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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
一章 団長 始まりの旅路
2/121

一話 王都ミナクシェル 神殿 創世の欠片

改修

 遥か昔、神話の時代。


 世界には人族と魔族が存在していた。

 強靭な力を持つ魔族は脆弱な人族を家畜のように扱っていた。

 そんな人族を哀れに思った神は十二の使いとその従者、神獣を人族に使わせる。


 後にその十二人は十二使徒と呼ばれ、従者は十二獣と呼ばれた。

 十二使徒と十二獣は哀れな人族を魔族から救っていった。

 やがてそれは人族と魔族の戦となり。


 世界は戦乱へと導かれた。


 人族や神獣を率いる十二使徒。

 魔物と呼ばれる、闇の眷属を率いる魔族。

 戦いは年々激化の一途を辿り。

 激しい戦いの末。


 十二使徒と十二獣は魔族を追い詰め、遂には討ち滅ぼす事に成功する。


 人族は喜びの宴を七日七晩開いたという。

 だか決して、戦いで失ったものは決して少なくなかった。

 十二使徒は六人にまで減り、十二獣は一匹しか残らなかった。


 光の治癒士、ヒューミィ・エフレディア。


 水の戦士、マームス・アッシリア。


 大地の守りて、オーギア・グランド。


 炎の鍛冶屋、ドワング・エンゴ。


 風の射手、ハーリム・サイシアス。


 闇の使徒、エルー・トルデコ。


 そしてヒューミィ・エフレディアの神獣、光竜ミナクシェル。


 他の使徒と神獣は戦いで死んでしまった。


 戦いが終わったというのに浮かぬ顔をする十二使徒に、その時の人族の王が理由を問うた。


「使徒様達はなぜ悲しんでいるのですか? 我々は魔族を打ち倒したというに何が悲しいのですか?」


「おお、仲間や家族の死を悼めぬ幼き人族よ、愚かなおぬしらに答えよう。我らは悲しいのだ、友人を、仲間を、家族を失ったが故に」


 そう言うと使徒たちは泣き出してしまいました。


「悲しまないでください、使徒様達、友人を、仲間を、家族を失ったのであれば、私達が代わり、友人に、仲間に、家族になりましょう」


 人族の王はそう告げる。


 それを聞いた使徒たちは大きく泣きじゃくった。


「それでも悲しいのですか? 私達では代わりにはなりませんか?」


 不安そうに人族の王は問うた。


「違う、悲しいのではない。嬉しいのだ、しかし、決して代わりなどでない、新しき友よ」


 そして、十二使徒は、人族と交わった。


 やがて子孫を残し、その天命を全うした。




***




 エフレディア王国、王都ミナクシェル。


 エフレディアの血を受け継ぐ者が、建国したと言われるのがこの国である。


 王都の煉瓦道を歩く少女が居る。

 肩で揃えられている美しい金の髪。

 澄んだ湖のように青い瞳。

 身長は百六十ほどか、可愛らしいというよりは凛々しいという表現が似合う。


 年のほど、十六かそこらにしか見えないが、醸し出す空気は大人のそれだ。


 スレンダーな体型、道行く人が二度見をするくらいには、美しい少女。

 そして何よりも眼を引くのはその服装。

 エフレディア王国の騎士団が採用している騎士服である。

 それも黒色、翼竜騎士団のものである。


 さらに胸の部分に、どの既存の騎士団にも存在しない、リリィ家の家紋に似せた、白百合の花に見立てた紋章がついているのである。


 可憐な少女と無骨な騎士服。


 本来ならば決して出会うはずのなかったそれは、ある種異様とも言える妖艶さを少女にもたらしていた。


 道行く人に随分と見られている。


 道をかける子供が、歓談をする婦人が。

 馬車の上から貴族が。

 一様に好奇の視線で少女を見やる。


 少女は初夏の日差しと歩いたせいで、わずかに汗ばんでいる。


 けれども額に光る汗すらも、少女の美しさを引き立てているようにしか見えなかった。


 好機の視線にさらされながらも、それを気にしたふうもなく堂々ど歩く少女。


「あちぃ……」


 だが見た目とは裏腹に、粗暴な言葉遣いで呟いた。

 だがある種、本来騎士服を着ているだろう人種にはにはあてはまる台詞でもある。


 そんな不均等な組みあわせの少女が、煉瓦道を歩いてた。


 何を隠そう、この少女こそ、本来の姿ならば歴戦の戦士と揶揄される容姿の青年、クリスである。


