苛立ちがちなのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第19弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「落ち込んでるのは、君のほう。」の後の話です。
ノインはよほどのことがないと今月は夜勤を入れないと言った。
今が雨季だから、魔物が活性化して応援要請が来るから、ということらしい。
「魔物討伐に行きます」
持っていた匙の動きを止めて、まじまじとノインを見つめる。
「そういえば言ってたね。そろそろ魔物討伐が入るって」
給料を渡された時に言っていた。
この国は魔物があまり出ない、わりと平和な国というイメージがオルガにはある。
とはいえ、被害に遭ったことがないからだが。
「どんな魔物なの? 見たことないから気になる」
わくわくして尋ねると、ノインは少しだけためらってから、こちらを見た。
「とりあえず全部食べてください」
「? なんで?」
「魔物の話をするからです」
どういうこと?
*
夕飯を食べ終えるとそれぞれ風呂に行く。
後から入るノインは、風呂から上がった後に剣の手入れをする。
それが終わると、お茶を飲み終わったオルガを寝室に促す……のだが。
(なんか神妙な顔してる……)
「この国の魔物なんですけど」
「……うん」
思わず、ごくりと喉を鳴らしてしまう。
(魔物かぁ……やっぱり、熊みたいな感じ?)
二足歩行の。
「蟲です」
「…………?」
むし?
オルガはしばし考えて、首を傾げた。
(そういえば、ノインって『むしごろしのけん』とかってあだ名つけられてるんだっけ?)
すごい速度で剣を使うのだから、小さくぶんぶん飛ぶムシでも、なんとかなるの……かもしれない?
いや、どうだろう。
「ムシって」
「変質甲殻蟲と、呼ばれてます。この国の魔物はそれなので」
「へんしつ、こうかくちゅう」
なにそれ。
でっかい鳥とか、おおきな犬とか……そういうものではなく?
よくわからないのでノインに助けを求めるような視線を送ってしまった。
「でっかい虫のことです」
…………。
(でっかい……むし……)
想像の中では、拳サイズの昆虫をノインが剣で叩き斬るものしか浮かばない。
「すぐ終わるの?」
あんまり危ない感じじゃないな。
安心して尋ねると、ノインは「まあ」と頷く。
「朝方から向かうので、昼過ぎには戻りますね。順調なら」
「朝なんだ」
へえ。
「夜行性なので」
「? 夜行性?」
「湿気で活発化するので、この時期は応援要請がかなり来るんです」
「くる?」
「はい。魔物討伐騎士団から、応援要請が」
そういえば、そんなのあったような。
「傭兵や元は騎士だった者などが多く所属していて、規律はかなりゆるいです」
「そうなんだ」
色んなのがあるんだなあと呑気に感心してしまう。
「魔物は定期的に出没しますが、予測がつかないので討伐騎士団を常設してる感じですね」
「ふーん」
なんだろう。
(あんまり興味出ないな……。変なの)
ノインが無事ならそれでいいし。
「危なくないならそれでいいよ。ノインが怪我しないなら」
「……………………」
ノインが考え込んでしまう。
(え? な、なにその反応……)
「善処します」
ぜんしょ!?
そしてその理由は、ノインが魔物討伐要請を受けて出勤した日の……昼を完全に過ぎた時間帯にわかった。
***
「オ……は、いいとして、ルとガを書くのが難しい」
うーんと唸りながら本とにらめっこをしていると、小さな音がした。
「? 扉の音?」
時刻は昼過ぎの13時半。
まさか泥棒……?
(ど、どうしよう……)
硬直している場合ではないのに。
ぐっと思い切って両の拳を握り、小走りに台所に行くと鍋蓋と木べらを手にして身構える。
(あれ? 気のせいかな?)
足音をたてずにそろそろと玄関に向かい、ちらっと覗いた。
「っ!」
え?
「ノイン!?」
なにその格好!?
髪は濡れているし、外套は汚れている。よく見れば、外套の下の服は湿っているようだ。
「そこから動かないでください」
駆け寄ろうとしたら、いきなりそう言われてしまった。
「ど、どうしたの?」
「汚いので」
きたない?
もしかしてその、見慣れない外套のこと?
