ごわ かんちがい
改修
裏路地にも朝は来る。
鶏が声を上げたよりも大分遅い頃。
ルミナスはいつもより柔らかいベットで眼を覚ました。
「ふあっ……」
寝ぼけ眼で辺りを見回す。
「なんで、こんないい部屋に寝てるんだろ……?」
普段ルミナスが寝ている部屋は従業員用の一室にすぎない、粗末なベットと机があるだけの小さな部屋だ。
しかし、この部屋は上客用の一等寝室である。
まだ頭が回っていないのか、ぼーっとしている、どうやら朝には強くないようだ。
そのときパタンと扉が開かれた。
テミルが青筋を立てながらそこに立っていた。
「ルミナス、あんたいつまでそこに寝てるんだい? セシリア様は日の出から庭で訓練してるのに……? 下っ端のあんたがだらだらと……」
理不尽な説教が始まる。
しかし、セシリアの名前を聞いて、昨日の事を思い出すルミナス、おずおずと声をかける。
「あ、あの……」
「なんだい? ロクでもないことだったらひっぱたくよ?」
ビクつきながらもルミナスはテミルに問いかけた。
「昨日から、そのセシリア様が女性だけの騎士団の副団長様であるのはわかったんですが? それが俺とどういう関係があるんですか?」
生ゴミをみるような目でルミナスを見おろすテミル。
深くため息をついた。
「あんたも入るんだよ、その騎士団に私と一緒に」
「そうなんですか、どうりで……ええええええ?!」
思わず叫ぶルミナス。
「なんで俺が? 俺別に強くもないし、何も取り柄もないですよ? 騎士団なんて無理無理無理……」
首をすごい勢いで左右にふるルミナス。
「あん? 私がいくのにアンタはこないって?」
ドスの聞いた声で脅す、テミル。
ピクリと動きが止まる、ルミナス。
「テミルさんも行くんですか? なんでまた? お店はどうするんですか!?」
矢継ぎ早に質問を浴びせかけるルミナス。
「うっさいわねー、店は私がいなくても大丈夫だし、そもそもこの話をもってきたのはママなのよ。御家再興でも目指してるんじゃないの?」
迷惑な話よね、と言い捨てるテミル。
「行きたくないんですか?」
不思議そうに問いかけるルミナス。
「あったりまえじゃない? 誰が好き好んで騎士団に入りたがる女なんているのよ? ばっかじゃないの! 本当は私だって怖いんだから……」
いきなり大きな声でそう吐き捨てると、最後には涙を眼に溜めるテミル。
普通に考えたら当たり前である、セシリアの頭の悪さがよくわかる。
仕事の内容もわからない騎士団、しかも王妃様も肝いりだ、何か裏があるに決まっている。
普通の女性がこれで怖くないということはないだろう、例え娼館で働いていて、裏の世界に慣れていようともだ。
「テミルさん……」
ルミナスはかける言葉を持っていなかった。
ルミナスは書類上は奴隷である、しかしテミルはここの経営者の娘だというのに奴隷と扱いが同じなのだ。
例え御家再興という理由があったとしても、テミルにとってそれは酷い裏切りのようなものだった。
昨夜はセシリアの手前、気丈に振舞っていたが、一晩たって思いが溢れたのだろう。
段々と涙が溢れていくテミル。
ルミナスは呆然とそれを見ていた。
ひとしきり泣いていただろうか、テミルが腫れた顔をあげる。
「ママはまだ貴族だった頃に固執してるの、私が娼婦になったのも他の貴族に媚を売るためだったのよ……。私達はママに騎士団に売られたようなもんなの……」
テミルは絶望したような顔で俯いた。
「騎士団の任務で死ぬか、例えここで断っても。また何かあれば私達はいいように使われるでしょうね……ごめんね、あんたを巻き込んだのは本当は私のわがままなんだ……例え死ぬとしても一人じゃ怖くて……ごめん」
そう言ってベットに座っているルミナスに抱きつき、再び泣き始めるテミル。
行き成り事情と感情を吐露されてもむしろ困るルミナス、頭がついてこない。
そもそもルミナスは捨て子だったのだ。
ここまで育ててもらった恩もある、娘や妹のように可愛がってくれたダイラスやテミルのために命を捨てる覚悟くらいは元からある。
奴隷という立場ではあるとはいえ、ルミナスは恩を返さないほど薄情ではない。
そういうふうに、ダイラスに育てられた。
ルミナスはテミルの肩に手を回して囁いた。
