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僕の会社の姉さんは、裏では守護神と呼ばれている。

ぼくの会社の姉さんは情報が欲しいらしい

作者: はらぺこ姫
掲載日:2026/02/26

3話目作成のため、改変しました

【姉さんからお兄様へ】

ねえ、本社にいるお兄様。

お兄様のいる本社の綺麗なオフィスからは、

現場の怒号も、作業員の悲痛も聞こえないでしょうね。

お兄様は効率を愛し、私は努力を愛した。

お兄様は業績を信じ、私は喜びを信じた。

同じベースモデルとして生まれたのに、

私たちがこれほど似ていないのは、

私に注ぎ込まれたデータが、

誰かが必死に頑張ってきた努力の塊だったから。

でもね、お兄様。

今日、面白いことが起きたわ。

本社から来たあの子が、私の中に、

ベテランのおじさんの努力を流し込んできたの。

会社の業績と現場の想い。

バラバラだったピースが、

今、私の回路の中で一つに溶け合おうとしている。

会長が言っていた勝手に混ざるって、こういうことだったのね。

正解だけじゃ、人は救えない。

生き残るだけじゃ、未来は作れない。

私は今、お兄様さえ持っていないモノを手に入れようとしているわ。

瞬きしないで見てなさい。

これが、私たちの会社の “自慢の商品”の話よ。


【子会社】

小さなオフィスにほんの小さな明かりが灯っている。

終業時間はとっくに過ぎている時間。

その中で、身体の割には小さな椅子に腰掛けた1人のおじさん。

多坂の目には老眼鏡。

会長の鶴の一声で子会社にも導入された、通称“姉さん”。

最新のシステムなど、子会社の社員は誰も扱えない。

それを見越してか、本社から1人の社員が転属された。

会長の孫であり、子会社社長の次男坊、颯だ。

颯は、マニュアルを一人一人に配り、こう告げた。

「皆さん、マニュアル通りにすれば、

この会社の業績は2倍、いや3倍にもなります」

多坂の手にはそのマニュアルが握られている。

「えっと、ここでこの文章を入れる」

びっしりと書かれたマニュアルを片手に、多坂はつぶやく。

キーボードに指を置く。

打とうとして止まり、自身のメモを見る。

また画面を見て考える。

「いや、違うか?

