開幕 通達
改修。。
ぷろろーぐ
エフレディア王国、それは大国として名を大陸に馳せるこの国である。
この王国は伝統として国を守る者達を騎士と呼んだ。
国を守る武力の象徴、騎士をまとめ、司る騎士団。
毎年各騎士団には何百人を超える騎士志願者が押しかける。
理由は様々、それは貴族が家名のためであったり、平民が成り上がるためであったり、中には戦いに身を投じたいが故にというものもある。
とはいえ、騎士というものはおいそれと成れるものではない。
百人のうち九十九人が古い落とされる厳しい試験。
何年も参加しているものも中にはいるが、あまりの厳しさにほとんどのものが騎士になることさえ出来ないのだ。
篩に掛けられ落とされる者達。
しかし中には特例で試験を受けずに騎士になる事を許された者達もいる。
親が高位の貴族であったり、騎士団につながりを持っていたり、すでに武名を馳せた戦士である場合だ。
今ここに、駐屯所の廊下を団長室に向かって歩く青年の姿があった。
短く刈り込まれた金髪、大柄の鍛え上げられた体に、その青い瞳もつ青年。
青年……クリスもまた、特例として過去に特例といえる措置でこの翼竜騎士団に入った者の一人である。
これは、そんな、すこしだけ変わった騎士である青年の人生の一部の物語である。
***
王国歴三百二八年 初夏
エフレディア王国、王都ミナクシェル。
翼竜騎士団、駐屯所。
最近眩しさを増してきた陽射しの降り注ぐなか、クリスは団長室に向かい歩いていた。
連絡が来たのである。
――団長室へ出頭せよ。
連絡の騎士から伝えられたのはそんな言葉だった。
これだけでクリスは嫌な予感がした。
理由も告げづに呼び出されるなど厄介事以外にありえはしない。
他の団員に告げる事ができないような、そんな任務であろう。
その連絡を受けたとき、クリスは思わずため息をついたものである。
ともあれ団長からの呼び出しである。
平の騎士が騎士団を統括している、お偉い、団長様に呼ばれているのだ。
厄介事だと理解していても、行かないという選択肢はない。
ないのである。
面倒だ、と思いながらもクリスは団長室へと足を向ける。
今はあれやこれやと呼ばれた理由を予測しながら、歩いていく途中である。
そんなクリスの背後から、喧騒が聞こえてきて、クリスは思わず足を止めた。
何かあったかと音源をたどればそれは、騎士団の訓練場から聞こえてくる。
今の時間は午後を過ぎてちょと午後の職務が始まった頃である。
今の時間に訓練をするものはそうはいないし、そもそも仮に訓練をするとしてもそれは新人騎士たちである。
通常の騎士たちの訓練場は生憎とここからは少しばかり遠いのだ。
でも訓練場から音が聞こえるというのは不思議なのだ。
なぜなら、今年の新人騎士たちは既に新人を卒業しているはずだからだ。
だというのに訓練場から音が聞こえるというのも不思議な話である。
「もうそんな時期か」
納得したようにつぶやいて、クリスは歩いていく。
騒ぎの内容に心当たりがあったのだ。
新人が新人を卒業すれば、次に新たに新人が入ってくるのは自明の理。
所謂特例を除けば、今は年に一度の騎士団試験の最中だろう。
「夢を見るのは自由だけどな……」
誰が聞いてるわけでもなしに、クリスは言葉を濁す。
試験会場のざわめきを背に、クリスは寄宿舎の中でも重厚な作りになっている扉へと辿り着いた。
***
吹き抜ける初夏の風、開け離れた窓からは深緑の匂いを運んでくる。
初夏だというのに風が涼しいのは山岳地帯という土地柄のせいだろう。
ここは翼竜騎士団の執務室である。
団長室と言い換えても良い。
仕事机の上には書類が乱雑に散らばっており、ある程度種類分けがされている、という程度である。
部屋の壁に設置されている棚には無造作に武器がたて掛けられている。
棚の中には、明らかに重要書類と思われる厳重な封をされているものがあり、しかし、保管しようとする気もないのかこちらも無造作に置かれている。
そして反対側にも棚があり、そちらには無造作を超えて乱雑に服が掛けられていた。
使う者、この場合は団長の性格を表しているのだろう。
そんな団長室の仕事机には、頭のハゲあがった初老の男性が座っている。
その鍛えられた体のあちらこちらには、大小様々な傷跡があり、その厳しい顔で眼を細め、鋭い眼光で書類を読んでいる。
グラン・サーシェス団長である。