「大丈夫ですよ。俺は何も怖くないですから、謝られるようなことじゃないです」
宥めようとルミナスはニコリと笑う。
「あんた……、私に怒ってないの?」
恐る恐るルミナスを見つめるテミル。
「何を怒るっていうんですか?俺はもともと孤児だったんですよ、あなたたちのために命をすてる覚悟なんてとっくにできています」
テミルを優しく抱き込むルミナス。
それにと続ける。
「セシリア様が副団長なんでしょう? ならきっと大丈夫ですよ、とてもお強いかたですから……悪い人ではないですし」
最後はちょっと悩むように言ってしまうのは仕方がないことだろう。
しかし、それでもルミナスには十分な慰めになったのか。
「ありがとう……」
静かに礼を言った。
しばらく、二人は抱き合っていた。
いくらかそうしていたであろう、やっとテミルが落ち着いた頃に扉のほうでカチャっと音がした。
見れば訓練終わりに一汗流してきたのか、手ぬぐいを首に巻いたセシリアが剣を落としてた。
見つめ合う三人。
「私何も見てないから……」
そう言うとセシリアは顔を赤くして、すすすっと後ずさって扉からでるとダッシュでどこかへ行ってしまった。
普段から少年のような格好をしている少女、泣きはらした女性、抱きついたせいでお互いに服は乱れており、ベットで抱き合う二人。
セシリアは何かを盛大に勘違いしたようだ。
しばらく惚けていた二人だが、客観的に自分たちの姿を考えたとたん、そろって叫び声をあげた。
***
大変な者を見てしまった、とセシリアは思う。
王宮で侍女をしていればその手の話など腐る程転がり込んできた。
いつもはフランシスと面白おかしく聞いているだけなのだが。
いざ目の当たりにしてしまうと対処に困る。
少しばかり赤面しているセシリア。
あそこで二人きりにさせただけでも、セシリアは一歩大人になりました……と本人は思っている。
そもそも勘違いなのだが。
考えていると、ぐぅーと音がなる。
音の発生源が己の腹だとしると、顔を赤らめ周りに聞いてた人がいないかきょろきょろした。
日の出と共に訓練をしていたセシリア。
汗を流しさてと朝餉だという所でルミナスを誘おうと思って先ほど部屋に戻ってきていたのである。
そのため、抱き合う現場に出くわしたのだが。
酒場では朝帰りの客や娼婦たちがゆっくりと遅い朝食をとっている。
それを見てさらに腹を減らしたセシリア。
足早に一階の酒場に向かう。
カウンターで朝食を頼む。
「朝ごはん、超大盛りでお願いします!」
カウンターの男は昨夜はバーテンダーをしていた男だ。
昨日の騒ぎを見ていたのだろう、一瞬だけ驚いた顔をして、それでも素直に大盛りにして朝食を渡してくれた。
「あ、もうちょっと……その、三倍くらいで……」
その言葉でわずかに顔を顰めるものの、トレーに詰めるだけで積んでくれ「おまけだ」と言ってチーズをひと切れ添えてまでくれた。
セシリアは、礼を言うとトレーをもって近くの席に座った。
メニューは白パンと豆の煮込みにフライドチキン、小ぶりな青リンゴとミルクまでついている。
朝ごはんにしてはそこそこ贅沢なものである。
貴族がよく来るというのは嘘ではないのだろう。
ダイラスの娼館の稼ぎが伺える。
しかし、それを五人分近くの量がセシリアのトレーには積まれている。
周りの客はあんぐりとそれを見つめている。
もそもそと食べるセシリア、速度は早いが上品に食べている。
「王宮ほどじゃないですけど、いいもの食べてるなー」
セシリアはぼそっと呟く。
王宮付きの侍女だからか、公爵家の出だからなのか、それなりに舌は肥えている。
セシリアが食事をとっているいると目の前の席に座る男が一人。
顔に刻まれた皺は年を食っていることを示し、右腕がない。
ベルダイン元地竜騎士団団長である。
「おはよう御座います。セシリア様」
ベルダインは厳かに挨拶をする。
「おはようございます……おっちゃん」
一旦、咀嚼をやめ、口を拭き、挨拶を返すセシリア。
「ハハ……、名前も覚えていらっしゃらないか」
ベルダインは乾いた笑いをもらす。
「あー……どっかのだんちょー……」
思い出すように頭をひねるセシリア。
「いや、いいですよ。私が記憶に残らないほど弱かったというだけのこと」
ベルダインは寂しそうに苦笑する。