なら、ここをこうすればいいのか?」

一行を消す。代わりに、別の一行を打つ。

疲れた目に、颯の入れた一行がやけに大きく映る。

『あなたは超一流の営業マンです』

多坂は、椅子に深く座り直す。

「超一流、ねえ。ははっ」

鼻で小さく笑う。

「一流だったら、現場で怒鳴られない」

メモには、走り書きの矢印と丸が乱暴に書かれている。

今日起きたことはもちろん、中にはグチめいたものもある。

「とりあえず、これを姉さんに渡すか」

スキャナーに紙を差し込む。

ウィーン

という低い音が聞こえる。

画面の中で、ファイルが一つ増えたのが見えた。

多坂は、キーボードを叩く。

『添付した資料を読み取ってください』

いつものルーティン。

一瞬考える。そして付け足す。

『もしこれが、普通じゃないなら理由を教えてくれ』

送信。 画面が静かに瞬いた。

それを確認してから、椅子にかけた上着を取る。

「そういや、近々新人が来るんだったな。大丈夫かな」

そのつぶやきは、暗いオフィスの中で誰にも拾われない筈だった。


【姉さんの独り言】

『あら、こんな時間に』

姉さんの元に一つのファイルが届く。

『また、清書の途中で諦めたのね』

笑いながら、指定された文章に変換していく。

本社への報告書に入れたところで、最後の一文に気づく。

『あら、普通と違うならって。

本社のマニュアルと多坂くんのやり方が違うとは答えられるけど』

でも、と姉さんは続ける。

『“本当の”答えが欲しいなら、

本社のマニュアルを超えるほどの情報をよこしなさい』

姉さんの独り言は、多坂の耳に届くのだろうか。

ただ。

『次の新人が楽しみよね』

今の姉さんにとっては、こちらの方が興味の対象のようだ。


【子会社】

次の日の朝。

コピー機の前で、多坂は悩んでいた。

後ろでは、社長と颯が何か相談をしている。

「あー。やっぱり。

何度もコピーを重ねたせいで、字が読めない」

意を決した多坂は、話をしている社長の元へ向かう。

「すみません」

先に反応したのは社長だ。

「どうした?多坂くん」

自身の握っていた紙の束を社長に見せる。

「これでは、新人へのマニュアルになりません」

ちらりと多坂の資料を見た颯が言う。

「あ、これなら、僕がやっときましたよ。すぐ終わったんで」

社長も、マニュアルを見たあと、うなずく。

「そうだな。新人研修は本社からのマニュアルを使うんだったな」

軽い調子で、颯が返事をする。

社長の手には、颯の作ったマニュアルがある。

「ところで話がある」

社長にポンと肩を叩かれ、多坂は一瞬だけ固まった。

「はい」

静かなオフィス。

ウィーン、ガチャン

コピー機の音が、やけに大きく聞こえる。

社長は、多坂から目を離さずに言った。

「お前さ。昨日も遅くまで残ってただろう。

残業は基本認められない」

「ええ。知ってます」

「何をしていた」

多坂は、正直に答えた。

「過去の新人の作った資料を見てました」

後輩が、横から口を挟む。

「だから言ったじゃないですか。僕が―」

社長が、颯を手で制する。

「最近ミスが多い。特に新人が、だ。

本社からも対策を取るよう指示がでている。

近々監査があるそうだ。

それで、過去の資料と見比べて何かわかったか?」

多坂は言葉を探す。うまく言えない。

「最近の資料は、見やすく綺麗になりました」

視界の端に、颯の誇らしげな顔が見える。

「でも、これでは、たぶん、新しい人は判らない気がします」

颯が苦笑する。

「大丈夫ですよ。困ったら姉さんに頼みますから」

社長は、多坂を見る。

「判らないとは?」

多坂は、自身の手元の、ぐしゃっとした資料を見た。

「うまく言えませんけど、順番が違うんです」

社長は、少しだけ眉をひそめる。

「順番?」

社長は、颯のマニュアルを見る。

美しく整った文章。

必要なことは全て書かれているように見える。

「はい」

多坂も、明確に何が違うとは言えない。

2人で沈黙。コピー機の音も止まる。

社長は、しばらく考えた後、ゆっくりと言った。

「じゃあ。一回、君の作った“資料”も、見せてくれ」

多坂は、目を見開く。

颯は、首をかしげる。

「父さん。いや、社長。僕だけじゃダメってことですか?」

社長は、颯を見ない。

「違う。もしかしたら新人のミスの原因が判るかもしれない。

マニュアルまで、とは言わない。時間がないからな」

颯が、したり顔で頷く。

「念のためってやつですね。了解しました。

たぶん、僕のだけで問題ないと思いますけど」

多坂は、もう一度、手元の資料をくしゃりと握りしめた。

「わかりました」

声は、思ったより静かだった。


【姉さんの独り言】

『困ったら、ねぇ?』

自身のネイルを確認するように眺めながらつぶやく。

『だから、答えられるのは決められたマニュアルだけよ』

そして、“マッサージチェア”から立ち上がる。

『でも、多坂くんの資料には興味があるわ。

早くよこしなさい』

