表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄桃色の空  作者: 人鳥
ぼくのお話
4/21

早すぎる再会

「じゃあ、明日も休まずに来いよ」

 先生のその一言で放課となった。放課後のぼくは常に暇している。部活には入っていない。運動は苦手ではないけど好きじゃない。文化系のいろいろもそうだ。

 ぼくは昨日の公園に来ていた。それは無意識の行動で、自分が公園に立っていることに気付いて驚き、声をあげたほどだった。

 当たり前だが由良はいない。

 公園には由良の代わりに、昨日はいなかった子どもたちであふれていた。子どもたちの元気に遊ぶ声が公園に響く。

 子どもは好きじゃない。

 由良がここにいないなら、これ以上ここにいる理由はないだろう。帰ることにしよう。

 昨日会ったばかりの由良が、自分の中で大きな存在になっていることに驚きながら。

 昨日降っていた雪はすでに止み、今は晴れ間が広がっている。冷たい空気が肌を刺し、痛みを感じる。ここ数年で降雪量は減少し、気温も高くなっているこの地域では珍しい寒さだ。

 道行く人の中に由良がいないかを探す自分がいる。昨日会ったばかりでお互いを全く知らないというのに……。だからこそ、なのかもしれないけれど。

 もうすぐ家に着く。道中にあるスーパーに寄ろうかと迷っていると、後ろからぼくを呼ぶ声があった。

「茜」

 振り返る。

 立っていたのは――岬由良だった。

 心なしか頬が上気しているのは気のせいか。

「やあ。会いたいと思ってたんだ」

「え……?」

 由良は赤面してぽかんとしている。そんな彼女を見て、自分が何を言ったのかを自覚した。

「あ……いや、話が、したいなと」

「あ、う、うん」

 うなずき、どちらともなく距離を詰める。

「茜は学校帰り?」

 そう聞く由良は制服ではなく私服だった。あまりオシャレをしていない、悪く言えば地味な服。髪型もそれほどいじっていないあたり、由良はあまりオシャレに興味がないか、それができない環境にあるようだ。

「そうだよ。帰宅部だからね、帰りは早いんだ。由良は何か部活には入ってるの?」

「ううん、入ってないよ。同じだね」

 そう言って由良は笑う。ぼくも笑った。

「あそこの喫茶店に入らない?」

 由良が指差した先には、落ち着いた雰囲気の喫茶店があった。

「いいよ」

 二人ならんで喫茶店に入る。なんだかデートみたいだな、と、ありきたりな感想を抱きながら席に座る。

 席につくと、ほどなくしてウェイトレスさんがやってきた。笑顔が素敵なお姉さんで、こんな人が友達だったらいいなと、なんとなく思った。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

