二十一話 進展
せうと(´・ω・`)
クリスが編籠をの蓋あけるが反応がない。
「おきてるにしては静かだな?」
赤ん坊とはどのような生物でも騒がしいものである。
故に、その静けさは一種不気味に写る。
不思議に思ったクリスが網籠を覗き込む。
次の瞬間それは起きた。
「ギャス」
「ギャアス」
「キアアア」
奏でられた声はほぼ同時。
声に驚きクリスが一瞬硬直する、その瞬間。
編籠からみっつの影が飛び出した。
「おうわ!?」
パシン、パシンと左手右手で受け止める。
けれども、クリスの手は二つ。
三つ目は受けられない。
ならば避けるしかない。
けれども、これを避けるわけにはいかないのだ。
この影の正体は幼い翼竜だ。
仮にこれを避ければクリスの後ろの壁にぶつかってしまうだろう。
壁にぶつかってしまえば怪我をする可能性もある。
故にクリスは、最後の一つは、己が顔で受けとめた。
ベチャっとした張り付くような音。
「うお」
同時に呻くなようなクリスの声。
その両手と顔には小さな翼竜達が張り付いていた。
「まあまあ、元気な子たちですわね。さあこちらにいらっしゃいませ。ご飯ですわよ」
テートが黄色い声をあげながらクリスから翼竜をはがしていく。
左手についたのを受け取って、テーブルの上におく。
右手のも受け取ってテーブルの上に置く。
けれども、クリスの顔についたのは剥がれようとはせず、クリスの顔を、正確には口の当たりを執拗につついていた。
「ほらほら、クリス様からミルクは出ませんわよ。胸も喉も私が確認しましたからね」
「ミィ」
テートの言葉が解るのか、幼い翼竜は残念そうに声をあげた。
クリスは開放されたはいいものの、テートの言葉に不穏さに顔が引きつった。
「はいはい、ミルクですわ」
テートがそういって差し出したのは三本の哺乳瓶。
一つをクリスに渡し、もう一つを、ジャックとグランで迷ってジャックに渡した。
ジャックは勝ち誇った顔をしてグランは悲壮な顔で俯いた。
翼竜の子どもたちは鼻をヒクヒクさせながら、乳を求めてテーブルの上さまよっている。
なぜ彷徨っているかと言うと、まだ眼が開いていないのだ。
クリスが近場の一匹の口元に哺乳瓶を近づける。
「ほら、飲め」
けれども、幼い翼竜は軽く舐める程度でそれ以上は何もしない。
他の二匹の哺乳瓶も同様で、やはり軽く舐める程度である。
「飲まないな……一応舐めてはいるが、ミューデルトがやってた時はもっとがっつり喉を鳴らす程飲んでいたよな?」
クリスがミューデルトが授乳する姿を思い出しているとテートが何かを思いついたのか、笑顔を浮かべた。
「初めての授乳の時と同じようにするべきですわ」
「なるほど……」
テートの言うことも最もである。
幼い翼竜達は一度授乳しているのだ。
ならば、その環境に近づければもう一度飲んでくれる可能性もあるというものだ。
となると、口に含む必要がある。
「では、クリス様、お願いします!」
「なるほ……俺か……俺なの?」
後半の声は確認というよりもすがるような声だった。
「他に誰が居ますの? 父やジャック様が翼竜の子供たちとキスをしている所を見ても嬉しくないでしょう?」
「いや確かに嬉しくはないけど……」
そういう事じゃない、とクリスは言いたかった。
クリス自身さすがに幼いとはいえ翼竜とキス……正確には授乳だが、些か抵抗があった。
けれども、テートはなぜか頬を赤らめているし、鼻息が荒く、興奮している。
あまり話を聞きそうにない。
クリスは横目で助けを求めるようにグランとジャックを見た。
「あれー、俺ちょっと傷ついちゃったなぁ」
「私もだ、グランと同一視されるなど……」
グランとジャックはテートに否定された事を不満そうに騒ぎ出していた、役に立ちそうになかった。
