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だんちょーの経緯  作者: nanodoramu
零章 過去の夢 一節 暗中模索
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十七話 見知らぬ追憶 受け継ぐもの



 ふと気づけばクリスはそこに立っていた。


 そこは一面の、暗黒の世界。

 そこはただ広大で、何もなかった。

 右も左もわからない。

 地面があるのかさえ疑わしい程の暗さだ。

 けれども、立っているのだから立つ所くらいはあったのだろう。

 

 まさに右も左もわからない状況だけれども、気づけばクリスは歩き出していた。


 何秒、何時間、何刻、何日、何周、何ヶ月、何年。

 

 時間の感覚すら曖昧で、ただただ歩いていた。

 けれども、それは唐突に終わりを告げる。


 気づけば、辺りは真っ白な世界になっていたのである。

 

 周りは白くなった。

 けれども、やはり何もわからない。

 けれども、なぜか歩き続ける必要があると理解した。


 クリスは歩いた。

 ただずっと歩いていく。


 何秒、何時間、何刻、何日、何週、何ヶ月、何年。


 暗い世界の時と同じくらい歩いた時だ。


 唐突に……世界が変貌した。


 鏡合わせのような世界。

 白と黒が対立するかのように、そびえ立つ世界。

 その境界面をクリスは歩いていた。


 流石に疲れてしまい、クリスは休もうと思ったが、次はどのように世界が変わるのかと興味をもった。


 クリスは再び歩き出した。

 丁寧に境界の上を歩いて行く。


 何秒、何時間、何日……。

 

 今度の変化までは、それほど時間は掛からなかった。

 

 クリスの前には二つの巨体が姿を表した。


 黒い所に居るのは白銀の(ドラゴン)

 巨大樹に居たやつだ。


 その鱗の輝きだけは見間違いようがなかった。


 反対に居たのは黄金の(ドラゴン)

 見たこともない、けれども、知っている。


 神話、伝承、歴史を紐解いても黄金の(ドラゴン)などただの一匹しか存在しない。


 (ドラゴン)の始祖たる光竜(シャインドラゴン)ミナクシェルだ。

 

 ミナクシェルと白銀の竜は鏡合わせのように座っていた。

 その姿は驚くことに瓜二つだった。

 違うのは身体の配色くらいだろう。

 白銀の身体に対し黄金の身体。

 緋眼に対し蒼眼。

 

 色違いの同じ(ドラゴン)にクリスは思えた。

 

 ミナクシェルが口を開く。

 紡がれたのは優しい声音だった。


「――――」


 何を言っているかは理解できない。

 なぜか、聞き取れたのは一つの単語だけ。

 

「――ルクシェリス――」


 なぜだかわからないが、それが白銀の竜の名前だと、クリスは理解した。


「――――――」


「――――」


 ミナクシェルは鳴き続ける。

 殆ど、クリスには理解できない言葉だ。

 言語かも怪しい、鳴き声だった。


 けれども、唐突に白銀の竜に変化が現れる。

 その赤い瞳から、透明な雫が滴り落ちたのだ。


 そして白銀の(ドラゴン)は最後にゆっくりとその口を開き、喉を震わせた。


「――――姉さん」




***



 


「クリス様! クリス様!」


 耳に響く声。

 揺らされた振動。

 クリスはゆっくりと眼をあける。


「気が付きましたか?」


「テートか……どうした?」


 クリスがゆっくりと顔をあげれば、そこには涙を流したテートの顔。


「どうした? じゃありませんわ! 心配しましたのよ? 卵の所に戻ればクリス様は居ないし! 咆哮が聞こえたほうに急いで来てみれば、ミューデルトもステラヘレナが産卵場に入ってくるし、こちらに来てみればそしてクリス様も倒れているし!」


 睨むテートに、クリスは辟易した。


「そうか、俺……」


 思い出すの閃光と爆風。

 ミューデルトの竜の吐息(ドラゴンブレス)の余波で吹き飛ばされたことだった。

 

「よく生きてたな……」


 確かめるように、身体を動かした。

 瞬間走る痛み。


 痛む場所を見れば、腕の魔法道具(マジックアイテム)が歪んでいた。

 金属が身体にめり込んでいれば、それは痛いだろう。


 それを外し、さらに確認してみると他の魔法道具(マジックアイテム)竜の吐息(ドラゴンブレス)のせいかいくつか壊れていた。


「防御系の魔法道具(マジックアイテム)が殆ど全部壊れてますわね……それなりの魔法を弾ける代物でしたのに」


 テートが呆れた声をだす。

 直接ではないにせよ、竜の吐息(ドラゴンブレス)の爆風にはそれだけの威力があったという事だ。

 逆にいえば、魔法道具(マジックアイテム)が無ければクリスはもっと大怪我を負う……最悪死んでた可能性もあるだろう。

 

