第四話 崩壊する世界
※今後は更新日を【週3回】に固定します。
次回更新は【火曜日】を予定しています。
「――起動。殲滅プロトコル」
ラーヴァナが小さく呟き、指先を弾いた。
その瞬間、虚空に展開された幾何学模様の魔法陣が、赤熱した電子回路のように輝いた。
ズドォォォォォンッ!!
魔法陣から放たれたのは、炎の魔弾ではない。
一直線に空間を焦がす、超高熱の収束レーザーだった。
「くっ……! させるか!」
ルークが瞬時に前に出て、無言で魔力障壁を展開する。
だが、赤い光線が直撃した瞬間、障壁はガラスのように粉々に砕け散った。
「ぐあぁっ!?」
衝撃波でルークの体が吹き飛ばされ、石柱に叩きつけられる。
「ルーク!」
ミツキが叫ぶ。
「ハハハ! どうした騎士様! 剣と盾で戦う時代は終わったんだよ!」
ラーヴァナは玉座の階段に立ったまま、余裕の笑みを浮かべていた。
その背後に、異様な光景が出現する。
ブゥゥン……。
彼の背後の空間が歪み、二十個もの浮遊する機械端末が現れたのだ。
それらはまるで「見えざる腕」のようにラーヴァナの周囲を旋回し、その一つ一つが殺意を込めた砲口をミツキたちに向けている。
さらに、彼を取り囲む十枚のホログラムモニターが、それぞれ異なる戦況分析データを高速で表示し始めた。
『死角なし』『魔力係数低下』『恐怖心増大』『予測命中率99.9%』
十の頭脳で戦況を支配し、二十の腕で敵を蹂躙する。
それはまさしく、神話に語られるラーヴァナの姿そのものだった。
「行け、チャンドラ=ハーズ(月光の剣)」
ラーヴァナが指を振るう。
浮遊端末から青白いレーザーブレードが形成され、雨あられと降り注ぐ。
「きゃあああっ!」
ライラとセレスティアが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「くっ……!」
エリシェヴァが両手を突き出す。
床から巨大な植物の蔦が隆起し、緑のドームを作って二人を守ろうとする。
「無駄だ」
ラーヴァナは冷徹に告げた。
「解析完了。構成物質の燃焼点を特定」
ジュッ!!
青いレーザーが蔦に触れた瞬間、植物は燃え上がるどころか、一瞬で灰になって崩れ落ちた。ただの熱ではない。
分子結合を直接分解するような攻撃だ。
「なっ……私の魔法が、一瞬で!?」
エリシェヴァが驚愕に目を見開く暇もなく、目に見えない衝撃波が彼女とライラを襲った。
「がはっ……!」
二人は見えない巨人の拳で殴られたように吹き飛ぶ。
「みんな!」
ミツキが剣を抜き、ラーヴァナへと走る。
正面からの突破は無理だ。だが、懐に入れば……!
「遅い」
ラーヴァナはモニターから目を離さず、邪魔な羽虫を追い払うように手を振った。
ズシィンッ!!
突然、ミツキの体に数百キロの鉛を背負わされたような重圧がかかった。
重力干渉。
「ぐっ……うぅ……!」
ミツキはその場に膝をつく。床の大理石が、ミツキの重みで蜘蛛の巣状にひび割れていく。
「へぇ、潰れねぇか。根性あるじゃねぇか」
ラーヴァナが嘲笑いながら近づいてくる。
浮遊するビットたちが、動けないミツキを取り囲み、一斉にエネルギー充填を開始する。
(だめだ……勝てない……!)
魔法も、剣技も、物理法則すらも捻じ曲げる科学の力。
このままでは全滅する。
(使うしか……ない!)
ミツキは歯を食いしばり、重力に抗って右手を上げた。
「……止まれぇぇぇッ!!」
パチンッ!!
乾いた音が響き渡る。
キィィィン……。
世界から色が消え、音が消える。
ラーヴァナの嘲笑も、充填されるエネルギーの光も、宙を舞う埃さえも、すべてが灰色の静寂の中に凍りついた。
「はぁっ、はぁっ……!」
時間停止。ミツキの切り札。
重力プレスの効果も消え、ミツキは自由を取り戻した。
(今のうちに……ラーヴァナを無力化して……!)
