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第十九話 決戦の廃都へ

翁が空間のループを粉砕し、一直線に伸びた祭壇への道を、一行は無言で歩いていた。

 空に浮かぶ地球の光が、翡翠色の草原と、点在する赤砂岩の塔を青白く照らし出している。

 ミツキたちの足取りは重かった。

 

 先ほど読んだヴィクラムの日記――そこに記されていた、娘たちの殺害と、アマラへの異常な執着。

 あまりにもおぞましい内容に、全員の心には「これがラーヴァナの罠であってほしい」という微かな願望が、まだこびりついていたのだ。

 

「……ねえ、翁」

 

 沈黙を破ったのは、前を歩くミツキだった。

 彼女は振り返らず、隣を静かに歩く黒衣の神へと問いかけた。

 

「ここがラーヴァナの精神世界なら、あの日記もアイツが私たちを惑わすために勝手に作った『幻』って可能性はないの?」

 

 その問いに、セレスティアがハッとして翁を見た。

 もし翁が「可能だ」と言えば、あの忌まわしい日記は偽物の可能性が残る。父親を信じることができる。

 だが、翁の答えは無情だった。

 

「……否、だな」

 

 翁は前を向いたまま、淡々と事実を告げた。

 

「現実世界(外)のサントーン・カーシャヘルでは今、あやつと天上神の天使たちによる大規模な戦争が起きている。奴はそちらの指揮と、この精神世界の維持だけで手一杯のはずだ」 


「……は?」

 

 ミツキが素っ頓狂な声を上げ、ピタリと足を止めた。

 ルーク、ライラ、エリシェヴァ、そしてセレスティアも、全員が信じられないものを見る目で翁を凝視した。

 

「せ、せ、戦争……!?」

 

「て、天使たちと魔王が戦ってるって……外で!? 今か!?」

 

 ルークが裏返った声で叫び、ライラが頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

「ええええっ!? ちょっと待ってください! 外ではそんな世界の危機みたいな大戦争が起きているのですか!?」

 

「私たちがこの『夢の中』で迷子になってる間に、外はそんなとんでもない事態になってたのね……」

 

 エリシェヴァが顔面を蒼白にして震える。

 神様クラスの存在同士の衝突。それが現実世界で起きているというスケールの大きさに、一行はめまいすら覚えていた。

 

「ああ。ましてや奴は今、アムリタの祝福の干渉も防がねばならん」

 

 翁は彼らの狼狽を気にも留めず、涼しい顔で話を続けた。

 

「……一介の小娘を絶望させるためだけに、他人の複雑な過去の記憶を捏造し、日記という物理的な書物にまで精密に偽造するような余裕など、今の奴には欠片もないだろう。」

 

 その宣告に、セレスティアの顔からサッと血の気が引いた。

 外で戦争が起きているほどのギリギリの状況で、自分一人のためにそんな手の込んだ罠を仕掛けるはずがない。

 つまり、日記が幻ではない。書かれていることは全て真実ということになる。


「で、でも……お父様は言っていました!」

 

 セレスティアが、すがるような声で叫んだ。

 

「ラーヴァナは女好きのとんでもない魔王で、お母様を拐って、毎日……りょ、陵辱していると! それに、私には日に日に悪魔に変わる呪いがかけられていて、カラート・シャムスで太陽が止まったのも、その呪いが原因だって……!」

 

 父親が語っていた「恐ろしい魔王」の姿。そしてそこから母を救い出して再開を果たす……彼女がここまで過酷な旅を続けてきた理由だった。

 

 だが、その言葉を聞いた瞬間、翁の歩みがピタリと止まった。

 金色の瞳に、明らかな「嫌悪」の色が浮かび上がる。

 

「……下劣な嘘だな。呆れて反吐が出る」

 

 翁は吐き捨てるように言い、セレスティアを冷ややかに見据えた。

 

「私が、奴の本質を誰よりも知っている。……何故なら、あの男は、かつて私の最も忠実な『使徒』だったからだ」

 

「……そうか…………って、はあっ!?」

 

 ルークが素っ頓狂な声を上げて目をひん剥いた。

 ミツキも、持っていた剣を落としそうになるほど驚愕している。

 

