九話 土耳長《アマゾネス》 部族の道
改修
そこは闘技場だった。
円形状の石でできた舞台。
その上では二人の女性が相対している。
リングの外では土耳長達が、二人の女性を見守っている。
片や、歴戦の猛者を感じさせる雰囲気が漂う、土耳長の女性、ユカラ。
装備を動きやすさを重視したものか、革の胸当て《レザープレート》と革の篭手しか、防具らしい防具はない。
武器は重厚で2メートルに及ぶ大きな槍斧を泰然と構えている。
片や、神秘的な雰囲気を漂わせる、銀の髪に赤い瞳の少女、クリス。
王都の騎士服に胸に十字をあしらった銀の胸鎧を着込んでおり、手には剣士用の銀の篭手を付けている。
武器は1メートルにみたないが、細剣を無造作に構えていた。
ユカラが叫ぶ。
「こちらからいくぞ!」
次の瞬間、獣の如き咆哮をあげるユカラ。
槍斧が唸りをあげ、クリスを両断しようと迫り来る。
暴風のようななぎ払いが空気を割いた。
誰もがクリスが上下に別れるのを幻視する。
けれども、クリスは何事もなかったかのように、同じ場所に存在していた。
なぎ払いはクリスのほんの鼻先をかすめていただけに過ぎなかったのだ。
「当てる気がないのか?」
クリスは困惑の表情を見せながらも問いかける。
クリスはてっきりユカラが激情にまかせて掛かってくるものだと思っていた。
だというのに、ユカラは手を抜いた。
いあ、抜いたわけではない。
だが確実に当てるきは無かったのだ。
「今のを見切るか、なるほど人鳥や蛇女を倒したその腕、確かなものか……」
そして、ユカラは再び構えをとる。
「興奮してた割には、随分と冷静だな?」
「私は戦士だ、戦場に私情を持ち込む事などしない」
先ほどまでの激情は成を潜め、ユカラの眼には理性の光が灯っている。
「お主は、騎士なのだろう? 騎士は戦場にに私情を持ち込むのか?」
「なるほど、それは無いな」
ユカラの言葉に納得する。
クリスは様子を見ようとしていたのを切り替える。
「手加減は無しだ」
その言葉から、クリスの雰囲気が変わる。
先ほどまでの飄々とした態度はどこにいったのか、それはみるもの全てを凍てつかせる、冷たい殺気を放っている。
周りで見ている土耳長達幾度もの蛇女の襲撃をしのいできた歴戦の戦士達だ。
しかし、誰もが思わず後ろに後ずさった。
ユカラもそんなクリスをみて、思わず一歩下がってしまう。
手が僅かに震えている。
恐怖……?
私が……こんな小娘に?
久しく、忘れていた感情がユカラに巡り来る。
ユカラは今まで魔物も、蛇女さえも怖いと思った事など無かった。
襲撃され、仲間が次々と倒れるなか孤軍奮闘したのは幾度もある。
けれども、決して恐怖を感じたことなどなかった。
ユカラの槍斧による攻撃。
それは自分よりも強大な豚鬼を、その武器もろとも切り飛ばす程の威力を秘めている。
小鬼や人狼などは言うに及ばず。
どんな魔物でも正面から切り伏せてきた。
一対一で負けたことなどなかった。
なんども強さを賞賛された。
結果からくる自信。
悪いことでない。
けれどもそれがユカラを驕らせていた。
本人に驕るつもりはなくても、気づけば高みから見下ろした気分になっていた。
だが、今はどうだ。
相手は二十にも達しないであろう小娘だ。
だというのにこの気迫。
高みから見下されている気分。
久しく忘れていた恐怖がこみ上げる。
けれども、震える手に力を込めて、その恐怖を振り払らうが如く。
槍斧を振り上げる。
それを見てクリスが駆け出した。
駆け出した瞬間、クリスが先ほどまでいた場所が爆ぜる。
ユカラの振り下ろし。
一拍の隙もなく、瞬間的にそれは放たれていた。
槍斧が唸りをあげて石でできた石の舞台に喰いこんだ。
「大振りだな……」
クリスはユカラが槍斧を引き抜く間に、懐まで潜り込んだ。
そして細剣で袈裟に斬りかかる。
避けるだろうと思われたその一撃を、ユカラはあろうことか、拳でそれを迎え打った。
「なにっ」
ガキンッと金属同士がぶつかった様な音が響く。
思わぬ衝撃に剣をもっていかれたクリスは驚愕する、その隙を逃さず、ユカラはクリスを蹴り飛ばす。
たたらを踏んで後退するクリス。
ユカラはさらに追撃をかける。
すぐさま槍斧を引き抜いて、咆哮と共に力の限りに叩きつける。
「はああああああああっ」
