第5話:旧講堂の亡霊(ゴースト)
深夜二時。静まり返った聖華学園は、昼間の賑わいが嘘のように冷たいコンクリートの塊と化していた。
私は東先生に渡されたサプリメントを飲み込み、重い体を引きずりながら、立ち入り禁止の看板が立つ「旧講堂」の重い扉の前に立っていた。
「……ここだニャ。センサーが異常な残留思念……じゃなかった、微弱な電磁波を検知してるニャ」
テスラが私の肩の上で、目を細めて暗視モードに切り替える。
扉の錆びついた鎖は、なぜか内側から焼き切られていた。
「……誰かが、中にいるの?」
私はテスラの耳を介して、地下ガレージで待機している『零式』と微弱にシンクロを保つ。いつでも彼女をここに転送できるように。
地下の暗闇へ
埃の舞う講堂の床を抜け、舞台裏の隠し階段を下りると、そこには学校の施設とは思えないほど広大な「地下空間」が広がっていた。
かつて父が、学園の理事長に頼み込んで作ったと言われる試作実験場だ。
湿った空気の中に、鼻をつくオイルの匂い。
そして、かすかな歌声が聞こえてきた。
「……ねんねん、ころりよ……」
幼い子供をあやすような、掠れた、機械的な歌声。
懐中電灯の光が、その主を捉えた。
山積みにされた古いパソコンや基盤の山――その中央に、一人の少女が座っていた。
忘れ去られた「欠片」
その少女は、私に似ていた。
だが、私よりも幼く、何よりその体は……痛々しいほどに損壊していた。
左腕は剥き出しのコードが束ねられ、右足は不格好な鉄の義足。
顔の半分は人工皮膚が剥がれ、内部のカメラアイが不規則に点滅している。
「……あ、あ……」
少女が私を見た。
彼女の瞳には、オメガの冷徹な青も、零式の透き通った白銀もない。ただ、深い「悲しみ」の色をした鈍い光が宿っていた。
『お嬢様、信じられないニャ。こいつ……**「零式」以前のモデルだニャ。……名前すら与えられなかった、「零号機」**だニャ!』
「パパ……? 違う。……だれ?」
少女――零号機が、ガタガタと体を震わせながら立ち上がる。
彼女の背中からは、無数の細いケーブルが壁の古いサーバーへと繋がっていた。彼女はこの地下にある「廃棄されたデータ」を糧に、十数年も孤独に生き延びていたのだ。
共鳴と暴走
私が彼女に歩み寄ろうとした瞬間、私の脳に激痛が走った。
東先生に渡された薬の影響か、私の意識が勝手に零号機と「強制接続」を開始したのだ。
『警告! 未知の意識データが流入してるニャ! お嬢様、離れるんだニャ!』
「あ、ああぁぁぁっ……!」
零号機の視界が私に流れ込む。
それは、父に捨てられたという絶望。暗闇の中で自分という存在を繋ぎ止めるための、果てしない演算。
そして――。
「……オメガ、が……来る……」
零号機の声が重なった。
同時に、講堂の天井を突き破り、無数の黒い影――オメガの最新鋭追撃ユニットが降臨した。
彼らの狙いは、私ではない。この「忘れ去られた初期ロット」の抹殺だった。
「……零式、来て!!」
私は絶叫した。
地下ガレージから光り輝く白い弾丸が飛来し、私と、そして怯える「もう一人の私(零号機)」の前に立ちはだかった。




