さんわ おもひでちろちろ
改修
日も傾きかける頃。
狭い裏路地の袋小路に、赤黒い水たまりがあった。
側には首のない体が二つ。
水たまりにには一人の女が立っていた。
虚ろな眼で、けれども恍惚とした瞳で、ここではない何処かを見つめている。
返り血で服が血塗れになるのも構わずに。
銀の髪に赤い瞳、白い騎士服を着込んだ女性、セシリアである。
「首を斬ったのは久しぶりだなぁ……、いつもはフランが嫌がるからなぁ……」
懐かしくなりふと昔を思い出す。
***
十二年前、リリィ公爵家。
「セシリア様いけません!」
「にげろー!」
「待ってよ、セシリアー」
庭では泥だらけになってドレスを汚したセシリアがフランシスと共に、侍女であるアルテミアと追いかけっこをしている。
テラスでは両親が微笑ましくその様子をみつめている。
「早く着替えてくださいましー」
「やだよー! べー!」
「セシリア、待ってよ~」
庭をぐるぐると駆け回る三人、服を汚したセシリアが侍女のアルテミアに怒られ、説教が嫌になり逃げ出して、追いかけられるという事をしていた。
これが公爵家の日常だった。
十二歳、女の子ならいい加減恥じらいとか慎みとかを覚える時期である。
それにもかかわらず、セシリアは自由奔放に駆け回り育っていった。
当時白騎士物語を読んで感銘を受けたセシリア。
どこから手に入れたのか、男物の服と訓練をする騎士が使う、刃をつぶしてある訓練用の片手平剣を担いで、度々リリィ公爵家の領地を出歩いていたのである。
両親が年をとってからできた子供ということもあり、それは大事に育たられていた。
横の領地でもあり、親戚でもあるフランシスはよく遊びに来ていたものだ。
引っ込み思案で他に友達がいなかったというのもあるが。
その日もいつものように、フランシスと連れ立ち、冒険と称して森で遊びに出かけた時だった。
***
リリィ公爵家の裏手にある私有地の森、名前をゲルブの森と言う。
豊かな森で、木々や草花が豊富に実っており。
獣も大小様々なものが棲んでいる。
ゲルブの森にの入口には管理人が常に一人、住んでいた。
グラム・プロイという初老の男性である。
代々公爵家に仕え、森の管理を任されてきた一族である。
優しい面持ちで、森に詳しい。
子供に好かれるのある意味当然であろう、男である。
セシリアも例外ではなく、グラムにいろんな話を聞くために森に遊びにきていたと言っても過言ではないほどだ。
そのときも、二人で入口にある小屋にやってきたセシリアとフランシス。
コンコンと小屋の扉を叩く。
「おじちゃんー遊びにきたよー! おじちゃーん!」
セシリアは大きな声で叫ぶ。
「いないのかなー?」
フランシスがそっと窓から中を覗く。
中に動く影はない。
「誰もいないねー? お仕事かなー?」
「おじちゃんーいないのー? おじちゃーん?」
セシリアはガンガンと扉を叩く。
「いないみたいだよ? どうしようか?」
フランシスの声が自分の声で聞こえないのか声が大きくなるセシリア。
「おじちゃーん? おじちゃーん!」
「いねえって言ってんだろ、その煩い声を止めろバカ」
フランシスがドスの聞いた声でたしなめる。
一瞬ビクっと硬直し、セシリアは声を出すのをやめた。
きょろきょろと周りを見回し、フランシスの顔みて胸をなでおろした。
「おじちゃんどこいったのかな?」
「森の管理をしているんだから、森の中にいるんじゃないの?」
フランシスの答えに、「そっかー」とセシリアは落胆した声をあげる。
そして、何かを考えるように真剣な表情で腕を組む。
その真剣な雰囲気に気圧されたのか、フランシスも声をかけないでセシリアが動くのを待っていた。
じっくり十分はそうしていただろうか、唐突に頷き組んでいた腕を下ろした。
「森にいこう!」
