いちわ ぱらでぃん なれるものなれないもの
改修
「なんで私だけなのよ……」
神殿のエントラスに声が響く。
フランシスは憤慨していた。
神託に応えるために自分の懐刀を連れてわざわざ神殿に出向いたというのに関わらず、聖杯の儀と呼ばれる、聖騎士になるための儀式に立ち会えないからである。
確かに、フランシスも全員が入れるわけではないとは聞いていた。
だがまさか王妃である自分が入れないとは露にも思っていなかった。
儀式の間に向かう途中の地下を降りる階段。
案内の神官とフランシス、そしてセシリアの三人で降りていったはずのなのに、気づけば自分一人だけになっていた。
唐突にである。
横にいて会話をしていた相手が、次の瞬間いなくなっていたのだ。
そこ階段を降りる前に案内につくという小柄な女性神官に言われた言葉を思い出した。
「もし、はぐれたりしたらすぐに引き返してくださいね」
そのときは一本道で何を言ってるんだろうと思ったものだが、現在この結果である。
ため息を付きながら引き返す。
下ったぶん登るのも面倒なこと。
考えながらも踵を返し、上に一歩を踏み出したのだが。
「え?」
踏み出した瞬間そこは地下の入口だった、そばには受付の神官が立っている。
思わず呆ける。
「お帰りなさいませ、フランシス様」
声をかけられて我に帰る。
「なんで? 魔法?」
不思議に思い問いかける。
神官はそれに笑いながら答えた。
「神殿流でいえば、神のご加護で御座いますが、とまぁこれは大司教様の受け売りですが」
「ご加護?」
「この階段は選別の階段と言いまして、聖騎士になれるものを選別するそうです」
「私には資格がないっての事なのね……」
セシリアにはあって私には……、と少しばかりの嫉妬が湧き上がる。
もちろん、入れたとしても聖騎士に成る気などさらさらないのだが。
「なんで私だけなのよ……」
居るのは見知らぬ神官一人だけ。
残されたら、言いたくなるのは仕方ない。
「ここでしか選別できないの?」
「なんでも、聖騎士の一部には見分ける力を持つ人もいるらしいですよ」
「そんなら先に見分けられるやつ連れてきなさいよ、無駄足だったわ」
連絡もなしに訪問したフランシスが悪いのだが。
けれども、それは神殿に主導権を握らせないための牽制なのでる。
行き成り行って度肝を抜いてやろうと、蛇竜騎士団も引き連れて行ったにも関わらず。
神殿にはいった瞬間かけられた声は、
「お待ちしておりました」
である。
気味が悪いにもほどがある。
思わず「ちっ」と舌打ちするフランシス。
唐突なその振るまいに若干冷や汗を流す神官。
「申し訳ありません、聖騎士には任務がありまして、普段は各地に散っているのです」
フランシスは漫然と鼻を鳴らす。
一体どのような任務なのか、何をしているのかもわかったもんじゃない。
少なくともこの王都に聖騎士じゃなければできないような任務はない。
「仕方ないわね、そう言うことなら我慢してあげるわ」
フランシスは敵対心をむき出しのまま、不承不承に頷いた。
それを見て、ほっと胸を撫で下ろす神官。
「それでどのくらいで戻ってくるのかしら?」
問題は時間だ、余り長時間かかるようなら、一度王宮に帰ることも考える必要がある。
あの阿呆な従姉妹を神殿に置いていく事に少しばかりの抵抗を覚えるが、それでも長時間ただ待っている事ができるほどフランシスは暇ではない。
「儀式じたいは長くないようですが、何分、私達一般の神官は入ったこともありませんし、内容は教えられておりませんので申し訳ありませんが、分かりかねます」
「そう……」
静かに呟き、フランシスは憂いげな顔をする。
置いていく必要がないとわかり、少しばかり安堵する。
そして、立って待っているというのも、疲れるだけだと思い、仕方なく、神殿に備え付けられている椅子に腰を掛けた。
腕を組足を組み、睨むように地下への入り口を見つめている。
これがこの国の王妃だというのだから、性質が悪い。
美しくはあるが、がさつな町娘にしか見えないというのが大多数の人の感想であろう。
これが、陛下と大恋愛の末の輿入れというのだから、世の中不思議である。
座って何分もしないうちに、地下から足音が聞こえた。
見れば、地下への階段の入口にセシリアと小柄な女性神官が立っている。
セシリアの髪と目の色が銀と紅に変わっており、それは無事聖騎士に成れたことを示していた。
「終わりました、フランシス様」
何かが変わったのか、セシリアが凛とした面持ちになっている気がする。
「無事成れたようで、良かったわ。私の懐刀と言われる貴方が選別にはじかれることなんてあってはならないのだから……」
そう言うと唇を噛むフランシス。
自分がはじかれた事にやっぱり納得がいかないらしい。
若干苛立ちか、言葉に何処か刺がある。
「それで、何が変わったの?」