当たれば勝負は決まる、そんな一撃だ。
クリスはすぐさま細剣を両手で構えそれを受け止めた。
甲高い音がして、僅かに鮮血が舞う。
受け止めきれなかった槍斧の刃が、僅かにクリスの肩へと食い込んだ。
「ちぃっ」
舌打ち、そのまま力を込め、槍斧を跳ね上げた。
距離を取る。
「その篭手……ただの篭手じゃないな……」
「母の……族長の形見だ」
手傷を追わせてもなお油断せずに、クリスを見据えるユカラ。
「なるほど……随分な代物をもっていやがるな……」
薄汚い革の篭手にしか見えないそれは、恐らく耳長か土人の技術で作られた魔法道具なのだろう。
ユカラはクリスに一撃入れたというのに油断もせずに構えている。
「まあ戦いに予想外はつきものか、続きといくか」
「軽口を……」
ユカラが走りながら槍斧を突き出した。
細剣でいなし、クリスまたしても懐に入り込む。
すると今度は、くるりと持ち手を変えて、石づきで細剣を払う。
キンと軽い音がして細剣が吹き飛ばさる。
クリスはそれがどうしたとばかりに、無手のまま、ユカラの腰元にめがけ、体当たりをする。
だが体格差か体重差か、ユカラはほんの少し揺らいだだけである。
槍斧で振り払われそうになり、慌てて距離をとった。
再びユカラが槍斧を振り上げた。
次の瞬間、一瞬前までクリスの居た場所が、石でできた舞台がまたしてもが爆ぜる。
振り下ろしが大きな穴を穿った。
くい込むに留まっていた先ほどの一撃に比べ、威力が明らかにあがっている。
恐ろしいほどの怪力だ。
されどクリスはそこに居らず。
クリスはユカラの振り下ろした斧槍の刃先の上に立っていた。
「威力といい技術といい大したものだ……その大きな獲物でよくもまぁ……」
感嘆と共に呟かれるその言葉、けっして世辞ではない。
槍斧、長柄の槍に属する武器である。
槍と斧を掛けあわせた武器だ。
槍による突きに払い、斧による斬撃、打撃を可能とする。
だがその扱いは難しく、二つの特性を合わせるために武器の耐久をあげる必要がある。
そのため重量を増やす必要があり、魔法の補助なしにそれを使いこなすというのは中々できるものではない。
そして長柄の武器は往々にして懐に入れば対処が苦手という定石なのだが。
二回潜り込んで、二回とも弾かれた。
定石が定石であるがゆえに、対処がし易いのもまた事実。
だが離れれば大振りの一撃がくる。
その大きく、靭やかな体躯、全身を使い、振り下ろされる、その一撃。
豚鬼を一刀両断するのも納得できるというものだ。
クリスは槍斧を飛び降りて吹き飛ばされていた細剣を拾った。
「先ほどから思うが、その身の軽さは賞賛に値するな」
ユカラは賞賛するとともに槍斧を手放し、拳を構えた。
距離をあければ槍斧、細剣で懐を攻めようとすれば拳。
隙がない、とクリスは思う。
「力押しは趣味じゃないんだが……」
困ったように、クリスは呟く。
ここに来てクリスはユカラを認めた。
技術という点でクリスはユカラに劣っている。
そう自覚した。
故にクリスは細剣を鞘に収め、拳を構えた。
「その小さな体で、拳で私に勝てるとでも思っているのか?」
ユカラが口調に怒りを表す。
「いや、俺はこっちのほうが得意なんだ」
クリスは無造作にユカラに近寄っていく。
飄々とした態度に、ユカラの目は据わってきている。
「はぁっ」
気合一声、ユカラが回し蹴りを放つ。
クリスがそれを手を交差させて銀の篭手で受けとめる。
少しばかり、後退する。
「体重差がネックだな」
冷静にクリスが観察する。
「先ほどから飄々と! いつまでその余裕が持つか!」
言うがはやいか、猛攻をかけるユカラ。
かかと落とし、横蹴り、回し蹴り、足技主体に責め立てる。
時には拳を混じえ、牽制しながらも、ユカラの激しい攻勢が続く。
クリスは篭手でいなし、はじき、守りに入る。
「どうした! 防御だけでは勝つ事はできんぞ!」
ユカラはクリスを挑発する。
「脳筋か……?」
クリスが挑発を返す。
「軽口を!」
叫びながらもユカラの猛攻は終わらない。
頭を狙い殴り、蹴り、時には足払いでフェイントを混ぜる。
しかし、クリスは、いなし、はじき、守りきる。
時々かすりはするものの、致命的な一撃にはなりえない。
「くっ」
攻めているはずのユカラが焦りだす。
堅いっ!