「ながいっ! それだけ考えるのに何分かけてんの!?」
フランシスは呆れてため息をついた。
「森は子供だけで入っちゃダメってグラムおじさんにも言われてるでしょ?」
「そうだっけ? でも大丈夫だよ子供二人で大人一人分だと思うから」
セシリアはよくわからない超理論を展開する。
「じゃぁ、そういうことで行こう!」
嫌がるフランシスを腕を引っ張り、引きずるように森に連れて行くセシリア。
最近は騎士に混じって剣術を習っているせいか、結構筋肉が付き始めている。
フランシスは抵抗もできずに引きずられる。
「自分であるくわよ、放しなさいバカ!」
フランシスは掴まれたのが痛いのか、腕を擦る。
そして、諦めたのか、しぶしぶとセシリアの後を付いて行く。
***
豊かな森というのは居るだけで、あちらこちらに生命の息遣いを感じる事ができるものだ。
木々のゆらめき、風によって擦れる葉音、小鳥のさえずり、小動物の戯れ、それを狙う肉食獣、肉食獣を狙う狩人。
全てが生命に満ち溢れている。
そんな森の中を歩く、セシリアとフランシス。
「僕らは騎士団ー♪ 悪いやつらは木っ端微塵ー♪ 盗賊達は金づるだー♪」
ご機嫌に森を歩くセシリア。
フランシスはやや疲れた顔をしている。
セシリアが大きな声で歌っているため、獣は粗方逃げている。
天然の獣よけである。
そのおかげか、いつもグラムと来るよりかなり奥まで来てしまっていた。
いつもはグラムの話を聞きながらゆっくり歩いてくるのだが。
今日はグラムがいないため、セシリアのペースでぐいぐいと突き進んだ結果である。
どんどんと突き進んで行くと、岩場に付きあたり、そこには洞窟があった。
「洞窟だ! 盗賊のアジトかな? ちょっと倒してくるね! フランは危ないから待ってて!」
そう言うと、セシリアはいきなり走り出した。
「え? ちょっ、何言ってんの?」
わけもわからず置いていかれるフランシス。
どんどん姿が小さくなるセシリア。
フランシスはため息をつく。
いつものことよ、すぐに飽きて戻ってくるわ……、と思うフランシス。
「仕方ないなぁ……」
フランシスはそこで待つことにした。
***
洞窟に入るセシリア、しかし、上は広いが横は狭くて、暗くてよくわからない。
何か燃えるものはないか、とあたりを探すと小岩の上に洋燈が置かれている。
明らかに誰かが使った形跡がある。
「おお! きっと盗賊のだな! 待ってろ、私が成敗してくれる!」
そばにあった、火打石で火をつけ洋燈を掲げ中を探索しはじめるセシリア。
「騎士は至高ー♪ 死んでいいのは戦場だけだー♪ 敵兵なんぞくそくらえー♪」
またも歌いながら進んでいくセシリア。
いくらか進むと光が差し込む開けた場所にでた。
そこはどうなっているのか、天井からは無数の木の根が絡まり合い、隙間から光が差込んでいる。
「あっかるーい」
洋燈の火を消し、きょろきょろとあたりを散策するセシリア。
「小さい足跡が一杯だ? 妖精さんでもいるのかな?」
首を傾げる。
あたりには獣の骨や革が散乱している。
何かを食べたあとのようだ。
何か光る物をみつけ拾い上げる。
「短刀だ! かっくいー!」
手入れもされておらず、ぼろぼろに錆びた、短剣を腰のベルトに挟むセシリア。
「盗賊のかな? やっぱり金づるなんだね」
うんうん、と満足そうに頷いている。
するとふと視線を感じ、一歩さがる。
次の瞬間セシリアの立っていた場所に小さな影が飛び込んできていた。
小さな影は銀色の何かをセシリアに向けて振りかぶる。
慌てて避けるセシリア、少しだけ掠り、髪が数本切れる。
子供のような小さな体躯、緑色のその体、顔に刻まれた皺は老人のようで、服は毛皮をまとっていて、手には短刀を持っていた。
小鬼だ。
ふとセシリアが視線をずらせば、何処にいたのか気づけば周りは小鬼だらけになっていた。