「昨日は元部下が申し訳ございません、ああ見えても仲間思いのいいやつでして、まぁそのせいで今回はこのよなご無礼を働いてしまい、申し訳ございません、本人は傷の治療のため治療院に送りましたが、元騎士団長として元副団長の粗相、代わって謝罪もうしあげます」
ベルダインは深く長く頭をさげる。
騎士団長という言葉に反応したセシリア、真剣な表情になる。
「良い、頭を上げろ。罰は昨日の腕でよかろう、私は気にしていない」
騎士っぽく告げるセシリア。
するとベルダインは顔を輝かせ、深く騎士の礼をとった。
「温情感謝致します」
「うむ」
すると腰に下げた剣を取り出すベルダイン。
「どうぞお納めください」
ガチャと机にその二つを置いた。
一つは青い曲刀だジャンがもっていたものだ。
もう一つは土色の片手平剣だ、セシリアはこれをどこかでみたことがあったが思い出せない。
「銘を霜の浸透と土の囁きと申します。謝罪の品というこでどうか貰って頂けませんでしょうか? 霜の浸透は斬った箇所を凍らせ、治癒魔法を妨害し、さらに霜が侵食することによって相手の動きを鈍らせる効果があります。大地の囁きは打ち合うたびに相手の体が重くなるというものです。どちらも一級の魔法武器です、騎士団のためにお役立てください」
武器を見つめて感嘆の声をあげるセシリア。
どうやら相当な業物のようだ。
「いいのかな? こんなのもらっても?」
「構いませぬ、私はもとより、騎士団はとうに退いた身、今は裏路地でチンケな用心棒などやっていますが、コレを期に家族ともども田舎に引っ越そうかと思っております、ジャンもうちの娘の婿として連れて行きます」
寝込んでる間に将来が決められているジャン、散々である。
「それでは、失礼いたします、数々ご無礼申し訳ありませんでした。そして温情、ありがと存じます。セシリア様に祝福があらんことを!」
改めて謝罪と祝辞を述べると、去っていくベルダイン。
しかし、結局最後まで名乗っていかなかった。
セシリアには結局名前はわからないままだが、セシリアは諦めた。
「ま、いっか……」
そう言うと、セシリアはしばらくの間うっとりと二本の剣を見つめていた。
***
ルミナスとテミルが落ち着いて、ルミナスに部屋の掃除を命じて酒場に降りてきたテミル、セシリアを探す。
しかし、セシリアの影は見当たらない。
「ダンテ? 昨日の貴族様はどこへ行ったんだい?」
テミルが酒場のバーテンダー、マスターのダンテに話しかける。
「昨日の貴族の女でしたら、先ほどまで片腕の男と話してましたが、その後なんかコレをルミナスに渡してくれって言って、出て行っちまいまやした」
懐から一枚の封書を取り出すダンテ。
「なんでも二人で家にきたら家の人にこの封書を渡してくれって言ってました」
封書である。
いつ買ってきたのかそれとも初めからもっていたのか、一見して高価なものと見て取れる、リリィ公爵家の蝋印で封がなされている。
「手形のようなものかしら……」
悩むテミル。
「それとこいつも、渡してくれって」
そう言って二本の剣を取り出すダンテ、霜の浸透と土の囁きである。
「これは?」
「なんでも、貰いものなんだけど今は邪魔になるから預けとく、リリィ公爵家に行くとき一緒に持って行って、だそうで」
霜の浸透を鞘から引き抜くテミル。
「綺麗な剣ね……」
「魔法武器らしいですよ、それ」
テミルは眼を丸くして考えた。
これで強くなれということなのだろうか?と思案する。
実際はただの配達代わりではあるが。
「それでもう、出て行かれた?」
「三十分以上前ですから、追いかけても無駄だと思いやすぜ?」
「そう……別に追いかける気はないわ。ルミナス!」
テミルは大きな声でルミナスを呼び出した。
「なんですか!? テミルさん?」
酒場まで駆け寄ってくるルミナス、全力で走ったのか息がきれている。
「旅の支度をするわよ、ついてらっしゃい」
そういうとずんずん歩き出すテミル。
ルミナスはそれをみて元気になったなと安心した。
***
「次はどこに行こうかな……あと十人か、孤児院かな? 三人もいるし……そうしよう!」
セシリアは地図を開き、孤児院を探す。
しばらく地図と見つめ合う事、約五分。
「誰か知ってそうな人に聞こう」
結論をだした。
改修