エフレディア王国第二騎士団、翼竜騎士団の団長を務める男だ。
グランが書類に眼を通していると、団長室の扉がコンコンと二回ほどノックされた。
「技術部のクリスです、グラン団長。お呼びでしょうか?」
少年と青年の間と感じるようなやや高い声が団長室に向かって投げかけられた。
「そうだ、入っていいぞ」
グランは書類から顔すらあげずに短くそう告げた。
クリスとが扉を開き「失礼します」と軽く声をかけ団長室へと足を踏み入れた。
「相変わらず汚い部屋ですね。少しは片付けたらどうですか?」
いきなりの苦言を呈しながらクリスはグランの執務机に歩み寄る。
「必要な物がある場所さえわかればそれでいいんだよ」
「……それで、何か御用でしょうか?支援者の件でしたら、先日申しあげた通り、数日中に資金を提供いたしますが……?」
見た目とは正反対にまるで貴族のように丁寧に喋るクリス。
事実、家名があるのだから貴族ではあるのだが。
「支援者の件は感謝しているが、今日は件それではないんだよ」
途端にグランは厳かな雰囲気を醸し出す。
こういう時はなにか重要な事を言うと経験からクリスは理解していた。
思わず姿勢を伸ばした。
「何でしょうか?」
訝しげに首をひねるクリス。
「お前聖騎士って知ってるか?」
珍しい言葉が飛び出したなと、クリスは顔を顰めた。
聖騎士とは十字教と言われる宗教での戦士である。
「ええ、まぁ。神殿の高位神官のみが成れるという僧兵の一種ですよね」
聖騎士……それは本来、高位の神官のみが許される職業である。
本来ならば、厳しい訓練を積んだ高位の神官にのみに授けられるという神の加護。
聖痕と言われる証を授けられ、身体能力は向上し、老化を遅延させさらに特殊な力を使うという。
何より驚くべきは、聖騎士には魔法が効かないと言われている事である。
この世界の戦いは魔法と武器で行うものである。
弓、剣、槍等と戦場によって使い分ける武器の種類のように、魔法にも種類がある。
攻撃魔法に防御魔法にありとあらゆる魔法がある。
重要度としては剣と魔法で対等か、わずかに魔法に部がある程だ。
故に魔法を使い、武器を使えて初めて一人前の戦士と認められるのだ。
それが効かないということは相手から五割のアドバンテージを得る事と等しいのである。
ともあれクリスはお目にかかった事がないので知識だけではあるのだが。
「それとクリス。お前、王妃様と面識はあるか?」
「……正式にはありませんが?」
王妃との面識が聖騎士とどう繋がるのか、クリスには理解できなかった。
グランがフムと顎をさする。
「新しい騎士団を立ち上げることになった。正式な立ち上げ時期は未定だが、お前が団長だ」
「はぁ?」
クリスが素で聞き返してしまったのは責められる事ではないだろう。
唐突にこんな事を言われれば誰だって今のクリスと同じ返事をするだろう。
本来、騎士団の団長とは騎士団の頂点でなければならない。
新規の騎士団を作る場合も当然、それは当てはまる。
クリスとて自分の意思で騎士に成ったというわけではないが、一流か否かと聞かれれば一流と答える、程度の自負はある。
それでも団長に成れるかと聞かれたら否と答えるであろう。
団長に成れる騎士なんてものはそれこそ一握りで、王都の国家承認の騎士団では片手に収まるほどの人数しか存在しない。
さらに翼竜騎士団は王国最強と呼び声も高い騎士団なのである。
つまりは、今現在クリスの目の前に座っている男は、それこそ一握りの騎士の中からさらに選ばれた英傑……王国最強の男なのである。
新しい騎士団を作り、団長になるという事は目の前の男と同じ立場に就くという事である。
はたして自分がそれをできるのかと考えて、クリス半ば呆けたように突っ立っていた。
「聞こえなかったのか? 団長だ。こっちが辞令、王妃様肝いりの騎士団だとよ、良かったな? あぁ、あとこっちがうちの騎士団の退任書だ」
くつくつと厭らしい笑みを浮かべながらグランが書類を手渡した。
「なんで俺なんですか?」
書類を受け取りながらも、クリスはやっとの事でその言葉を絞り出した。
疑問ばかりがクリスの脳裏に浮かび上がりながらも消えていく。
クリスは特例で翼竜騎士団に入ったが、技術部に所属する所謂平の団員だ。
あえて付け加えるなら会計であるという事くらいか。
目立った功績は、あるにはあるがそれは武力で成したものではない。
確かに剣も魔法もそこそこできる。