 信じられないかもしれないが、この姿こそ失伝魔法(ロストマジック)で変身した、初代王女、エリザベート・エフレディアの姿なのである。


 大通りを歩くクリス。

 人々に見られているとう事実にご満悦である。

 暑さに気だるそうにはしているが、その顔は僅かに微笑んでいる。


 とはいえ、人の注目を浴びて喜ぶという趣味をクリスがもっているわけではない。

 騎士服で出歩くことで人々の関心を集める事が、王都を歩く目的の半分である。


 つまりは職務である。


 騎士団を作るにあたり、パフォーマンスが必要である。

 女性だけの騎士団なぞ、前代未聞なのだから。


 推薦された女性こそ幾人かいるが。

 騎士団としての体面を保つためにはある程度の人員が必要だ。

 それを全て推薦で補うというのは土台無理な話である。


 役所で公募もする予定だが、こういうのはじめが肝心だ。

 凱旋デビューとしては、小さくてもいいので何か功績やうわさ話があったほうがいい。


 そのほうが人も集めやすいだろうという判断だ。


 騎士服の麗しき少女という餌。


 これに引っかかる魚、例えばそのへんのゴロツキでもいい。


 絡んできた者を叩きのめして宣伝にも使えるし、もし仮に善良な一般市民に問われたのなら、素直に騎士団のことを話せばいい、前代未聞の騎士団だクリスの目論見通りの噂話くらいにはなるだろう。


 しかし、しばらく歩き回っていたというのに好奇の視線こそ感じるが、声をかけるものすらおろか、近寄ってくるものすらいない状況だ。


 一抹の不安がクリスの頭を過る。

 どこぞの貴族の馬鹿な令嬢のお遊びと思われいる可能性。


 そうなると面倒だ。

 一般の平民が声をかけてくることもないだろうし、下手に他の騎士団にでも声をかけられたら説明だけで時間の無駄である。


 必要なのは国民へのアピールだ。


 騎士団とは国の金、貴族の金、ひいては税として徴収される国民の金を使って維持しているのだ。


 休戦という形ではあるが、終戦後、金食い虫の騎士団は一部を除いてあちらこちらで軍備の縮小を余儀なくされている。


 たとえ王妃様が後ろ盾であるという騎士団が出来たとしても、民への受けが悪くては何をするにも良い事などひとつもない。

 クリスは現場でそれを実感しているからこそ、国民へのアピールを狙っているのだが。


 まったくというほど当たりがない。

 ため息をつきながら考えて、何かないかと辺りを見回す。

 時刻は午前、忙しく歩き回る商人達、昼の準備で忙しい婦人達、農夫たちなど畑にいるだろう。


 そして、少なくない警備兵が街にはいる。


 クリスはそういえばと思い当たる。


「なるほど、ここは王都だった」


 ゴロツキなど昼間から闊歩できるほど治安は悪いはずもない。


 クリスは普段は王都には居らず、駐屯地か、もしくは翼竜騎士団任務で向かうのは王都より離れた地が多かった。


 翼竜騎士団はその名のとおり、翼龍(ワイバーン)を使役する、機動力と行動範囲が売りの騎士団である。


 基本的に騎士団が存在するのはエフレディア王国が認めた団体だけだ、つまりは騎士団とは役人のようなものなのである。


 それはつまり地方にいけばいくほど、権威というものは落ちてくる。


 国の端にでもいけば騎士団というだけで喧嘩を売られるというのも日常茶飯事だ。

 クリスの所属していた技術部というのはていのいい名称で、実際に現地にいけばなんでもやる雑用部隊のようなものだった。


 盗賊等に襲われた村町の復旧作業、臨時の武器の制作、炊き出し、斥候部隊に混じって地形把握のために地図を作ることもしばしばだ。

 現場の人手が足りなければ戦闘にもでる。


 他事務や現場との打ち合わせは技術部を全て通すし、上層部からの情報も全て技術部が管理していた。


 要するに、現場と上層部の中間管理職なのだ、技術部は。


 クリスが任務でいった地方では、こんな格好をした少女がいたら、すぐに其の辺のゴロツキが絡んできたろうに。


 しばらくうろついてみるが、ゴロツキなどそもそもいない。

 王都の治安が良いということなのだが、今回はそれでは意味が無いのだ。


「ボウズかよ」


 思わず悪態をつく。

 捕物でも俺の目の前で起きてくれないものかと、不謹慎なことを考えなら歩いてゆく。

 この服で歩いているだけでも宣伝にはなるのが、些か刺激が弱い。

 

