よんわ しょうかん
改修
日も既に傾き、あたりは暗くなっていた。
狭い裏路地の袋小路に、赤黒い水たまりがあった。
そばには、首のない体が二つ。
水たまりには一人の女が立っていた。
返り血で服が血塗れになるのも構わずに。
銀の髪に赤い瞳、白い騎士服を着込んだ女性、セシリアである。
その瞳は目の前に立つ少年を写していた。
坊主頭に、半袖短パン姿のやんちゃな子供という感じの少年である。
手には洋燈を下げている。
どこかで見たなと、セシリアは思い出す。
「おや? 道を教えてくれた少年ではないか?」
少年相手だと途端に騎士っぽく振舞うセシリア。
「貴族様探しましたよ、俺…実はダイラスの娼館で働いているんですよ、昼は他の用事があって直接案内できなかったけど、用事が終わって戻ってきて、娼館の人に聞いてみても、来てないって言うじゃないですか、だから探しに来たんです」
安堵した表情をみせる少年。
頬をかく。
「貴族様はお綺麗ですから、こんな裏路地を迷ってたら危ないですよ?」
「そうか、それは済まないな。ではお言葉に甘よう。案内を頼めるか?」
あくまでも騎士っぽく振舞うセシリア。
少年は頷いた。
セシリアが歩くとピチャっピチャっと水音がする。
少年は不思議そうな顔をする。
「足元、濡れているんですか? 雨なんか降ったかな…?」
あたりを確かめる少年。
洋燈の角度を変え、足元を照らす。
そこには水たまりがあった。
「ああ、本当だ水たまりがある。誰かなんかこぼしたのかな?」
黒い何かが少年の目に留まる。
「なんだ?」
よく見ようと目を凝らす。
するとそれは。
二つの瞳で少年を見つめていた。
「うわぁ!?」
思わず腰を抜かし、座り込む少年。
ひどく驚いて、眼を見開いている。
セシリアがそれをみて不思議そうに首を傾げた。
「どうした少年? 死体をみるのが初めてだったか?」
少年とは対照的に、冷静なセシリアが声をかけた。
少年も少し落ち着いたのかセシリアに問い返す。
「いえ、初めてではないです…けど…え? これもしかして?」
セシリアと死体を交互にみる少年。
「うむ、私が斬った、ここで迷っていたら声をかけて来たのだが、…そこに転がっているもう一方が魔法をいきなり撃ってきたのでな、首を跳ねた」
そこに転がってると言われ、その方向をみて息を飲む少年。
「強いんですね? 女性なのに…流石貴族様です」
何か思うところがあったのか「俺とは大違いだ」と少年は呟いた。
「案内を頼むぞ」
「あ、はい」
二人は暗闇の中、洋燈の灯りを頼りに裏路地を進んでいく。
三分ほど歩いただろうか、夜だというのにあちらこちらに灯りがともり、淫靡な雰囲気をかもしだす通りへと二人はたどり着いた。
歓楽街である。
そこで一際大きな娼館に少年はセシリアを案内する。
中に入るとそこには、煌びやかな服装の女たちと、顔を仮面で隠した男たちで溢れていた。
一階は酒場のようになっているようだ。
一階に天井はなく、大きな吹き抜けがあり一階から五階まで貫いていて、一階から見渡せるようになっている、中央の奥に螺旋状の階段がに設置されている。
セシリアは初めての娼館の雰囲気に戸惑っているのか、きょろきょろと辺りを興味深そうに見回している。
「なんだ、ルミナス? そのへんな格好した姉ちゃんは? 新しい娼婦なら俺が鉄貨二枚だすぜ?」
顔馴染みなのだろうか、少年のことをルミナスと呼ぶ、中年くらいの柄の悪い男がのっそりと寄ってきた。