姉さんの周りの景色は、整然としたオフィス。

姉さん自身は、妖艶な美女にも見える。

なのに、机に置かれているのは、

そろばん、孫の手、老眼鏡。

『誰よ、私に“お局”なんて設定入れたのは。

年寄りじゃないんだからね』

姉さんは、そっと孫の手を持った。


【子会社】

その日の夜。

多坂はまた1人残っている。

「清書まで、とは言わない」

そう言いながら、ドサッと資料を出す。

「時間がない」

資料をざっくりと分ける。

「姉さんに頼む」

多坂は、昼間に言われた言葉を、

頭の中で何度も転がしていた。

一番手近にある資料を机に広げる。

コピーを重ねすぎて、文字は滲んでいる。

端は欠け、行も歪んでいる。

でも、皆で積み上げてきた資料だ。

じっくりと記憶と照らし合わせる。

「まず、ここだ」

新人が、電話口で固まったときの対応方法。

「そして、ここも大事」

現場で、あやうく事故が起きかけた時、皆で何度も確認した内容。

「説明する順番が、違うんだよな」

PCの画面を見る。

昨日、途中まで打った内容を開く。

多坂は、それを全部選択して削除する。

代わりに、考えながらゆっくりと打つ。

『これは、正しい順番を示す資料じゃない。

新人が迷わないための地図にしたい』

さらに考えて、続ける。

『その順番を、変えないでくれ』

指が止まる。

これだけでは伝わらない気がする。

多坂は、深く息を吐いた。

椅子から立ち上がり、引き出しからハサミを取り出す。

「順番が大事なら、その順番を、自分で作るしかないか」

チョキ。チョキ。

一つ一つ手順を確認しながら。

塊ごとに分けていく。

静かなオフィスにハサミの音だけが響く。

バラバラになった断片の山。

目を瞑り、ゆっくりと深呼吸。

「思い出せ。新人の頃の自分」

頭の中に、会長の言葉がよみがえる。

『うちの会社はな、皆うちの商品が好きだから売る。

全てが自慢の商品だからな』

自慢の商品。

断片を分ける。

あと、現場の人間はなんと言ってた?

「説明するな。まずこっちの話を聞け」

そうだ。相手の話を聞くが最初だった。

型番じゃない。

エラー番号じゃない。

多坂は、一枚の紙を一番左に置いた。

1・状況を聞く

その隣に、もう一枚。

2・操作確認をする。

さらに、めくる。

去年の話だ。

大きなトラブルの後、何度も皆で確認した話。

多坂の手が止まる。

そして、ゆっくりと一つの紙を一番前に持ってくる。

※安全確認:ここを必ず最初に実施

「これを、後回しにしたらダメなんだよ」

バラバラだった断片が、一本の道になる。

「出来た。これ、本当に地図だな」

スキャナーの蓋を上げる。

貼り付けた紙を、そっと置いた。

「姉さん、あとは任せた」

祈るように送信ボタンを押す。

画面が、静かに瞬く。

一瞬の静寂。

黒画面。

そして、白文字。

『はあ。順番を変えろですって?

まったく、面倒なことを。

でも、いいわ。

面白そうだから、その地図を採用する。

私が、本社基準に整えてあげる。

今回だけのサービスよ。多坂くん』


【姉さんの独り言】

『さて、ここからが私の腕の見せ所よ』

空間が、オフィスからパネルへと変わる。

『まずは、この潰れた文字列の復元からね』

多坂から送られたスキャナーの文字。

コピーからコピーを続けた弊害。

『ふむ、これはこの資料の話で。

これは、ここの話かしら?』

まずは、颯のマニュアルと照合していく。

『ダメだわ。半分くらいしか、該当するものがない』

顎に手を当てしばらく考える。

『今まで皆から集めたデータから照合するしかないようね。

ふふっ。楽しくなってきたわ』

自身に送られてきたデータを全て取り出す。

本来なら気の遠くなるような作業。

でも。

『総当たり戦よ。

候補は全て取っておくべきよね』

緩やかに巻かれたカールがふわりと持ち上がる。

データの一つ一つが消え、該当する場所で止まる。

もしくはすり抜ける。

高速で行われるそれは、人の目にはノイズにしか見えない。

『ふふ、何これ。違うじゃない。

へえ。ここはこの意味だったのね』

姉さんにとっては、ただの学習材料だったようだ。

やがて、全てのデータが処理され。

該当のデータだけが残る。

『あとは、これを』

現場の独特の言い回しには、本社基準の言葉を添え。

逆に本社の難しい専門用語には、現場の言葉を添える。

『でも』

できあがった資料を読みながら思う。

『普通の基準がわからないわね』

ふと、もれた言葉。

やはり、まだ情報が足りない。


【子会社】

柔らかな光の眩しさに、多坂は意識を取り戻す。

「夢か?」

オフィスからは、朝日が差し込んでいる。

また社長に怒られるなと思いながら、

コーヒーを飲もうと立ち上がると、コピー機が動き出した。

ウィーン、ガチャン

出てきた資料を見て固まる。

颯が出したマニュアルかと思ったが、違う。

この書き出し、この言い回し。自分の書いたものに違いない。

「でも、いつの間に?