「続けてもいいが……」


 滴る汗を袖で拭う。


「暑いし、だるい……」


 そろそろ太陽が真上に差し掛かりそうで、太陽は燦々と光を振りまいている。

 夏のこの日差しの中、無為な散歩は疲労が酷い。


 クリスが仮住まいとして王都に借りている部屋から出立したのが太陽がもう少しばかり、東にある頃である。


 懐から銀時計を取り出し時間を確認するクリス。


「十時にでたから……もうすぐ昼か……」


 実に二時間近くも歩いていることになる。

 それは汗もかくだろうと一人納得する。


 儀式は午後からだと聞いている。

 街を歩いた理由のもう半分、神殿に用事があったのだ。


 アピールは諦め、神殿に向かうクリス。


 初夏とはいえ既に日は高く、容赦なく陽の光がクリスを照りつける。

 額から幾重にも汗が滴り落ち、地面に吸い込まれるように消えていく。


「神殿についたら、水をもらおう」


 クリスはそんな風に呟きながら、神殿へと足を進めた。




***





 クリス神殿に到着したのは太陽がほんの少しだけ西に傾いた頃だった。


 白い煉瓦で作られたであろう、重厚で大きく広い建築物。

 敷地内には塔があり、大きな鐘が釣らされているのが確認できる。

 敷地を囲むように煉瓦でできた塀が成人男性よりも高い位置まで積まれて壁に成っている。


 門戸は大きく開け放たれているが、神殿への入り口には白い法衣を纏った男の神官が二人、門番なのだろう、槍を構えて立っていた。

 

「暑いのにご苦労な事で……」


 片方の門番が近づくクリスに気づき、一瞬惚けたかと思うと、徐ろに服装を正し、挨拶をしてきた。


「こんにちわ、お嬢さん。神殿に何かご入用ですか?」


 お嬢さんと呼ばれ、少しばかり頬が引きつるクリス。


 茶化されているわけではないのだが、やはり元々男なのだから違和感や抵抗感がすさまじい。


「こんにちわ、暑い中大変ですね……」


 ぎこちなく微笑み、言葉を返すが、そこで区切り、逡巡する。


 おそらくは下っ端だろう門番に素直に事情を伝えて良いものか。

 考えていると不思議に思った門番がさらに、声をかけた。


「もしかして体調が悪いのですか? この天気です、汗も大分かいているようですし」


 男の視線はクリスの額や首元をさまよっている。

 暑さのために少しばかりはだけさしている胸元に、時折視線が向かうがすぐにそらす。


「いえ、その……約束が。リリィ家の者が来たと、大司教(アークビショップ)殿にお伝えくだされば」


 迷った末に伝えない事にしたクリス。


 リリィ家と聞いて門番の顔色が変わる。

 王都でリリィ家といえば、リリィ公爵家である。


 仮にも王族に連なる家系、領地も近く、王都でまず知らない者はいないだろう名家である。


「これは失礼を……、すぐにお取次ぎを致します。少々お待ちください」


 もう一人居る男に何言がいいつけると若干の駆け足で神殿内部に向かう男。

 もう一人の男もクリスをみるが、眼が合うとすぐに逸らしてしまう。


「……」


 ――この暑い中、立って待ってろってか?