そのはらは大きく脂肪を蓄えており、肥え太っているといっても過言ではない。
男が鉄貨を握り、セシリアの肩に手を伸ばそうとする。
「この人は大事なお客様だ、貴族様だし、あんたみたいな半端な商人が声をかけていい相手じゃない」
ルミナスはその手を叩き落とす。
「かー、年端も行かねーガキが、半端とはいいやがるぜ、俺もお客様だろうが? お前が娼婦になったら真っ先に遊んでやるぜ? 覚悟しときな」
そう言うと立ち去っていく男。
「すいませんね、貴族様。ここにはあーいうのが多くて」
気にしもしないといったふうに、ルミナスは振舞った。
「少年、ルミナスという名前といい、今の会話といい女だったのか?」
よく見れば、綺麗な顔立ちはしてるかもしれない。
不思議そうにルミナスを観察するセシリア。
「ああ、こんな格好に髪ですからねよく勘違いされますが。男の格好したほうが何かと都合がいいんですよ、ここは」
そう言ってルミナスは、はにかんだ。
「そうか」
興味をなくしたのか、おざなりに返事をして、セシリアはあちらこちらに視線を彷徨わせる。
それをみて、何かを勘違いしたのかルミナスが問いかける。
「貴族の女性でしたら娼館は初めてでしょう、そんなに気になりますか?」
「いや、仮面で隠してはいるが、王宮でみた顔がちらほらいるから何をしているのかと思ってな?」
セシリアは視線を向けると目を逸らす、一部の客たち。
「他にも貴族様がいらっしゃるんですか?」
ルミナスは驚きに目を見開く。
「いるもなにも、八割型ほとんど貴族の知り合いなんだけ…ど…?」
セシリアが視線を向けるとバッと一斉に視線を逸らす仮面の男たち。
他の娼婦たちが不思議そうにそのやり取りを見ている。
「…」
「エルライト子爵、フェルメリア候爵、デルナイド男爵に、他にも……後で、奥さんに言いつけよう……」
セシリアはぼそっと呟く。
その瞬間。
男たちはビクリと震えた。
そして、仮面で隠れてはいるが、悲壮感が漂ってくる。
名ばれしたものだろう、地面に拳をたたきつけるものまでいる。
「……あれ、陛……」
セシリアがつぶやこうとした時だった。
「そのへんにしといてやってくんないかね?」
それを遮るように声が響く。
娼館のなかでも一際美しい女性が、そこに現れた。
青いドレスに、青い髪を背中まで伸ばし、魅惑的な肢体に、するどい目つきの女性だ。
ルミナスが、「この娼館の稼ぎ頭のテミルさんです」とセシリアに耳打ちする。
「どうも貴族様、あんたがどれだけ偉い貴族様かは知らないが、奥さんに言いつけるのは止めてあげてくれないか? うちも商売なんでね、客が来なくなるのは困る」
「それは失礼しました」
騎士の礼をとるセシリア。
何故か所作は洗練されており完璧である。
「騎士の礼か、あんたその格好といい、女だけの騎士団とかいうやつの関係かい?」
「はい」
誇らしげに頷くセシリア。
「申し遅れました、私、この度設営される女性だけの騎士団の副団長を務める事になっています。セシリア・リリィと申します。ここには推薦された女性が二人ほどいると聞きまして、確認と連絡をしにきました」
リリィと聞いてあたりがざわめく。
先ほど眼をそらした男たち以外だが。
なぜか騎士関係だけきっちりと喋ることができるセシリア。
頭の中がどうなっているのか気になるところである。