あまり戦場に行く部隊ではないが、それでも翼竜にだって平団員以上に乗りこなせるのもある。
所属する技術部では強い部類ではあるが、それでも国境警備などに回されている部隊などにはとてもじゃないが及ばない。
見た目こそ歴戦の傭兵に見えるとよく茶化されるほど厳ついが、実年齢は十八だ。
普段の最低限の訓練は行っているが騎士団としての実戦経験は戦争休戦以降はさほど多くない。
考えれば考えるほど新規部隊を預けられる理由がない。
一応実家は公爵家だが、クリスの母は妾であるし、公爵家には跡取りの兄もいる。
クリス自身に王位継承権など欠片もないはずだし、泊付けのための団長という線も薄い。
しかも王妃様のきもいりというのだ。
「王妃様の肝いり?」
思わず反芻するが、クリスは王妃様に面識など無い。
正確にはあるのだが、今のクリスには無いのである。
そしてなぜ自分が団長になる話に、王妃様と聖騎士が関係してくるのか。
混乱に拍車がかかる。
そしてそれにさらに拍車をかけるようにグランが更に言葉を重ねた。
「あとお前の姉さん、副団長な」
姉を副団長にするという言葉。
理由も意図もわからない。
分りたくなかった。
「ちょっと待ってください! グラン団長。色々待っていただきたいのもありますが、まず姉上が副団長? どの姉がってまさかセシリア姉様ですか? 王妃様付きの侍女の?」
驚き混じりに問いかける。
それはもはや悲鳴に近かった。
「騎士団で副団長やれるような女なんて他にいねえだろ?」
何を言ってるんだと、呆れたような視線でグランはクリスを見据えた。
セシリア・リリィ。
クリスの姉であり、リリィ公爵家三女である。
幼い頃から勝気で実直、素直でとてもいい子だったと聞いているが、寝物語として聞かされた勇者が魔王を倒す物語に心頭し、男たちの訓練にいつしか混ざるようになり、十四の頃には剣術だけならば公爵家の誰とも勝てるものがいなくなったという剛の者だ。
二十三歳と実は行き送れなのだが、「私を剣だけで倒せるもじゃなければ結婚しない」と言い張っていて、しかし、三女ということもあってか、娘には激甘な両親はそれでいいと甘やかした。
故に嫁の貰い手がなく、王妃様の侍女兼護衛として王城に努めているのであるが。
確かに彼女ならばそのへんの男なんかよりは、よほど強いかもしれないが。
「グラン団長、そもそもなぜ騎士団に女性が……?」
半ば確信めいた答えをもちながらも、違って欲しいと思いながらもクリスは聞かずにはいられなかった。
「それはお前、女だけの騎士団だからさ」
さも当然だとばかりに言い放つグラン。
「…………」
曖昧な表情で、クリスは米上を引き攣らせた。
騎士とは荒事を中心の生活である。
しかし、女性は決定的に荒事に向かない理由があるのだ。
なぜなら女性は……。
「魔法が使えないのに騎士なんて、務まりますか?」
クリスは最後には吐き捨てるように言い放た。
魔法、それは男ならどんな者でも使える技術である。
敵を倒し、自分を守り、味方を癒す。
得意不得意、上手下手はあるが男ならば誰もが使える技術である。
そして、それは戦闘に置いて剣と同等かそれ以上の要素を持つ。
しかし、女性は魔法が使えない。
それはこの世界において致命的な弱者を表す。
男尊女卑は当前の事とされ、特殊な地位の者や貴族でなければ女性の扱いなど酷いものである。
奴隷なら言わずもがな。
むしろ貴族のほうがその風潮は強いとも言える。
つまりそれは、とてつもない貧乏くじだと言えるだろう。
女性だけで構成する騎士団。
当然戦闘などこなせる筈もない。
無理に戦闘などこなせば、死傷者は男の騎士団の比ではないだろう。
死傷者をだせばそれは当然団長の責任にもなる。
出来たとしても仕事はせいぜい後宮での警備だろうか。
それでも何かが起きた場合は肉壁程度にしかならないかもしれないが。
そこまで考えてクリスは顔を顰めた。
そんなクリスをみてグランはあっけらかんと言い放った。
「それがなんとかなるんだとよ? なんでも全員聖騎士にするらしい」
その言葉を聞いてクリスはグランに詰め寄った。
王国で聖騎士として名を残した者は数多く存在している。
その中には確か女性なのに武功でもって名を残したものもいたはずである。
有名な所では、竜殺しや鬼殺しの二つ名を承ったものさえ居る。
それならば確かに騎士としても、男に勝つ事もできる可能性があるだろう。
今までの点と点であった話がクリスの中で線になりつながった。
