ヘルファイア不動産異世界支店〜召喚された勇者はとにかく早く帰りたい〜
「いよいよだ。俺たちの夢が叶う時が来た」
炎剛寺コーポレーション社長の嫡男、炎剛寺陽介。彼は日本を代表する大企業の御曹司だ。
将来この巨大グループ企業を継ぐに値する者か否か、力を示せと言わんばかりに父親から試練として与えられた経営不振の不動産部門。そこで頭角を現し、傘下企業のお荷物部門を僅か数年で主力へと導いた立役者である。
「そうですね。ここまで来るのに苦労しましたよ」
銀縁の眼鏡を指で押し上げながらそう語った男。陽介の会社『炎剛寺不動産』の副社長、氷室清司だ。
「陽介と清司にあちこち走り回らされて、流石に疲れたぜ」
悪態を吐きながらも楽しげに語るのは、常務の風間弘樹である。
肩書は上司と部下になるが、三人は赤子の頃からの幼馴染だ。都内有数の裕福な家庭の子供達が学ぶ進学校で、小学部から大学卒業まで共に過ごした。一旦はそれぞれ別の進路を辿っていたが、陽介の社長就任に伴い、彼の右腕として招集されたのがこの二人である。
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幼い頃から体格に恵まれ、長身で目立っていた陽介。寡黙な性格の影響なのか、凛々しい顔立ちは人に威圧感をもたらす雰囲気を纏っていた。
「何だテメェ?お坊ちゃん学校のヤツが!イキがってんじゃねーぞ!!」
「先に見てきたのはそっちだろう」
「見下してんじゃねーぞ、コラァ!!」
「俺の方が身長があるんだ。不可抗力だ」
「生意気なんだよ!テメェ!!」
目が合っただけで街の不良に絡まれては、淡々と返り討ちにする日々。本人の意思に反して、己の拳が磨き上げられたのは言うまでもない。
「陽介、君は武道を嗜んでいたのでは?手を出すのは御法度でしょう?」
「正当防衛だ」
次々とトラブルに見舞われる陽介の尻拭いをしていたのが清司である。大病院の子息であり、年端もいかぬ頃から冷静沈着で聡明。
陽介の厄介ごとに巻き込まれる度、影に日向にと暗躍し、退学や停学になりかねない事態を次々に闇に葬って来た。
「あれー?コイツ、最近派手に暴れてる隣町の高校のヤツだな?コイツのとこの親玉に話つけとかなきゃだなー」
弘樹は三人組随一のムードメーカーだ。その人懐っこい性格と愛嬌のせいか、異常に顔が効く。世界に名を馳せる有名食品メーカーの次男で生粋のお坊っちゃま育ち。だが政財界の重鎮からアウトロー寄りな人種まで、人脈の広さは計り知れない。
月日が流れ、青春時代を共に過ごした悪友から、頼もしいビジネスパートナーへと昇華した陽介たち。
遂に三人の夢であった、一大プロジェクトを手がけることになった。
そんな矢先のことであった。
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陽介が社長に就任し、数年経ったある日のこと。
その日は、都内有数のターミナル駅周辺一帯の再開発プロジェクトに参入が決定した記念すべき日だった。陽介たち三人は再開発区域を下見、と言う名の散歩をしていた。
「懐かしいな」
都内の一等地にも関わらず、鬱蒼とした木が生い茂る緑豊かな公園。陽介たちの母校から近いこの公園は、彼らの思い出には欠かせない地であった。
茂みの中に秘密基地を作ったり、授業を抜け出してはベンチで昼寝をしたり。ある時は不良と拳で戯れたり。
三人共通の思い出が詰め込まれたこの公園一帯に再開発の噂が立った時、名もなき公園との思い出が消えて行くのを、黙って見過ごす気になれなかったのだ。
些細なきっかけが、プロジェクトへの参入動機であったかも知れない。だが、緑と街と歴史ある駅舎の融合と調和を謳ったプレゼンテーションは高評価を得て、陽介の不動産会社は社運を賭けた一大プロジェクトの中核を担うことになったのだ。