クリスの防御の巧みさに、ユカラが一旦距離をとろうと後ずさる。
しかし、クリスはそれを許さない。
姿勢をさげて、体当りを打ち当てた。
後ろに下がろうとした機会でやられたそれは、地に足を据えていた先ほどとは違う結果をもたらした。
「なっ」
ユカラは仰向けに倒れこむ。
咄嗟に頭を守り受身をとる。
クリスが上にのしかかる。
馬乗りだ。
攻守が逆転する。
「そそられる体勢だな」
クリスがニヤリと笑う。
クリスの攻撃が始まった。
銀の篭手で容赦なく。
殴る、殴る、殴る、殴る。
ユカラは手を交差させ、守りの姿勢に入っている。
時折手をだしてくるが、それでも今の体勢では威力も弱くダメージにならない。
クリスは引き際だろうと、提案を口にする。
「怪我する前に降参しないか?」
「まだだっ!」
間髪いれずにユカラが叫ぶ。
ユカラの闘士はまだ消えていない。
「余り女を殴るのは趣味じゃないんだが」
仕方ないと、クリスは殴る。
殴る、殴る、殴る、殴る。
時折返されても、ひょいと避けるクリス。
殴るたびにユカラの体は悲鳴をあげる。
加減をしているとはいえ、クリスは聖騎士だ、軽く殴ってるようにみえるがその拳は、大の男が殴る拳よりもはるかに重い。
気づけばユカラの腕は折れて、顔は腫れあがり、肋骨も何本か逝っただろう。
呼吸には異音が混じり始めている。
肺でもやったんじゃないか、と思うクリス。
殴るたびに小さなうめき声をあげるユカラ。
頃合か……。
クリスがそう思った時だった。
クリスに向かって鋭い光が走る。
***
薄れいく意識の中ユカラは思う。
――ああ、このまま負けてしまうのか。
それも良いか、どうせ仇は取れなかったのだ。
もはやこれでは、誰も私を族長など思うまい……。
だがふと思い出す、今までの過去。
族長の子として、育てられた幼少期。
次期族長として厳しい鍛錬に明け暮れた。
次期族長として皆に敬われ、人並み以上に大事にされた。
期待に答えようと、人並み以上にがんばり結果もだした。
そして、和やかに暮らしていた、そんな日々。
それは突然やってきた。
蛇女達の襲撃だ。
初めの襲撃で、村の仲間の半分を失った。
魔物相手に手も足もでなかった。
泣いて逃げる母に連れられ、辛うじて生き延びた。
その襲撃で父とはもう出会えなかった。
それでもどうにか半分生き延びた。
その半分で村に居座る蛇女達を襲撃し、なんとか、村を取り戻した。
そして、なんとか村を再建した。
残った者達は死に物狂いで訓練した。
けれども、それからも蛇女の襲撃はもう何度も、何年も続いた。
けれど、我らも強くなり、最近ではほとんど死人も出さずに撃退できていたのだ。
それが慢心だった。
今回の襲撃で、初めての魔物が混ざっていた。
神話で空の狩人と語られる、人鳥。
空にいる敵に、大した対象方法などいきなり思いつかず、矢を放つもたいして効果はあげず。
人鳥ににかかえられた小鬼の侵入を許してしまう。
そして、人狼の侵入までもを……。
おかげで、門を開けられた。
なんとか敵が雪崩れ込む前に間に合って、橋で戦っていたのだが。
今回はさすがに危なかった。
けれども、戦っていると突如魔物たちが突然引き始めたのだ。
今までこんなことは一度もなかった。
けれどそれを機と思い、魔物を一気に殲滅することに成功した。
だがその時点ですでに味方はいつもより多くの被害が出始めていたのだ。
けれども私は精鋭を引き連れ蛇女の討伐へ向かったのだ。
やっとのことで蛇女を見つけたと思えば、それは既に物言わぬ骸であった。
そして、いきなり現れたクリスがそれを成したと言うのだ。
とても信じられる事ではなかった、けれど情況証拠は揃っていた。
私は心底安堵し、そして脱力した。
これで終わった。
これで皆は救われた、そう思った。
けれども、私の中に湧き上がる感情があった。
この手で蛇女を倒したかったという思いだ。
仇をこの手で……。
けれども、死んだ者をもう一度殺す事などできはしない。
八つ当たり気味にクリスと戦って、それでもクリスは倒せなかった。
皆を守れず、仇も取れず、強くもない。
自分は何のための族長として育てられたのかと思ってしまう。
思わず涙が溢れてくる。
そして、ふと前の族長、母を思い出す。
優しく、美しく、強く、厳しく。
それでも皆に慕われていた母。
村に残った心優しき最後の耳長。
本来なら族長であった父を無くし、私が大きくなるまでと後をついだ母。
昨夜、殺されてしまった母。
偵察に行かせたシトリは遺品の篭手だけを持ち帰ってきた。
試練の祠には、争った後と血の後くらいしか残ってなかったそうだ。