その数、実に十。
その姿を確認して、セシリアはニヤリと笑みを浮かべる。
――殺していいのは敵だけだ。
そういう台詞がセシリアの聖書である、白騎士物語にはある。
魔法にかかり、混乱した主人公が仲間に攻撃してしまい、一人の仲間を殺してしまう、という場面。
その時に仲間が叫ぶ台詞なのだが。
そして、セシリアはそれを……鵜呑みにしている。
本気で戦う相手は敵でなければならない。
故に訓練で、戦う相手には本気にならない。
真面目に戦うが本気ではないのだ。
初めは、敵を探した。
けれども、公爵家のお嬢様に敵かと聞かれ。
はい、そうですと答えるものなどそうはいない。
気づけば領地をでて、敵を探す日々が始まった。
冒険というなの敵探し、それがセシリアの日常になっていた。
「襲いかかってきたから、君たち敵だよね?」
誰に、と確認したわけでもない。
自分自身に確認する。
そして、その言葉を切っ掛けに。
セシリアの空気が変わる。
セシリアは訓練用の片手平剣を鞘から抜きはなつ。
そして、両手で正眼に構えた。
今のセシリアの身長では片手平剣を両手を構えるのがちょうど良い。
それを見た子鬼達、短剣を静かに前に構える。
前方に五匹、左右に二匹づつ、ちょっと離れた後ろに一匹。
綺麗に取り囲まれている。
前の五匹がジリジリと間合いを詰める。
左右の四匹もそれに合わせるように動いている。
後ろの一匹は動かない。
このままでは動けなくなってしまう、とセシリアは思う。
子鬼は決して強い魔物ではない。
一匹一匹は成体でも身長が1メートルほど、多少動きは素早いが、成たての騎士で一度に三、四匹は難なく倒せる相手である。
とはいえ、騎士になるような者なら倒せるが、決して子供が勝てる相手ではない。
それでも、セシリアは怯みもしない。
セシリアは大きく息を吸い、小さく息を吐いた。
「ハッ」
次の瞬間。
ゴキュリ、と骨の砕ける音がして。
左二匹の子鬼の首が飛んでいた。
二匹。
そのまま駆け抜けて、洞窟に戻る。
洞窟の横幅は狭く武器を振り回そうと思ったら子鬼でも二匹が限界だろう。
一瞬のできごとに、子鬼達は驚愕する。
しかし、仲間が殺された事に気づき、怒りだす。
そして、急いで狭い洞窟を走りセシリアを追いかけた。
最初の曲がり角を曲がり、セシリアが待ち構える。
最初の子鬼が顔をだした瞬間に頭上から片手平剣を両手で力一杯殴りつけた。
「ふんっ」
ベコリと嫌な音をして、子鬼の頭が凹む。
声すらだせずに絶命する子鬼、地面にひれ伏した。
三匹。
少しさがり次の子鬼を待ち受ける。
仲間の死体に気づき、慎重になる子鬼。
小鬼は壁からこっそりと半分だけ顔をのぞかせた。
けれども、瞬間ブスリと小鬼眼にささる錆びた短剣。
先ほど拾ったものをセシリアが投擲したのだ。
「ギギャー」
喚き声をあげる、子鬼。
手にもった短剣を闇雲に振り回す。
少し下がりそれを観察するセシリア。
仲間の子鬼が必死に何かを呼びかけている。
「キーキーギーギー」
洞窟内に声が反響する。
すると眼を貫かれた子鬼は次第に落ち着き、短剣を抜いて裏に下がっていった。
「ちっ」
思わず舌打ちする。
あそこでもう少し暴れてくれたらやりやすかったのになと思うが、下がったようで結果的には問題ないか、と思う。
少しごそごそと音がしたと思うと、ボロボロではあるが盾の代わりなのか鍋の蓋を構えて二匹の子鬼が飛び出してきた。
しかし鍋の蓋など何の意味もない、そのまま片手平剣を振り払い、鍋の蓋ごと一匹、右壁に叩きつける。
ゴフっと、血を吐き出す子鬼白目をむいて泡を吹いている。
四匹。
しかし、その隙にもう一匹が短剣を前に構えて突撃してくる。
セシリアは返す刃で、もう一匹の子鬼の手を切りあげる。
ボギャっと変な音がしたと思うと。
子鬼手首から上がありえない形に歪んでいた。