「し、使徒ぉ!? アイツ、翁の部下だったの!?」

 

「そ、そんな……。外で天使と魔王の大戦争が起きてるってだけでも信じられないのに……あの人が、元々神様の部下だったなんて……」

 

 ライラが顔面を蒼白にして、震える手で自身の口元を覆う。

 元奴隷として人間の醜さには耐性のある彼女でさえ、神と魔王の因縁というあまりにも次元の違う話に、完全に圧倒されていた。

 

「私たち……とんでもない事態の、ど真ん中にいるのね……」

 

 エリシェヴァもめまいを覚えたようにこめかみを押さえるが、翁は彼らの大混乱を気にも留めず、淡々と話を続けた。

 

「確かに、奴はかつて女性達を攫い、数多の国を滅ぼしたの大罪人だ。……だが、セレスティア。奴がなぜそこまでして、理をねじ曲げようとしているか分かるか?」

 

「え……」

 

「亡き妹への執着だ。奴の原動力は、冷たくなった妹を救えなかった悲しみと、自身を裏切った国々と神官達への恨み……そして私への怨嗟のみ。……己の悲願のためだけに魔王にまで堕ちたあの男が、女色に溺れるような俗物であるはずがない」

 

 翁の脳裏に、悲しげな瞳で「俺にとっては全てだったんだよ」と吠えたラーヴァナの姿がよぎる。

 

「他人の妻を拐って慰み者にするなど、あ奴が最も嫌悪する低俗な振る舞いだ。そしてお主の身体にあるのは奴と同じ魔王の因子であり、悪魔化する呪いなど最初から存在しない」

 

 神の口から語られる、冷酷なまでの真実。

 カラート・シャムスの暴走も、ただセレスティアの持つ『無敵』の権能がウリエルを過剰に刺激しただけのこと。

 呪いなどない。魔王の陵辱もない。

 

「じゃあ……私が、悪魔になる呪いなんて……」

 

「全て、お主を『可哀想な被害者』として恐怖で縛り付け、己に依存させるために、そのヴィクラムが吐いた真っ赤な嘘だ」

 

 翁の言葉が、最後の一撃となった。

 自分の妄執と加害性をすべてラーヴァナになすりつけ、娘を騙して利用していただけ。ヴィクラムが語る「優しい言葉」も「恐ろしい魔王」も、最初から存在しなかったのだ。

 

「呪いじゃ、ない……?ちょっと待て」

 

 ルークが眉をひそめて、会話に口を挟んだ。

 

「呪いじゃないなら、なんでセレスティアの身体に『魔王の因子』なんてものが入ってるんだ? ただの人間がその様な物を、生まれつき持っている訳がない」

 その鋭い疑問に、ミツキやライラもハッと顔を見合わせる。

 確かにそうだ。呪いでないなら、誰かが意図的にセレスティアの身体に魔王の力を組み込んだことになる。

 

「……推測はつくが、今ここで私が語るべきことではないな」

 

 翁は静かに首を振り、祭壇の奥へと視線を向けた。

 

「いずれにせよ、人間の器が魔王の魔力に適合するなど、本来ならあり得ないことだ。過去に誰かが高度な禁忌に手を染め、その娘の肉体を意図的に『造り変えた』のは間違いない」

 

「造り変えた……じゃあ、それも」

 

「ああ。どうやって魔王の因子を組み込んだのか、そして誰がそれを成したのか……。その答え合わせは、この空間の奥で待つ男か、あるいはもう一人の当事者がしてくれるだろう」

 

 神の口から語られる、冷酷なまでの真実。

 ヴィクラムは自分の妄執と加害性をすべてラーヴァナになすりつけ、娘の身体が造り変えられた理由すらも「呪い」と騙して利用していただけ。

 

「……っ」

 

 セレスティアが、ギュッと唇を噛み締め、俯いた。

 ルークが心配そうに彼女の肩を抱こうとするが、セレスティアはそれを手で制し、深く、長く息を吐き出した。


「……ありがとうございます、翁様」

 