ご老体もやられていたと……。
前回の襲撃があったばかりで、そんなに速く襲撃はないだろうと考えたのが甘かった、自分の甘さを呪いたくもなる。
思わず怒りがこみ上げた、誰でもない、自分自身に。
今でも母の声は覚えている。
辛いときも苦しい時もよく笑う人だった。
今でも笑い声を覚えている。
父を無くし、本当に苦しいのは自分だというのに、私を必死で育ててくれた。
私が厳しい訓練にめげて、泣いているときも常に笑っていてくれた。
そして、必ずこう言うのだ。
族長だから、皆を守るんじゃない。
皆を守るから族長なんだと。
そして立派に族長になってくれと。
***
「一対一じゃなかったのか?」
その光はクリスをかすめていった。
首をまげなければ、頭を撃ちぬかれていただろう。
それは矢じりだった、先ほどまでクリスが居た場所。
ユカラの上を通る軌跡で射られたのか、鋭角に地面に突き刺さっている。
クリスが弓を射かけられたであろう方向をみると、そこには顔を真っ赤にして弓を構えた、エンファが居た。
殺気立ち、クリスを親の仇のように凝視している。
ユカラから、降りて周りを見回すクリス。
よくよくみれば、闘技場を囲んでいる土耳長は似たりよったりな表情をしている。
「人望あるな、お前?」
クリスは思わずユカラを褒めた。
ユカラはエンファの行動をみて、涙がこみ上げた。
私なんかを助けてくれるのものがまだ居たのか……ならば族長らしくしようとユカラは思う。
荒い息をつきながらも立ち上がるユカラ、エンファ達を見据え、声をあげる。
「皆やめろ、これは決闘だ。何びとたりとも邪魔することは違わぬ」
あちらこちらから、怒りのこもった声があがる。
――私のために怒ってくれているのか、こんな役立たずの族長のために。
涙をふき姿勢を正す。
「皆が私を思う気持ちはありがたい、しかしそれで掟を破るのは……、皆が私が原因で掟をやぶるのは、それを私は、私自身が許せなくなる!」
「族長!」
あちらこちらから声が響く。
「私はまだ戦える、最後まで見ていてくれ!」
言い終わると同時に歓声があがる。
「がんばれ」
「がんばってくれ」
「負けるな」
あちらこちらから声があがる。
「俺が悪役か……」
クリスは独りごちる。
ユカラは仲間に手をあげて、自身の顕在を示す。
そして、クリスへと向き直った。
「すまない、待たせた。仲間の非礼を詫びよう」
ユカラはクリスに向き直り謝罪した。
「……構わない。ただこれ以上なにかあるのも面倒だ。次で終わらしてやろう」
「そうだな次で終わろう、私もいささか疲れたようだ」
「なら、もういいだろう」
言葉が終わるかいなか。
クリスの左人差し指が何かをなぞるように動いた。
その瞬間、ユカラの体は前に傾いていた、踏みとどまろうと足に力を入れる、しかし、踏みとどまれる地面がない……。
「む?」
ユカラは空中にいた、見れば地面に大きなクレーターができてる。
なぜユカラは自分が空中にいるのかすぐには解らなかった。
しかし、そこは歴戦の戦士、着地しようと身をよじる。
されど、着地する瞬間にクリスは目の前に居た。
速度が先ほどの比ではない。
ユカラは迎撃しようと構えを取ろうとするが間に合わない。
そのまま蹴り飛ばされて、クレーターを中心に向かって落ちていく。
ごろごろと転がり、起き上がろうとした。
胸に衝撃が走る、息がつまり起き上がれない、見ればクリスがいつのまにかユカラの胸を踏みつけている。
早い……。
クリスの体重が胸にかかる。
そして首筋に鈍く光るものが突きつけられた。
いつの間に抜いたのか、倒れたユカラの首には細剣が突きつけられていた。
クリスは微笑み言い放つ。
「俺の勝ちだ」
ユカラは今度こそ負けを悟り、天井を仰ぐ。
「ああ、私の負けだ……」
皆すまない、という言葉を飲み込んで。
「我らが部族はお主に従おう」
そう言い放った。
起き上がろうとするユカラ、それに手を貸すクリス。
ユカラは手を借り起き上がる。
そのまま手を取りながら、クリスが言う。
「よろしく頼む」
「従おう、お前が勝ったのだから、新しい族長よ」
ユカラが言うかいなか、倒れこむ。
「え? ちょっ」
驚きながら受け止めるクリス。
辺りを見回す、と土耳長がクリスを伺っている。
「治療してやれ……」
聞くかいなか駆け寄ってくる土耳長達。
エンファが真っ先に駆け寄ってきた。
「ユカラ様ー! 貴様ユカラ様の顔に傷を!? 活かしてはおけぬ!」
バチンと後ろからロッテに叩かれるエンファ。
「あんたさっき、ユカラ様が言ったこと真っ先に反故にしようとしてんじゃないわよ、決闘で決めたことは絶対遵守でしょ?」
