十話 帰路 蛇女《ラミア》と卵
改修
暗い洞窟の中、松明の灯が煌々と内部を照らし出している。
あちらこちらには大小様々な大きさの根が見え、一部、枯れた根も見て取れる。
全て世界樹である。
洞窟の中を五十人あまりの集団が歩いており、手には各々得物を抱き、全員が戦士であることを示している。
先頭を進むユカラが声をあげた。
「もうすぐ中腹だ、大きな広場になっているからそこで休憩を取ろう」
方々から了解の声があがる。
地図を見ながらユカラは道程にかかる時間を計測する。
広場につけば後三時間といところか、暗くなる前には着くだろう。
ユカラが考えていると、横にいるアリシアが呑気な声をあげた。
「やっと、休憩ですかー、お昼ご飯ですよね?」
アリシアは嬉しそうに声を弾ませる。
「お前はほんと、食い気ばっかだなぁ……」
さらに横でクリスが呆れたようにつっこんだ。
クリスは時折、目を光らせ道を確認している。
比喩ではなく文字通り光っているのはご愛嬌だ。
何かに気づいたのか、クリスが声をかける。
「大きな広場はこっちでも確認できたが、何かいるな?」
その言葉に騒めく周りの土耳長達。
「静かに!」
ユカラが一喝すると、収まるざわめき。
静かになったのを見計らってユカラが問う。
「何がいるかはわかるのか?」
クリスは広場のある方向を静かに見つめている。
「三つ?三匹?動きはない……、だが生きてはいる……と思う、形が……卵か?繭?」
その言葉にいち早く動いたユカラ。
洞窟の中というのに凄い速度で駆け出した。
呆然と見送る一行を尻目に、エンファだけが後を追いかけた。
「アリシアわかるか?」
クリスが問いかけるが、アリシアも首をかしげる。
「案外蛇女の卵とか? 餌用に捕まってる人とかじゃないですか?」
「なるほど」
そういうのもあるのか、と思索するクリス。
「まぁ行こう、向かってみればわかるだろう」
「そうですね」
「迷子になるんじゃねーぞ?」
後ろに声をかけて進んでいくクリス。
するとにシトリが二人に声をかけた。
「すごく冷静だね? 僕驚いちゃったよ?」
僕だと、いやまさか……とクリスは首をふる。
幼子ならまだわかる。
見た目こそ幼く見えるが、シトリは確か……。
目を見開き驚愕するクリス。
「なんで君も驚いた顔をしてるのさ?」
シトリは不思議そうに顔をかしげる。
「いやべつに」
クリスは唐突に素面に戻った。
「地図をもっているのはユカラだし、他に道がわかるのは俺だけだろ?土耳長は暗闇でも目が効くかもしれんが、アリシアはそうはいかんし、土耳長も置いていけないだろうが」
「なるほどね」
「何もないなら行くぞ?」
ともう一度千里眼の聖痕を発動させ道を確認しながら歩を再開させるクリス。
「冷静な所は合格だけど、それだけじゃ下はついてこないよ?」
シトリは静かに呟いた……。
***
数分、歩いただろうか、一同は広間と思わしき所についた。
そこは広く、あちらこちらに小さな骨が散らばり、奥まった所には祭壇のようなものすらある。
どうやら何か、それも文明を持つものが住み着いていたようだった。
ユカラとエンファは中央に棒立ちになっている。
しかしよく見れば、肩で息をしている。
そして二人の目の前には大きな卵がある。
直径一メートルほどだろうか、三個ほどが寄り添うように置いてある。
「壊そうとしたのか?」
クリスは二人に近づきながら話かける。
息絶え絶えに頷くユカラ。
エンファはクリスの問いかけを無視し、長弓を引き絞り、放つ。
しかし、矢は硬質な音を立ててはじかれる。
エンファは親の仇を見るような目で卵を睨んでいる。
再度弓に矢をつかえる。
「やめておけ」
ユカラが諭す。
頭垂れて、息も絶え絶えに弓を下げる。
「みてのとおりだ、おぬしらが来るまで散々試したのだがな、傷一つつかなんだ……どうにか成らんか?」
ユカラとクリスを見る。
クリスは千里眼の聖痕を発動させた。
クリスの瞳に十字の光が灯る。
「これは、蛇女の卵か……」
「うむ……」
深く頷くユカラ。
散々叩いたのだろう、地面に槍斧を突き刺し、杖替わりにして立っている。
クリスはコンコンと軽く卵を叩いた。