「これから忙しくなりますね」
「また走り回るのかよー」
冗談を交えながら、思い出とこれからに想いを馳せていた、その時だった。
「?!」
「なんですか?これは?」
「地面に模様?え?光って…」
陽介たちの足元に紫色に光る不思議な模様が現れると、陽介たち三人は光の中に吸い込まれるように、忽然と消えた。
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巨大な魔法陣が紫に輝き、辺りの景色を一面に染め上げて行く。
「嗚呼!ついに勇者召喚の儀が成功したのですね!!」
儚げな雰囲気を纏う美少女が、白魚の様な手を組み、声を上げた。豊かな金糸の髪を揺らし、水晶のような大きな瞳から、はらはらと涙を流している。
足元の光が消え、視界が薄暗くなる。陽介はゆっくりと辺りを見回した。
中世の建物のような、石造りの壁や床。華やかな金細工の装飾品や、豪華な額縁に嵌め込まれた巨大な絵画が、そこかしこに飾られている。等間隔に並んでいる甲冑が微かに動いているのは、飾りではなく人間が装着しているせいだろう。少女の風貌や衣服を見るからに、欧州風の出立ち。小振りだが美しく輝くティアラを髪に飾っている。
そんな洋風一色の景色にも関わらず、少女の言葉は、しっかりと日本語。どうにもちぐはぐな印象が拭えない。
「これは…」
そう小さく呟いて、陽介は思考を巡らせた。
愛娘が一時期夢中になっていた、異世界召喚物の小説。多忙な毎日の中、娘とのコミュニケーションツールのひとつとして読んでいた、ライトノベルと言われている分野の設定に近い物を感じる。
まだ半身半疑の中、瞳を潤ませた美少女は陽介たちに語りかけて来た。
「異世界から召喚されし勇者達よ!どうか魔王の恐怖から、この国を救ってくださいまし!!」
異世界召喚——やはり陽介たち三人は、不思議な力で強制的にこの地へ招かれてしまったようだ。
この国の王女と名乗る少女は、語り出した。
魔王と呼ばれる者が率いている、魔物軍団との戦争中であること。
人間側は疲弊しており、このままでは滅亡してしまうこと。
起死回生の一手として、異世界から選ばれし勇者を召喚したこと。
陽介、清司、弘樹の三人が勇者として選ばれ、超人的な力を得ていること。
そしてその力をもって、魔王を討伐して欲しいこと。
黙って話を聞いていた三人は、小さく目配せをした。
「よし」
「承知しました」
「そう来なくっちゃな!」
陽介は細やかな装飾が施された椅子に座っている王女の前に、ゆっくりと立った。王女は薔薇色に頬を染め、微笑みを浮かべている。
「勇者様…っ」
王女は立ち上がって腕を伸ばし、陽介に抱きつこうとする。
「気色悪い」
陽介が小さく呟いた。
「え?」
王女は陽介の呟きが聞き取れず、曖昧な表情を浮かべた瞬間——
「ぼげぇぇぇぇ!!!」
陽介渾身の右ストレートを受け、壁際まで吹っ飛んだ。
「偽りの姿で交渉の席に着くなど、誠実さの欠片もない」
陽介の視線の先には、可憐な美少女の姿はなく——代わりにピクピクと痙攣しながら白目を剥いている、小太りの脂ぎった男が口から泡を吹いていた。
「召喚?拉致の間違いだろう」
「初対面の人間に殺人を依頼?どういう神経しているのです?」
「滅亡寸前と言う割には、ギラギラしたインテリアだよな。贅沢三昧じゃねーか」
‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥
時は少し遡ること、数分前——
大切なプロジェクトを目前に、訳の分からない世界で、訳の分からない敵を殺して来い、と初対面の少女に懇願された三人。
相手は高貴な身分なのかも知れないが、ここは何のしがらみもない異世界。陽介たちにとっては、全くもって関係のない話だ。