ノインは外套を脱いで、そのまま腕の中で丸める。
慌ててオルガは台所に戻って蓋と木べらを戻し、居間にある木箱から乾いた布を数枚取り出す。
抱えて玄関まで戻ると、濡れた前髪を掻き上げた不機嫌そうな瞳のノインと目が合った。
すぐに瞳から剣呑な色が消え、逸らされる。
「すみません」
「大丈夫」
怖いとか、全然思ってない。
微かになにかが鼻につく。
(変な臭いがする)
どこだろうと思わず視線を動かす。ノインの手の中にある外套を見て、あれだ、と自然と思った。
「すぐにお風呂を焚くから服を脱いでて。はいこれ。体に巻いてて。
あっ、ズボンも濡れてる! そっちも脱いでね! もー、なんで…………まさか、湖とかに落ちたの!?」
自分でもおかしなことを言っているとは、気づいていた。
こんな状態で家に戻るなんて、おかしい。
「そっちの外套、ちょうだ」
い、と言う前に背後に隠されてしまう。
「? ノイン?」
「汚いので」
でも。
「汚れてるなら洗わないといけないでしょ?」
もう一度手を伸ばすと、ノインがさらに一歩後退した。
彼の顎を伝って、雫が落ちる。
「俺が洗いますから」
触らないで、と小さく言われる。
よくわからないけど。
突然、オルガの胸の奥でなにかが弾けるように怒りがわいた。
「私が洗うって!」
「だっ、いけません!」
聞いたことのない制止の言葉だった。いつもなら、ダメという言葉を使うのに。
それがさらに頭にきた。
「なにがいけないの!?」
「魔物の血と体液がついてるんです! なにか影響があってからでは遅いんです!」
抑えた声で言われ、オルガは詰め寄った。
「さっきまでノインは着てたじゃない!」
「俺はいいんです」
なにが?
(いいわけないでしょ!)
「渡して!」
「すぐに洗いますから」
「ノイン!」
「汚いんです、本当に」
(この……!)
頑固者!
「ノインは触ったりキスしたり舐めたりするけど、私の脚だって汚いでしょ!」
「きっ、汚くないです! それとこれとは」
「一緒だよ!」
言い切る。
「渡して」
「………………」
「これからだって、こういうことあるんでしょ? 渡して」
ぐ、とノインが唇を引き結ぶ。
とてつもなく、嫌そうな顔。
(外套だけなわけない……髪も顔も、服も、汚れたってことじゃない!)
だから濡れてる。それでも。
(汚れが完全に落ちてるわけじゃない)
魔物と呼ばれるものを退治するのに、危なくないなんてことはない。
渋っていたノインが、そっと外套を渡してくる。
いつもの外套は濃い紺色だが、これは暗い灰褐色のものだ。
何度も使用しているのか、汚れが模様のように見えているのだとわかる。
「お風呂が用意できるのにちょっと時間がかかるから、全部脱いで座って待ってて!」
ほら、と促すと、のろのろと脱ぎ始めた。
*
薪を使って沸かすので、準備に当然時間はかかる。
ノインは白いリネンの下穿きだけの状態で体に布を巻きつけ、大人しく座っていた。
「ごはん食べてないよね? 食べれそう?」
どういう状況かわからないので尋ねるが、明らかに戸惑っているのがわかる。
そりゃあそうだ。
(いつもなら、魔物を退治して戻ってもこの家には誰もいないもんね……)
おそらく、癖だったのではと思う。
魔物討伐を終えてそのまま帰宅し、汚れと臭いを落とそうと風呂に直行する。
その流れのまま中途半端な状態で帰ってきて、しまったと思ったのだろう。
オルガが今、この家には、いる。
「……食べます」
ノインが脱いだ衣服は明らかに湿っている。水で大雑把に汚れを落として、絞っただけの状態だ。
外套は今日にでも洗濯をしておくべきだし、雨季は魔物討伐が多いと聞くからこの制服も洗って干しておいたほうがいいはず。
いつも洗濯物をまとめている袋に入れずにさっさと洗おうと、避けておく。
昼は一人なので竈の火は使わない。一人だけだから余り物の冷たい食事で済ませているのだが、今度から魔物討伐の日は二人分のあたたかい食事を用意するべきだ。
(……私に触りたがるのに)
近づかれるのすら、嫌がってる。
雨の時もそうだった。
(濡れるからって、私の手を避けた)
ムカッ。
避けられた時のことを思い出したが深呼吸をして心を落ち着かせ、お茶を淹れた杯をノインの目の前に置く。
「もうちょっとだけ待ってね」
「……気にしないでください」
いつものこと、と言いかけてやめたのがわかる。
「怪我はしてない?」
自分の椅子に腰掛けて尋ねると、視線だけ寄越してから、また逸らした。
「してません」
「ならいいけど。いつもこんな感じなの?」
「……まあ、はい」
「苦戦したの?」
「してません。いつもの通り、蹴散らしました」
「……やっつけたってこと?」
「…………」
ノインは逸らしていた視線を、オルガへと動かす。
「いいえ。変質甲殻蟲は、完全に退治はできません」
「え?」
「殲滅不可能の魔物なんです」
不可能?
どういうことかとうかがっていると、ノインは小さく息を吐いた。
「蟲にも種類がありますが、この国でよく見る魔物は単独行動の多いものになります。
……同じ地域に複数の個体が同時発生するので、群生しているように見えるものなんですけど」
「…………」
ゾッとする。
(ぐ、群生……?)
群れてるように見えるってこと?
「本来の群生蟲よりは数が少ないのでなんとかなりはしますが、どうしても鼬ごっこになります。
卵や巣を見つけられなければまた現れますから」
たまごに、巣!?
「そ、そっか。小さいから見つけるのが難しいってこと?」
「? 小さい?」
「えっ」
あれ!?