 気の聞かない門番にげんなりする。


 門番とて暑いのは同じなのだが、自分が門番なら仮にも客人にそのような事はしないだろうと思う。

 涼める場所はないかと軽く辺りを見回した。

 神殿の広さからみても少し時間がかかるだろうその間に休める場所をさがしたかった。


 すると路行く途中にちょうど良さそうな木陰を発見した。

 その木陰に座り込む。

 手ぬぐいで汗を拭う。


 制服など来てくるんじゃなかった。


 王国騎士の制服は長袖長ズボンである。

 上から鎧を着れるように色々と可動部分がある特別性だ。

 ちなみに制服を下手にいじると王国から文句がでる。


 なので、せいぜい色と胸の紋章くらいしか弄れない。

 とはいえ、クリスはそこまで服に拘りがない。

 見た目よりも実用派である。


 色は翼竜騎士団の頃のまま男用の黒い制服を女の体に合わせてベルトで縛り、百合の白い紋章を本来翼竜騎士団の紋章があるところにつけただけである。


 これは騎士団に所属していない騎士の場合は家紋を胸に付ける決まりがある。

 騎士団に所属してない騎士というのもほとんど存在しないのだが。

 要するに身分証のようなものである。


 とはいえ、黒い騎士服に白い紋章は際立ち、美しく映る。

 しかし、黒がまずかった。


 黒は熱くなりやすい、日が落ちた後の任務に見つかりにくく最適だが、炎天下の中動き回るのに、これほど合わない色はないだろう。


 作る騎士団の制服の色は白にするかとクリスが思わず考えてしまうほどに暑かった。


 腕まくりをして胸元をはだけさし、影を作る樹にその身を預けるようにもたれかかった。


 夏の暑さで頬を少し紅く染めており、その様子はとても艶美に映る。

 しばらく木陰で涼をとっていると声がかかった。


 先ほどの神官だ。

 男は少し顔を赤らめながら、クリスを見て目線を迷わせている。

 クリスはそんな男をみて、不思議そうに思いながらも、首をかしげ思案する。

 

 ――そういえば騎士服だったな。


 暑さのせいで忘れかけていたが……女が着てるのは珍しいを通り越して奇抜である。

 ここに来てアピールになっても意味がないのである。


 とはいえ、神官が顔を赤らめたのは別の理由である。

 ボンキュボンが好きなクリスとは思考が違ったので気づかなかっただけである。


 何か言われるのも面倒だ、そう思ってクリスは黙って男に笑顔を向けた。

 困ったら微笑っとけと、言われている。

 神官は顔を赤らめながらも手にもつ木製の盃を差し出した。


「暑いでしょう、どうぞお飲みください」


 盃には井戸水だろうか、結露した水滴が周りに着くくらいには冷たい水が入ってた。


「ありがとう」


 受け取るときに僅かに触れ合う指。

 男が一瞬びくりとしたような気もするが、クリスは気にせず盃を受け取り水のんだ。

 そっと一息付いたころ、神殿の中から声がかかった。


「クリス様、クリス・リリィ様であらせますね? 地下室で大司教(アークビショップ)様がお待ちです、どうぞこちらへ」


 呼ばれた方をみると、そこには小柄な女性神官がいた。

 背は今のクリスの肩ほどしかなく、銀の巻き髪に紅い眼をしている。


 ――随分小さいな?


 クリスが黙って見ていると、女性神官が不思議そうな顔をした。


「何か……?」


「いや、別に」


 曖昧に濁し、その後ろについていく。

 向かう先は神殿の奥だった。

 地下へ向かう階段を降りていく。


 地表とは違う、冷たい空気がクリスの肌を撫でる。


 何処かへ繋がっているのだろう、風が通るということは他にも出口があるという事だ。


 涼しさにクリスの気分がいくらか安らいだ。

 地獄から天国だとはこのことだ。

 いくらか気分がスッキリし、軽い気持ちでクリスは階段を下ってゆく。


 小さな女性神官をゆっくりと追いかけた。

 一仕切りあるけば、終着点にたどり着く。


 女性神官が足を止め、クリスもそれに習い足を止めた。

 階段を下り切った場所には何もなく、ただの壁のみが漫然とあるだけだった。


 不自然に途切れている階段。

 女性神官はなにかを探すように壁に手を当てていた。


 不思議に思い、クリスも眼を細めて壁を見ると、壁には細かな凹凸があっる。

 クリスも確かめると、何か文が書いてある。


「迷える子等よ、悩める子等よ、諦めることなかれ、きっとその道の先には幸福が訪れるだろう」


 聖書の一文だろうか。

 クリスは声にだして読み上げた。


「おや?」


 女性神官が意外そうな顔をする。


「神官でもないのに古代語が読めるのですね」


 女性神官は感心したのだろうか、そして何処か嬉しそうだ。


「昔とった杵柄のようなものです。それよりもこれは聖書の一部ですか? 流石にどこの章とかまではわかりませんが、ああ、なにかのキーワードですか?」


 先ほどの聖書の一文を発声したば場合に、壁が開くなんらかの仕掛けが施されているのだろうとクリスは当たりを付ける。

 

 女性神官は嬉しそうに微笑んでいる。


「お察しのとおりです、そろそろ開くと思うので、開いたら中へ」


 ――壁が中央から割れたりすんのかな?