「わざわざ副団長様がかい? というかリリィって公爵家の?」
「その認識であっています、私のおと…妹が団長なのですが、今は任務にて王都を離れており手紙で王都は私に任せたとのこと、姉としても副団長としてもこの眼で見極めたいと思いまして、こうして馳せ参じた次第でございます」
それを聞いて眼を細めるテミル。
「私の部屋にきな、ルミナスあんたもだよ」
「俺も?」
そう言い放つと五階の部屋に引っ込むテミル。
辺りは騒然としている。
あちらこちらから、女性だけの騎士団ってとか、公爵家がとささやき声が聞こえてくる。
「行きましょうか」
周りの囁きは無視して、そう言うとセシリアはルミナスと連れ立ち、テミルの部屋へ向かった。
***
部屋に入るとテミルが跪き、配下の礼をとっていた。
「先ほどはご無礼をば、セシリア様。しかしこの店は他の貴族様がお忍びで参られます故、経営を考えるとどうしても口を挟ませてもらいました、何卒ご容赦を」
眼を見開きその様子をみるルミナス。
セシリアは、厳かに頷いている。
「どうぞ、お掛けください」
椅子に座るセシリア。
それを確認して「失礼します」とテミルも席についた。
ルナミスも座ろうとするが、それを睨みつけるテミル。
ルミナスはピクっとして椅子にかけた手を戻した。
セシリアが切り出した。
「それで其方と、この娘で良いのか?」
ルミナスを見つめるセシリア。
「へ? 俺?」
ルミナスはついていけずに己を指差し困惑している。
「はい、左様でございます」
「何が左様なんでしょうか?!」
「うむ、それで資格の確認は済ませておるのか?」
「はい、この話をいただいたときに神殿にて大司教様に視てもらいました、二人共問題ありません」
「確かに神殿には行きましたけど? だから何の話?」
「煩いわよ、黙ってなさい」
テミルに一喝され、若干涙目になりながらもルミナスは黙る。
「それは十全、ならは後は連絡である」
「承ります、して連絡とはなんでしょう?」
「うむ、未だ騎士団の結成日は決まっておらぬのだが、王都を任されたのは私でな、推薦された者はうちで期日まで訓練を受けさせようと思ってな」
セシリア的騎士風思いつきである、クリスからの手紙からにそのような事は書いてなかった。
「なるほど、ご用件は分かりました、では準備は整い次第公爵家様のほうへ伺わせてもらいます」
「うむ」
再び厳かに頷くセシリア。
「ルミナス、いつまでもぼーっとしてないで紅茶を用意しな」
「はいっ」
半ば悲鳴のように叫びルミナスは外にでる。
その後を眼で追うセシリア。
「あの少女、ルミナスが奴隷なのか?」
奴隷にしては虐げられている様子がない。
むしろ、健康的である。
「奴隷にしては眼が生きているな」
ぼそりと呟く。
奴隷の全部が全部虐げられているわけではないが、セシリア的には面白くなかった。
むしろ何か共感するところがあると思ってしまったセシリア。
「長い話になりますがよろしいですか?」
前置きするテミル。
「手短に頼む……」
「……あの娘は、幼い頃に娼館の前に捨てられていまして、それを我が母である、ダイラス・リードが拾い上げ育てたのです。ですが、我が家は没落したとはいえ元は貴族。奴隷とはいいましても、虐げることなどありえません。事実上母は娘のように可愛がっております、私も妹のように接していますし」
そう笑うテミル。
あの一方的な命令を可愛がるというのだろうか?
