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薄桃色の空  作者: 人鳥
ぼくのお話
2/21

始まりの日

序幕を読んだ方には、ここから本編ということがもうお分かりになっていると思います。

ぼくは、ああいう前置きを書かないと、どうやら本編を書き出せないようです。

各話にタイトルをつけるという試みを始めました。どこかで挫折するかもしれません。


というわけで、本編の始まりです。

 気がつけば、ぼくは公園のベンチに座っていた。途中で買ってきたらしいコーヒーを両手で持ち、何をするでもなくベンチに座っている。吐く息は白く染まり、それを見るだけで寒くなる。

 公園にはぼくの他に、中学生くらいの女の子がいた。その子はぼくと対面する位置にあるベンチに座っていて(ただし、距離はそれなりに離れている)、誰かと待ち合わせでもしているのだろうこまめにあたりを確認していた。

 子どもはいない。寒さが原因なのかなんなのか。ぼくが小さい頃は雪が降っただけで外に出たがったものだけど。時代の流れ、だろうか。昔よりも今のほうが雪は珍しいというのに。だからこそ、なのかもしれないけれど。

 男女二人だけで公園にいると、まるで二人で遊びに来たような錯覚に陥ってしまうけれど、決してあの女の子に見覚えがあるわけではない。見覚えがあっても声をかけたりはしないだろう。

 特に用事があるわけでもないぼくは、女の子の様子を見ていた。別にやましい理由があるわけではない。ただ単純に『退屈』だからだ。

 女の子は寒そうに手をこすりながら、時折白い息を吐き出していた。携帯などで連絡を取ろうという気配はない。携帯を持っていないだけなのかもしれないけれど、それにしてもその女の子は苛立ちとかそういうものを発していない。ぼくがここに来てからすでに一時間と三十分。女の子はぼくよりも先にこの公園にいたのに、だ。

 コーヒーを飲みきり、少しだけ温まった体がまた冷えてきた。正直、寒い。服についた雪がしみてきている。これでは寒空の下で雨に打たれているのとなんら変わりない。そういえばあの女の子はカイロでもしているのだろうか。マフラーは首に巻いているけれど、とてもじゃないがそんなものでは凌げないだろう。待たせている人には早く来てあげてほしい。なんて、ぼくがそんなことを思う筋合いもなにもないのだけど。

 だけど。

 ぼくがそう思ってしまうほどなのに――彼女はそこに座っていた。

 表情は依然として楽しそうだ。

 相当な根気の持ち主なのか、単純に待つことそのものが楽しいのか。ぼくにはわからないけれど、それでも彼女は寒そうで楽しそうだ。

 と、ここにきて女の子が立ち上がった。女の子は特に怒った様子はなく、何度も言うが楽しげですらあった。

「あ」

 女の子と不意に目が合った。

 否。

 彼女とてぼくの存在には気づいていたはずなのだから、これは合うべくして合ったと言える。ここで視線をそらしても良かったのだけど、それも何かが違うような気がして、ぼくはそのまま女の子を見続けていた。