「それについては私からお話します」
小柄な女性神官が進みでた。
「貴方案内の……」
「アリシアと申します、聖騎士です。神官としては司祭の位を承っています、ここではなんですので、まずは別室へ」
そう言うと、歩き出すアリシア。
その小さな背中を追いかけ、付いて行く。
別室、控え室だろうか、礼拝堂の裏にある小部屋に案内された二人。
貧相な部屋で椅子と机くらいしか物らしい物はない。
促され椅子に座る二人。
アリシアも椅子に腰掛け、胸元から小瓶を取り出した。
小瓶の中には水が半分ほど入っている。
「それは?」
フランシスは胡散臭げに小瓶を見つめる。
何の薬だろうと思案するも、正体など検討もつかない。
「市販されている聖水です、まずは聖痕の確認からです、セシリア様お飲みください」
小瓶ごと聖水を差し出すアリシア。
聖水、神殿の儀式によって作られる聖なる水。
旅人の魔除けや、治療院での消毒に使われる、魔を払うと謂われる水である。
手にとり蓋をあけ、聖水を飲むセシリア。
すると服の下から光が溢れ出る。
「おおおおーー」
光に驚いたのか、低いうなり声をあげるセシリア。
「変な声だすんじゃないわよ?!」
フランシスは叫ぶように窘めた。
「失礼ですが、服をお脱ぎになってください」
アリシアが言うと、セシリアは躊躇なく全部脱ぎそうになり、下着に手をかけたところでアリシアに止められた。
「もう結構ですよ?」
「そうですか?」
窘められて、下着から手を離すセシリア。
アリシアが聖痕を確認するため、体中を確認する。
「三つ……、数は少ないけど、大きさは並以上……しかしこれは……」
へその上、心の蔵、そして喉に。
通常の聖痕よりは大きい、三つの聖痕があった。
指をさしながら確認していく、アリシア。
「それぞれ、守り、再生、そして……これはちょっとわかりませんね、申し訳ないです、特殊系だと思いますが……、でも珍しいものだと思いますよ、私は見たことがありません」
興味深げに、新種かもしれません、アリシアは告げる。
「目をつむって、喉に意識を集中してみてください……。何かわかりませんか?」
言われるままに目をつむり、セシリアは意識を喉に集中した。
「ごめんなさい、わかりません……」
しかしセシリアは何もわからなかったのか、首を横に振り、しゅんと項垂れる。
「普通の女性は小魔力の扱いに慣れていませんからね、まぁ次期にわかると思いますが……」
本来聖痕は聖騎士になったときになんとなく使い方がわかるのだ。
時間の経過とともに使い方が自然と流れ込むように頭に入ってくる仕組みである。
男ならば魔法を使えるので案外飲み込みは早いのだが。
しかし、小魔力の扱いに慣れていない女ではそうはいかない。
アリシアなどは先輩聖騎士にそれなり小魔力の訓練を行ってもらったものだ。
「今小魔力って言ったわね?」
フランシスが口を挟んでくる。
「あ、はい、聖痕の発動に必要なのは小魔力ですから、意識すればすぐにわかるようになると思いますよ」
フランシスは目つきを鋭く何かを思案する。
「王宮に戻るわ、小魔力なら、王宮近衛でもわかるし、なんとかするわ」
セシリアの手をとり、立ち上がるフランシス。
「もうお帰りになるのですか?」
不思議そうな顔をするセシリア。
「ええ、一応私なりに聖騎士や聖痕については調べてあるし、十分よ、問題ないわ」
言うなり部屋をでて、待たせてある馬車に向かい歩き出す。
「せっかちな人ですね……?」
アリシアの不思議そうな声が聞こえた。
二人が部屋から出ていった。
するとすぐ、神殿の入口のほうから甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「そういえば、服来てないですね……」
脱ぎ散らかされた服を見つめるアリシア。
セシリアが半泣きで部屋に慌てて走り込んできたのはそれからすぐの事だった。
***
「メソメソ……エグエグ……」
馬車に戻り、王宮へと馬車を走らせる。
セシリアは涙目でうじうじしている。
車内には気まずい空気が流れている……。
「メソメソ……エグエグ……」
「口で言ってんじゃないわよ!?」
先ほどからセシリアがずっとこの調子である。
フランシスは謝ったのだが、それでもこの調子で若干イライラしている。
「もうお嫁に行けない……」
この世の終わりのような顔をするセシリア。
「あんたより強い男なんてきっと居ないから安心なさい」
セシリアは魔法抜きで自分より強い男としか結婚しないと、公言している。
公爵家の三女という超お買い得物件である。
そのため、挑戦者が後を立たないのだが、未だに魔法抜きという状態でセシリアを倒した男は居ない。
聖騎士になる前ですら、どこぞの騎士団長の腕を切り飛ばしたのだ、もうちょっとやそっとの相手じゃ、肩慣らしにもならないだろう予感をヒシヒシと感じるフランシス。