セシリアはふとある言葉が頭に浮かんだ。
妹はパシリ…。
自分の姉を思い出したセシリア、途端に顔が青ざめる。
確かに姉という生き物は妹にとっては絶対強者である。
「そ…そうか…、仲が良さそうで何よりである…」
トラウマでも抉られたのか、ぷるぷると震えだしたセシリア。
セシリアにはテミルが姉にかぶって見えた。
その様子をみて何かを勘違いしたのか、テミルが提案する。
「セシリア様、顔が少し青いですわよ? 聞いた話ですと、道に迷われたとか。お疲れのようでしたらお部屋を用意いたしますので、おやすみになられますか?」
「た、助かる…ります、ありがとう」
詰まりならがも応えるセシリア呂律が怪しい。
するとちょうどルナミスが紅茶をもって入ってきた。
「お待たせしました、紅茶をお持ちしま…」
言い切る前にテミルが言葉を被せる。
「紅茶はもういいから、セシリア様のお泊りようの部屋を用意なさい」
「はいっ」
紅茶を机において再び駆け出すルミナス。
「どうぞ飲んでやってくださいまし、うちの紅茶はフロンシア産の一級茶葉を使用しておりますの」
微笑みがら紅茶を勧める、テミル。
「あ、うん…」
紅茶に口をつけると芳醇な香りがセシリアの鼻をくすぐる。
「美味しい…」
「でしょう? うちには貴族様のお客様も多いので嗜好品は一流どころを揃えてますの…」
少しだけ落ち着きを取り戻したセシリア。
しかし、テミルのせいか少しづつ騎士っぽい言葉にボロがではじめている。
そのときルナミスがもどってきた。
「お部屋の準備できましたー」
駆けてきたのか肩で息をしている、しかし、仕事の早いことだ。
「じゃぁ、案内なさい」
「はいっ、ではセシリア様こちらへ」
もはや条件反射のような域で仕事をこなすルミナス。
ルミナスについていき部屋の外へでる。
すると何やら下が騒がしい。
「騒がしいね? どうしかしたの?」
もうセシリアは騎士っぽく喋るのはやめたようだ。
「ああ、いつものことですよ、一階は酒場ですしね、酒によった柄の悪い客同士の喧嘩か、もしくは女の奪い合いじゃないですか? よくあるんですよ」
喧嘩と聞いて、セシリアの眼が爛々と輝いた。
「ちょっと見てくる」
そう言うとセシリアは五階の手すりから飛び降りた。
「えっ、ちょっここ五階…」
ルナミスが驚き声をあげる。
スタンッと軽い足音一つで猫のように着地してしまった。
「うっそーん?」
幸いなことに他の客は騒ぎに夢中でセシリアには気づいていないようだが。
「騎士団の副団長にもなるとあれぐらいできんのかなぁ…」
ルミナスはうーんと悩み、とりあえず追いかけることにした。
***
ダイラスの娼館の一階は酒場になっている。
ダイラスの娼館はお忍びで王都にいる貴族が遊びに来ることは王都の住人達の間では有名なのである。
なぜ有名かというと、貴族に商売の後ろだてになってもらったり、むしろ騒ぎを起こし強さを見せつけることで貴族に雇ってもらおうという考えの者が多いのだ。
裏路地に生活するものが大きく儲けようとするには貴族の存在が必要不可欠である。
そのため、ダイラスの酒場ではこのようなことが日常的に起きるのである。
喧嘩自体も酒の肴に皆が騒ぎたて、賭けにすることもしばしばだ。
一階では壮年で隻腕の男といい大柄な男が大きな声で言い争っていた。
「戻ってきてくれよ! こんな所で腐ってるようなタマじゃないだろベルダイン団長は?」
叫ぶ大柄な男。
「俺だってなぁ! やめたくてやめたわけじゃないんだ! 見ろこの隻腕を、これで何ができるってんだ!」
ベルダインは悲痛な叫びをあげた。
「別に前線にでれなくたって、やれることならいくらでもあるだろ? 皆あんたに付いてきたんだ…」
大柄な男は涙を流しながら訴えた。
どうやら二人には大切な過去があるらしい。
そこまで聞いてセシリアは興味を無くした。
ルミナスの所へと戻った。
「ただいまー、何あれお涙頂戴? いまどき流行んないよねー」
