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薄桃色の空  作者: 人鳥
わたしのお話
11/21

得られなかったこと

 ベッドから天井を見上げながら思う。もし今日茜と話したことが現実になるとしたら、わたしはどんな生活を送るのだろう。当たり前の生活を、わたしは知らないのに。

 よくわからないな……。

 見飽きた天井。

 見飽きた風景。

 これらからの『解放』が『当たり前』の生活なのだろうか。いや、きっと違う。少なくとも、風景や天井に飽きている人は少なくない。

 じゃあ、『当たり前の生活』って何だろう。

 そうだね、きっと、こんな病気なんて患ってない健康な生活なんだろうな。

 考えるのが嫌になってくる。何度も何度も同じことを考えて、そのたびに放棄してきた。

 あと何回繰り返すのかな。

「ゆらちゃん、今日はどこに行ってたの?」

 話しかけてきたのは、同室で生活している男の子。名前は佐坂遊馬くん。先週、事故にあったとかで入院してきた子だ。

「ちょっと散歩」

「いーなー。ぼくもさんぽしたいよ」

 遊馬くんの足にはギプスが巻かれていて、ほかにも色々と事故の名残が見て取れる。とても散歩に行けるようには見えない。そもそも、彼は今のところ自分ひとりでベッドから降りられない。

「そうだね、早くけがを治さないとね」

「うん」

 とはいえ、元気になれるというは、なんて良いことだろう。『先』があるということはうらやましい。

 終わりを告げられたわたしには……。

 『先』が見えてしまっているわたしには……。

「? ゆらちゃん?」

 心配そうな顔でこちらの様子をうかがう遊馬くん。

「あ……ううん、なんでもないよ」

「なんだかかなしそうな顔してたよ」

「そうかな?」

 こんな小さな子にまで心配をかけてはいけない。自分を心配するのは、自分だけでいい。

 自分だけで。

「ねーえー、ゆらちゃん。あそぼ」

 やっぱり男の子にこの環境は酷だよね。遊びたい盛りだもん。

 ベッドから降りて遊馬くんのベッドの横の椅子に座る。

「何して遊ぶ?」

 遊馬くんは楽しげな顔で悩みながら、うんうん唸っている。

 結局、わたしが百均で買ってきていたオセロをすることにった。オセロは遊馬くんのお母さんがお見舞いにやってくるまで続いた。

「いつもありがとね、岬さん」

 おばさんと呼ぶにはまだまだ若く見える遊馬くんのお母さんが、人懐っこい笑みを浮かべた。

「そんな……わたしも退屈ですから」

「それでもよ。ありがとね」

 にっこりとほほ笑んで、遊馬くんに一冊の本を手渡した。それはどうやら漫画らしく、遊馬くんはうれしそうにそれを受け取って、夢中になって読み始めた。お母さんはそれを優しいまなざしで見ていた。

 ……こういうの、いいな。

 わたしはこのぬくもりを知らない。知っていたとしても、忘れている。

 親子、か。

 うんと小さい頃は、まだ入院生活をしていなかったように思うけれど、やっぱり覚えていない。

「岬さん」

「あっ、はい」

 私を呼ぶ声で現実に戻ってきた。

 手に荷物を持っているあたり、もう帰ってしまうのかもしれない。

「遊馬が迷惑をかけちゃうかもしれないけれど、よろしくね」

「はい」

 ありがとう、と、遊馬くんのお母さんは病室から出て行った。元々静かだった病室はさらに静かになって、遊馬くんがページをめくる音だけが聞こえる。

 窓から外を眺め、いつもと変わらない風景に嘆息する。

 違いなんて、ほとんどない。

 と。

 近くの道を、見覚えのある姿が歩いていた。

「あか……ね?」

 歩いているのはたしかに茜で、表情まではわからないけれど、退屈そうな雰囲気を醸していた。

 そこまで考えてあわてて体を隠す。まさか気付くとは思わないけれど、万が一ということもある。

 隠しておきたい。

 無用は心配はかけたくない。

 あれ? だったらそもそも外に出ないほうが良かったのかな?茜とも親しくなっちゃいけなかったよね。

 結局。

 結局はわたしのわがままで。

 入院中の身なんだから、大人しく病室で過ごしていれば良かったんだよね。

 でも、あと一回、一度だけ。

 茜と会おう。

 あの世へ旅立つ土産として。

 彼の存在を刻もう。


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