「あの時テート殿が、魔法道具(マジックアイテム)を渡してくれてなかったら死んでいたな」


 そう言って自嘲する。


「あら、じゃあ私は命の恩人という事になりますわね」


 テートは微笑んだ。


「そうだな、戻ったら何か礼でもしよう」


 そう言ってクリスは立ち上がろうとするが、よろけてしまう。


「おっと……」

 

 踏ん張ろうとして、先にテートに支えられた。


「すまない、思ったよりも身体が……」

 

「無茶をしないでくださいな、少し診ますわね」


 テートはクリスの身体を支えながらも、軽く触診していく。

 流石に傷口に触れれば顔を顰めはするものの、クリスは大きな怪我を負った様子はなかった。 


「一通りは見ましたが、大丈夫ですわ。でも帰ったら医療部へ……」


 そこでテートはそれに気づいた。


「いえ、忘れていました。私の部屋へ」


 忘れていたというのはクリスが女の身体だという事だろう。

 医療部など連れていかれれば、一発でばれてしまう。


 クリスも思い当たったのか、素直に感謝した。


「……助かる」


 何処と無く気恥ずかしくなって、クリスは眼をそむける。

 そこで白銀の(ドラゴン)の死体が目に入った。


 銀色の鱗はところどころ焦げ付いて剥げている。

 その眼に光はなく濁り、身体からは未だに湯気があがっている。


「牙や爪で傷が付かない鱗でも……、竜の吐息(ドラゴンブレス)ならって事か……」


 恐ろしいまでのその威力。

 白銀の(ドラゴン)の周辺はクレーターのような状態になっている。

 直撃したらと思うとぞっとしない。


「加減はしてるはずですわ。じゃなければもっと被害がでていますから」

 

 そこで、既に翼竜(ワイバーン)達の姿が無い事に気づいた。


「そういや、ミューデルトとステラヘレナは何処行った?」


「産卵場に居ますわ。私はあの二匹が入ってきたから外に出たのですわ」


「そうか、なるほど。つまりはあいつらもチキャーナを守るためにいたんだな」


「群れで一つの家族のようなものですからね」


 テートの何気の無い言葉にクリスは眼を丸くした。


「家族か……人よりも余程、いい家庭だ。情が深い」


 クリスは一瞬だけ自分の家族……親を思い出して、思い出さなかった事にした。

 まるで苦虫を噛み潰したような顔をした。


「何処か痛みまして?」


「いや、大丈夫だ問題ない」


 クリスはふとそこで思い出した。


「チキャーナの卵はどうなるんだ? 他の翼竜(ワイバーン)が育てたりするのか?」


「どうなんでしょう……私達も卵の様子を見に行きます?」


「そうするか」


「元々そのために来たようなものですしね、参りましょうか」


 二人は再び、産卵場へと足を進める事にした。


 クリスはテートに支えられながらもなんとか歩く。


「……すまないな」


「構いませんわ」


 重体というわけではないが、今のクリスは身体に力を入れることができなかったのだ。 

 歩くたび、身体に鈍い痛みが走る。


 ゆっくりと歩き産卵場へとたどり着く。


 中には動く影が二つ。

 翼竜(ワイバーン)だろうかと様子を伺うが、明らかにその影は小さかった。

 

 小さいというか人影だった。

 なぜ人影があるのかわからない。

 

 仮に誰か居るとしても何者であるかと警戒する。

 

 クリスが剣に手を伸ばそうとした時、影から声をかけられた。


「マッテタ」


 二つの影はその言葉と共に深く頭をさげた。


「誰だ?」


「オレ、ミューデルト……コイツ、ステラヘレナ。ステラヘレナ、シャベル、デキナイ」


「ほあ?」


 クリスから変な声がでた。


(ドラゴン)種は、人化できる力を持つものもいますの、うちの翼竜(ワイバーン)達の中だとミューデルトとステラヘレナがその力を持っていますわ、お喋りはまだ難しいのですけどね」

 

 見かねたテートが説明してくれる。

 どうやらテートは知っていたようである。


 説明された所で、納得できるものはないが、元々幻獣のそれも最高峰と言われる(ドラゴン)種の中で上位の翼竜(ワイバーン)種のさらに序列の一位と二位の翼竜(ワイバーン)である二匹である。

