なんてことない日常
教室は今日もにぎやかだ。惜しむらくは、冬で外が寒いために窓が開けられておらず、空気がこもってしまっていることか。
こもった空気は人体に良くない。そう思って教室の窓を開けると、周囲から非難の声が飛んできた。
……。ここにいるみんなはこの教室を支配する異臭が気にならないのだろうか。朝だからまだマシだけど、昼になればこの臭いはさらに強烈になる。
「やあ樋口くん。昨日は寒かったねー」
気温なんて関係ないだろう元気娘こと水谷悟さんが、ぼくの背中をばしばしと遠慮なくたたきながらそんなことを言う。水谷さんは何が楽しいのかわからないけれど、常に笑顔だ。
「そうだね」
そう答えたものの、ぼくにとっての昨日は寒さよりもあの子のことのほうが印象深い。そんなことはもちろん言わないけれど。
「あまりの寒さにコタツから出られなかったよ」
「ぼくは昨日は外にいたよ」
「えっ! うそっ? ホントに?」
水谷さんは信じられないと言いたげな目でぼくを見ていた。外に出歩くことくらい、奇特なことでこそあれ、別にそこまで信じられないようなことではないと思うのだけど。
「ホント。まあ、コタツから出られないってのはわかるよ。コタツは冬においては正義だからね」
「そうだよね」
さっきまでの驚愕の表情から一変、今度は満面の笑みでうなずいた。
表情の豊かな子だな。
ぼくとは正反対だ。
「樋口くんってさー」
笑顔を少しだけ抑え、今度は思案顔のような表情になる。
「ぼくがどうかした?」
「いや、怒らないでほしいんだけどね……」
「怒らないと約束はできないけれど、できるだけの努力はしよう」
何が起きるかもわからないし。水谷さんがどんなことを言うかにもよる。
「樋口くんって、なんか少しドライだよね」
ドライ。
乾燥。
それは人間の性格で言うなら『無感動』。
「はあ……」
今の会話の中でそんな印象を与えるような場面でもあったのだろうか。それとも、今までの生活の中でそういう印象を抱いたのだろうか。まあ、考えなくても後者だろう。
ともあれ。
「どうしてそう思うの?」
「うーん、理由を聞かれると困っちゃうんだけどね。こう……イメージみたいなものだから」
それはそうだろう。
「うん。でも、理由のひとつくらいあるでしょ?」
「そうだねー。無感動っていうか、冷たいっていうか。優しいけど、なんだか冷たいんだよね」
「なるほどね。でもまあ、気のせいじゃない?」
ぼくは感動をしないわけでもないし、冷たく当たっているというつもりもない。まあ、笑顔というものは少ないかもしれない。
「気のせいかぁ。そうだよね、うん」
「ああ。気のせいだと思うよ」
「悟ー、ちょっと来てー」
クラスの女子が水谷さんを呼ぶ。
「あ、うんっ! ごめんね」
「いいよ」
少し申し訳なさそうに笑うと、水谷さんは友達のところに行ってしまった。
ほどなくして始業を告げるチャイムが鳴り、先生が教室にやってきた。