に傷一つ負わせることなく、勝利を収めたのことだ。
攻めよりも守りに強く、特に要人警護に関してはたの追随を許さないと言われる騎士団である。
もちろん、その事実は一般の民にも有名である。
「畏まりました! 命に代えても三人を公爵家にお届けいたします!」
ミリアはまだ若干感情が暴走している。
「……自分の命も守ってくださいね? 出発はいつでもいいから、まぁできるだけ早いほうが鍛える時間も増えていいんじゃないですか?」
「今すぐ準備致します! レイナ、ロフィーナ、ナタリア準備なさい!」
そう言うとミリアは三人を連れて何処かへ向かう。
「では、セシリア様私たちはこれで!」
「あ、うん、またね」
嵐のように去っていくミリア。
「元気な子ですね……?」
流石のセシリアも引き気味である。
「ミリアも元は孤児院の子なのですが、酒商の夫婦に引き取られたんですが、色々あったみたいです」
セシリアは頷くが、色々がとても気になった。
しかし、何かに疲れたのか「私も帰ります……」と呟き、家路につくセシリア。
「お気を付けて」
マーサに見送られた。
***
日が傾く頃、セシリアは王宮についた。
一応は顔パスである、門番の騎士に軽く会釈をして後宮へと歩く。
歩いていると、前方から人が大勢やってきた。
どうやら陛下のようだ、周りには秘書や大臣が取り巻いている。
セシリアも慌てて廊下の端に膝まずいて頭をさげる。
段々と足音が近づいてくる。
するとセシリアに気づいたのか足を止める陛下たち。
陛下が声をかけてきた。
「見ない騎士だと思ったが、セシリアじゃないか? それは地竜騎士団の制服だな、どうしたんだ?」
「はい、兄上のものを拝借致しております、地竜騎士団の紋章は外してあるので問題はないと思いますが……」
「女なれど騎士なれば無骨になってしまうと思ったが、それはなかなか悪くないな?」
ニヤリと笑う陛下。
「私も気に入っております」
セシリアは朗らかに言い切った。
無言で頷く二人。
「して、その格好で何をしていた?」
「先ほどまで城下街ににて、例の騎士団に推薦されたものと顔合わせをしておりました。あと半分ほどでございます」
「……喋り方を堅苦しくするのも悪くないな、今晩どうだ?」
「ご冗談を、フランシス様に殺されてしまいますよ? 陛下が」
セシリアはさらりと流した。
陛下のあしらい方など慣れきっている。
「俺がかよ?! 確かに否定できないけど!」
頭を抱える陛下、ギリアス・エフレディア王。
御年二十八才、大五王妃まで抱える男である。
「フランシス様は嫉妬が激しいですからね、自分の物に手を出されると怒り狂います」
何かを思い出すかのように告げるセシリア、その顔は若干黄昏ている。
「それじゃ、セシリアがフランシスの物みたいだな?」
いやらしい笑を深べるギリアス。
「私はフランシス様の筆頭侍女ですよ?」
セシリアは当然だとばかりに言い返す。
「侍女の仕事などほとんどできないくせによくも言う」
ギリアスはこらえるように笑う。
「そんなこと言うと、フランシス様にあの事ばらしますよ?」
少しばかりむっとしたのか、眼を細めてセシリアは言い返す。
ギリアスはあの事と聞いてビクっとする。
「お、お前、仮にも国王を脅すんじゃねーよ? ふ、不敬罪だからな?」
ギリアスは虚勢を張るも、思い切り声が震えている。
「あ、フランシス様」
セシリアが呟く。
するとビクッと跳ね上がるギリアス、きょろきょろと辺りを見回す。
「いないじゃないか? まったく……」
安心したいのか、大きく深呼吸をしている。
よく考えれば王妃は普段後宮にいるので外宮であるここにいるはずはないのだが。
「まぁいい、早くフランの所にいってやれ心配してたぞ? セシリアが無断外泊したってよ?」