とてもつまらなそうである。
「おかえりなさい、あ、今話を周りに聞いてみたんですけど、あの片腕の人がもともと何処かの騎士団長だったらしくて、片腕を無くして引退したらしいんですけど、それを連れ戻しに副団長だった人が来たみたいですよ?」
騎士団と聞いて途端にセシリアの眼が爛々と輝いた。
「騎士団なんだ? 片腕ないってなんだろうね? 取れちゃっても、腕のいい治療師がいればくっつくのにな」
不思議そうな顔をするセシリア。
「さぁ? ただなんか御膳試合だったらしいですよ? 陛下の前で切り飛ばされたとか」
何処かで聞いた話である。
陛下の前で切り飛ばされたのなら恥ずかしくて付けれないかもしれない。
相手にもよるが。
セシリアは何かが引っかかるのか「うーん」と唸っている。
すると、また叫び声が上がった。
「リリィ公爵家だろうと構わねー! あの女の腕も俺が同じようにしてやる!」
大柄な男が叫んだ。
するとそれを見守っていた客たちは殆どがセシリアのほうへ顔を向けた。
「ばかやろう! こんな公衆の面前で何言ってやがる! お前は副団長なんだぞ! ジャン!」
残った左手でジャンを殴るベルダイン。
「お前は初めて来たかもしれないがな、ここには貴族もお忍びでくるんだ!馬鹿なことを言ってないで、帰れ! 反逆罪で殺されてーのか!」
怒鳴りつける。
「あー」
セシリアが思い出したようにつぶやいた。
「王妃様の護衛就任のときに腕切り飛ばしたおっちゃんだ」
「え? そうなんですか?」
思わず聞き返すルミナス。
「うんー、結局魔法使われちゃって、私が負けたんだけどねー、魔法なかったら圧勝だったよ? 今なら相手にもならないよー」
セシリアは興味なさげに笑う。
驚愕して声もだせないルミナス。
むしろ、目の前にその人がいるのに、笑っていられるセシリアの神経に戦慄した。
セシリアの言葉が聞こえる範囲にいた客はザッと距離をとりセシリアから離れていった。
ポツンとセシリアの周辺にだけ空間があく。
流石にそこだけいきなり空間があけば、言い争っている二人とて眼を向ける。
セシリアに気づいた二人が、指をさしながら陸にあがった魚のように口をパクパクとしている。
それをみて朗らかに手を振りながら近づくセシリア。
「やっほーおっちゃん久しぶりー、元気してた?」
「セ、セ、セシリア様…な、なぜこんなところに?!」
驚き言葉に詰まりつつ応えるベルダイン。
「んー。お仕事?」
「ということは王妃様の護衛でいらっしゃる?!」
辺りを見回す元団長。
「違うよ? 今は女のこだけの騎士団っていうのを作っててね? 人集めの最中なんだ」
「なるほど、それで娼館に…」
納得したのか、頷くベルダイン。
「先ほどの会話、聞こえていましたか?」
恐る恐る尋ねるベルダイン。
「あんだけ大声だしてたら聞こえちゃうよー?」
なおも笑いながら答えるセシリア。
ベルダインにはそれが不気味に思えた。
得体のしれない怖気がベルダインを駆け抜ける。
それでも振り絞るように、喋るベルダイン。
「申し訳ございません、私が退団するときにきちんと部下に言い聞かせないばかりにこのような不始末を、ジャンは馬鹿な奴なんです。どうか許してやってくれませんか?」
頭を下げ懇切丁寧に許しを請うベルダイン。
しかし。
「そっちの人はなんかやる気まんまんだよ?」
ベルダインがジャンを見ると、ジャンは右手に青い曲刀を構えて仁王立ちしていた。
「女…俺と戦え…」
呟きセシリアに青い曲刀の切っ先を向けた。
「控えろジャン!」
慌てて、止めようとするとベルダイン。
けれども、ジャンはそれを振り払い。
「よくも団長をぉぉぉぉ!」
鬼気迫る表情で叫びをあげ、怒りにまかせ、セシリアに斬りかかった。
「遅いよ?」
わずかに体をそらすことで避けるセシリア。
「やめろ! ジャン! このお方をどなただと思っている!?」
再びベルダインが止めに入るが、片手ではジャンを抑えることができずに、弾き飛ばされた。