ミツキは剣を構え、凍りついたラーヴァナの喉元へと切っ先を突きつける――
「――おいおい」
ゾクリ。
あり得ない声が、ミツキの鼓膜を震わせた。
「誰の許可を得て、俺の時間を止めてんだ?」
「え……?」
ミツキが顔を上げる。
灰色の世界の中で、ラーヴァナの黄金の瞳だけが、ギロリと動いてミツキを見下ろしていた。
「う、嘘……動いて……!?」
「ここは俺の世界だぞ?
お前の権能が『時間停止』なら……俺の頭脳(CPU)は、その停止した時間の中で思考できる『超高速演算』だ」
ラーヴァナが、止まったはずの時間の中で、ゆっくりと手を伸ばす。
「処理落ちしてんのは、テメェの方だ」
ドゴォォォンッ!!
時間停止など無意味とばかりに、至近距離から衝撃波が叩き込まれた。
「がはぁっ!?」
ミツキの体が紙切れのように吹き飛び、玉座の間の柱に激突する。
パリーン……。
時間停止が強制解除され、世界に色が戻る。
「ミツキさん!?」
ライラの絶叫。
ミツキは床に伏し、激痛に呻くことしかできない。
切り札すら破られた。その事実は、一行の心を折るには十分すぎた。
「チェックメイトだ」
ラーヴァナが、倒れたミツキとセレスティアに向けて、二十個の砲門をロックオンする。
「さあ、大人しく従え。これ以上痛い目は――」
その時だった。
ズズズズズズッ……!!
先ほどの比ではない、強烈な激震が宮殿全体を襲った。
「なっ!?」
ミツキが顔を上げる。
動揺したのは彼女たちだけではない。ラーヴァナもまた、驚いたように天井を見上げた。
ザザッ……ピガガガガッ!!
美しかった宮殿の映像にノイズが走り、一瞬だけ、背景が「何もない砂漠」や「燃え盛る空」に次々と切り替わる。
空間そのものに亀裂が走り、そこから現実世界の爆音が漏れ聞こえてくる。
「チッ……! あっちも始まったか」
ラーヴァナが不快そうに舌打ちをした。
「どうなってるの……!?」
セレスティアが柱にしがみつく。
ただの地震ではない。世界そのものがひび割れるような、根源的な崩壊の予兆。
ドォォォォン!!
遠くで何かが爆発するような音が響き、宮殿の壁がガラガラと崩れ落ちる。
「しつけぇ野郎だ。天使どもまで引き連れてきやがって……!」
ラーヴァナは、虚空の向こうにある『何か』を睨みつけた。
まるで、ここではないどこかで起きている、厄介な干渉を感じ取ったかのように。
「……おい、遊びは終わりだ」
ラーヴァナは展開していた浮遊兵器を消滅させ、冷めきった目でミツキたちを見下ろした。
「こっちの回線を維持してる余裕がなくなった。
……テメェらの相手は、この世界の『崩壊』に任せる」
「えっ……?」
「あばよ。運が良ければ、また地獄で会おうぜ」
言い捨てると同時、ラーヴァナの姿がノイズとなって掻き消えた。
強制ログアウト。
この世界の主が消えたことで、宮殿は形を保てなくなる。
バキィィィィン!!
凄まじい破砕音と共に、ミツキたちの足元の床が、粉々に砕け散った。
「きゃあああああっ!?」
「うわああああっ!!」
支えを失った一行は、真っ逆さまに落下していく。
下に見えるのは地面ではない。
0と1の数字が明滅する、底なしのデータの深淵だ。
「ミツキ!!」
ルークが手を伸ばす。
「ルーク! みんな!!」
ミツキも必死に手を伸ばすが、崩落した瓦礫とノイズの嵐に阻まれ、指先が触れ合うことすら叶わない。
「セレスティアさんーっ!!」
ライラの悲鳴が遠ざかる。
エリシェヴァの魔法の光も、闇の中に飲み込まれていく。
世界の崩壊。
その奔流に飲み込まれ、ミツキたちの意識はバラバラに引き裂かれていった。
――――
視界が暗転する直前。
ミツキの目に映ったのは、崩れゆく赤の宮殿と、その向こうに見えた、悲しいほどに青い地球の映像だった。