「そうですか? 行ってきますとは言ったのですが、では失礼して」
セシリアはそう言うと立ち上がる。
「おう、行ってこい。それで絞られろ」
ギリアスはケケケと笑う。
「あの事……」
セシリアはボソッと呟いた。
「さぁ、執務にもどらないとなー!」
ギリアスはわざとらしく大きな声をだして、離れる。
それを見送ると、セシリアも後宮へと歩いて行った。
一連のやり取りを見て笑いを堪えている大臣達。
「お前ら、笑ってんじゃねーよ」
ギリアスはむすっとした顔で怒る。
「いやはや、陛下にあそこまで物申せるものなど、フランシス王妃様かセシリア様しか居りませんからなぁ、惚れた弱みという奴ですかな」
ニヤニヤしてる大臣達。
「うるせぇ」
一言そのまま乱暴な足取りでギリアスは執務室まで歩いて行った。
***
コンコンと扉をノックするセシリア。
「どなたですか?」
扉の中からは、女性の声が聞こえてくる。
「イザベラですか? セシリアです、帰還の報告をフランシス様へと」
キィと扉が開かれ中に招かれる。
すると中ではフランシスが静かに紅茶を飲んでいた。
「只今戻りました、フランシス様」
騎士の礼をとる、セシリア。
「あんた、それ似合うわね……」
呆れたような声音で言われてしまう。
「騎士ですからっ!」
力一杯返答するセシリア、心なしか表情が柔らかい。
「それで、昨日無断外泊までして何をしてきたの?」
若干怒っているのか、眉をわずかに寄せているフランシス。
「騎士団の被推薦者の確認と連絡をしてきました、六人ほどですけど、あと半分です」
途中経過を報告するセシリア。
「あら、案外進んでるのね?」
思わぬ成果に顔を綻ばせるフランシス。
「明日には他の被推薦者のところに行こうと思っています」
続けるセシリア、しかし待ったがかかる。
「ダメよ。忘れたの? 明日からしばらく遊園会よ? 護衛のあなたがいなくてどうするの?」
「もうそんな時期ですか……? 面倒です……」
セシリアは眉間にしわを寄せる。
「そうね。遊園会の後は避暑旅行だしね、騎士団結成まであんたは私の護衛が本分なんだから疎かにしないでよね?」
セシリアはしぶしぶと頷く。
「それに聞いたわよ? 第二王妃に侍女の手配を頼んだんですってね? まぁ今回はあんたの弟君も少し勘違いしてるからいいけど、断っといたわ、別に必要はないから」
「そうなんですか?」
「あんたや私より王宮に詳しい人なんていないでしょうが? そもそも必要ないのよ、弟君も後宮を考えての事だとは思うけど、あんたは騎士団できても私の護衛のまんまだから他のは必要ないのよ」
「えっー」
セシリアは思わず不満の声をあげる。
その反応をみてわずかにフランシスの眉が跳ね上がる。
「何か不満? 王妃様の専属護衛なんて騎士として最高の栄誉よ? 成りたくてっもなれる人なんてほとんどいないのよ?」
「戦場で戦ってみたい……」
セシリアはぼそっと呟いた。
「あんたは……この脳筋……」
フランシスは、米神を引き攣らせ、額を抑えた。
「……一応副団長の肩書きがあるから、戦場に出たいなら貴方が騎士団が結成後にそこから選出して私の護衛として育てなさい、そうしたら考えてあげるわ」
セシリアはその言葉を聞いたとたん表情を明るくした。
「わかりました、護衛育てればいいんですね?」
セシリアは興奮した面持ちで思案する。
「まずはへばるまで走らせて……」
すでに訓練を考えているらしい、ブツブツとメニューをつぶやいている。
「潰さないでよ?」
未来の護衛になる娘が少しばかり不憫になったフランシス。
「ばっちりです!」
セシリアは胸を叩く。
どうしてだろうか、フランシスの胸には不安しか産まれなかった。
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