「硬いな、世界樹並か?」
「世界樹の葉を蛇女が食べていたのなら可能性はあるな」
可能性を示唆する。
「お主なら壊せないか?」
「やろうと思えばできるだろうが」
クリスは考えるように顎をさする。
「三つか……」
クリスは呟きながら、聖痕を発動させる。
両腕の剛力、右肩の遠投、両足の剛脚。
合計三つの聖痕を使用する。
蛇女に細剣を投擲したときに近いものだ。
右足と右腕を後ろに下げ、腰を引き、構える。
「ふんっ」
気合の声と共に放たれる拳。
左足を軸に右足と右腕を前につき出す。
正拳突きである。
卵が轟音と共に粉砕された。
パラパラと欠片が舞い上がる。
周りから歓声があがる。
「この調子で残りも頼むぞ」
ユカラが満足げにしている。
「いや無理だ……アリシア」
声をかけるクリス。
「はいはい」
返事をするなり、アリシアはクリスの横に歩み寄る。
クリスの篭手を外し騎士服を肩まで捲る。
篭手はひしゃげ、原型を留めていないほどにボロボロで、卵を殴った腕は血まみれだった。
手の指は全て折れ、肩までの骨と筋肉はぐちゃぐちゃだ。
アリシアはクリスの腕を見て青い顔をした。
「癒しの聖痕を持っているんだ、いい加減慣れろ」
クリスはアリシアを叱咤する。
「そうですねぇ、慣れたいものですが」
アリシアもクリスの言葉に頷き。
おずおずと頷き、癒しの聖痕を発動させる。
アリシアの右手の甲に十字の光が宿る。
「クリスの聖痕は小さいのですから無茶しないようにしてくださいね……」
そう言うと、アリシアの手の平から柔らかな光が漏れる。
それを傷に掲げることで傷が治っていく。
「いってえええええええええ」
途端、クリスの叫びが響き渡る。
――なんだこれ、見た目優しい感じなのに痛みやべえ。
考えれば当然の事で、怪我が急速に治るのである。
そこに痛みが発生しないほうがおかしいだろう。
一部の土耳長も青い顔を浮かべている。
アリシアに治療された者達であろう。
叱咤された意趣返しだろうか、悪い笑を浮かべながらアリシアが言う。
「我慢してください」
数分間の治療を終えて、手の感触を確かめるクリス。
「腕が壊れるときより治す時のほうが痛えとかおかしいだろ……」
アリシアはニコニコと微笑んでいる。
「まぁいい……」
クリスは服を戻し、篭手を少しばかり篭手を見つめた。
「特注だったんだが……」
クリスはため息をついて篭手を鞄に放り込む。
「後二つは勘弁してくれ」
その言葉に成り行きを見守っていたユカラが反応する。
「ああ、そうだな。治るとはいえ一回ごとにそれは辛かろう」
ユカラは哀れみの視線をクリスに向けた。
「どうするかな?」
視線を卵にうつす一同。
一つが揺れた気がした。
「産まれそうだな?」
クリスが淡々と言う。
「お主は何を冷静にっ」
静観していた土耳長達も次々に武器を構える。
長年の悪夢が再び土耳長達を襲う。
「まぁまて」
クリスは皆を手で制した。
その間にも卵の揺れは大きくなり、パリパリと殻が剥がれていく。
瞬く間に、それは姿を現した。
蛇の下半身に人の人の女の上半身。
蛇女が産まれた。
「ちっさ……」
誰が呟いたかはわからないが、それは全員の心を代弁していた。
卵の大きさは一体なんだったのだろうか、せいぜい十センチメートル程度である。
流石に危険を感じないのか皆武器を下ろしている。
蛇女の幼体は卵の殻をパリパリと食べ始めた。
「可愛いですねぇ」
アリシアが呟いた。
「ダメだぞ?」
間髪いれずにクリスが制する。
「別に何も言ってないんですけど……」
アリシアはクリスをジト目で睨む。
「飼いたいとか言う前に釘を指しておこうと思ってな……」
アリシア頬を膨らませて唸った。
そんな、二人を尻目に、殻を食べ終わったたのか蛇女はキョロキョロと辺りを伺っている。
隣のまだ生まれてない卵をじっと見ている。
「あっ」
声をあげたのは誰だっただろうか。
横の卵を食べだした。
思わず注視する一同。
バキバキと卵を噛み砕き咀嚼する。
半分ほど食べたところで蛇女の幼体が顔を覗かせる。
先に産まれた蛇女はその幼体を躊躇なく食べはじめた。
「おー……」
静観するクリス。
目を背けるアリシア。