相手が憂いを帯びた美少女であることを差し引いても胡散臭い話。いや、むしろ容姿が整い過ぎていた分、陽介の警戒心は最高潮であったのだ。
海千山千のビジネスマンを相手に、散々修羅場を潜り抜けて来た社会人を舐めるな、と言いたい気分である。
陽介たちは自称王女から情報を引き出すため、そして自らの身体に起きた変化を探るため、できるだけ彼女の話を引き延ばすように画策をしていた。
自称王女が言う通り「ステータス」やら「スキル」とやらが陽介たちには身に付いているらしく、人間離れした身体能力や、魔法が使えると言うことが体感で理解できる。
その中で、陽介たちは互いにテレパシーで会話——所謂ファンタジーの世界ではメジャーな能力のひとつである「念話」が可能だという事に気づいたのだ。
王女が涙ながらにこの世界に訪れた不幸を語っている間、陽介たちは話に聞き入る素振りをしながら、この先の立ち回りについて念話をしていた。
『あの王女、怪しくないか?』
『美少女と不幸な身の上話ねー。なんか詐欺師の常套手段っぽいよなー』
陽介と弘樹が通信する。すると清司が応答した。
『美少女?一体、何の事です?』
清司との念話がいまいち噛み合わない。
『目の前にいるだろう?』
『泣きながら、魔王を倒してくれって言ってるじゃん』
すると清司が小さく眉を顰めて答えた。
『私の目の前にいるのは、だらし無い身体付きの小汚い中年男性が涙と鼻水を垂らしながら、上目遣いで手を胸の前で組み、口角から唾を飛ばしながら喋り倒しているようにしか見えないのですが』
どうやら清司の銀縁眼鏡は、真実の姿を見通す異世界仕様の不思議眼鏡になったようだった。
『眼鏡まで進化するんだな』
『便利になるには越したことないですね』
『異世界ってスゲー』
真実の姿を見抜いた陽介たちは、自称王女改め謎の中年男性を吹っ飛ばし、その場にいた魔法使いや兵士を昏倒させた。
「ここが王城であることは間違いないそうだ」
「ならばやる事はひとつですね」
「こんなところで遊んでる暇はねーからな!」
こうして異世界のとある王国が一夜にして、自らが召喚した勇者一行により乗っ取られたのであった。
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自分たちの持つ超人的能力を把握した三人の行動は早かった。
「「「早く帰りたい」」」
三人の心はひとつである。
プロジェクトが始まるまでに、何としてでも帰りたい。
今までの人生を捨てて、ドキドキワクワクの異世界冒険を楽しむより、社運を賭けた巨大プロジェクトでドキドキワクワクしたいのだ。一秒でも早く帰りたい。
捉えた兵士たちからの情報とスキルを駆使し、城内にいた本物の王族や大臣、そして影響力が有りそうな貴族を強制招集した。
「勇者とは魔王に匹敵する力の持ち主なのだろう?」
「自分たちが何百年も倒せない敵と同格の存在を、簡単に制御できると思っていたのですかね?」
「抵抗しないで誘拐犯に協力してくれるとでも思ってたのなら、凄い思考停止だなー」
話し合いを経て、陽介は異世界召喚者最速記録で新しい国王へ就任したのであった。
召喚されて僅か数時間の出来事である。
元国王は、あまり評判が良い人物とは言えなかったらしい。何しろ他所の世界から何の罪も無い者を平気で拉致するような、非人道的な策を立てられる人物なのだ。
「勇者様!どうかお慈悲を!!」
「我らを正しく導いてください!」
元国王の側近であった者たちから、懇願の声が上がった。元国王に散々振り回されて来た様子だ。歯向かって来るどころか、むしろ歓迎された。
それから三人は、自分たちを召喚した魔法使いたちと面談をした。
彼らが言うには召喚魔法は一方通行であり、帰還できる魔法は存在しないらしい。
「本当に存在しないのか?」
「その根拠は?」
「実証実験とかできてる?」
どういう訳か前国王は召喚魔法以外の魔法に興味がなかったらしく、魔法研究の予算はカツカツだった。