「ああん? 俺ってば翼竜騎士団最高にビューティーな男ランキング不動の一位なんだぜ?」
「ふん、そんなもの。私は抱かれたい男ランキング一位だぞ?」
「はぁー。三十過ぎた独身男が何を言ってんだか」
「ビューティ? その頭の光具合かね?」
「ああん? やんのかあ?」
「ほう……どうやら痛い目を見たいようだ」
両方共なにげに血の気が多い。
ちなみにランキングに投票してるのは翼竜騎士団員である。
つまり全部男である。
二人が騒ぐなか、クリスは諦めてミルクを口に含む。
そして思わず……飲み込んだ。
「蕩けるような舌触り、優しい甘味、透き通るような爽やかさ……これは旨い」
そう美味かったのだ。
使われている素材はどれも最高級と言っていい。
滋養強壮は完璧な完全食とも言えるだろう。
「……クリス様」
とはいえ、目的は味の鑑定ではない。
テートの怒気の篭った言葉に、クリスは素直に謝罪した。
「悪かったって……」
「では、お願いしますわ」
そう言って真剣な眼で、何かを期待しつつ見つめてくるテートに半ば辟易しながらもクリスは再び口にミルクを含む。
そして、手近にいた一匹を掬うように両手に乗せた。
すると幼い翼竜も何かに感づいたのか、クリスの口へと己が口を近づける。
瞬間。
翼竜はクリスの口めがけて首を突っ込んだ。
「ふぉ!」
鈍い声がクリスからあがる。
ミルクを口に含んでいるせいで声を出すことも難しい。
ゴキュリ、ゴキュリと翼竜の喉がなる。
ミルクを飲んでいる証である。
「どうやら飲んでいるようですわね」
「あー、ひょお、ふぉお」
テートの安堵の声。
同時にクリスの口からミルクとかよだれとかが垂れてくる。
「予想と少し違いましたけど」
残念そうなテートの声。
どんな予想をしていたのかクリスにはわからなかった。
分りたくなかった。
ゴキュリ、ゴキュリ、翼竜は飲み続ける。
「ふぁ、ふぉ」
苦しいのか、頬が赤くなり、クリスの額に汗が浮かび上がる。
「キュア」
満足したのか、声と共に首をクリスの口から抜いた翼竜。
「はぁはぁ……」
クリスは涙目で呼吸を荒くし、虚ろな瞳で口からミルクを垂らしていた。
さらに、服は大惨事と言わんばかりにミルクが飛び散っている。
「これはっこれでっ。ありですわ……!」
テートがクリスについたミルクを拭き取りながら、力強く呟いた。
「ささ、後二匹分ですわよ」
「……」
笑顔でテートがミルクを差し出した。
無言で受け取るクリス。
既に授乳を終えた一匹をテーブルの上で寝息を立てている。
クリスは引きつった顔で、ミルクを口に含む。
そして、次の一匹を手に載せた。
「ギュア!」
そして再び、翼竜の口撃がクリスを襲う。
「ふぉがっ」
こうして、この日食堂に、クリスのなんとも言えない微妙な声が響き渡たる事になったのである。
***
「ひどい目にあった――」
クリスは軽く喉を撫でながら技術部の資料室……地下にある書蔵庫で本棚と向かい合っていた。
白銀の竜についての情報を探しているのである。
授乳の後グランから頼まれたのである。
そばには翼竜の入った網籠が置かれている。
三匹とも寝ているようで、動いている気配は感じられない。
「これから毎日なのですから、早めに慣れませんと」
クリスの言葉に返すのはテートだ。
違う場所だがクリスと同じく本棚に向かい合っている。
「毎日か……朝昼晩か?」
「まさか、そんな規則正しいわけがありませんわ。子どもたちのお腹がすいた時ですわ」
テートの言葉に軽くめまいがする。
結果として、翼竜の子どもたちはミルクを飲んでくれた。
という事は残念ながらこの行動が必要なのだろう。
「固形物を食べられるようになるまで、ですわ」
テートに言われて、クリスは少しだけほっとする。
「そうか、ならそう長くもないか……」
呟き本棚へと向き直る。