「自然の摂理というやつだな、うん」
蛇女は満腹になったのか眠り始めている。
「食ったら寝るか、誰かにそっくりだな……」
「誰の事ですか?」
アリシアの視線がクリスを貫く。
「さてな?」
目をそらすクリス。
「それでどうするこいつ?」
寝ている蛇女を指差すクリス。
産まれてからすでに若干大きくなっている。
土耳長達は再び武器を構えた。
「子供を殺すのはしのびないです……」
アリシアが言い放つ。
「こいつさっき共食いしたぞ?」
クリスの言葉を無視して前に進みでるアリシア。
「本来は、動物に使うものなのですが、できるかな?」
アリシアの左手の甲が十字の光を宿す。
アリシアが左手でラミアを撫でると、額に黒い十字が刻まれる。
ラミア蛇女をは目を覚まし、アリシアに擦り寄るように甘えはじめる。
「……」
無言になる一同。
アリシアは蛇女をあやしている。
「お前の名前はベルサイユにしようかな」
すでに名前まで決めている……。
クリスはパンパンと手を叩く。
「麓まであと少しだ、昼を食ったら出発だ」
クリスは無理やり締めた。
「村についたら隠しとけよ? アルザークで見つかったら面倒だからな?」
クリスは言い捨てた。
「はーい」
アリシは間延びした声で答えた。
二人のやり取りを見て土耳長、達は、皆微妙な顔をしている。
「お主が決めたなら別にいいのだが……、少し割り切れないものがあるな」
ユカラが煮え切らないという表情をしている。
クリスがユカラを組み伏せてから土耳長達は基本的にはクリスに服従している。
族長になれというのは族長命令で、ならない、と言い切った。
可笑しいと思うだろうが、それが事実である。
「アリシアの騎獣にしようか、小さい頃から慣らせばなんとかなるだろ? 俺は騎士団で翼竜育てたことあるし、蛇も竜も似たようなもんだろ、アリシアの調教の聖痕があれば逆らう事もないだろうし」
あっけらかんとするクリスに対し、ユカラは若干呆れたような顔をする。
「なんというか、おぬしらのすてぃぐま? というのは便利なものだな。魔物を懐かせるなど、ありえぬ事だ……」
最後の呟きは聞こえないほど小さなものだった。
「アリシアの聖痕は特殊なものが多くてな、俺のはもっぱら身体強化ばかりなんだが……まぁ人で適正があるやつが違うんだから当然だが、俺の勘だとお前ら土耳長も身体強化系が多いかもな? 何がでるか楽しみだな?」
クリスは面白そうに笑った。
「お前らもいい加減ぼーと突っ立ってないで座ればどうだ? 昼をくったらすぐにでるぞ」
未だに武器を構えている、土耳長達に声をかけるクリス。
一部で声があがるが、ユカラが腰を下ろしたのを見て各々休憩を取り出す土耳長達。
鞄から干し肉をとりだし齧りながら、地図を広げるクリス。
その様子を見て、アリシアが近づいてきた。
蛇女はアリシアの頭にしがみついている。
「あとどのくらいですかー?」
「一時間という所だな、これから川に近づくから足場が泥濘んでくるかもしれない、注意しろよ」
「出口は川の中だっけか?」
ユカラは頷き地図の川の一点を差す。
「ここが出口だ、ここにでると街の北門が近くにある……ハズだ、すぐに着くだろう……話は通してあるのか?」
「問題ない……街の、門番をやってる騎士団の副団長に話がついてる、門についたら呼びにいかせればいい」
「そうか」
その言葉に頷くユカラ。
指針を話し合う二人を尻目にアリシアは飽きたのか、蛇女とじゃれている。
蛇女が何か見つけたのかスルスルと奥まった所へ這っていく。
「ベルちゃん何処いくのー?」
アリシアは後を追いかける。
そこには祭壇だろうか、岩が段々と積んであり、何か文字らしきものが書かれている。
そして、祭壇には何かの骨や小さな骸が所せましと置かれている。
「ひゃっ」
アリシアは思わず叫び声をあげる、その声にクリスが気づき寄ってくる。
「どうした?」
クリスが声をかけるとアリシアは奥を指差した。
そこでは蛇女が骨や小さな亡骸を食べている。
「木乃伊? 生贄か? ……魔物にも何か信仰があるのか?」
クリスは思案しながら唸る。
何かに気づいたのか、一つの木乃伊を見る。
とても小さい。