その顔には呆れが浮かんでいる。
「ほら、治療するんでしょ、上まで運ぶわよ」
そういってユカラを受け取るロッテ。
「ま、まて私も手伝う……」
焦り手伝おうとロッテに近寄るエンファ。
ユカラに手を伸ばそうとして、パシンと手を弾かれた。
「決闘を汚した人が、決闘者に触れていいと思ってんの? あんたはユカラ様が許すまでは、ユカラ様に近寄っちゃだめだからね」
エンファは惚けて立ち尽くす。
ロッテの言葉のその意味に気づいたのか目に涙が滲んでいる。
「惚けてないで、とっととユカラ様の得物運びなさいよ」
ロッテの声に我に返ったのかのように、急いで槍斧のもとにいくエンファ。
引き抜こうとするが、余程深く食い込んでいるのか、それとも重いのか、ウンともスンともしない槍斧。
エンファは決闘を汚したと罵られ混乱している。
そして、名誉挽回の機会で役にたたないエンファ。
目から涙がこぼれ落ちる。
見ていられなくなったクリスはため息をついて、槍斧に近づき手をかける。
クリスを見て何かを言おうとしたエンファだが次の瞬間言葉を無くす。
無造作に片手で引き抜いたのだ。
ほらっと渡され、たたらを踏むエンファ。
驚愕の目でクリスを見る。
実はユカラの槍斧はとても重く、五十キログラムはある。
それが思い切り振り下ろされ、石のリングに突き刺さっていたのだ。
引き抜くときにかける力は五十キロでは済むものではない。
それをクリスは片手で軽々と抜いたのだ。
周りの土耳長もどよめいている。
「お前は……」
エンファは呟いた。
「なんだ?」
「私はお前など認めないからなー!」
エンファの叫びがこだました。
***
「……ということがあった」
上に戻り、アリシアを呼び、現在気絶してるユカラをアリシアが癒しの聖痕で傷を治し、クリスはアリシアに地下で起こった事を話していた。
「私、別について行ってもよかったんじゃ?」
「かもしれんな」
その言葉に頬を膨らませるアリシア。
自分のいないところで話が進むのは気に喰わないのだろう。
「結果的に言質はとった、ユカラが起きたらどうにかなるだろう」
ユカラを治療したあと、二人は再び広場に戻り、原っぱに座って寛いでいる。
「クリスも騎士服切れたり、よごれてますよ?」
「少しだけもらった」
そう言って、若干不貞腐れるクリス。
圧倒するつもりだったらしい。
けれども傷はすでになく、そこには白い肌が見えていた。
アリシアはパンパンとクリスの土埃をはたく。
「ちゃんと、手加減したんですか? 内蔵傷ついてたみたいで、危険だったんですけど」
その言葉に冷や汗を流すクリス。
「ちょっとくらいの怪我なら、聖騎士になるときに治るんだろ? だからいいかなと……」
「それもそうですね……」
でもと続けるアリシア。
「王都に着く前に死んだら困るじゃないですか? いくら私が癒しの聖痕を持っていたとしても、蘇生の聖痕ではないのですから、死んだら治せませんよ?」
プリプリ怒るアリシア。
「次があれば気をつけるさ……」
どこかおざなりなクリス。
実際クリスは本気で戦っていたわけではないのだ、かといって手加減していたと聞かれたら、違うと答えただろう。
身体能力だけならクリスのほうが遥かに高い。
だが技術ならばユカラが一歩先んじる。
かといって全力でというと、殺してしまう可能性もある。
そのため、最後は加減のききやすい拳で戦ったのである。
うつむき、考え事をしているクリスを見て。
「もうその件はいいです」
アリシアは締めた。
「それで、結局土耳長の皆さんは騎士団に入ってくれるんでしょうかね」
「ああ、言質はとった問題はないだろう、戦士が七十人ほどらしいからな、いい収穫だ」
話ながらもどこか上の空のクリス。
「でも全員が聖騎士に成れたらの話でしょう?もう千里眼で確認したんですか?」
「いやまだだが」
少しばかり、言いにくそうに口ごもる。
けれども、意を決したのか口にした。
「男のいない集落だし殆ど処女のはずだ、逆にこれで非処女ばっかだったら泣くぞ俺は……」
骨折り損だし、なんか嫌だ。
仮に男一人が子種として残っていればありえない事ではない。
仮に女同士でも……、そんな考えを振り払うクリス。
二人の間に微妙な沈黙が舞い降りる。
「処女が資格というわけではないのですがねぇ……」
アリシアはフォローする。
「そちらは、大丈夫だろう多分、多分な……それより、ここには噂が三つあっただろ?」
クリスは空気に耐えられなかったのか、強引に話題を変えた。
「ええ」
頷くアリシア。
「山姥ってのはわかる……、女であの筋肉は無い……、腹筋割れすぎだし男の俺より筋肉絶対ある……アルザークに比べたら服も毛皮とかばっかで変だしな」