「私共に人権を与えてくださるのですか?!」
「魔法研究のための予算をこんなに!!」
「ありがとうございますありがとうございますありがとうございます」
陽介たちは魔法使いに帰還魔法の研究をするよう、魔法研究所に惜しみない予算を与えた。
前国王から魔王との戦いで戦力の一部として、長い間使い潰され続けて来た魔法使いたちは、新しい国王を五体投地で歓迎した。
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「では、行こうか」
「ここまでお膳立てすれば、問題ないでしょう」
「せっかくの異世界だもんな。少しは楽しもうぜ」
場所と時間を指定して行使できるという、伝説の時空魔法の存在を知った三人。この魔法が使えれば、自分たちにとって都合の良い時間軸——つまりプロジェクト開始前に帰還できると知り、魔王領へ赴くことにした。
理由はひとつ。魔王率いる魔族たちの方が、魔法の研究に精通しているからである。陽介たちは国の新体制を整えると、魔王領に赴くことにした。
不本意な勇者召喚のせいで、結果的に国を乗っ取る形になってしまったが、陽介たちは別に政治がしたかったのではない。
「情報収集より、状況打開を選択した結果だ」
「日本への帰還が最優先の条件下で、時間をかけて工作活動する訳に行きませんでしたからね」
「自分たちを有利な状況に立たせるため『時には殴った方が早い』ってヤツだよな」
そもそも召喚という名の拉致事件被害者である。多少手荒な抵抗をしたとて、何の問題もないはずだ。
ただただ早く帰りたいと願った結果、その過程でたまたま政権強奪をしただけなのだから。
魔王領への道のりは大変険しかった。魔法が発達している世界なのにも関わらず、文明があまり発達していない。
基本的な移動手段は馬であり、空を飛んで移動するなど皆無。翼を持つ魔物の餌食になるからだ。
それでも一度、空を飛べる魔物で最も強いドラゴンを捕まえ、背に乗って飛べないか調教を試みた。
「ギャーース!ギャーー!ギャー…グゴゴゴゴゴ…」
「駄目だ。言うことを聞かない」
「嫌がっていると言うか、怯えているように見えますね」
「あれ?コイツ、なんか…気絶してるぅ?!」
上空から振り落とされそうになり、三人は慌てて森の木々に向かって飛び移る羽目になった。
「ドラゴンは知能が高いと聞いたが」
「これでは調教は無理そうですね」
「躾ける時間が無駄だよなー」
いくら好きな時間軸に帰れると言っても、プロジェクトに早急に取り掛かりたい気持ちに変わりは無い。時間は戻せても、今この胸に滾るプロジェクトへの熱い気持ちを持ち続けるのは困難だ。冷めたらきっと戻せない。
三人にとって時空魔法の入手は、何としてでも最速でこなしたい最重要案件なのだ。
「これなら走った方が早いな」
「身体強化のスキルは便利ですね」
「車並みの速度で走っても、全然疲れないぜ」
道中では、有無を言わさず襲いかかってくる魔物たち。小型の魔物なら跳ね飛ばして終了だが、大型の魔物だとそうは行かない。
「助けて!オーガの群れに村が!」
「斬撃の嵐でミンチになりな!!」
暴風の如く繰り出される連撃剣を得意とする弘樹は『剣神バイオレントストーム』。
「あんな巨大な魔物を百体以上、一瞬で倒すなんて!」
「あの!せめて何かお礼を!」
「気にすんなってー。じゃあなー!」
事後処理が面倒臭そうなので速攻で立ち去った。
「アンテッド集団に荷馬車が!!」
「永遠に凍てつきなさい」
無尽蔵に溢れ出る魔力で、その視界に入る全てを絶対零度の世界へ誘う清司は『大魔道エターナルブリザード』。
「凍りついたアンテッドが粉々に!」
「ありがとうございます!お礼をさせてください!」
「ではこちらに連絡を」
裕福そうな商人だったので、連絡先を交換した。