子供のものである。
「アルザークの街で攫われた子供かこれは?」
しかし、考えてるうちに全て蛇女に食べられてしまう。
「すでに飼い主そっくりだ……」
その飼い主は「変なもの食べちゃダメです」と蛇女を叱っている。
クリスが辺りを隈なく調べると、そこそこ時代の古いものだということが解った。
祭壇に使われている文字は古代文字。
壁にもそこかしこに、古代文字が彫り込まれていた。
しかも、祭壇自体それなりに使い込んだ跡がある。
おまけに祭壇にある血の跡は新しい。
最近まで使われていたと見ていいだろう。
読み解いてみれば、綴られている古代語は、魔族を奉るもの。
少しばかり薄ら寒いものを感じ取る。
少なくとも人族が使っていたものではない。
となると、魔物が使っていた事になる。
確かに魔物でも知識があり、喋るものも居る。
ならば、魔物に、人族のような信仰が合ってもおかしくない。
否、あるはずである。
神話において、魔物は魔族の眷属として、その姿を世界に現した。
魔族自体は、十二使徒と十二獣に滅ぼされた。
だが、魔物は魔族よりも遥かに数が多く、十二使徒でも殲滅しきれなかった。
故に、魔物から身を守るために、十二使徒が人々に与えた物があるという。
その力によって、各十二使徒教やその子宗教の信仰地域は強い魔物が発生しないのだ。
本来ならば。
「……まさかな」
クリスの頭に一抹の不安が過る。
上位の魔物である蛇女が居た事。
そもそも、ここに卵が有ったのだから、確実にここは蛇女の巣である。
蛇女は他の魔物によって、意図的にここに発生したのではないかとクリスは疑念を覚えた。
しかし、考え過ぎだと頭を振った。
仮に蛇女を発生させるとして、どんな魔法や技術が使われているか検討もつかない。
だが、少なくとも古代語や血の跡を見る限り、贄が必要だという事は理解できたが。
そして、恐らく贄にされていたのはアルザークから攫われてきたという子供である。
祭壇のあちこちには、衣服の破片や、子供の所有物と思われる、小さな玩具が落ちているのだ、間違いはないだろう。
クリスは何か証拠がになるものがないかと、辺りを隈なく探した。
そして、祭壇の一角に小さな銀の首飾りが落ちているのを発見した。
古代文字ではなく、現代の文字で名前が彫り込まれていた。
クリスはそれを拾い上げ、鞄に入れた。
これ以上ここで考えていても仕方がない。
そう考えて、クリスは踵を返し。
左の人差し指に十字の光を灯した。
「休憩は終わりだ。先にすすむ」
クリスの声を機に一同はまた歩み始めた。
***
アルザークの街、北門のそばあるアリーヌ川は北西にあるオリアン山から湧き出る清流から成る川だ、水は綺麗で大魔力を多分に含む。
そこに済む水棲生物は皆大きく、釣り人の間では知る人ぞ知る場所のような扱いになっている。
痩躯で茶色い髪の男は釣りをしていた。
ぱっとみ、其の辺のゴロツキにしか見えないその男は、一応灰狼騎士団副団長を務める者である。
名前をレジールと言う。
今日は非番を利用して、趣味の魚釣りに興じていたのである。
しかし籠の中には何もなく、俗に言うアタリ無しである。
「ふあぁああ」
なんとも間の抜けた声であくびをする。
釣り針がピクリとも動かず完全にダレている。
「今日は全然だなぁ……」
レジールが帰ろうかと思った時だった。
川の中心のほうに泡がブクブクと出てきた。
「なんか居んのかね?」
立ち上がり中を覗き込もうとするレジール。
川は透き通っているため中はよく見える。
銀色の何かが太陽の光を反射した。
ザバッと音を立てて何かが、顔をだした。
息を吸う銀色の何か、クリスである。
光っていたのはクリスの銀髪だった。
辺りを見回しレジールと目があった。
「よう、レジール」
「ようじゃねえよ!? どっから出てくるんだお前は!?」
思わず叫んでしまったレジールはきっと悪くない。
「細かいことを気にするな」
川原に上がるクリス。
「細かくねーよ! 何でそんな所からでてんだよ? お前、山に向かったんじゃねーのかよ?」
レジールは矢継ぎ早に問いかける。
「それより、次が来るぞ」
レジールの言葉を全て無視して、川の中心を指差すクリス。