「グギャァ」
悲鳴をあげて、のた打ち回る子鬼。
そのまま大上段から片手平剣を頭に叩きつけた。
子鬼はブホッと顔にある穴という穴からから血を吹き出して、倒れこむ。
五匹。
すると上から雄叫びが聞こえてくる、どこかに通路があるのだろうか、遥か頭上のほうから一匹の子鬼がセシリアめがけて、短剣を構えながら落ちてくる。
一歩さがり、片手平剣を腰に構えて体制を固定するセシリア。
子鬼が落ちる軌道に片手平剣を突き上げた。
「ギギィァアアアアアア」
腹から背中に刃が突き抜ける。
子鬼雄叫びをあげ、絶命する。
六匹。
そのまま、子鬼の死体を振り払うように壁に叩きつけ片手平剣を死体から抜いた。
今度は複数、上から何かを唱えるような声がする。
セシリアは駆け出し、死体をまたぎ今度はまた開けたところに戻ってきた。
上から叫び声がきこえ、だんだんと近づいてくるのが分かる。
あたりを見回すと、先ほど眼を刺した子鬼が壁に体を預けて佇んでいる。
こちらを見つけたのか残った片目を大きく見開いて、叫びながら逃げ出した。
「りゃっ」
片手平剣を投擲するセシリア。
剣はくるくると回転しながら飛び、子鬼の背中を押しつぶす。
子鬼はグエッと喘いでその場に昏倒した。
止めを刺そうと近寄よろうとして、そのときセシリアの耳に唱えるような子鬼の声が聞こえてきた。
しかし、その声は今までの激情に任せた声ではない。
冷静に、静かに、何かを唱えている。
セシリアの背筋に悪寒が走り抜ける。
反射的に横に飛び、巨木の根の影に入り込み、その身を伏せた。
次の瞬間。
爆発がおきた。
セシリアに爆音と熱が襲いかかる。
熱い、危ない、隠れてなければ危なかった、とセシリアは思う。
音と熱が静まるのをひたすら耐える。
そして、熱が収まった頃、あたりを用心深く確認する。
倒れた子鬼は悲鳴もあげる事もできずに燃え尽きていた。
炭化したのか、黒い炭のようになっている。
七匹だけど、自分でやりたかった、と思うセシリア。
思わず舌打ちをする。
そっと片手平剣を確認するが、焼け焦げではいるのものの、使えないわけではなさそうだと、手を伸ばす。
「あちっ」
けれども、どうやら熱すぎて、持てそうにない。
ザッザッと足音が響く。
片手平剣を諦め、そっと木の根の影に再び隠れた。
木の根の影からこっそりと確認すれば、残りの三匹が並んで歩いてきていた。
焦げあとをみて何かを騒いでいる。
何を話しているかはセシリアにはわからない。
けれど騒いでる隙にそっと裏に回り込み、剣の鞘で右の小鬼の首を叩きおる。
グエッと絞められた鶏のような声をだしてその子鬼は倒れた。
八匹。
振り返るまもあたえず、中央の子鬼を返す鞘で胴を薙ぐ。
子鬼は呻いてたたらを踏み、よこ向けに倒れる。
止めを刺そうと、鞘を首に向かって振り下ろす、セシリア。
しかし、鞘を振り下ろしたとき目の前に赤い刃が煌めいた。
無理やり体をひねる。
赤い刃はセシリアの目前で空を切った。
カラン、と何かが落ちる音がする。
見れば鞘が途中から、綺麗にすっぱりと切れていた。
左の子鬼が中央の子鬼を守ろうと鞘に切りつけたのだ。
思わず後ずさり、距離をとるセシリア。
よくよくみれば、左の子鬼の短剣だけ他の錆びた短剣と違い、赤く淡い光を放っており、サビ一つ見当たらない。
魔法武器か、とセシリアは思う。
魔法武器とはその名のとおり、魔法が込められている武器である。
本来その人が使えない魔法をキーワードだけで発動する。
高貴な女性にも護身用として渡されたりするほど便利なものだ。
それは数多くの神話や伝説にも登場する。
その武器には特徴がある。
魔法を込めるのは特殊な金属にしかできず、込めた魔法の色が金属に現れるのだ。
そして、その武器には込めた魔法に近い効果が現れる。
氷なら凍結、炎なら火傷などだ。