「館が盗賊に襲われて、領主一家が人質に!」
「この拳、回避不能だ」
そして自らの拳に炎を纏わせ、強烈な連撃を叩き込んでくる陽介は、いつしか『拳聖ヘルファイア』という二つ名を持つようになった。
「人質は皆無傷だったが、館が火事に…」
「盗賊が火を放ったんじゃないか?」
「……」
足が付く前に現場を離れた。
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ほとんど休まずに走り続け、遂に魔王領内まで辿り着いた一行。目的の魔王城まであと少しだ。
「時空魔法入手までもうすぐだな」
「更にペースを上げましょう」
「一気に追い込みかけるぜ!」
帰還まであと一歩。はやる気持ちは抑えられない。
「ふははは!我こそは四天王のひと…」
「あーハイハイ。りょーかい」
「ギャッ!!」
名乗る間を与えずに細切れにした。
「奴は四天王の中で最じゃ…」
「典型的な登場シーンですね」
「グフッ」
時間が惜しいので、瞬間冷凍にする。
「決め台詞の途中で攻撃する奴があるか、卑怯者め!」
「我らが叩きのめしてくれる!!」
怒り狂った屈強な身体つきの魔族が、陽介に二体同時で迫ってくる。
「戦いに効率を求めて何が悪い。拳聖・奥義!ヘルファイア!!!」
「「初手でいきなり奥義を繰り出す奴があるかぁぁぁぁ…」」
おそらく四天王の残り二人であった魔族は、一瞬にして灰になった。
「害虫駆除をするのに、虫の言い分など聞かぬだろう」
「行動を起こさせる猶予を与える意味が分かりません」
「一撃必殺なら結果的に効率良いよな」
戦いの場で相手の口上を聞いたり、隙を作ったり。力を出し惜しみする理由などない。
不意打ち上等。最短時間で確実に勝利。
ビジネスも戦闘も、勝った方が正義。そして無駄はできるだけ省くべきなのだ。
一部始終を監視していた魔王は、心の底からドン引きしていた。
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気力、体力、共に充分。
魔王城に乗り込もうとすると、城門の前で土下座をしている者がいた。
魔王だった。
「いい歳した男が泣くな。何も奪わない。安心しろ」
「配下を守るため、己のプライドを捨てる。中々出来ることじゃないですよ」
「お前いいヤツだなー。ほら、そんなところでいつまでも正座してないでさ、立てよ。歩けるか?」
えぐえぐと泣く魔王コルヴィーノと、その場で和平条約を結んだ。用件は時空魔法の入手だったので、魔王討伐などはなからする気は無かったのだが。
「これで帰れるな」
「もう面倒ごとは御免ですね」
「異世界に来て、一ヶ月くらいか?ちょっとした休暇になったな」
三人は時空魔法を行使し、召喚された直後の時間軸へと帰還した。地球上に不在となっていた時間は僅か一秒程度だった。
‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥
陽介たちが異世界に召喚されてから五年の月日が流れた。
「拳聖殿、久方ぶりでありますな」
「コルヴィーノ、元気そうで何よりだ」
今日は魔王との定例会議の日だ。
通信用の魔道具を使用し、リモートで顔を合わせている。
「大魔道殿と剣神殿も息災でありまするか?」
「清司と弘樹か?ああ、奴等も変わりない」
陽介たちの悲願であった再開発プロジェクトは、もうまもなく完成を迎える。
プロジェクトを進行させつつ、並行して行なっている事業も順風満帆だ。
それは異世界の大規模開発。
王城にて続けさせていた魔法研究と、魔族の持つ魔法の知識を融合させ、異世界は大きく発展した。
今では異世界と地球との間に通信網を確立し、こうして魔王と定期報告会議をリモートで行なっている。
「明日、予定通り清司と弘樹が魔王領の視察に行く。よろしく頼む」