ノインはしばらく不思議そうにしていたが、小さく笑った。
「なるほど。きちんと伝わってなかったんですね」
「ん?」
「変質甲殻蟲は、通常サイズは牛や馬くらいはありますよ」
……はっ!?
あまりの衝撃に、オルガは大きく目を見開いて硬直した。
(う、牛? 馬? そんなのが、群れてる?)
ぞぞぞぞ、と背筋に悪寒が走る。
なぜ、食べ終わってからノインが話そうとしたのか理由がわかった。
(でっかい、むし……)
想像よりも、大きい。
「被害が出たら急行するので、いつも情報不足で……うまく卵や巣を見つけられればいいんですけど」
やたらと情報集めをする妙なこだわりをノインが見せる原因は、これ!?
「うまく連携しないと時間がかかりますし、逃がしてしまうので……今は防衛騎士団は同じメンバーしか呼ばれないのでなんとかなってます」
はぁ、と疲れたように息をつく。
(連携!? ノインが?)
てっきり単独で戦っているのかと。
「ひ、一人でもなんとかなるって思ってた……」
オルガは肩を落として、しゅんと身を縮こまらせる。
はは、と小さくノインが笑う。
「まさか。一人で戦ったら死にます」
(さらっと言ってる……!)
「や、やっぱりし、死人とか出る、の……?」
「出ますね。指示に従わない人は怪我をしますし、時々なにか勘違いしてる人がいるので、まぁ……蟲に殺されてます」
かんちがい???
(そういえば、近衛騎士団の人と戦った時、実戦で使えないとか、ムシに殺されるとか言ってた……)
相手が待ってくれるとは限らない。
あの言葉は、そういうことだろう。
「の、ノインは大丈夫?」
「はは。まあ、俺は慣れましたし。まぁ、それで全員の生存確率が上がるならいいです」
生存確率!?
物騒な単語が出てくる。
「強過ぎる個体はなかなか出てこないので、危険なことはないですよ」
そんな馬鹿な!
(怪しい……!)
じーっと見ていると、ノインがそろりと視線を逸らす。
「魔物討伐騎士団の仕事なので、俺はそれほど危険ではありません」
「そりゃあそっちが本業の人たちは……まって、ノインって、ムシゴロシのケンっていうあだ名なかった?」
びくっとノインの肩が小さく跳ねる。
「そ、それは」
「それは?」
「…………俺が、蟲の関節や継ぎ目をすぐ見つけて始末するから、です」
……それって、すごいことなのでは?
「ズバーって斬ったりしないの?」
「……? いえ、蟲の甲殻は硬いので、刃は通りにくいですし、打撃も効きづらい…………オルガ、顔が怖いです」
そんな危険な魔物と戦ってるとか、聞いてない。
(なんでノインばっかり……しっかりしてよ、魔物討伐の人たち!)
いや、落ち着け。
(そうだよ……連携しないといけないって言ってるんだから、なにも一人で戦ってるわけじゃないよね)
牛とかのサイズの虫がたくさん出てきたら、一人で戦えるわけない。
いや、でも。
(魔物討伐の人たちがしっかりしてくれたら、防衛騎士団に応援要請とかしなくていいと思うし、そしたらノインは危ない目に遭わないし!)
むかむかしてくる。
ノインが器用に戦うから、便利に使ってそう!
現に、疲れているのがわかる。
(すごい集中力とか使うんだろうし…………)
「さっきからなんで百面相してるんですか……?」
「あのね」
「はい?」
「体洗ってあげる」
提案にノインがギョっと目を見開き、それからゆるく首を横に振って距離をとろうとする。
「汚いです」
「だから洗うんでしょ? 髪とか洗ってあげるよ」
「汚れますから。臭うんですよ、魔物の体液は」
「もう臭ってるからべつに気にしないよ」
「う…………だから嫌なんですよ」
はぁ、とノインが小さくぼやく。
「早く綺麗にしてオルガに触りたいキスしたい……」
…………なんか聞こえた気がするけど、あえて聞こえなかったふりしよう。そうしよう。
*****
後日。
雨の降る中、ノインがハァ、と小さく息を吐いた。
朝の五時にいつものメンバーで集合するのが、常になっている。
よりにもよって雨が降っているので、魔物がかなり活性化していることは明らかだった。
とはいえ、現場に到着するのは夜明け直後なのだからまだ多少はマシなほうだ。
それぞれ別の隊から選ばれている防衛騎士団のメンバーではあるが、ほぼ固定状態になっていた。
いつもは無駄口など叩かずにそのまま現場に向かう……のだが。
明らかにノインが馬に乗るのを渋っていた。
おかしい。雨だろうが視界が悪かろうが、それこそ、夜に行くことになっても無表情でさっさと行動するのに。
「どうかしましたか?」
臨時のまとめ役のセルネの声に、ノインは虚ろに呟く。
「また汚れる……」
…………なにを当たり前のことを言っているのかと、全員が顔を見合わせた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