「そうですわ。しかし、見つかりませんのね……白銀の竜なんて聞いた事もありませんわ」
「そうだな、俺もない……けれどもあいつは白銀だった、テート殿も見ただろう?」
そもそも白銀の竜など聞いたこともなく、種族としても確認されていないのだ。
しかし、実際白銀の竜は存在して、そしてそれをを見たのはテートとクリスだけであるのだ。
「見ましたわ。確かに……四肢もあり翼もあり角もある、純竜の系譜……でしたわね」
「純竜か……聞いたことがある。光竜ミナクシェルの直系だったか?」
「ええ、十二神獣が最強のミナクシェル、その子孫という話ですわね。現在竜は純竜、蛇竜、地竜、翼竜の四種類に大別されます……蛇竜のしなやかで強靭な鱗、地竜の上部な四肢、翼竜の強靭な翼、その三つを備えているのが純竜の系譜……」
「純竜の系譜か……」
「ええ、竜はその姿が光竜ミナクシェルに近づくほど力を増すというのが定説ですからね」
テートの説明にクリスは納得するように頷いた。
「光竜ミナクシェルの直系……」
ふと思い出すの夢の話。
白銀の竜と黄金の竜が向かい合っていた。
そして聞こえた言葉。
ただの夢と否定するには、少しばかり現実味がありすぎた。
「まさかな……なぁテート殿」
「なんですの?」
「光竜ミナクシェルって黄金の竜って話だよな?」
「そうですわね、伝承ではそう告げられていますわ、けれどそれが?」
テートは不思議にそうにクリスに返答した。
「いや、ちょっとな。光竜ミナクシェルの直系が純竜なら、その姉妹か兄弟の直系も純竜になるんじゃないかと思ってな」
問いかけたのは、直感だった。
けれども、なぜかクリスは合っていると理解していた。
そこに理由は存在しないのにだ。
「はい?」
テートは素っ頓狂は声をだす。
けれども、少しだけ考えて結論をだした。
「理論上はそうなるかもしれませんけど、光竜ミナクシェルに兄妹? 姉妹? いるんですか?」
「いや、なんとなくな。ちょっと調べる方向を竜の生態ではなく、神話のほうへ方向転換してみないか?」
「構いませんけど……ここにはあまり神話の資料があるとは思いませんわ。竜の生態については王宮の蔵書からあるだけの写しを頂いていると伺っていますが……神話となるとちょっと」
テートはクリスの提案を了解するものの、難色を示した。
「そうだな……神話となると話が違うか、王宮の蔵書か流石に入るのは難しいな」
たかだか騎士と騎士の娘だ。
公爵家の威光やら騎士団長の威光やらを、全力で使っても数日は掛かるだろう。
少しばかり時間がかかる。
「あ、神殿ならば……ここよりも詳細な蔵書があってなおかつ入りやすいのではないですか?」
「なるほどな、神殿ならば神話には事欠かない。ああいい案だ、ありがとうテート殿」
テートの発言に思わず頬が緩む。
クリスとしても神殿ならば色んな意味でやりやすい。
「今日中に調べるのであれば、早速向かいましょうか」
「ああ、そうだな。足はどうする? 翼竜を一匹借りれないものかな」
王都から翼竜騎士団へは歩いたら半日以上はかかる道のりだ。
「さすがにそれは、翼竜で乗り付ける事ができるのは緊急時くらいのものですわ。今日は私が王都にある家と宿舎を往復するのに一角獣が一頭いますので、それで二人乗りでよければ」
テートは苦笑しつつも、代案を提示した。
「一角獣か初めて乗るな。だが確か女しか乗せない幻獣だったよな?」
一瞬自身に乗れるのかという不安がクリスに過る。
「ええ、勿論。だからこそ安全ですし、何かあれば魔法で守ってもくれます。むしろ竜よりは乗りやすいと思いましてよ?」
テートの言うことも最もである。
クリスは少しだけ頬を引きつらせて、曖昧に頷いた。
結果としてクリスは一角獣に騎乗できた。
ほっとしたのもつかの間。
今度は複雑な心境で王都へと一角獣を走らせた。




