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薄桃色の空  作者: 人鳥
わたしのお話
12/21

樋口茜

お待たせしました。

今回で『わたしのお話』は終了します。

「由良には叶えたいことってある?」

「どうかな? 考えたこともないよ」

 そんなのは嘘。

 考えることを諦めた、それだけのこと。

 だけど、本当に叶うというのなら、元気になりたい。こんなこと、茜には言わないけど。言えるわけもないけど。

「そっか……。ぼくはね、生きたいって思うんだ」

 強い意思を孕んだ目で、茜は砂場で遊んでいる子どもたちを見てる。

 まるで――――

 そこに答えがあるかのように。

「生きたい?」

「うん、生きたい。別に、ぼくの近くに『死』が迫ってるわけじゃないんだけど」

「うん」

「ただ存在するだけじゃ駄目だと思うんだよね。誰かに必要とされたり、誰かと出会ったり……ぼくが『生きた証』を残さないとって、思うんだ」

 生きた証、か。

 わたしには残せているのかな。

「ぼくらはきっと、存在するためじゃなくて、生きるために生まれてきたんだよ」

 なんてね、多分、ぼくはそんなことを言えるような人間じゃないんだろうけどさ、と、茜は苦笑した。とても自嘲的な笑みだった。

 でも、わたしにはその言葉が心に揺さぶりをかけた。どうしてなのか、そんなことはわからない。今までわたしがそんな風に生きてこなかったからかもしれない。

「それ、叶えたいことっていうより、目標じゃない?」

「いや」

 けれど、茜は首を振って、やっぱり自嘲的に笑う。

「願いだよ。ぼくにはできそうにないからね」

 できそうにないことだから『願い』っていうんだ。茜が自虐的に微笑んだ。

「茜って、少しだけ怖いね」

「冷たいとはよく言われるけれど、怖いっていうのは初めてだよ」

「少しだけ、なんだけどね」

 無意識に人を殺してしまいそうな。

 命を奪うのではなく、生きる意欲を殺してしまいそうで。

「少しでよかったよ。これに似た話をクラスでしたら思いっきり怒られたからね」

「したんだ……」

 ということは、茜はその時の失敗から学習していないのか、気にしていないのか。

 きっと、後者なんんだろうな。

「持論というか、自分の哲学っていうか、そんなものをぶつける授業があったんだよ」

 なるほど。そこでさっきみたいなことを口走ったんだ……。

「みんなはどんなことを言ってた?」

 きっと茜は、ほかにも持論を展開したと思う。けれど、聞くのは怖かった。だから、ほかのクラスメイトたちの話を聞いた。

「うん? ああ、いや、大した話じゃないよ。テレビ……は見ないのか。道徳の授業で言われるようなことを、持論のように展開してたよ。どうやらあんまりそういう思考をする習慣がないみたいだ」

 わたしもひとつ持論を展開しようかと思ったけど、すぐにやめた。そんなことをしたくて茜に会ってるわけじゃない。

 今日が茜と会う最後の日。

 そう自分に言い聞かせながらやってきた。病室から茜を見つけ、急いでやってきた。

「ねえ、茜」

「うん?」

「わたしにも……『生きた証』残せるかな?」

 茜はきょとんとして、私の顔を見ている。

「できるんじゃない?」

 聞いておいてだけど、なんだか意外な答えだった。

 できない。

 そう言われると思った。

 それが叶えたいということだから、と。

「え」

「できると思うよ。君がそれを強く望むなら。君とぼくとでは、叶えたいこと、つまりは『願い』の定義がまず違う」

 茜の中で願いは――――叶わない理想。

 それは間違いない。だけど、わたしの中での願いは一体なんだろう。

 少し考えてみるのもいいかもしれない。

「うん」

 わたしの中での願いがなんであれ、茜の言葉がうれしくて、声が少しだけ震えてしまった。

 だからかもしれない。

 体に吹きつける冷たい風ですら、心地よく感じた。

「茜は今したいことってある?」

 今になって、今さらになって、茜のことをもっと知りたいと思った。

 思ってしまった。

 自分の状況も忘れて。

 こうやって外出していることがおかしい体なのにもかかわらず。

 そう願ってしまった。

 そして――恐れていた事態に陥った。

 自分との約束を破り、茜ともう一度会ってしまったその日。

 寒い、雪の降る日だった。


次回、『君とぼくのお話――本当の始まり』

お楽しみに。


あ、でも、試験が本格的に始まりますので……もしかしたら、遅れるかもしれません。

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