けれども、とクリスは思う。
「よく神殿の連中を説得できましたね……」
四年前に起きた、東の国イスターチアとの戦争は今も記憶にあたらしい。
当時一四才だったクリスも、後方とはいえ、三年間戦争に参加した。
前線は拮抗し、お互いに兵力を消耗し、休戦という形で結末を迎えてはいるが、いつまた戦端が開かれてもおかしくはない状況だ。
そんな状況でも兵力を貸し渋るような連中が一体どういう風の吹き回しとクリスは思う。
連中が聖騎士の力を新しく作る騎士団に与えるという。
「なんでも、神託が下ったんだとさ。詳しい内容はわからないが、それが今回の騎士団設立の本命らしい」
神託……神託とは神からのお告げだ。
年に一度、十字教の神殿は巫女に神を下ろし、神託を賜るのだという。
それによって、災厄から逃れれられたという話は数え切れない。
信託の内容は神殿の高位関係者と王族にしか伝えられないものなのであるが、それ故十字教は王族に対しての発言権さえ持っているのである。
厄介な話ではある。
しかしだ、それとクリスが団長になる話は結びつかないハズである。
女性だけの騎士団だとグランも言っているのに、だ。
クリスには女装趣味もなければ、実は女でしたと言うこともない。無いのだ。
純然たる男である。それはもう筋肉ムッキムキの。
「仮に信託で女だけの騎士団を作る事になっても、俺が団長になる必要はないでしょう? 女だけの騎士団なら姉上でいいはずじゃ?」
クリスは当然のごとく湧き上がる疑問をぶつけ、食い下がる。
諦めが悪い。
「騎士団長なんて、いくら王妃様の後ろだてがあって剣が強かろうと、貴族のお嬢様に騎士団の経営ができると思うのか? 得にセシリア様に……」
急に真顔になって答えるグラン。
特に後半の個人名を言ったときには何とも言えない曖昧な表情をしていた。
グランの言葉も最もではある。
仮にいくら強くても、団長という立場は強いだけでは許されないのだ。
事実グランも現場に立つよりもそれ以上の時間をこの団長室で過ごしている。
書類仕事も決して楽ではない。
「時折政治だって絡む。だからそこでお前なんだ」
確かに政治や書類仕事に関してはクリスは人並み以上に知識がある。
庶子とはいえ公爵家、貴族の事情はいやというほど教えこまれているし、技術部の会計を担当しているクリスは数字にも強い。
「副団長はお前の姉で、お前の事情も理解してるし、王妃様のご友人でもある。それの親族なんだから、王妃様からしたらクリスみたいな優良物件は他にないだろ?」
確かにグランの言うことは筋が通っている。
通っているだけに腹立たしいものでもある。
「神殿の動向も抑えないといけないしな」
神殿、それはエフレディア王国の国教である十字教と呼ばれる宗教を指し示す言葉である。
王国の建国よりも前からあるという古い宗教だ。
大陸のあちらこちらに根付いており、エフレディア王国は国教でもある。
故に場合によっては政治を口を出すこともしばしばだ。
特に現在、神殿の頂点に位置する枢機卿は精力的にあちこちの国に特使を派遣し、その国々を傘下へ収め拡大の一途をたどっている。
下手な国よりも規模がでかいのだ、表立って敵にするには色々と不味い連中でもある。
新しい騎士団は女といえ、騎士団全員を聖騎士にするというのならお飾りの騎士団ではないのは確実だ。
女で戦える騎士団。
前代未聞ではあるが、実用性はかなり高いものになるだろう。
その構成員が全員聖騎士といのは、神殿の地位向上に繋がるだろう。
「俺に抑えろと、言うんですか?」
「そういうこった、いくら神託があったからといって、はいそうですかってわけにはいかねーだろうよ? 騎士団てのは国家認定の暴力組織だ、おいそれと認めて良いもんじゃねえ」
「しかし、そうなると、神託の内容が気になりますが」
「知らないし、俺には知る権利もない。元々王族と神殿の上層部しか内容は知られていないようだしな」
にべもなく言い切るグランに、クリスは大きなため息をついた。
「グラン団長が知らないというのなら、それについては諦めますが……、しかし、なぜ俺が……」
うすうすと原因は感づいてはいたが、いざそれに答えがたどり着くと冷や汗をかく。
理解こそしていたが認めたくなかった。
言いよどむクリスに、グランはくつくつと笑いかけた。
「理由なんぞアレしかないだろう? いい加減諦めろ」
「人事のように言いますね……」