 セレスティアが顔を上げる。

 その瞳に、もう迷いはなかった。涙はとうに枯れ果て、代わりに宿っていたのは、己の運命と父親の罪に決着をつけるという、静かで冷たい「覚悟」だった。

 

「これで……迷わずに済みます」

 

「セレスティアさん……」

 

 ミツキが剣の柄を握り直す。

 ライラも、エリシェヴァも、全員の目が同じ色に変わっていた。


 ――――――


 こうして一行はついにサントーン・カーシャヘルの中心――巨大な神殿の最奥へと再び足を踏み入れた。

 周囲には巨大な赤砂岩の柱が天を突くようにそびえ立ち、空中に浮かぶ幾何学模様の魔法陣が、脈打つように淡い光を放っている。間違いなく、ここが精神世界のシステムの中枢だ。

 

 そして、その祭壇の奥。

 制御盤のような石碑に触れていた一人の男が、ミツキたちの足音に気づいてゆっくりと振り返った。

 

「ああ……!」

 

 男――ヴィクラムは、一行の中にセレスティアの姿を認めるなり、パッと顔を輝かせた。

 

「セレスティア! 無事だったのか……!」

 

 彼は心底安堵したように息を吐き、両手を広げて小走りで駆け寄ってきた。

 その表情には、狂気も悪意も微塵も感じられない。過酷な旅路で迷子になった愛娘をようやく見つけ出した、心優しく、愛情深い父親そのものの顔だった。

 

「ラーヴァナに引き離された時はどうなることかと思ったが……怪我はないかい? さあ、こっちへおいで」

 

 ヴィクラムが温かな声で呼びかける。

 だが、ルークは剣の柄に手をかけたまま油断なく立ち止まり、ミツキもまた、鋭い視線を向けたまま一歩も動かなかった。

 

 張り詰めた空気の中、セレスティアだけが、静かに一歩だけ前に出た。

 

「……セレスティア?」

 

 ヴィクラムが、不思議そうに小首を傾げる。

 セレスティアは顔面を蒼白にしながら、震える手でポーチを探り、一冊の古い革装丁のノートを取り出した。

 

「お父様。……この日記、私たちが屋敷の隠し部屋から見つけたものです。中に、お母様や……お姉様たちのことが、書かれていました」

 

「…………」

 

「私には呪いなんてかけられていなかった。お母様も、陵辱なんてされていなかった。……全部、貴方の嘘だったんですね」

 

 セレスティアの声は、かつてないほど冷たく、静かだった。

 ヴィクラムは、セレスティアの持つ日記を見て、ひどく悲痛な顔に表情を歪めた。

 

「ああ、セレスティア……可哀想に。あの魔王に、そんな悪辣な幻を見せられていたのか」

 

 ヴィクラムは痛ましげに首を横に振り、優しく、甘い声で娘に語りかけた。

 

「よく聞きなさい。ここはラーヴァナの精神世界だ。奴は言葉も、記憶も、君の手にあるそのノートの質感すらも、本物そっくりに偽造することができる。……私と君の絆を引き裂くために、奴が仕掛けた卑劣な罠だよ」

 

「……」

 

「さあ、そんな汚らわしい偽物は捨てて、お父さんのところへおいで。一緒に、お母さんを助けに行くんだろう?」

 

 ヴィクラムが、慈愛に満ちた笑みを浮かべて両手を広げる。

 その完璧な「父親」の演技。だが、翁の言葉で真実を知った一行には、もはやそれは吐き気を催すほどの三文芝居でしかなかった。

 

「……白々しい嘘はやめろ、ヴィクラム」

 

 ルークが、地の底から響くような声で睨みつけた。

 

「この日記がラーヴァナの偽造なら、どうして現実世界の汚職神官への密書の控えまで挟まっている? それに……」

 

 ミツキの隣で、ライラがヴィクラムをキッと睨みつけた。

 

「あんたが川に沈めたっていう『金髪の女の子』。……私、この遺跡の途中で、その子の幽霊に会ったよ。悲しそうに、パパに殺されたって泣いてた! あれも幻だって言うの!?」

 

「あぁ、この呪われた空間に漂う瘴気が生み出した幻影だろうね。あるいは、君たち自身の心の弱さが見せた悪夢か……」

 

