5th 天から命は落ちてくる
ぁぁぁぁああああああああああああああああああああ
自由落下の場合初速は大したことはない。問題なのは加速度である。
一般的な重力加速度は毎秒9.8メートルである。実際に落ちた人はわかるであろう。相当なものである。 いや、何人の方々にわかっていただけるのかはひどく疑問であるが。
ああああああああああああああああああああああああ!!!
実際に声が出ているのかどうかは最早既に分からない。パニックになった人間など所詮はその程度の思考しか働かないものだ。最近パニックになりすぎではなかろうか。
そして時は訪れる。突然、何かに抱きとめられたかのように、感じていた加速度がなくなる。
強く閉じていた目を開けた。
「・・・っ!!!!」
色のない世界から色のある世界へ。そして、その色は
黒。
暗闇に包まれた世界。人肌のように暖かく包まれたその空間は優しく、愛おしく体をくるむ。
足を延ばすも狭い空間。蹴ったその感触はまるで手ごたえもなくゴムのように返された反動に驚く。
「・・・・!」
言葉を発しようとしても何も聞こえない。
いや、微かにくぐもった音が響く。
どくんどくんと自らの鼓動と、そしてもう一つ、音が聞こえる。
重低音が穏やかで魂の底まで響く。
とても力強く、たくましい人間の鼓動。
これこそ生を実感できるものであると初めて理解した瞬間であった。
まるで眠っていたかのような、眠っているかのような幸福感。
いつまでもここにいたいと、そう思わせるような安心感。
天界から落とされて天国に来たのだろうか。一瞬本気でそう考えた。
時間の流れがわからない。とくんとくんと優しい音が世界の全てであった。
何をするでもなく、何をされるでもなく、ただそこにある。
真冬のコタツなど比較にならない居心地の良さは緩やかな眠りと安らぎを与え続けた。
と、今までただ自らを包むに留まっていたその空間が突然狭まる。
光はなく、音も微かにしか聞こえないこの状況で、真綿で首を絞められるように徐々に徐々に狭くなっていく空間に恐怖を覚えない人間は少ないだろう。
そして一方方向に押される。押される?
突然頭の上の方が明るくなった。
上へ、上へと壁が体を押す。あくまで優しく、柔らかく、けれど力強く、押す。
逆らう手段ない。仕方あるまい。天国と感じていたこの幸せな空間を捨てる決心をする。
上へと手を伸ばす。光へ、ゆっくりと手を伸ばす。
そして、暖かった空間から外へ、手が、頭が、肩が、出た。そして。
苦痛。激痛。鈍痛。
まるで体が引き裂かれるような痛み。千切れ、溶かされ、すりつぶされるような痛み。
初めての感覚に絶叫した。
「おぎゃぁぁあああ!!おぎゃぁああ!」
その泣き声は、まるで。
俺は意識を失った。
アルフレッド・J・レグナス
彼の物語が今、幕を開ける。