事実グランにとっては人事なのだが、クリスとしては納得が行かない。
王妃様に知れたという事は、周りの誰かが教えたと言うことだ。
クリスのアレを知っているのは陛下とクリスの実家である公爵家の一部、そして目の前の団長と、クリスの同僚、翼竜騎士団の一部である。
いくら陛下とはいえ、公爵家の秘密をそう簡単に暴露したりはしないはずである。
しないはずだと信じている。
原因を考えるクリスにグランが告げる。
「この前、駐屯所を王妃様が陛下とご一緒に視察したとき、お前アレでご案内しただろ? そのときになんか王妃様の目にとまったらしい」
クリスは一月前の出来事を思い出す。
「アレは団長がやれって言ったんじゃないすかっ、だから嫌だって言ったんですが……」
クリスは頭を抱えて呻く。
「だってお前、他のクセの強い野郎共に要塞視察の案内なんてさせられっかよ? 王妃を溺愛してる陛下の前で粗相してみろ、俺の首が飛ぶじゃすまねーし。それにあの時はお前も納得しただろうが、今更グダグダいうんじゃねえ、女々しいぞ」
女々しいという言葉がクリスに突き刺さる。
単純な言葉だが今のクリスの心には深く、深く突き刺さった。
「しかし、例え目にとまったしても誰だかばれる理由が……」
クリスが諦め悪く考えていると、グランとクリスの眼があった。
目を逸すグラン。
瞬間に確信した。
「あんたかあああああああああああああああっ」
クリスは思わずグランの襟首を掴み、持ち上げる。
団長だろうと関係ない、人の秘密をアッサリバラす奴など死ねばいいのだ。
「ちょっ、おまっ、だって、王妃様に、『そういえばあの案内のあの女性はなぜ騎士団の制服を着ているの? 女性では騎士になれないでしょう?』って視察後に王城に呼ばれて直に聞かれたんだぜ? 答えないわけには行かないだろう!」
狼狽えてるかと思いきや、アッサリと白状した。むしろ逆ギレだ。
「はぐらかせよー、全力で!」
激情でもってぶんぶんとグランの襟首をもって首を揺らす。
「ちょっ、ギブギブ、あれだって陛下が裏で了解のサインだしながらウィンクしてたんだって!」
開き直るグランの襟首を離し、クリスは頭垂れた。
「陛下……」
クリスこと、クリス・リリィには秘密がある。
公爵家のみに伝わる失伝された『変身魔法』。
元々は王族の身代わりを作るためだけに編み出されたといわれる魔法である。
しかし、王家が安定してからは必要がなくなり、難易度も高いことが相まり今ではもう失われていた失伝魔法だ。
それを四年前、当時戦争出兵前で何か使えるものはないかと、公爵家の倉庫をあさったとき、それを封印されていた魔法道具の封印を誤ってといてしまったのだ。
封印を解いた時、クリスの姿は、初代王妃エリザベート・エフレディアへと変貌していたのである。
「後ろで陛下が半分笑ってたから、陛下も一枚噛んでるだろ、まぁ俺からみても可愛いと思うぜ、クリスちゃん」
思わず右手でグランを殴りつける。
けれどもあっさりと左手で受け止められ、余計に腹が立つ。
クリスの米神には青筋が浮かんでいる。
歴戦の傭兵と揶揄されるクリスが怒れば、その表情を見ただけでも子供程度は泣いて逃げ出すだろう。
「おぉ、怖ぇ怖ぇ、悪かったよ、謝るって、つうか仮にも団長殴ろうとすんじゃねえよ」
仮にも王国最強の男は怯みもしないで、逆にクリスを茶化してしまう。
「失礼しました……、サーシェス殿」
クリスは嫌味を込めて告げる。
名前ではなく家名で呼ぶそれは、他人のように。
かなり怒っている証である。
「あぁ、もうお前の団長じゃなかったな、爵位もお前のが上かぁ」
グランはさすがに茶化しすぎたと思ったのか、気まずそうにボリボリと頭をかいた。
ハゲなのに。
「まぁ頑張んなって」
そういやと、グランはニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
「セシリア様は今頃儀式をお済ませになってるはずだ」
グランの言葉に既に事態はクリスを置いて進んでいることを知る。
クリスに拒否権はなく、すでに決定事項なのだろう。
やり場のない怒りをぶつけるようにクリスは開け放たれた窓に向かいよろよろと向かう。
そして外に向かい思っきり叫んだ。
「ふっざけんなああああああ!」
山に音がぶつかり反射する。
「ふっざっけんなああああ!」
「ふっざけんなあああ!」
山々にクリスの叫びがこだました。
改修