 女の子がこちらに近づいてくる。何か文句を言われるのかと思っていたら、女の子は何を思ったのかぼくの隣に座った。

 ――意味が分からない。

 一体この子は何を思っているのだろう。

「わたし……」

「は?」

 女の子が突然しゃべりだし、ぼくは間抜けな声を上げてしまった。

「わたし……もうすぐこの町を出なくちゃいけないんだ」

 何でもなさそうに。

 けれども寂しそうな声で言った。

「ふぅん? 引っ越しでもするの?」

 まるで友達のように話してくるので、ぼくも自然に応えた。応えざるを得なかった。

 友達なんて、ぼくにはいないようなものなのに。

「うん、そんなところかな」

 自分で言ったはずなのに、女の子の返事は曖昧だった。彼女は足元の雪を蹴った。白い粉が散る。

「そっか。親の仕事か何か?」

 どうしてこんなことを聞くのか、自分でもわからなかった。気づけばそんなことを聞いていた。

「お父さんが……その、転勤して、わたしたちも一緒に」

 やっぱり歯切れ悪く答えた。まあ、理由がどうあれ、ぼくがそれを聞いたところでできることなんて何もないのだけど。

「そっか」

 なんと言葉を返したらいいのかがわからない。

「寒くない?」

 わからないから話題を変えることにした。とはいえ、この話題の転換は自分とこの女の子を心配しての転換だった。

 服にしみた雪は冷たく、どんどんとぼくの体を冷やしている。この子にしてもそれは同じことだろう。

「寒いけど、平気」

 そう言うこの子の頬は白く、手は少しだけ震えていた。

 近くに自販機があったはずだ。

「少しだけ待ってて。すぐに戻るから」

「えっ?」

 女の子は驚きの声を上げ、勢いよくぼくに向き直った。

「いや、そんなに驚かなくてもさ……」

 まさかこんなに驚くとは思わなかった。そりゃあぼくらしくないことをしようとしているけどさ。

「少しだけだから」

 女の子はまだ驚きの表情のままだったけれど、今度は構わずにぼくは自販機に走った。冷たい空気が顔に当たり少し痛みを感じる。

 コーヒーとカフェオレを購入し、ベンチに戻る。

「お待た……せ」

 『お待た』と言ったところで、ぼくは女の子の顔を見て、『せ』というのに時間がかかってしまった。

 女の子は――何かに耐えるように両手を握り締め、今にも泣きそうな顔をしていた。

 何に耐えているのだろう。

 会ったばかりのぼくにはわからない。名前すらも知らないのだ。

「ど、どうしたの?」

 ぼくが何か悪いことをしてしまっただろうか。さっきのことがこの子を傷つけてしまったのだろうか。それとも、ぼくがいない間に何かがあったのだろうか。

 ともあれ。

 女の子はぼくが帰ってきたことに気づいてか、もの凄い勢いでこちらを向いた。

「あ……あ……」

 何かを伝えようとしていることはわかるけれど、声は言葉にはならかなった。

「コーヒーとカフェオレ、どっちがいい?」

「あ……」

 ぼくが差し出した缶を見つめ、戸惑いながらもカフェオレを取った。

「寒いと思ってね。ちょっと自販機に買いに行ってたんだ。君、かなり長い時間ここにいるだろ?」

 それはまあ、ぼくも同じだけど。それでも、この女の子のほうがぼくよりも長い時間をこの公園で過ごしている。

 誰を待っていたのか、それはわからないけれど。案外、誰も待っていなかったのかもしれない。

「温かい……」

 大切そうに缶を両手で持ち、消え入るような声で呟いた。カフェオレでそう喜んでもらえるなら、ぼくとしても硬貨を支払った甲斐があるというものだ。

 今日で二本目になるコーヒーを開け、一口だけ飲む。

「ありがとう」

「なんてことないよ、これくらい」

 カフェオレや缶ジュースくらいなら、一本くらいおごってもたかが知れている。

「ねえ」

「うん?」

「どうしてこんな所にいるの? 雪でびしょびしょだよ?」

 それは女の子も同じことで、雪の日にも傘は必要なことを物語っていた。

 ぼくとしては、女の子の質問の答えとして相応しいようなものを持ち合わせていない。

 そもそも、理由なんてないのだから。

「退屈だったから、かな?」

 強いて言うなれば、それはきっと退屈だったからだ。

 退屈で退屈で。

 寒さなんてどうでもよくなるほどに。

「君はどうしてここに? ぼくよりも前からここにいただろ?」

 誰かを待つように座っていた。

 結局誰も来なくて、なぜかぼくの隣に座ったこの子。

 帰ってきたのは意外な答えだった。

「何かが変わる気がしたんだ」

「何かって?」

「何か。いつも来ない場所に来たら、何かが変わるかなって。そんなはずないのにね。期待しちゃうんだ。ついつい」

 ダメだな、と女の子は呟いた。

 呟きはとても自虐的で、寂しそうだった。

 ぼくはやっぱり何も言えなくて、本当に嫌になる。

 さぁっ、と冷たい風が横切る。まるで、ぼくを責め立てるように。

「……ごめん。わたし、もう帰らなくちゃ。ありがとね、話ししてくれて」

「待って」

 ぼくに背を向けて歩いていた彼女は、立ち止まってぼくに向き直った。

「ぼくは樋口(ひぐち)(あかね)っていうんだ。君の名前を教えてくれないか」

 このまま別れてはいけない。どうしてかわからないけれどそう思った。そして、自分でもよくわからないままに、彼女に名前を聞いていた。

「わたしは岬由良。よろしくね? 茜」

「ああ、よろしく」

 今度こそ彼女――岬由良は公園から出て行った。足取りは、どこか重たさをにじませていた。

 風はやまない。


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