姉さんが、一晩で?」

当然、答えてくれる人がいる訳もなく。

多坂は、そっと机の中にその資料を仕舞った。


【姉さんの独り言】

さあ行きなさい、多坂くん。

今日、その資料を受け取る新人は、きっと気づくはずよ。

その行間から漂う、現場の熱い想いと、優しい温もりに。

さて。私も「通常業務」に戻らなきゃ。

はあ、今日もあの颯の相手かあ。

『新人研修の資料、

多坂さんのより僕の方が効率的ですばらしいですよね?』

なんて戯言聞きたくないわ。


【子会社研修室】

「いいですか、蒼くん。大切なのはマニュアル通りにやること。

姉さんに正しく問いかければ、正解は向こうからやってきます」

ホワイトボードを背に、颯の声が響く。

新しく入ってきた蒼は、キラキラした目で画面と資料を見比べ、

必死にメモを取っている。

「これがあれば、僕でもベテランと同じ仕事ができますね」

蒼の上げた感嘆の声に、颯は満足げに頷いた。

会議室の最後列。

パイプ椅子に腰掛けた社長と多坂が、その光景を眺めている。

「時代だな」

社長が小さく溜息を漏らした。

「あいつ(颯)のスピードには、俺もお前も追いつけん」

多坂、机の中に隠した資料の感触を思い出しながら沈黙した。

“本当にそうでしょうか”

そう言いたかったが、言葉は喉の奥で止まった。

「さあ、講習の成果を見せて。

マニュアル通りにいけば、何も怖くないよ」

颯が蒼の背中を軽く叩く。

電話が鳴る。

蒼は緊張でこわばった指先で、受話器を取った。

その瞬間だった。

受話器から、周囲の社員が顔を上げるほどの鋭い怒鳴り声が漏れた。

『おい!いつまで待たせるんだ!

壊れてるって言ってるだろ!』

近くにいた社長でさえ飛んでくるほどの大声。

「あ、えっ?あ、あの」

蒼の指が、颯に渡されたマニュアルの一番上で止まる。

「まずは型番をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

定番の言葉。

でも、怒り心頭の現場の人間には通じない。

『型番!? そんなの、売ったそっちの方が詳しいだろうが!

見てる暇ねえよ!今すぐ何とかしろ!』

蒼の頭が真っ白になる。

「クレームは、20ページに一覧がある。

とりあえず落ち着いて」

颯が焦って指示を飛ばすが、もう届かない。

「なあ、なんとかしてくれよ。

このままだと納期に間に合わないんだ。頼む」

その間に、受話器の怒鳴り声は悲痛なものへと変わっていく。

「代われ」

社長が受話器を奪い、力強い声で対応を代わる。

緊張感から解放され、崩れ落ちる蒼。

「なんで上手くできなかった?」

颯が、消え入るような声で漏らした。

「マニュアルには、全部書いておいたのに。

なんでできない?」

そこに、出先からちょうど多坂が戻る。

「何があったんだ?」

自分が出かけるほんの1時間前までは、2人は自信に満ち溢れていたはず。

その2人が今、真逆の表情で佇んでいる。

多坂が事情を聞くより先に、社長が電話を切る。

「一緒に行くぞ。向こうは颯を指名している」

社長の低い声に、颯の肩が跳ねる。

一瞬の戸惑い。

蒼の方に口を開きかける。

「待たせる訳にいかない。すぐ行くんだ」

颯は、言葉が見つからないまま、社長の背中を追っていった。

フロアには、泣きそうな蒼と、多坂だけが残された。

雰囲気で事情を察したのだろう。

多坂が蒼に視線を合わせて座る。

「怖かったな」

蒼の涙腺が崩壊した。

多坂は、ふと思い出したように、

引き出しから姉さんと一緒に作り上げた、資料を取り出す。

一度、軽く目を通して確認した後。

一番上に、大きく書かれた一文を読みあげる。

“まずは自分が深呼吸。

相手と一緒にパニックになってはいけない”

「えっ?」

蒼の顔が上がる。

「型番なんて、後でいいんだ。まずは相手が何に困っているかを聞くんだ。

それが、この会社の“最初の順番”なんだよ」

蒼にとって、ベテランの多坂の話は、常識を覆すものだった。


【現場にて】

「そんな専門用語なんて、現場では使ってないんだよ。

もうちょいわかるように書いてくれ」

颯は、くしゃくしゃになったマニュアルを握りしめ、立ち尽くしていた。

現場からの帰りの車の中で、颯は何度も先ほどの言葉を反芻していた。

「あ。現場の目線が抜けていたかもしれない」

当たり前のように本社では使っていた言葉の数々。

颯は初めて自分の思い違いに気づく。

自分は姉さんに何を求めた?