 何かしら特殊な力を持っていても別段不思議ではない。

 それにテートの顔は大真面目だ。

 

 クリスはまじまじと二人を見た。


 ぱっとみ人とあまりかわらない。

 女性というには少し背が高い。

 先ほど声をだした方はクリスよりも頭二つは大きいし、下手をすれば男のクリスよりも高いだろう。

 きつい目つきの女性だ。


 喋っていない方も女性としては背が高い部類であるしテートよりも少し高い。

 見た目は大人しめなイメージを抱かせる女性である。

 

 強いて翼竜(ワイバーン)の面影を探すならば、頭にある角と、服のように見えるのは灰色の鱗である。

 そしてよくよく見ると腕に付いた皮膜のような物。

 翼竜(ワイバーン)のような名残は各所に見受けられる。


 一瞬悩んだが、そういう物だと受け入れてクリスは問いかけた。


「それで、待っていたとはどういう事だ?」


「コイ」


 案内をするように進む二人。

 その方向に思わず眉をしかめる。

 

 ややあって進み、やはりというか付いた先はチキャーナの卵の場所だった。


 けれども、そこには既にチキャーナの姿はなく、卵のみが存在していた。

 遺骸が無いのに違和感を感じるが、おそらくミューデルトとステラヘレナがどうにかしたのであろう。


「それで、ここに連れてきたということは卵をどうにかして欲しいのか?」


 クリスが視線を向けた先にあるのは白い卵達。

 先ほど置きっぱなしにしておいた洋燈(ランプ)の光を燦々と反射し輝いている。


 ミューデルトは四つのうちの三つの卵を指挿した。


「タマゴ、サワル、ミッツ」


「三つ? 四つではなく? というかなぜ触る必要がある?」


 クリスは首をかしげ、疑問をぶつける。

 なぜ同族が卵を育てないのか不思議だったからだ。

 それになぜ、三個なのか、チキャーナの卵は四つ有る。


「ミッツ、ワイバーン。ヒトツ、ルクシェリス、ケンゾク。シソサマ、テキ」


「ルクシェリス……」


 その言葉にクリスは頭を悩ませる。

 最近聞いたような気がした。


「ルクシェリス、ケンゾク、トジル。ワイバーン、マザル、チカラ、ツヨイ、シソサマ、ササゲル、ミコ?」


「なぜ疑問形なんだ……」


 単語だけで構成されるミューデルトの言葉は理解しにくい。


「サワル」


 そう言って差し示す三つの卵。

 白い卵が三つある。

 指を刺されなかった卵は少しだけ灰色がかっていた。


 クリスは戸惑うものの、言われた通りに手をだして、指を刺されたその卵に触れてみた。


「暖かいな……」


 クリスの手にぬくもりが伝わった。

 この卵がに生きているという証だった。


「ミッツ、サワル」


 言われたとおりに、卵に触れる。

 三つに触れ終わると、変化が始まった。


 ――ピシ


「んん?」


 何かが割れるような、ひび割れるような、硬くて軽い、そう骨のようなものが砕けるような音。


 ――ピキッ


「お……お……?」


 あまりのことにまともに声がでない。


 なんと、目の前の卵がひび割れていたのである。


 ひび割れはどんどん大きくなっていく。

 

 ――パキンッ


 小気味よい音と共に殻が段々と剥がれ落ちる。

 卵の内部が露出しはじめる。


「生まれんの? 今?」


 クリスの驚きの言葉。


 テートなど驚きすぎて言葉もない。

 眼を見開いて凝視している。


 ――ピシッ、パリン


 音は段々と増えていく。

 それに合わせ、殻がどんどんと壊れ、剥がれていく。


 そして、産声をあげた。


「ピキャ」

 

 手のひら程の大きさの翼竜(ワイバーン)

 鱗はまだ形成されてなく、全身は白い産毛で覆われて、眼はまだ開いていない。


「孵化しましたわ!」


 まっさきに歓喜の声をあげたのはテートだった。

 その眼は潤み、頬を染めていた。


 クリスはよく見るためにそっとしゃがみ込む。

 刺激しないように、慎重に。


 二匹めも、三匹めも、殻を破り孵っていく。


「ピギャー」


 発せられる産声。


 そこには、確かに子翼竜(ワイバーン)が三匹存在していた。


「おおう……」


 色々な感情がクリスの胸を駆け抜ける。

 それは憐憫だったり、祝福だったり、共感だったり、安堵だったりした。

 

 それでも、何処と無くチキャーナの面影を三匹に見つけて、クリスは安堵した。

 そして、ゆっくりと頬を緩めた。


 





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