薄桃色の空
まず、ぼく――樋口茜と彼女、岬由良。そして、今や親友というべき存在の水谷さんの関係について語ってきたわけだ。
だから、これからは過去のことじゃなくて、『現在』のことについて少しだけ。ほんの少しだけ、補足程度に。
桜の花びらが舞って、ぼくの弁当の上に落ちた。
「それがホントの桜弁当」
水谷さんが笑う。
「桜弁当なんて、ぼくは初めて聞いたけどさ。ぼくが世間知らずなだけのような気がするから、これを話題にはしないでおくよ」
ぼくは水谷さんとお花見に来ている。二人である。本来なら、もう一人、ぼくと水谷さんの隣にいなければいけない人がいるのだけど、今日は残念ながら出席できていない。
「由良に見てほしかったんだけどな……」
結局。
由良は桜を見ることなく、この世を去ってしまった。あまりにもあっけなく、彼女はぼくたちの前から姿を消した。
「写真もないもんね」
ぼくたちに形がある思い出はない。由良に渡した原稿も、由良の私物として処理された。いや、処理してもらった。由良はまだ、続きが読めていない。読む前に逝ってしまった。
「実はね、由良って、『何か』を変えるためにぼくに話しかけたんだって」
「何かって?」
「さあ? なんだろうね。由良自身でもわかってないような、曖昧なことだよ」
ぼくと由良が『恋人』という関係になったのは、一日にも満たなかったけれど、あれによって由良の中では『何か』が変わったのだろうか。もしそうだとしたら、お花見はできなかったけれど、ぼくはそれで満足だ。
「わたし、結局最後まで読ませてあげられなかったな」
由良が亡くなった翌日、ぼくは水谷さんに由良のふ報を伝えた。その時、水谷さんは小説の締めを書いていた。
「それが心残りで仕方ないよ……でも、由良ちゃんの死に顔は幸せそうだったんでしょ?」
「うん。最初は寝顔かと思ったくらい」
穏やかで、
幸福そうな顔。
「そっか。じゃあ、良かったよ」
「……うん」
ぼくらはただ、そこにいることしかできなくて。
彼女はただ、ぼくらを待つことしかできなくて。
ドラマのような急展開はなく、物語のような奇跡もなく、けれど、現実のような残酷さもなかった。
ぼくらの間にあったもの、それはきっと優しさというべきもの。そして、ぼくたちが無意識のうちに欲してやまなかったものだ。クラスで人気者だった水谷さんがそうであったくらいだ。ぼくなんて言わずもがな、由良だってその点に違いはない。
「水谷さん、由良のこと、ちゃんと覚えてる?」
水谷さんは怪訝そうに首を傾げた。
「何言ってるの? 当ったり前じゃん。これからも忘れないね」
「そうだよね」
由良の中で何かが変わったのかどうか、それはわからない。想像もできない。
けれど。
由良。
岬由良。
君は『生きた証』を残した。
――わたしにも……『生きた証』残せるかな?
心配はいらない。
君は、ぼくらの永遠だ。たとえ、その存在が薄れてしまったとしても、雑多な日々の中で記憶の片隅に置かれてしまったとしても。
この薄桃色の空を見上げた時、きっと、ぼくらの中で――――
『薄桃色の空』いかがだったでしょうか。
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