 中々にこの手の魔法装置は大掛かりな物であると相場が決まっている。

 何が起きるのかと僅かに期待した。


 瞬間、壁に書かれた文字が僅かに発光したと思ったら、そこにはもう壁がなかった。


 ――消えるのかよ!


 内心冷ややかな気分になるクリス。

 すると今度はクリスの頬を冷たい風が撫でた。


 風の来る方をふと見れば、そこには広がる草原が見えた。

 地下にどうしてこのような規模の草原が用意できるのか。

 地平線が見えるほどには広かった。


 そして、はるか遠く。


 草原の中心だろうか、一点の台座が目に入る。


 そしてそれを囲むように四方より水がながれ、中心で円形に交わっている。


 台座の周りには草花が咲き乱れており、初夏だというのに、気温はまるで秋の夕暮れかと思うほどに涼しく、空気も湿気を含んでおり、鍾乳洞の内部を彷彿とさせる。


 地下室であるのに暗くもなく、光源すらわからない、けれども天井すらも見えもしない。


 ――不思議な場所だな、なぜだかとても心地よい。 


 クリスが惚けていると、側にいた女性神官から声がかかる。


「初めての方は皆さん、同じような表情(かお)をなさいます」


 惚けていたところを見られ、クリスは少しばかり顔を赤くしながらも言葉を返す。


「これは、すごいですね、まさか神殿の地下にこんなものがあるなんて、ここに来れただけでも、とても……なんというか清廉な気持ちになれる気がします」


「そう言って頂けるとこちらも嬉しく思います、ではお進みください。中央で大司教(アークビショップ)様がお待ちです」



 クリスは中へ一歩踏み込んだ。


 すると不思議な現象がクリスを襲う。


 一瞬の違和感。

 例えるならそれは、空気が入れ替わるような。

 まるで世界が入れ替わったかのような感覚。

 

 不可思議な感覚に一瞬思考をもっていかれたが、気づけばそこは草原の中心だった。

 先ほどまで遠目にみえていた台座がクリス目の前、ほんの数歩先という所に位置している。


 驚き辺りを見回すクリス。


 そこで自分自身が既に移動している事にはじめて気づいた。

 思わず目を見開き誰に問うでもなく呟いた。


「魔法……なのか……?」


 けれども呟きであるというのに、その言葉には返答があった。


「初めてのものは皆魔法と申されますな、神殿流に言いますと神のご加護にございますが」


 その声に驚き振り向けば、そこには上位の神官しか着ることを許されない、純白を金で縁取りした僧服を来た老人が立っていた。


 髪は禿げ上がり、眼は紅い。


 クリスはその目に一瞬だけ気圧された。


 思わず一歩さがったしまう。

 しかし、すぐさま気を取り直した。


「失礼をお許し下さい、大司教(アークビショップ)殿であらせられますか?」


 咄嗟に騎士の礼をとる。

 右手を軽く胸に当て、頭を下げる。


「然り、しかし礼などいらんよ」


 厳かに、そして年を感じさせない声で大司教(アークビショップ)は告げる。


「しかし、儀式を執り行って貰う身としては、そういうわけにも……」


 クリスとて騎士の端くれではある。

 最低限の礼儀くらいは通したい。


「聞いていた話よりはお堅いかたのようだ」


 大司教(アークビショップ)はそう言うと微笑んだ。


 誰からどう聞いていていたのかと気になったが失礼にあたると思い、とどまった。


「儀式は私が行うわけではない、私はもしも時の、係ということですな」


 答える大司教(アークビショップ)は微笑んだ。


 ではどなたが? とクリスが目線で周辺を伺うと、大司教(アークビショップ)は手でそれを制し、台座の上に目線を向けた。


 クリスが釣られて台座に視線を向けると、そこには器があった。


 銀色で、得も言われぬ雰囲気を纏った小さな盃。


 無造作にただそこへと置かれている。

 神殿の地下にある銀の器……、一つだけ思い当たるものがある。


「これは、まさか聖杯ですか……?」


 聖杯、それは創世記の神話における神の血を注がれた、盃である。


 曰く、手にした者は世界を制する。


 曰く、手にした者は不死者となる。


 等、数え上げればキリがないほどの神話や伝説に登場する物である。


 ふと視線を下げると大司教(アークビショップ)が頷いた。

 

