プロローグ
放課後のチャイムが鳴り響く。
クラスメイトたちがカラオケやカフェの話題で盛り上がる中、私は使い古したリュックの肩紐を強く握り、誰とも目を合わせずに教室を後にした。
「……今日のアクティブ・ノイズ、少し大きいな」
耳元で、カバンの中に隠した黒猫型の自律AI『テスラ』が、私にだけ聞こえる通信音を鳴らす。
『零お嬢様、不穏だニャ。東地区のビル管理システムが、外側から何者かに書き換えられている形跡があるニャ』
「わかってる。……パパが消えてから、この街は少しずつ壊れ始めてる」
路地裏の古びた倉庫。その地下にある、私の隠れ家。
重厚なハッチを開けると、そこには無機質な精密機械の群れと、中央に鎮座する透明なポッドがあった。
中に入っているのは、私だ。
正確には、私にそっくりな顔、私と同じ身長、私が一番可愛いと思う服を着た、私にとって唯一無二の「友達」――。
「ただいま、零式」
ポッドに横たわる銀髪の少女は、返事をしない。彼女はまだ、魂を待つだけの器だ。
私は制服を脱ぎ捨て、首筋にあるコネクタにプラグを差し込む。冷たい感覚が神経を走り、意識が二つに割れていく。
視界が、二重になる。
椅子に座っている「冴えない私」の視界と、ポッドの中で目を覚まそうとしている「無敵の私」の視界。
『システム・ブート。同期率、安定。バイタル、正常だニャ』
私は、ポッドの中でゆっくりと目を開けた。
視界の端には、無数の戦術データと、敵対アンドロイドの熱源反応が赤く点滅している。
「行こう、テスラ。放課後の“掃除”の時間だよ」
地下ガレージのカタパルトが火花を散らす。
生身の私は椅子に座ったまま、鋼鉄の私は夜の空へと蹴り出した。
これが、私の日常。
世界を救うのは、いつだって「もう一人の私」なのだ。




