第1話:鉄屑姫と鋼の翼
聖華学園の屋上からは、再開発の進む湾岸エリアが一望できる。
海風に吹かれながら、私はノートPCのキーボードを叩いていた。画面に流れるのは、一般人には理解不能なC言語の羅列――この街のインフラを監視するための独自プログラムだ。
「おい、また『鉄屑姫』がゴミいじりしてるぜ」
背後から飛んできたのは、クラスの取り巻きを連れた男子生徒の声。名前は確か、佐藤だか斉藤。
私は無視して指を動かし続ける。
「無視かよ。お前の親父、行方不明なんだろ? 出来損ないの機械ばかり造ってるから、夜逃げでもされたんじゃないか?」
タイピングが止まる。
カバンの中のテスラが「主、こいつのスマホ、バキバキにハッキングしてやろうかニャ?」と脳内通信で毒づくのを、私は思考だけで制した。
「……関係ないでしょ。放っておいて」
「チッ、気色悪い女。行こうぜ、こんな奴」
彼らが去っていく。
私は溜息を吐き、PCを閉じた。彼らが言う通り、私は学校では「浮いている存在」だ。でも、それでいい。私には、守らなきゃいけないものがあるから。
その時だった。
――キィィィィィィィィン!
耳を劈くような高周波が街に響き渡った。
直後、湾岸エリアの巨大クレーンが、まるで意思を持った蛇のようにのたうち回り、隣のビルをなぎ倒した。
「な、なんだ!? 事故か!?」
騒ぎ出す生徒たち。だが、私の視界には、もっと最悪な情報が投影されていた。
『零お嬢様! オメガのウイルスを確認したニャ。感染源は建設中の第3プラント。自律型作業ロボが……アイアン・レギオン化してるニャ!』
モニター越しに見えるのは、真っ赤なカメラアイを光らせ、無差別に人間を襲い始めた鋼鉄の獣たち。
その中の一体、多脚型の作業ロボが、あろうことかこの学園の校門を破壊して侵入してくるのが見えた。
「うわあああ! 怪物だ!」
「逃げろ! 警察に連絡しろ!」
パニックに陥る生徒たち。先ほど私を馬鹿にした佐藤たちが、腰を抜かして震えている。
私は彼らを一瞥し、誰もいない非常階段の踊り場へと駆け込んだ。
「テスラ、用意は?」
『いつでもいけるニャ。……お嬢様、脳への負荷に気をつけるんだニャ』
私はカバンから黒猫型のテスラを取り出し、その額のセンサーと、私の首筋の端子を非接触リンクさせる。
意識が急速に遠のき、暗闇の先にある「もう一つの視界」へと沈み込んでいく。
「……システム・ブート。零式、起動!」
ドクン、と心臓が跳ねた。
次の瞬間、私の五感は学園から数キロ離れた地下ガレージへと飛んだ。
暗闇の中で、銀髪の美少女――零式が目を開く。
瞳に灯る、鮮烈なブルーの光。
ガレージのハッチが爆発的な圧力で開放される。
電磁加速器が火花を散らし、白い影が弾丸のように射出された。
「……現在地より目標まで、4.2秒」
空を裂く。重力を無視し、ビル風を切り裂いて、私は私(零式)を操る。
学園の校庭。逃げ遅れた女子生徒を、多脚ロボの巨大なドリルが貫こうとしたその瞬間。
――ドォォォォォォン!
衝撃波と共に、白い閃光が着弾した。
土煙の中から現れたのは、制服に似た純白のアマースーツを纏った少女。
「……ターゲット、確認」
零式の声は、私の声よりも低く、透き通っている。
襲いかかる鉄の塊に対し、私は一歩も引かずに右拳を突き出した。
「ゼロ・ドライブ――破砕」
ただの正拳突き。だが、零式のパワーは物理法則を塗り替える。
金属がひしゃげる凄まじい音と共に、数トンある作業ロボが紙細工のように粉砕され、後方の校門まで吹き飛んだ。
静寂。
逃げ惑っていた生徒たちが、信じられないものを見る目で、校庭の中央に立つ少女を見ている。
「な、なんだあいつ……アンドロイドか?」
「かっこいい……」
非常階段で動かずにいる「生身の私」は、脳を焼くような熱を感じながら、零式の口を借りて小さく呟いた。
「……放課後の掃除、開始」
少女の姿をした白い新造人間が、再び空へと飛び上がった。