そしてすごく高い、値段的な意味で。
どんなものでも金貨十枚はするだろう、それに普通の武器と違って加護を掘る事ができないのも特徴だ。
そのため、使える状況はそれなりに限られてくるのだが、純粋に魔法の発動にのみ使うのなら何の問題もない。
魔法を使っても、大気中の大魔力を吸収し、再び使えるようになるのだ。
おそらく先ほどの爆発もソレによるものだろう、と当りを付ける。
セシリアはそれを確認してニヤリと笑った。
その笑をみて、魔法武器をもった子鬼は恐怖に駆られたのか、魔法武器である短剣を振り回し、雄叫びをあげながら走ってくる。
あわやと思った瞬間。
セシリアは短剣をもっている手を蹴り上げた。
短剣はすっぽぬけ……。
そして、そのまま、倒れていた子鬼の頭にプスっと突き刺さった。
「グエッ」
一鳴き、絶命する小鬼。
よく切れるね、九匹か。
武器を失くし、ポカンとしている最後の子鬼。
セシリアは笑った。
「……最後の一匹」
***
セシリアが洞窟内部で暴れている頃。
フランシスは洞窟の入口でうろうろとしていた。
中に入るにも灯りはない。
かといって一人で森から抜けれるほど、フランシスは強くない。
十二歳の少女なのだから、当たり前なのだが。
結果として洞窟の前で待つしかないのだ。
おとなしく待っていると森の中から五月蝿いほどの音が響き渡る。
「何の音?」
首をかしげて、考えてみるが、考えた所でわかるはずもない。
音はだんだんと近づいてくる。
耳を澄ませてみれば、木々が倒れる音、岩が砕ける音、それに混じって金属音すら聞こえてくる。
金属音、誰かが武器で争っているのだろうか。
野党だろうか、それとも戦争の敗残兵だろうか……。
ここ、ゲルブの森は管理されてるとはいえ、滅多に人の立ち入る場所ではない。
公爵家所有ということで、たまにリリィ家やその親族が狩りに来る程度だ。
管理人がいるといえ、森は広大で、一人で全てを管理できるわけもなく、あずかり知らぬ所に何かが潜んでいてもおかしくはない。
地元の民もそうそうには近寄らないのだ。
そんな所で、公爵家の関係者以外が騒いでいるとすれば、それは、どのみちまともな輩ではないだろう。
フランシスは不安になり、何処か隠れる場所はないか、と辺りを見回した。
すると洞窟の近くにある大きな岩を見つける。
ちょうどいい窪みがある。
子供一人が隠れられるくらいに。
そこに入れば少なくとも反対からは見つからないかなと、フランシスは思った。
そして、その岩の窪みにしゃがみ込むように隠れた。
音はどんどんと近づいてくる。
雷が落ちたかと思うほどに激しい音。
鍛冶屋と思うばかりの金属音。
そして、連続的に響く爆発音。
なおも音は近づいてくる。
ガキンっと一際大きな、金属音がした。
そして、数秒間の空白。
音が止まり、奇妙に思う、フランシス。
恐る恐る、岩の窪みから、そっと顔をだし外を覗きこんだ。
すると、そこには何か大きなものが、クチャクチャと音立てて何かを食べていた。
何かのはずみに、フランシスのほうに何か丸いものが転がってきた。
コロコロと転がるそれは、赤い液体にまみれていて。
灰色の毛がついていた。
コツンと。
それはフランシスの足元まで転がり、動きを止めた。
その二つの瞳がフランシスを見つめていた。
「……え?」
それは、見知っている顔で、いつも優しく、遊んでくれた。
グランおじさんの首だった。
「……なん……で?」
目の前に何があるのかわからない。
けれどもやがてそれが何かを理解し。
フランシスは悲鳴をあげた。
「いやあああああああああああああ」
そして、近寄ってくるその影に気づいた。
赤黒い肌、大きく出っ張った腹、その顔は赤ん坊のように丸い。
その手には大きな鉈を構え、口周りには血液が滴っている。
肥満鬼……!