クリスは自身の考えを力説した。
「女だけの集落というのは実際女しかいないし、そうなんだろうと納得はしよう。でも土耳長は混ざりものなんだよ、世界樹のせいでここの土耳長は女性しか生まれないけど、親の世代の土人と耳長はどうしたんだろうな? 村までは世界樹の魔力は通ってないし、どちらの女性もまだ見てない。聖戦からの時間じゃ彼らの寿命ではそう死ぬような年数でもないはずだ」
それにと続けるクリス。
「人攫いは結局、ここの部族じゃないだろ? 子種としてでもないし、変な儀式もやってない、決闘で物事決めてる時点で変っちゃ変なんだが……」
さりげなく貶めるクリス、なにげに毒舌である。
「私も疑問に思うんですが」
アリシアが切り出した。
「そもそも親の世代はどうやってここに来たんでしょうかね? 男性は森に入ったら死ぬのでしょう?」
アリシアが首を傾げる。
「ああ、それは、ここは山だからな、どこかに麓と繋がる洞窟があってもおかしくない、それに洞窟に長けた土人が居たんだ、そこは問題ないだろう、魔力の届かない地下を通ってって感じだと思うが」
それにと続けるクリス。
「元は耳長があの大木を世界樹と呼んで崇めていたのが伝わってその名称が定着したらしいんだ、世界樹に関しては耳長が詳しいだろう。山と洞窟に詳しい土人と森と世界樹に詳しい耳長。この二種族がいれば、この高原にたどり着くくらいは不思議じゃない気がしないか?」
クリスの予想を聞いてなるほどと頷くアリシア。
「でも別に噂の真実を確かめに来たわけじゃないですし、土耳長の女性たちが騎士団に入ってくれるなら其の辺はどうでもよくないですか?」
ある意味真理である。
「それはそうなんだが……、気になってな」
「そんなこと気にするくらいならご飯の心配をするべきです」
「さっき粉練焼食ったろ」
「あれっぽっちで足りるわけないじゃないですか!」
胸を張るアリシア。
クリスは思わず苦笑する。
「……蛇女を倒して、新しい門出だ、死者の供養も兼ねて今日の夜辺りは多分祭りだろうよ、アリシアは怪我人の治療もしていたし……それなりに歓迎されると思うぞ」
「それだと嬉しいですねぇ」
期待に目を輝かせるアリシア。
「お腹空かせて待っておきます」
クリスの膝に頭を乗せ、原っぱに寝転がるアリシア。
「ではお祭りまで寝ますね、徹夜ですし聖痕使って疲れました、お祭りになったら起こしてください」
そう言うと、ものの数秒で寝息が聞こえてきた。
「よく食う、よく寝る、本当に子供のようだ……」
クリスは苦笑しつつ、アリシアの頭を撫でた。
アリシアはむず痒そうにそれでも安心したように寝入っている。
「俺も少し休むか……」
今日も疲れた、いやもう日を跨いだんだったな。
そんな事を考えながらクリス自身も仰向けになり、クリスも原っぱに寝転んだ。
太陽が眩しいが、それでも疲れはクリスを眠りに誘ってゆく。
「いい天気だ……」
呟いた声は誰にも聞かれることなく風にとけた。
***
時刻は流れ、闇が世界を支配する時間。
音楽が聞こえる、それは荒々しくも繊細に、太鼓や笛による協奏曲である。
小気味よいリズムが刻まれ、人々の心に興奮の種を植え付けていく。
煌々と燃え盛る松明を光源に、広場で祭りは盛大に行われていた。
鎮魂と旅立ちを唄う声。
皆が死者を弔い、悲しみ、泣いて見送った。
新しい門出を祝い、喜び、笑った、そして別れに涙した。
そして、夜も更けていく。
中央付近では大きな机に大量の料理が並んでいる。
四人が一列に座り只管芋を食べている。
おそらく食べ比べだろうか、大きな皿に山と芋が積まれている。
中でも一際小柄で銀髪紅眼の少女が眼を引く、開始からすでに三十分。
他の参加者はすでに手を止め苦しそうにしているというのに、一人だけ美味しそうに未だ芋を食べ続けている。
少女が皿の料理を食べ尽くした瞬間、周りから歓声があがった。
広場の隅、丸太がいくつか置いてあり、それを椅子替わりに対面で二人の女性が会話をしている。
ユカラとクリスが、旅の道程についての話をしている。
広場の中央から歓声があがった。
「あっちは楽しんでるようだな」
クリスが中央を見ながら微笑む。
「それで、何人ついてこれる?」
「五十人ほどだ、後はここに残る」
ユカラが返答する。
クリスに殴れらた傷は粗方アリシアが治したようで今は傷一つなく健康だ。
今は麻でできた民族衣裳を着て、目元に炭で縦に二本の線を引いている。
目元の模様は鎮魂の文様というらしい。
人数が思ったより少ない。
思惑を表に出さずにクリスは告げる。
「言っちゃ悪いが、ここに残っても未来なんてないだろう? それでもか?」
