対面
今回は少し短めです。
隣を歩く水谷さんは、少し緊張美味だった。水谷さんでも緊張することはあるらしい。少しだけ救われる話だ。
「水谷さんでも緊張するんだね」
「そりゃあするよ。あたしだって人間だもの」
そう言われれば返す言葉もない。
「その……由良ちゃんってどんな子?」
どんな子、か。
考えて、それにこたえられるほど由良を知らないことに気づく。
「よくわからない」
話したことも。
一緒にいたことも。
何もかもが、とても短い時間だ。
「えー。じゃあ、第一印象はどうだったのかな?」
「よくわからない子っていうのがそうだね。ただ、何かを抱えていそうだっていうのはその頃からあった」
あの頃は、その抱えているものがこれほどのものだとは思いもしなかったけれど。
思っていても、やっぱりぼくは今と同じことをしているのだろうと思う。
「そうなんだ……不思議ちゃんってわけじゃないんだよね?」
「それはないよ」
突拍子ものないことはしそうだけれど。
「あ、あの病院だよ」
「あそこかあ」
病院に入って三階までエレベーターで移動する。きれいに掃除された廊下を歩き、由良の病室の前で立ち止まる。
「今更だけど、同室の人に迷惑じゃないかな?」
「大丈夫だと思うよ」
二回ノックをする。
「由良、ぼくだけど」
「あっ、入ってー」
ドアを開けて中に入る。男の子はいなかった。
「男の子は?」
「看護士さんに連れられてお散歩中」
「なるほどね」
「お、お邪魔しまーす」
おずおずと水谷さんが病室に入ってくる。
「あ、由良。この人が水谷悟さん」
「ど、どうも。水谷です」
「で、彼女が岬由良」
「よろしくね?」
「うん。よろしく」
ドアの前で立ったまま、水谷さんはこっちに来ようとしない。
「水谷さん? とりあえずこっち来なよ」
あのままではどうにもならない。
「あ、うん。そうだね」
水谷さんがぼくの隣に並んだ。
「……」
「……」
「……」
あれ? 話が弾まないな。水谷さんの明るい性格と、由良の人懐っこさは相性がいいと思ったのだけど。
なんだか気まずいなぁ。
「……樋口くんと岬さんって、普段どんな話してるの?」
おずおずと控えめに、水谷さんが言った。それが普段の水谷さんからは考えられなくて、少しだけおかしかった。もちろん、表情には出さない。
今思えば、表情に出したほうが空気が緩んだかもしれない。
「何話してるんだろう? とりとめのないことばかり話しているような気がするよ」
「ねえ悟」
「あ、なに?」
なんの前振りもなく呼び捨てにされたことに、水谷さんは少なからず驚いたようだった。けれどまあ、昨日少し説明したから大丈夫だろう。
「悟には何か夢とか目標ってある?」
ぼくはどうして由良が水谷さんにそんな質問をするのかがわからなかった。その質問は、彼女自身を傷つけるもののように思えたからだ。水谷さんもそう思ったのか、答えずらそうな表情を浮かべていた。
「ないの?」
「あるよ」
静かに、水谷さんは答えた。
「あたしはね、小説家になりたいんだ」
「小説家?」
小説家。
言葉をつづる人。
「うん。学校じゃ本も読んでないけどさ、家にいるときは本読んだり、小説書いたりしてるんだ」
恥ずかしそうに言った。案外、最初の微妙な表情は恥ずかしさの表れだったのかもしれない。由良はというと、そんな水谷さんの答えに興味を持ったらしく、
「書いてるの? どんなの書いてるの?」
と、さらに畳みかけていた。
水谷さんはチラッ、とぼくのほうを見た。
「……?」
「コメディ小説っていうのかな……」
コメディ小説。
そう言われてまず思い浮かぶのは、ライトノベルなんかでよくある学園物。
「うん。そんな感じ」
水谷さんがラノベのコメディか。想像してみると、案外イメージに近かった。まあ、『小説を書く』ということ自体が驚きで、そういう意味ではイメージに近いとかいう以前の問題だったりするのだけど。
それにしても、水谷さんの書いた小説……興味がある。
「水谷さん」
「うん」
ぼくが言おうとしていることがなんとなくわかるのか、水谷さんは少し身構えていた。
「読みたい」
「ス、ストレートに言うね……」
赤面。
こんな表情も珍しい。
「あ、わたしも読みたい」
「えっ? いや……その……」
口ごもる。どうやら相当困っているらしい。が、あんな話を聞いてしまうと読みたくなるのが、人の性だ。それに、ぼくはともかくとしても、由良がかなり熱い視線を水谷さんに送っている。
「うぅ……」
恥ずかしさからなのか、悔しさなのからか、水谷さんはそんな呻きを漏らした。
「はあ……」
それから諦めたように嘆息し、
「今度持ってくるよ」
顔を真っ赤にしながらうつむいた。照れた顔を見るのは新鮮で、不躾だろうなとは思いながらも、しばらくその様子を見ていた。