フランシスに衝撃がはしる。
肥満鬼……子鬼の亜種である、通常は滅多に産まれず、時たま産まれてしまう奇形種だ、大きさは成人の猿人よりもやや大きい。
なんで、こんな所にと思うとともに、逃げようとも思うが。
けれども足は動かない。
肥満鬼は何処か緩慢に、フランシスへと近づいていく。
「ヒィ……」
動け動け動け……、動かない足を叱咤する。
けれども既に目の間に、それは居た。
「あ……」
肥満鬼手にもつ鉈を見上げるフランシス。
鉈にはおそらくグラムのものであろう、血が滴っている。
肥満鬼の手がフランシスに伸びる。
誰か助けてよう……。
眼をつむり、フランシスが願った瞬間だった。
キンっと軽い金属音が聞こえ、ドサっと何かが落ちる音がする。
音が気になり、恐る恐る眼をあけるフランシス。
するとそこには、首のない肥満鬼が立っていた。
「えっ?」
そして、そこからは血が止めどなくあふれている。
おそらく心臓の動きにあわせているのだろう、一定のリズムでもって血が噴き出る。
その血がフランシスにかかる。
「あっ……」
フランシスは自分の体の力が抜けていくのを感じる。
ポタポタと温かい液体が体を滴る。
フランシスの意識があったのはそこまでだった。
***
フランシスが目を覚ましたのは、日も沈みかけた頃だった。
起きたフランシスが居たのはセシリアの背中だ。
背中のものが動いた気配にセシリアが気づく。
「おはよー、あんなところで寝ちゃうんだもん、びっくりしたよー」
「おはよう……あれ……なんで私……」
うまく回らない頭で考えるフランシス。
「待っててって言ったのに、居ないしさ、あんなところで寝てるんだもん、もう少しで肥満鬼に襲われる所だったんだよ?」
セシリアの言葉に段々と思い出してきたフランシス。
「違うわよ! 気絶してたの! 肥満鬼が居て! 怖かったの! ……待って、グラムおじさんは?」
「多分あの肥満鬼に殺されたんだよね……、仇はとったよ」
その言葉を聞いて涙を流すフランシス。
優しかったおじさんが、なんで。
「おじさん……」
「泣かないでよ! 肥満鬼の返り血とフランのおねしょで凄い濡れてるんだから、これ以上服が汚れたらもっと怒られる」
論点がずれてるセシリア。
強気に振舞っているが、思う所があるのか、唇をかみしめている。
しかし、怒られるという言葉を聞いて、青ざめるフランシス。
「そうだ、アーノルド様にご報告しないと」
「もうそこに来てるよ、帰りが遅くて迎えをよこしたみたい」
セシリアが言う方向をみれば。
遠くで手をふっている、アルテミアの姿が見えた。
***
その後、血まみれの二人に気づいたアルテミアは大狂乱であった。
なんとかたしなめて、事のしだいを説明すると段々と顔を青ざめていき、アルテミアはパタンと気絶した、見かねた街の人が公爵家に連絡し、二人が公爵家に戻ったのは大分遅くになってからだった。
肥満鬼が出たということで公爵家は大騒ぎ、何度も事のしだいを説明し、その度厳重に注意された。
しかし、騎士の訓練に混じっていたとはいえ子供が実践で、しかも魔物相手でそこまでやったものなど聞いたこともなく、セシリアには剣の師匠がつくことになった。
その件があってから、フランシスが首なし死体をみると怖がるようになったのだ。
そのため普段は敵であろうと、首を飛ばすのは自重していたのだが。
「やっぱり、首を飛ばすのが一番簡単だよねぇ……」
セシリアが思い出に浸っていると、ガサッと足音が聞こえた。
「ん?」
足音のするほうを向いてみるとそこには。
昼に道を聞いた少年が立っていた。
改修