「然様、これこそは真なる聖杯、これに注がれたる水は、神の血、真なる聖水である、それを飲めばあらゆる傷は癒え、いかなる病も治り、決して病にかからなくなる強靭な肉体を手に入れ、そして老化をも止めて聖痕(スティグマ)を授かり、神の使徒、聖騎士(パラディン)になるだろう」


 厳かに大司教(アークビショップ)は告げる。


「さぁ、手にとって飲みなさい、神の血を、見た目こそ空だが、口につければ水は出てくる、飲み干すまで離してはいけないよ。怖がることはない、あなたのお姉さまも同じくそれを飲みほした、けれどほんの三回喉をならしただけだ」


「姉上が……」 


 手にとり逡巡、聖杯の大きさ自体は小さなものだ。

 女性の手のひら、クリスでもで被える程度だ。


 何も見えないが、手には確かに水の重みが伝わってくる。

 見えないとはいえコレを飲み干すくらいならば、難しいこともないかと安易な気持ちでそれに口を付ける。


 瞬間、クリスの口内を蹂躙するかのように水が流れ込んでいく。


 なんの味もしない水だけれど、それは例えるなら高級なワインを飲んでるような、なんとも不思議な感覚をクリスにもたらした。


 味はない。


 ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らし飲んでいく。


 ――これが、真なる聖杯、聖水。


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……。


 ――聖騎士(パラディン)になるというのはいかなることなのか。


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……。


 ――儀式に失敗とかあるのだろうか?


 益体のないことばかり考える。


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……。


 ――魔法を使えぬ女でも、男と肩を並べることをできる力……逆に男の聖騎士(パラディン)はそれほど強いのか?


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……。


 ――さっき水、貰うんじゃなかったな……。


 僅かな後悔がクリスを苛む。


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……。


 ――多くね? ちょっまじで、これ一気じゃないとダメなの、結構きついんだけど?


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……。


 ――聖水止まる気配がないんだけど、もう腹タプタプ言ってない?


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……。


 こっそりクリスはこっそり腹を確かめる、特に別段変わりはない。


 ――あれ、変なとこだけ神の力?


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……。


 ――多いし……神様、血だしすぎだろ、出血死してる量だろこれ。


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……。


 ――姉上は喉ならしたの三回つったよな、なんで俺だけこんな多いの? いじめ? 神様えこひいきしてね? どうなの?


 段々と苛立ってくるクリス。


 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ピチョン。


 ――お、最後の一滴? 長かった、神様こんちくしょう、陸で溺れるところだったぜ!


「ぷはぁ……ふう、いい汗かいたぜ、汗?」


 クリスはそこで己の身体が熱くなっていることに気がついた。


 直後に、視界がぐにゃりと歪む。


 わずかにだがたたらを踏み、立ち止まろうとするもの、すでに体は言う事をきかず。


 ――あついな……。


 熱さに段々と朦朧としていき、クリスの意識は薄れていく。


「神様のくそったれ……」


 クリスは意識が途絶える直前にそう呟いた。


 倒れたクリスをみて慌てて近寄る大司教(アークビショップ)


「まさか倒れるとは」


 すかさず脈を確認し、無事なことに安堵する。

 気絶しているだけで特に不調のようなものは見られない。


「アリシア、頼みます」


 その言葉に近場に控えていた小柄な女性神官が歩み寄る。

 そして、驚く事に自分の体より大きなクリスをひょいといとも簡単に担ぎあげたのだ。


「控え室に連れて行きますね」


 アリシアと呼ばれた女性神官はクリスを担いで歩いて行く。

 大司教(アークビショップ)はそんな出来事にも眉一つ動かさない、当然の事だからだ。


 アリシアもまた聖騎士(パラディン)だ。

 その体に聖痕(スティグマ)を宿す。


 大司教(アークビショップ)はふむと顎をさすり祭壇を見つめた。

 何かを振り払うように首を振る。


 大司教(アークビショップ)は苦悩の中にほんの少しの希望を見つけたような、けれどもどうしていいかわからない、そんな顔をしていた。


「私の前で神に悪態をつくとは……」


 最後に大司教(アークビショップ)は苦笑した。






2018/04/17 改修

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