ユカラは思案するように言葉を紡いでいく。
「未来がないのは……、分かっているが、老体に旅はきついし、せっかく蛇女から守りきったのに捨てるのは……と躊躇うものも多くてな、先祖の切り開いた土地を守りたいというものも居る」
「そうか……」
クリスは若干落胆する。
「男ももう居ないというのにな、もう子も増えぬ……部族は緩やかに滅び行くだろう。それでも残るという老体が多くてな、それに老体を助けるために残るものもいる」
俯くユカラ。
言葉に詰まるクリス。
空気を変えようとして他の話題を振った。
「男が居ないか……、そもそもお前らの先祖はどうやってここにたどり着いた?」
「村の地下街を見ただろう? あれは海辺にある洞窟にまで繋がっているのだ、もともとあの地下街はその洞窟を利用したものだしな」
自信の予想と若干ずれており少し不満げなクリスだが、一応は納得したのか頷いた。
「干潮時にしか、出入り口は現れぬしな、地元の漁師だろうと気づきはしまいよ……きっと先祖が見つけたのも何かたまたまであろうよ」
何が楽しいのか、くつくつと笑うユカラ。
「男がいなくなったのはいつ頃なんだ?」
「蛇女の特性を知らないか?」
寂しげに笑うユカラ。
気づいたのか納得したクリス。
「最後の男は十年前だったかな……」
「いやいい、大体わかった」
手を振り止めるクリス。
「男はいいとしても土人や耳長の女性はどこへ行ったんだ? 村では見なかったが?」
あらためて問いなおす、クリス。
「耳長族の風習は知っているか?」
頷くクリス。
「男は村に寄り付かないんだろ?」
「補足しよう……」
「耳長達はロマンチストでな、普段は男性と女性が別々に暮らしているのだ、それで一年に一度一ヶ月だけお互いの村の中間に拠点をたてて、そこで暮らすというのものだ」
クリスは何か意味があるのかと思った。
顔に出ていたのか、ユカラが薄ら笑う。
「耳長はそれでいいかもしれんが、伴侶となった土人はそうもいかないらしくてな、あとは……わかるだろう?」
首を竦めるユカラ。
「結局、ほとんどの土人は同種族に浮気してしまったらしい……仕方の無い事だ」
そう言って嗤う。
「私の生まれる前の話だし、聞いた話でしかないんだがな……」
少なくとも何十年は前の話であろう。
ユカラの年齢しだいでは百年以上だが。
「耳長にとっては信じられない話だったんだろうな、一族揃って出て行ってしまったらしいそれから先の行方までは流石にわからないな」
クリスとしては、聞きたくなかった。
命懸けで逃げてきて、子を育んだ相手に浮気をされ、切れて家出……。
駆け落ちした男女が陥る愛憎劇のようだ。
「土人の女性はどうしたんだ?」
「知らないのか?」
「何をだ?」
「……土人の女性は子を産むと大抵死んでしまうのだ。代わりにというか、とても多くの子供を産むのだが、子供は父親が乳で育てるのだ」
衝撃を受けるクリス。
虫とか魚みたいだな、つうか悲しい種族だな土人、混ざりものはどうなんだろ?
「土耳長はどうなんだ?」
「私は子を産んだ事はないが……」
若干頬を赤めるユカラ。
「何度か出産に立ち会ったこともある。大丈夫だろう、死にはしまいよ」
死なないと分かってなんとなくほっとするクリス。
「なんだ? 心配してくれたのか? お主が男だったらお主の子を孕んでもよかったがな」
豪快に笑うユカラ。
顔を赤くし無言になるクリス。
「なぜ顔を赤くする……?」
「いや別にっ」
しどろもどろになるクリス。
「初心なのか?」
戯るユカラ。
「そういうわけではないが……」
クリスは紛うことなき処女ではある。
当たり前だ、元々男なのだから。
とはいえ、言うつもりもない。
しかし、顔が少し赤いために説得力に欠けるのか、ユカラはニマニマとクリスを見ている。
コホンと咳払いをするクリス。
「結局五十人中、何人が戦える?」
強引に話題の修正をするクリスにユカラは笑いながら答えた。
「もちろん、全員だ」
誇らしげに胸を張るユカラ。
その手で大きな胸を叩いた。
今は鎧を着ていないため、プルンと揺れる胸。
その、揺れに思わずガン見するクリス。
でかいな。
顔は真面目だから性質が悪い。
「お前はそっちの気でもあるのか?」
クリスの視線に気づいたのかニヤニヤしてるユカラ。
ある意味そっちの気しかないんだけどな。
ポリポリと頬をかきながら目をそらすクリス。
「これだけ騒いでいるが、準備は平気なのか? 出発は明日だぞ。森を超えるのには二日は掛かるだろ?」
少々強引に話題を変えるクリス。
「ん? ああ、それは森を歩けばだろう?」
ん?森をあるけば?