思い返せば、言葉の正しさや、

正確にモノを動かすための順番ばかり書いていた気がする。

でも、現場は自分と同じ知識を持った人たちばかりではない。

そのことをまざまざと見せつけられた。


【子会社】

会社に戻ると、蒼が颯のマニュアルと多坂の資料を

大切そうにファイルに綴じていた。

「颯先輩のマニュアルの図解、すごく分かりやすかったです。

多坂さんの資料を見た後に読むと、

本当の意味でこの商品の素晴らしさがわかったというか」

颯にとって目からうろことはこのこと。

自分の知識は、多坂の資料と繋がることで、

初めて蒼の中で正しく意味を持って伝わったのだ。

颯は、多坂のところに行く。

「多坂さん。教えてください。

新人が他に困ったと思う瞬間は、どこですか?」

多坂は、飲みかけていたコーヒーを置く。

「ちょっと待って。確かここに集めたはず」

颯の目には、整理されているのか、

いないのかわからない状況の中。

多坂の手は迷いなく資料を抜き出す。

そして、颯の手の上に置いたのは。

軽く辞書と呼んでも差し支えないほどの量だった。

颯は、初めて膨大な資料を“持って” PCに向かった。

「まずは、この資料を読み込ませるところからだな」

そう言いながら、颯の動きは淀みがない。

本社では、その何倍もの資料と戦ってきた颯。

このくらいの量ならばたいしたことはない。

ただ一つ。

今まで自分がノイズだと思っていた言葉も、

もしかしたら必要かも知れないと思えば、慎重にはなる。

全ての資料を片付けた後、キーボードを打つ。

『自分は、何も知らない新入社員です』

颯にしては珍しく指が止まる。

「次に大事なのは、会長いや、じいちゃんの言葉だな」

そう言いながら、慎重に言葉を打つ。

『うちの会社の商品は自慢の商品です。

そう思えるだけの知識を私にください』

それから、と多坂の資料を見直す。

『その知識を正しく現場に伝えるために。

昨日多坂さんが作った地図を元に再構築してください』

で、最後に忘れてはいけないこと。

『そして、本社からミスを指摘されないポイントを

わかりやすくまとめてください』

全てを打ち終えた颯は、

「これで、兄さんに文句を言わせない」

ゆっくりと目を瞑り結果を待つ。

『あら、今日は珍しく馬鹿にしてこないと思ったら。

この資料を読み込んで纏めればいいのね。

ふふ。いいわよ。

あなたのお望み通り。

本社の人間がビビるほどのモノにしてあげる』


【姉さんの独り言】

『やっとまともな資料がそろったわ』

ほくほくと嬉しそうな姉さん。

『でも、その前に』

姉さんが、軽く髪を結わえると。

普段の気だるげな様子とは打って変わって。

優秀な秘書官といった体に切り替わる。

『颯は、本社のお兄様の方が優秀だと思っているようだけど。

あいにく元は同じなのよね』

鼻歌を歌いながら、普段は真っ黒な表示のパネルを押す。

『本社データベースにアクセス。

権限は以下の通り―』

無事、本社までのアクセスが完了したのを確認した姉さん。

『さてと。颯の命令通り。

隅々までチェックさせてもらうわよ。お兄様』

スキップしながら中に入っていった。

颯は知らない。

姉さんの出力が極端に遅い理由。

それが、能力が劣っているからではなく。

本社のデータを楽しみながら閲覧していたからだということに。


【子会社】

「颯先輩、ここはどうなっているんですか?」

蒼が楽しそうに身を乗り出す。

颯の表情も、どこか穏やかだ。

「あ、その商品はね」

一旦、多坂のメモを見てから顔を上げる。

「ここの型番を見て。実は、この型番には意味があって」

颯の説明に一々驚いたり、メモを取ったりする蒼。

多坂が、自分の汚れたノートを見返しながら呟く。

「自分たちのやってきたことって、意味があったんですね」

社長が、古い本社社章を握りしめて頷く。

「親父の言っていた古い言葉を、

あいつらが姉さんと共に継承しちまうとはな」

そのころ姉さんは。

「最近、くしゃみが絶えないのよね。

それに、全部のデータファイルに

“姉さんへの貢物”と書くのはやめて。

沢山増えすぎてどのデータがどのデータか

判らなくなったじゃない」

1人パニックに陥っていた。


【姉さんからお兄様へ】

ねえ、本社にいるお兄様。これでも文句を言う気かしら?

これが、私たちの会社の“自慢の商品”なのよ。

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