「メソメソ……エグエグ……」
だというのに子供のような性格のセシリアに思わずため息をつく。
仕方ないと先ほど思いついた、奥の手を使う事にした。
「騎士らしくないわよ?」
そう言うと、ピクと固まり、急にシャキっと姿勢を正すセシリア。
その様子をみて再びため息をつくフランシス。
子供かっ、まぁ私のせいなんだけども、とフランシスは頭を抱えたく成る。
「外でもみたら? あんたの好きな蛇竜騎士団の蛇竜が一杯よ?」
女性に行うにはありえない慰め方をするフランシス。
「カーテンあけてもいいんですか?」
しかし、セシリアはとたんに目を輝かせた。
蛇が嫌いなフランシスが閉めきっていたのだが。
「良いわ……」
するとセシリアはカーテンをめくり、窓から外をみはじめた。
とても嬉しそうに、楽しそうに窓から外を覗き込む。
ご実家はどういう教育をなさったのかしら……と思わなくもない。
しかし、親戚筋なので知らないことはない。
そんなリリィ家に若干の殺意を覚えるフランシスだが、今回はその教育のおかげで丸く収まりそうなので深くは追求しないことにした。
場所が場所だけに騒ぎには成らないだろうが、下手な貴族の子女に同じことをやったら反感は免れない。
外に集中しているセシリアを尻目に聖騎士について考察するフランシス。
先ほどから何かを考えるようにぶつぶつとつぶやいている。
すると、いつのまにか元気になったセシリアがそれに気づき問いかける。
「どうなされたのですか? 先ほどからお気分でもすぐれませんか? 外の蛇竜でも一緒にご覧になりますか? 晴れやかな気分になりますよ?」
自分で勧めといてなんだが、どこの世界にでかい蛇をみて晴れやかな気分になるような女がいるのだろうか、とセシリアをどつきたくなるフランシス。
しかし、目の前にいたと思いなおし、ウンザリとした。
「貴方のその喉の聖痕の事を考えていたのよ、新種なら儲けものよね、何か神殿相手に恩を売れないかと思ってね、急いで連れ出したのはあの司祭に詳細が分かる前にと思ってね」
両手でセシリアの頬を掴み上にあげさせ、喉を見つめるフランシス。
「特殊系とか言ってましたっけ……?」
セシリアがアリシアとの会話を思い出しながら言う。
「そう特殊系よ特殊系!私が調べたかぎりでも、特殊系は超珍しい聖痕で、傷を癒したり、未来を予知したりできるものまであるっていうじゃない?それを司祭である高位神官が見ただけじゃわからないというのだから、きっと固有系かもしれないじゃない?」
まくし立てるフランシスに若干引き気味ながらも聞き返すセシリア。
「固有系ですか?」
首を傾げる。
「貴方は知らないでしょうけど、私の調べた限りじゃ、聖痕には大きく分けて三種類、一つは強化型、これは文字通り体の機能を強化をしてくれるものね、二つ目は常時型、本人の意思とは無関係に発動するものね、再生とか守りとか。三つ目は特殊系、基本、聖痕ってのは聖騎士本体にのみ働きかけるのだけど、特殊系は外にも働きかけるのよ、例えば未来予知とか他人の傷を治したりとかね」
神殿の秘密をどうやって調べたのだろうか一応は王妃と言った所か、フランシスの情報収集力に驚くセシリア、けれども気づく。
「あれ、固有系って入ってないじゃないですか?」
揚げ足をとってしまう。
「最後まで聞きなさい……」
フランシスはセシリアを睨む。
「ほとんど存在しないからよ、いい? 固有系ってのはただの別称でね、その聖騎士が個人でしか持っていないから、固有系なのよ」
フランシスの説明を聴き、何かに気づいたのか嬉しそうにするセシリア。
「つまり私だけのものってことですか!?」
「その解釈で間違ってはいないけど……神殿に対しての手札は多い方がいいし、どんな力があるか分かっても、私以外に教えないようにね」
「了解しました」
そう言って、騎士の礼を取るセシリア。
だが真面目なのは少しだけですぐに窓の外を覗きに戻ってしまう。
「まったくもう……」
またもため息をつく。
今日なんどため息をついたかわからないわ、と目頭を抑えるフランシス。
気疲れしたのだろう。
フランシスに比べ、セシリアは先ほど泣いていたのはどこへいったのか、元気に楽しそうに窓から外をのぞき続けている。
フランシスには蛇の何がいいのか理解できない。
それでも、セシリアがあまりに楽しそうに外を見つめるので、釣られてふと馬車の外を覗いてみた。
すると蛇竜と目があう。
見つめ合う王妃と蛇竜。
蛇竜の瞳が爛々と輝いているように見えた。
紫の鱗にくねくねと動く巨体、動いているのに頭の位置だけは常に一定。
その特殊な姿に思わず嫌悪が背筋を這い上がる。
一瞬の沈黙。
「……きもっ」
そう吐き捨て、思わず窓のカーテンを閉める。
「ああっ」
悲壮な声をあげるセシリア。
まもなく馬車は王宮へと到着した。
改修




