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薄桃色の空  作者: 人鳥
ぼくのお話
5/21

主婦の情報網

「ただいま」

「おかえり」

 母さんの声が奥から聞こえた。

 小腹がすき、何か食べ物がないかと台所に行く。母さんが冷蔵庫に冷食やら野菜やらを詰めていた。

「遅かったけど、どこかに行ってた?」

 時計を確認する。時刻は六時になろうとしていて、ぼくの普段の帰宅よりは一時間以上遅い。結構な時間話していたようだ。

「教室で話してた」

 嘘だけど。まあ、昨日知り合ったばかりの女の子と喫茶店で話していた、なんて説明するよりはいいだろう。

「ふぅん?」

 と、母さんは疑り深い目でぼくを見る。

「珍しいね、茜が放課後に話してくるなんて」

 珍しいという問題ではない。ぼくは小学校以来、そんなことはしていないのだから。

「そうだね」

 実は嘘だなんて、そんなことは言えない。なぜなら、母さんはぼくが言ったことを信じ、ぼくに友達ができたと嬉しそうだったからだ。ぼくに友達が少ないことはわかっているらしい。

「そういえば茜」

 菓子パンを手に取り、封を切ったところで母さんが唐突にぼくを呼んだ。

「ん?」

「今日買い物してるときに聞いたんだけど、可愛い子と歩いてたんだって?」

 楽しげに笑う母さんの目は、その笑顔以上に楽しそうだった。

 これだよ。

 このよく分からないけどすごい情報網。

「あ、ああ。中学の頃の同級生とたまたま会ったから話してたんだよ」

 ふぅん?

 と。それはやけに楽しそうだった。

 なんだか見透かされているような気がして、ぼくは逃げるように自分の部屋に向かった。

 悪いことじゃないのだけど、やっぱり恥ずかしかった。

 由良。

 岬由良。

 聞くところによると、彼女はまだ中学二年生だという。ぼくとは三歳の年の差がある。由良はぼくが高二だと知っても、ぼくに対する態度は変わらなかった。むしろ、年上であることに安心してる様子だった。

 喫茶店で話したのは、本当にどうでもいいこと。由良はテレビ――というよりも、あらゆるデジタルの情報媒体に接しないらしく、話す内容もそれらから入るものは除かれていた。

 たとえばドラマ。

 たとえばアイドル。

 全く知らないわけじゃないけれど、不自然なほどに知識がなかった。名前だけは知っている、というレベルだった。

 別段、それ自体はおかしくない。ぼくだってそういうことはよくある。アイドルに至っては名前すらも知らないのだから。

 しかし。

 たとえば視聴率が非常に高く、もはや国民の人気ドラマとまで言われているドラマのタイトルすらも知らない、というのはどういうことだろう。

 アナログの情報媒体にも接していないのかもしれない。

 だから、そういう話はしなくて。

 彼女は夢を語った。

 ふつうに大人になって、誰かと結婚をし、当たり前の生活を送りたい。

 中学生の女の子が語るには、あまりにも夢のない話だった。当然、こういう夢を語る子だっているだろう。だけど、その時は『結婚をして幸せになる』と表現するのではないだろうか。『当たり前の生活がしたい』なんて、そんな風に言うだろうか。

 まるで、今が『ふつう』で『当たり前』ではないような。

「引っ越すのが嫌なのかな?」

 友達がいないと言っていた。それでもこの土地から離れるのが嫌なのかも知れない。

「……どうしてぼくは由良のことをこんなに考えてるんだ?」

 昨日出会ったときから、ぼくは由良のことばかりを考えている。

 いや違う。

 昨日『見かけた』時からだ。話をする前から、ぼくは由良のことを考えていた。

 どこにでもいそうな平凡な女の子。時々様子が変だけど、特別目立つこともない子。

 それなのに――どうしても気になってしまう。

 彼女と話すことが楽しいとか、好きになりかけているとか、そういうことじゃなくて。そんなことではなくて。

 なんだか重いものを背負っているような。

 笑顔の下には何かがある。

 そんな気がして……そう、目が離せない。


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