「もしかして、お前らの先祖が見つけた洞窟のことを言ってるのか?」
「いや、先祖が見つけた洞窟が出るのは海辺だと言ったろ? 森を通るより遠回りになってしまうだろう。そっちは男がいるときだけ使うんだ」
「他にもあるのか?」
「もちろんだ」
即答するユカラ。
「この山は少し地下に潜れば、世界樹の根が張り巡らされている。世界樹の硬さは知っているか?」
「知識としては聞いているが……」
「細かいことは省くが根も堅くてな、この山は岩盤が多いのだがそれすら貫いて、根を張り巡らせる。そして世界樹が枯れると地下にはそのまま空洞ができる。そのためあちらこちらに洞窟があるのだ、先ほど言った海に繋がる洞窟の他にも麓の街近くの川の中に続くものがある、そこを通ればほぼ一直線だ、半日もかからん」
「世界樹恐ろしいな……」
「おかげでこの辺は土地の栄養をのきなみ世界樹がもっていくから、大した作物は育たないんだがな……トウモロコシやイモが精一杯だ」
苦笑するユカラ。
「おかげで狩猟慣れはしているがな」
「作物が育ち居にくいのに獣はいるのか? というか雄は死ぬだろ?」
「世界樹の落ち葉を食っているし、この辺の獣の雄は雌に食べ物をもってきてもらうんだ」
「ただのヒモじゃねえか」
ユカラが「そうだな」と頷き、話を戻した。
「旅立つものの準備はできている、お主こそ準備はいいのか?いきなり五十人もの大所帯を囲える所なのか?」
「アルザークの街ならば問題はないあそこ田舎にしては人の出入りが多く活気もある、五十人程度どうにでもなるだろう」
「信じておこう」
その後、街までの道程に関しての詳細を詰めていく二人。
クリスがアルザークでレジールに用意させた地図とこの村の地図を比較して道程を確認しているときだった。
クリスの横に影が揺らめく。
クリスが影に気づき、顔をあげる。
そこにはアリシアが佇んでいた。
「どうしたアリシア? 食べ比べをしていたんじゃないのか?」
クリスに聞かれるとアリシアは手にもった壺を差し出した。
「食べ比べは終わっちゃいましたぁ、美味しかったです。これ優勝賞品のお酒です……私お酒は葡萄酒しか飲まないんで、飲んでください」
そう言って差し出した。
「あの食べ比べに優勝したのか……」
ユカラは信じられないようなものを見るかのような目でアリシアを見つめた。
「余裕です」
無い胸を張るアリシア。
思わずユカラとアリシアの間で視線を行き来するクリス。
「なんか失礼な視線を感じます」
視線に気づいたのか頬を膨らませるアリシア。
「なんの酒かな? この村の特産なのか?」
クリスはわざとらしいくらいに話題をそした。
「ああ、多分トウモロコシと世界樹の葉で作った酒だと思う、我々も中々飲めるものではないが、明日旅立つのだ、多分地下の蔵から出してきたのだろうよ」
ユカラさえあまり飲んだことはないという。
興味をもったのか掛け鞄から盃を取り出すクリス。
「せっかくだ、いただくとするか」
「ほら」
クリスはユカラの分も注ぐ。
「相伴に預かるとするか」
盃を受け取るユカラ。
アリシアを見ると「いいです」と首を振って、食べ物の所にもどってしまった。
「まぁ、乾杯」
キンッと盃どうしがぶつかり硬質な音を立てる。
少しだけ飲んで顔をあげるクリス。
「なかなか、こいつはきついな?」
盃を横に置く。
見ればユカラは飲みきったのか次を注いでいた。
「……好きなのか?」
この強い酒をよくまぁ。
二杯目もぐびぐびと飲んでいるユカラ。
土人は酒に強いと聞いたことがあるが、混ざりものな土耳長《アマゾネス》も強いのか?
ふと疑問が湧き上がる。
三杯目を注ぐユカラ。
「……ぉーぃ」
小さく声かけるクリス。
無言で三杯目を飲みきるユカラ。
見れば目は据わっており頬が真っ赤に染まっている。
「……おーい」
先ほどより大きめの声をかけるクリス。
無言で四杯目を注ぐユカラ。
無言で四杯目を飲みきるユカラ。
五杯目を注ごうとするユカラ、しかし壺はもともと小さくもう入っていない。
壺を見つめ目に涙を溜めるユカラ。
ありだな、とクリスは思う。
何がありなのかはクリスにしかわからない。
クリスは自分の盃をユカラの前に差し出した。
「飲むか?」
すると途端に顔を明るくして飲み出すユカラ。
今度は飲み終わるとクリスに抱きついてきた。
「ちょ!?」
そしてそのまま寝息を立て始めた。
「……」
「……母さん」
寝言を呟くユカラ。
母さんか……前族長と言っていたな……。
何処か遠い眼をして星空を見上げるクリス。
こうして夜は更けてく。
クリスは仕方なくユカラを寝床まで運んだ。
するとなぜか土耳長にはなぜか祝福され、エンファになじられ、アリシアに冷たい目で見られた。
とはいえ、それは別の話である。
改修




