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コロコロムシはエラい

作者: 紫石 透

オムライス日記の、息子視点の話です。

 俺はちっさい頃、ダンゴムシをコロコロムシって呼んどった。突いたったらまるうなってコロコロ転がっていく、臆病もんのコロコロムシ。ひっくり返したらぎょうさんの足をバタバタさせるんが癇癪起こしたミイにそっくりやな言うて、よう隣のアッ君と笑ったもんや。

 そのコロコロムシがほんまはオカダンゴムシって名前やいうんは、母ちゃんが教えてくれた。なんやコロコロムシのくせにエラそうや。けど、ええ土作るために働いとるからほんまに偉いんやって、母ちゃんは言っとった。

 

 俺の母ちゃんは、ちょっと変わっとった。ミイんちみたいにおっきい畑はなくて、庭にちっさい菜園があったんは確かやけど、それとは別に一日中土ばっかり触っとった。当時の俺にとっては「土壌学者」っちゅうことばも「鰌学者」にしか聞こえんくて、母ちゃん何しとるんって他人に聞かれたらコロコロムシ、触っとるて答えて、笑われたもんやった。

 俺には父ちゃんがおらんかったから、はじめてボール投げたんも、虫取り教えてくれたんも母ちゃんやった。母ちゃんは物知りで、そこらにあるもんで玩具作ってくれるんも得意やった。いつやったか、段ボールの立体迷路に、母ちゃんがコロコロムシをポトッと落としたら、コロコロムシのやつ、全然迷わんと一発で抜けよった。びっくりして、俺もやってみた。やっぱり、迷わへんかった。けど、後日俺が作った迷路では、何べんやっても抜けよらへんかった。・・母ちゃんが見とらんとちゃんとせえへんとこは、ちょっと俺と似とった。


 そこらへんのもんですごいもんができるんは、玩具だけやなくて料理もやった。俺はしょっちゅうハンバーグとかオムライスとかせがんだけど、母ちゃんはあかんとは言わへんかった。かわりに、中身が野菜たっぷりになったり、肉が豆腐に変わったりした。見た目が一緒やから、文句は言われへん。俺は人参なんか嫌いやったけど、残したら負けな気がして、全部平らげた。

 そのうち俺は、母ちゃんのびっくりオムライスが大好きになった。なんでびっくりかというと、外側のふわふわ卵は同じやのに、中身は毎回違ったからや。チキンや海鮮、季節の野菜はまあええとして、五目御飯とか、漬けもんが混ざってたりした。けど、まずかったことは一度もない。俺が一口食ってうまい!って言うんを、母ちゃんは笑顔でいたずらっ子みたいに見てた。そのうち俺にとってオムライスは、嬉しいときの節目っちゅうんか、ただの大好物以上になっとった。


 中学一年のときやったか。新しくできた悪友たちと遊びまわり過ぎて、帰りがえらい遅うなってしもたことがあった。俺がそっと家に入ったら、母ちゃんはちゃぶ台に突っ伏しとった。いつのまにか、俺よりちっさくなった背中が丸くなっとる。働きもんの、コロコロムシ。ちゃぶ台には、ラップしたオムライスが二皿乗っとった。

 そんときから、母ちゃんは俺の中で少しずつ、守ってくれる存在から守ったる存在へと変わっていったんかもしれん。中二の夏、母ちゃんが東京の仕事の話をしたとき、俺は思ったんや。母ちゃんみたいなちっさいのが一人で東京なんか行ったら、そこらで踏みつぶされてまう。その日俺は、母ちゃんにうまい!って言わせたくて、でっかいオムライスを作った。あれは成功やったんかな。後で俺が食ったらめっちゃまずかったのに、母ちゃんは確かに、うまい!って言った。

 

 東京に出ても、俺らは変わらへんかった。結局新しい父ちゃんができることもなく、母ちゃんは相変わらず土とコロコロムシをいじっとったし、俺は俺で、先生も生徒も五倍ぐらいいる学校にもすぐに慣れた。田舎と違って、高校も通える範囲に何個もあった。俺はとりあえず一番近そうなとこを選んで進学した。母ちゃんも俺が寝坊せえへんやろ言うて、賛成やった。先生だけが呆れとった。

 その高校でチイと出会ったんやから、人生分からへんもんや。俺の好きなもんは、一にオムライス、二に陸上。そのうちに目つきのちょっときつい顧問の先生が、番外に入った。思えば俺、なかなか健気やったで。先生の担当の数学とか、柄にもなく頑張って、質問に行ったりしとったしな。

 

 そんなわけで俺は気が付いたら理系コースを選択し、工学部に進んでムシの動きを参考にした補助具とかを作るはめになっとった。院まで行って一仕事終えたとき、ふと俺は自分の人生にあまりに切れ目がなくて、それは悪いことではないんかもしれへんけど、進む方向が分からへん、と思う瞬間に出くわした。

 母ちゃんは、黙ってオムライスを作ってくれた。チイは「思い切って、休みな。」と言ってくれた。俺は思い切って、丸まって、転がった。俺は、コロコロムシとは反対や。潰されへんとわかっとるからこそ、臆病な自分も曝け出せたんやと思う。

 

 それから、二年。自分なりに勉強したり、取った資格もあった。やっぱり大学の研究もええけど、市場に近い部分で物作りしたいという気持ちも大きくなっとった。俺はエンジニアとして、企業に就職した。社会は甘くなくて、そらまた悩んだりすることもあるけど、俺は自分の好きなこと諦めてへんと、胸を張って言える。

 チイはそんな俺を、偉そうになったって笑うけど、ほんまは誰より喜んでくれたのを、俺は知ってる。コロコロムシは、エラい。母ちゃんも、チイも、俺も。地に立って、一生懸命働いとるもんは、みんな偉いんや。

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