 証拠を突きつけられても、ヴィクラムの表情には一切の動揺がない。

 まるで「物分かりの悪い子供を諭す親」のような、絶対的な余裕と慈愛の仮面をピタリと貼り付けたまま、彼は再びセレスティアへと手を差し伸べた。

 

「可哀想に、長旅で皆疲労し、幻覚を見ているんだ。さあセレスティア、こちらへ。私がお前を守ってあげるから」

 

「……お父様」

 

 セレスティアは、震える声で呟いた。

 彼女は差し出されたヴィクラムの手を見つめ……やがて、自分の両手をぎゅっと胸の前で握りしめた。

 

「私、さっきこの日記を読んだ時……全身が、炎に焼かれるように熱くなったんです」

 

「……セレスティア?」

 

「記憶にはないはずの激痛でした。でも、身体の奥底が……私の本能が、あの熱さを覚えていたんです」

 

 セレスティアが顔を上げる。

 その瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちた。

 

「思い出したんです。三歳の時……私を、あの熱い暖炉の炎の中へ突き飛ばした『手のひらの感触』を。……あの時私を殺そうとしたのは、他でもない、お父様だったんですね」

 

 ラーヴァナの幻覚などではない。

 他者の言葉でも、偽造できる日記でもなく、彼女自身の肉体が刻み込んでいた「殺意の記憶」。


 それを突きつけられた瞬間――ヴィクラムの広げていた手が、ピタリと空中で止まった。

 数秒の、重苦しい沈黙。

 ヴィクラムは、泣きながら自分を拒絶する娘の顔を、じっと見つめていた。

 やがて、彼の口元から、ふっと微かな吐息が漏れた。

 

「……チッ」

 

 それは、さきほどまでの温厚な父親からは想像もつかないほど、短く、苛立ちに満ちた舌打ちだった。

 

「せっかく魔王のせいにして、綺麗な思い出のまま終わらせてやろうと思ったものを。……面倒なところで脳の欠陥が繋がってしまったようだね」

 

 ヴィクラムの声のトーンが、一段階低くなる。

 温かな響きは完全に消え失せ、底冷えのするような、無機質で粘着質な響きに変わっていた。

 

「自分の娘たちを『失敗作』扱いして殺して……奥さんを人形みたいに閉じ込めておいて、何が愛だ! あんた、それでも人間なの!?」

 

 ミツキが剣を構えながら叫ぶと、ヴィクラムは心外だと言わんばかりにため息をついた。

 

「ああ、人間だよ。自分の輝かしい血の跡継ぎを求め、完璧な家族を愛した、ただの人間さ」

 

 そして、一切の感情を排した冷たい目で、セレスティアを見下ろした。

 

「女な上に病弱なガラクタなど、私の跡継ぎになれるはずがないだろう? 出来損ないなど不要なノイズでしかない。だから処分したんだよ。……だが皮肉なものだ。暖炉で処分したはずの十三人目のガラクタ(お前)が、あの魔王の因子のせいで、このシステムの扉を開く『鍵』として私の前に戻ってきたのだから」

 

 娘としての愛など、最初から一欠片もなかった。

 まるで、拾い上げた便利な石ころの使い道を語るかのような酷薄な響きに、一行は肌が粟立つような悪寒を感じていた。

 

「さあ、茶番は終わりだ。そこへ直りなさい、セレスティア。私が渡した『梵天の牙(短剣)』を出し、あの奥で玉座に座る魔王の息の根を止めに行くんだ」

 

 ――だが、その広場の最後尾。

 腕を組み、静かに成り行きを見守っている翁だけは、微動だにしていなかった。

 

「……呆れた俗物だ。愛を騙りながら、己の欲のために魂の巡りすらも停滞させようとはな」

 

 静かな、だがその場にいる全員の魂を震わせるような声が響いた。

 広場の最後尾で腕を組んでいた翁が、ゆっくりと前に歩み出たのだ。

 

「ん?君は……見ない顔だね。あの魔王の使い魔か?」

 