椅子にぶつかり転んでしまうベルダイン。
「誰がなんて関係ねー!」
そう言うと曲刀を振り回しながら雄叫びをあげ、セシリアに近づくジャン。
「うぉぉおおお!」
「だから遅いって?」
パンッとジャンの巨体が転がった。
セシリアに足をかけられ転んだのだ。
「身体強化使いなよ? 遅すぎてあくびが出ちゃうよ?」
セシリアは微笑みを浮かべた。
ジャンは飛び起きながら、呪文を唱えた。
ジャンのからだを淡い光が包む。
「この女ァァァァ!」
再び突進しながら曲刀を振り回すジャル。
「遅すぎぃ…」
一瞬だけ銀光が煌めいた。
セシリアは気づけばジャルの背後に立っている。
「副団長とかいうから期待したのに、だめだめじゃん」
そう言うとセシリアはルミナスのほうへ向った。
とても残念そうな顔をしている。
「お風呂ってある? 今日はよく動いたから入りたいな」
「あ、はい。勿論あります、案内しますね」
そう言うと奥の方へ向かうルミナス。
「まて、女。俺はまだっ負けて…」
ジャンは振り向き曲刀をもった手を突き出した。
否、付き出そうとした。
けれども、腕は動かない。
不思議に思い、腕をみつめてはじめて気がつく。
本来あるはずのそれ。
肘から先には何もなかった。
それじゃ、動かないのは当たり前だと理解して。
そこで初めて、ジャンに激痛が襲った。
「あああああああああああああああああああああああぁぁ」
切られたところを抑えて、叫びのた打ちまわるジャン。
切り口からは血がグラスに注がれる葡萄酒のように溢れだす。
「とっととくっつけたら? じゃないと団長とお揃いになっちゃうよ? じゃあねおっちゃん達」
そう言うとジャンの絶叫を背に、セシリアはすたすたとルミナスについて行く。
騒然とする酒場。
「治癒士を呼んでくれー」
ベルダインが叫ぶ。
がやがやと喧騒が戻るなか、誰かがつぶやいた、それはなぜが響いた。
「あれで女だなんて嘘だろう?」
酒場の誰もが同意した。
***
娼館には浴場が付き物である。
理由はあえて語るまい。
ダイラスの娼館も例に漏れず浴場は設置してある。
ここは従業員用の浴場である。
ルミナスはセシリアの背中を流している。
「ほら、ふわっふわっ、ふー」
セシリアは泡で遊んでいる。
「流しますよー」
「はーい」
泡をお湯で洗い流すルミナス。
「じゃぁ湯船に入っていいですよ」
「わーい」
駆け出し大浴場に飛び込むセシリア。
ドブンとお湯が溢れ出るのも気にせず、今度は泳ぎ始めた。
「セシリア様は大人なのか子供なのかわからないな…」
騎士のように理路整然と話す事もあれば、突然子供のように親しく喋りかける、かと思えば残虐な笑を浮かべ剣を振るう。
ルミナスはそんなセシリアの性格をつかめないで居た。
そんな事を考えていると湯船のセシリアが大きな声でルミナスを呼ぶ。
「ルミナスもおいでよー、たのしーよー!」
そう言って再び泳ぎ出すセシリア。
「湯船で泳いちゃダメですよー」
やんわり注意するルミナス。
「えー、楽しいのに」
セシリアは不満気に口を尖らせる。
「湯船で泳ぐと、カッパが足を引っ張って溺れさせられちゃいますよ?」
「なにそれ怖い」
セシリアは途端におとなしくなった。
大人しく湯船に浸かっているかと思ったら、今度はうつらうつらと船を漕ぎ出した。
「眠いならもうあがりましょうか? お部屋に案内しますね」
***
部屋につくと服をほっぽり出し、ベットに潜り込むセシリア。
枕に顔を埋めて。
「ふっかふかだ! これで勝つる!」
よくわからないことを喋っている。
「俺はこれで、おやすみなさい」
ルミナスが下がろうとするが、セシリアが引き止める。
「せっかくだから一緒に寝ようよー」
セシリアにそう言われては引き下がれないルミナス。
「では、失礼して…」
そっとベットに上がりこんだ。
「抱き枕げっとおおー」
ルミナスの抱き枕化が決定した。
改修