「いつもすみませんであります!感謝申し上げるであります!!」
魔王軍が人間の土地に侵攻するようになったきっかけは、魔王領の土地の荒廃であった。土壌が汚染され、新たな住処を求めてのことであったのだ。
実家が食料メーカーである弘樹の伝手で、大量の救援物資が送られることになり、魔族領の食料事情は改善された。
そして飢饉の余波で発生した疫病も、清司の実家である、最先端医療技術を持つ病院の全面協力のもと、終息に向かっている。
「気にするな。俺にも充分に利のあることだ」
王の肩書きはそのまま、陽介は異世界の大開発に携わっていた。
見たことのない鉱物、初めて出会う味、地球の科学と異世界の魔法技術が融合した新技術。それらの全てを陽介の会社が独占。
地球の利権が絡むことも無く、陽介の思うがまま開発し放題。夢のような話だ。
だが問題も発生した。
急激な文明の発達により、技術を悪用する者が増えた。治安の悪化である。
ごく普通の民家や、一見すると何の変哲も無い店舗、宗教施設を隠れ蓑にするなど、犯罪組織が横行するようになってしまった。
「このままでは、犯罪組織と鼬鼠ごっこですね」
「費用対効果が悪すぎるぜ」
警備隊を増員したり、法整備を厳しく整えたりもしたが、解決策にはならない。そんな時、陽介はふと根本的なことを思い出した。
「そうだ。俺たちは、不動産屋だったじゃないか」
‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥
こうして異世界に、陽介が経営する不動産屋がオープンした。
その名も『ヘルファイア不動産』である。
召喚魔法や転移魔法の研究が進み、発見された事実があった。
それは地球から異世界に転移する者に限り、異世界においては身体能力が飛躍的に向上するということだ。個人差はあるものの、地球側の人間はスキルや魔法が使えるようになるということが分かったのだ。
「但し、仕組みは全く不明だがな」
「人体に危険や害は無さそうですよ」
「それなら受けれる恩恵は享受すべき、だな」
陽介たちは社員を厳選し、異世界の各地へ配属した。不動産屋兼・自警団組織、それがヘルファイア不動産なのだ。
土地を仲介、或いは管理することで所有者の素性や借り手への介入をし、犯罪の温床になるのを未然に防ぐ役割を担う。そして環境保護などの目的で土地の売買も行なうなど、人々の暮らしと安全を守っている。
世界を平和に導いた『英雄王・拳聖ヘルファイア』の名をわざわざ掲げたこの店。目を付けられれば、一族郎党消し炭にされる。悪党共にとっては物騒なことこの上ない恐怖の屋号。業火に焼かれて死にたくない。
そしてヘルファイア不動産は雇われている社員にとっても、利のある配属先であった。
転移魔法陣を設置して、自宅から異世界までお手軽通勤。何が起こるか分からない異世界での勤務なので、当然危険手当もつく。
毎日が摩訶不思議なファンタジーの世界。そんな魅力的な世界で働けるため、山ほどの守秘義務が存在しても、それでも希望者が後を絶えない大人気勤務地なのである。
有能な社員たちの働きに加え、『拳聖』という効果が絶大な名称もあり、犯罪組織は徐々に消滅。治安が保たれて行った。
ヘルファイア不動産は、順調に発展の一途を辿っている。
「いよいよ『ヘルファイア不動産・魔王領一号店』のオープンでありますな!」
コルヴィーノが嬉しそうに言った。
「ああ。よろしく頼む、店長」
「了解であります!!」
用があるから帰りたい。
その一心で異世界の覇権を握った男、炎剛寺陽介。
その存在、最早、ほぼ魔王。
拳聖・ヘルファイアの果てしない夢は、まだまだ続く。
数ある作品の中からお読みいただき、ありがとうございました。
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