 ヴィクラムは訝しげに目を細めたが、翁は彼を一瞥すらせず、淡々と告げた。


 「貴様が求めている『アムリタの祝福』。あれが単なる不老不死の恩恵だとでも思っているのか?」

 

「……何?」

 

「あれは『変化』という生命の営みを強制的に止めるもの。不老不死を得る対価として人間性を完全に喪失し、誕生し成長し変化する存在――すなわち『女』や『子供』を、許しがたい『穢れ』としか認識できなくなる。生命そのものに対する『呪い』だ」

 

 その言葉に、ミツキたちがハッと息を呑む。

 彼が異常なまでに男児に執着し、成長する娘たちを「ガラクタ」と見なして次々と殺害してきた理由。そのシステムの呪いを被れば、彼は本当に取り返しのつかない怪物になってしまう。

 

「これ以上進めば、貴様は愛も何もない、永遠に狂ったままの屍に等しい存在となるぞ。……やめておけ。これが、元「天上神」としての最後の警告だ」

 

 翁の金色の瞳が、冷ややかにヴィクラムを射抜く。

 だが、その恐るべき事実と元「神」からの宣告を聞かされてなお――ヴィクラムは、ぽかんと小首を傾げた。

 

「……呪い? 狂う? 何を言い出すかと思えば」

 

 彼は心底滑稽なジョークでも聞いたかのように、喉の奥からクククと嘲笑を漏らした。

 

「女子供が跡継ぎにもなれない穢れたガラクタであることなど、祝福を受けるまでもなく当然の真理だろう? ……私の理想とする『永遠』に、何の支障もないじゃないか」

 

 その言葉に、ルークやライラの背筋を悪寒が駆け抜けた。

 この男は、システムに干渉したから狂ったのではない。最初から狂っているからこそ、生命を停滞させるその呪われたシステムに、ピースのように完璧に合致してしまったのだ。

 

「それに……天上神、だと?」

 

 ヴィクラムは嘲笑を収め、翁の顔をまじまじと見つめた。

 

「ああ、どこかで見覚えがあると思えば……思い出したよ。カシムら汚職神官から手に入れた、教会の最深部に眠る禁書に、お前とよく似た男の姿が記されていた」

 

「……」

 

「天上神でありながら、己の同胞を八割も虐殺したという、おぞましい裏切り者。……最も『穢れた』神じゃないか。そんなガラクタの分際で、この私に説教をするつもりかね?」

 

 ヴィクラムの言葉に、ミツキ達全員が息を呑んで翁を見る。

 

 同胞の天上神を、八割も虐殺した……?

 

 翁は何も答えず、ただ静かに金色の瞳を伏せただけだった。肯定も否定もしないその態度が、逆にその事実の重さを物語っている。

 

 ヴィクラムの口元が、醜悪に歪む。

 彼にとって、神であろうと何であろうと、自分の「永遠の理想」にそぐわない過去の遺物は、等しく見下すべきガラクタでしかなかった。

 

「黙れ、狂神。私は完全な永遠に至り、愛するアマラと共に完璧な世界を創るのだ。……さあ、来なさいセレスティア。その忌まわしい神の戯言など聞く必要はない」

 

 ヴィクラムは再び娘へと向き直り、命令を下した。

 ――しかし。

 

「……行きません」

 

 静かな、けれどはっきりとした拒絶の声が響いた。

 セレスティアだった。

 彼女は日記を地面に落とし、かつては世界の全てだった「所有者」を、強い怒りを持って見据えていた。

 

「私は、貴方の道具じゃありません。……お母様を閉じ込め、お姉様たちを殺した貴方を、私は絶対に許さない……!」


「……いいだろう。どうやら、言葉での教育は無意味だったようだ」

 

 ヴィクラムの瞳から、最後の一欠片の光が消えた。

 彼は祭壇の石碑に深く指を食い込ませ、呪文を唱えるかのような低く冷徹な声で告げる。

 

「セレスティア。お前が『意志』などという不要なガラクタを持て余すのは、自分の立ち位置を忘れてしまったからだ。……ならば、思い出させてやろう。お前がなぜ、私の人生において『失敗作』でしかなかったのかを」

 

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