川の中心には再び、泡がぶくぶくと現れていた。
そして、ざばぁっ、と飛び出した。
アリシアが、ユカラが、他の土耳長の女たちが次々と出てくる。
あんぐりと口をあけているレジールをクリスはせせら笑う。
「総勢五十人の女戦士達だ。宿の手配を頼むぞ?」
その言葉に目を見開く、レジール。
「五十人ってそんな急に用意できるかよ?!」
「お前ならできるだろ?」
さも当然にと言い切り笑うクリス。
「なんでもお見通しだって顔しやがって」
レジールは吐き捨てた。
「俺たちは服を乾かしているから、乾いた後に戻ってこいよ? 乾く前に戻ってきたら袋叩きだな」
クリスはケラケラと笑う。
レジールは後ろにいる女性たちを見て何かを想像したのか少しばかり顔を赤くして、逃げ去るように門へ歩いていく。
「門番に話は通しておけよー!」
「わかってるっ!」
レジールはやるせない気持ちいになりがらも叫び返した。
「あの人で大丈夫なんですか?」
アリシアは不思議そうにレジールを見送った。
「ああみえて、伯爵家の関係者だ、最悪伯爵の屋敷にでも泊めてくれるだろうよ」
クリスは冗談交じりに告げた。
アリシアの顔が驚愕に彩られる。
「この街の伯爵家って」
頷くクリス。
「街をおさめている、レイダルス伯爵家だな」
「えーっ! あの軽薄そうな人がですが?」
アリシアはなにげに酷い事をいう。
「軽薄そうかどうかは置いといて、あの騎士団の紋章が灰色狼だ、レイダルス伯爵家の家紋も灰色狼なんだよ、街の常駐騎士団が二つある時点でどちらかは確実に私兵だ、そしたら同じ紋章を使ってる灰狼騎士団は確実に伯爵家の私兵に決まってるだろ?」
「そういうものなんですか?」
アリシアは納得できないのか首をかしげる。
「そういうものなんだ」
前もこんなやりとりしたな。
アルザークに来る前に、少しばかり話をしたのを思い出し、クリスは苦笑する。
アリシアとクリスが話していると後ろからユカラが近づいてきた。
水が滴り落ちるほどに濡れている。
どうやら指示を仰ぎにきたようだ。
「それで服を乾かすのだろう? この辺に枯れ木などないが? 種火も濡れてしまっているし、火もつけられんぞ?」
「まだ昼を少しすぎたくらいだ、絞っててきとーに干しておけ。三十分もすれば乾く、平地は高原と違ってこの季節は大分暑いぞ?」
「確かに暖かい……」
ユカラは軽く太陽を見上げ眩しそうに手で日差しを遮った。
それで確信したのか、ゆっくりと他の土耳長のほうへ向かった。
ふと視線を感じ、横をみるクリス。
「なんだアリシア……?」
そこにアリシアは立っており、心なしか目が冷たい。
「いえ」
静かに呟いて離れていく。
その心情はクリスには窺い知れない。
やれやれと呟きクリスも服を脱ぎ絞る。
騎士服は撥水性が高いため、この暑さならばそれこそ五分もすれば乾いてしまう。
川原の大きめな岩に適当に乗っける。
流石に裸は気が引けるのか、下着は脱いでいない。
ちなみに、クリスの騎士服の下の格好は晒しにドロワーズと呼ばれる男女兼用の下着である。
音が聞こえ、そちらのほうをみると土耳長達が下着で水遊びをしている。
革製の下着や帯もいるが裸も多い。
確かに今見える所に男の影はないが、長年異性と触れ合ってなかったせいもあるのだろうが、街の近くで裸になるのというのは問題だ。
羞恥心が無いのかもしれない。
「暑いからな……今は別にいいが」
夏でも高原や地下は涼しいので、おそらく暑さというものが始めての者が多いのだろう。
楽しそうに水遊びをする土耳長達を見てクリスは言葉を紡ぐ。
羞恥心は王都へ帰ってから身につけてもらおうとクリスは思った。
大きめ岩に腰掛け、街の方に視線を向けるクリス。
背後にはある意味桃源郷が広がっているが、アリシアの視線が痛いためあまりジロジロと見ることはできない。
自分の水浴びの手伝いはさせるのになぁ、と思うクリス
アリシアが何を考えているかわからない、とため息をついた。
クリスはレジールが帰って来るまで虚ろな瞳で街の入口を見つめていた。
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