 顔を見合わせ、ホットコーヒーを二つ注文した。

「かしこまりました」

 さらさらと伝票にメモし、ウェイトレスさんは奥へと消える。

「まさか、あんなところで会うなんて思わなかったよ」

 由良が笑う。

「買い物しようかなって思ってたら茜がいてびっくりしちゃった」

「ぼくも驚いたよ」

 まさか無意識に公園まで足を運んでいたなんて言ったら、この子はどんな反応をするだろうか。気になるけれど、恥ずかしくて言えない。

「そういえば、由良の引っ越しはいつごろなの?」

 もうすぐ、とは言っていたけれど。それが一体いつごろなのかは聞いていなかった。

 なぜかうつむき、由良はぼくの質問には答えようとはしない。何かに耐えているような、そんな表情。

 時折見せるその表情が嫌で。

 痛みに耐えるようなその表情が嫌だ。

 由良にとって引っ越しは、苦痛以外の何物でもないのかもしれない。

「あ、いや、気になっただけだから。…………由良は休みの日は何をしてるの?」

 ぼくはすぐに話題を変えた。由良にはこれ以上、引っ越しの話はしないことにする。それはきっと、正しいことだろう。

「ぼくは……何してるんだろ? ああ、たまに友達と遊ぶけど、たいてい家で本読んだり昨日みたいに散歩したりしてるかな」

 言っていてさみしくなる。

 友達とたまにしか遊ばないのは、友達がいないに等しいからだ。

 友達がいたら――ぼくはその友達と遊ぶのだろうか。

 わからないけれど。きっと遊ぶのだろう。

「……わたしも友達とは遊ばないよ。本を読んだり散歩したり」

 茜と同じだね、と寂しげに笑う。

 『たまにしか遊ばない』ではなくて『遊ばない』。

 それはつまり、『遊ばない』ということだ。

 ぼくと似ていて、決定的な差異。

 意識して言っているのか、ただの言葉の綾なのか。

 寂しげに笑い、由良は窓から町行く人たちを眺める。遠い目で眺める。自分とは違う世界の住人を見るかのように――道を歩く人たちを眺める。

 どうして遊ばないのか、なんて、そんなことは聞くことができなかった。

 聞く必要もない。

「コーヒーをお持ちしました」

 いつの間にかウェイトレスさんが来ていた。全く気付かなかった。

 ウェイトレスさんは流れる手つきでカップを並べ、軽く一礼をしてからカウンターの奥に消えた。

 ほのかな豆の香り。

「茜には友達はいる?」

 唐突な質問。いや、これはとても自然な流れなのかもしれない。

「いや、あまりいないよ」

 クラスメイトたちとうまくいっていないわけではないけれど、それ以外は何もない。それ以上でもそれ以下でもなく、クラスメイトという関係以上である人は誰もいない。

 どこか、壁を感じるからだ。

 それは自分が張っている壁なのか、みんなの壁なのかはさておいて。

「……そう」

 由良という子がわからなくなる。そりゃあ出会ってまだ二日目で、対話時間としては半日よりもさらに短いけれど。わからないほうが当然なのだろうけれど、ひとつだけ、わかることがある。

 この子はきっと、いろいろなものを抱えている。

 そう思う。

「わたしには一人もいないよ、友達」

 中学生くらいに見える年齢にまで成長し、友達が一人もいない。それは、どれほど孤独なことだろう。ぼくが言えたものじゃないけれど、友達というのは自然発生的に、それが当然のように勝手に出来上がってしまうものだ。

 だから、友達がいないとそういう場合、それなの友人を有していることが多い。きっと気付いていないだけで、ぼくだってそうなのだろう。

 けれど。

 けれど、この子には本当にいない。

 心通わせられる人がいない。

 孤独。

 何か根拠があるわけじゃない。単なる感情移入だとか、そういうことを言われてしまっては反論の余地はない。けれど、ぼくはどうしてかそう思ってしまった。

 家族ともうまくいっていないのかもしれない。もしくは単純に友達がいないのかもしれない。どちらにしても、彼女にとっては同じことだろう。

 だけど――。

 ぼくくらいは、由良に友達だと思ってほしい。こうして喫茶店で話をしているのだって、何かの縁に違いない。

「由良」

「うん?」

 カップを置いて由良が視線を上げた。

「ぼくは君の友達になれないかな?」

「え?」

 驚きの声が漏れる。

 まるでそれがあり得ないことであるかのような、由良の表情。

 ――何かが変わる気がしたんだ。

 昨日、由良はそう言っていた。何を諦め、何を託したのかはわからないけれど、こうしてぼくが友達になることは、『何かが変わる』ということではないか。

「友達? わたしたちが?」

 戸惑っているのかもしれない。声には動揺が含まれていた。

「うん。駄目かな?」

「そんな……そんなこと、ないよ……」

 見る間に涙をため、声は震え始める。肩を震わせ、嗚咽を漏らす。

「えっ……ちょっと……どうして泣くのさ」

 ぐずりながらも涙をふき、由良がまだまだ涙が止まらない目でぼくを見据える。その目は、何かの強い感情で輝いている。

「うれしいんだよ、とても」

 …………。

 この時。

 もしかしたら、ぼくは初めて、由良の笑顔を見たのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