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エピローグ 深夜の独白

これで取り敢えず4章は完結になります。

次は5章序章になりますが少し長めになる予定です!


カラート・シャムスに、ようやく次の「夜」が訪れた。

 復興の宴を終え、疲れ切った人々は泥のように眠りについている。

 街外れの遺跡、その地下に設けられた仮眠室もまた、安らかな寝息に満たされていた。

 その寝顔を、一人の男が見下ろしていた。

 

 ヴィクラムである。

 

 彼は音もなく立ち上がると、娘であるセレスティアの肩に掛かった毛布を丁寧に直し、その金色の髪を愛おしげに撫でた。

 その横顔は、娘の無事を神に感謝する、慈愛に満ちた父親そのものだった。

 

 ――誰かが、見ていればの話だが。

 

 ヴィクラムはふっと口元を緩めると、足音を消して部屋を出た。

 崩れかけた石階段を登り、地上へ出る。

 冷たい夜風が頬を撫でる。頭上には、ようやく運行を再開した満月が、冷ややかな銀の光を地上に注いでいた。

 

「……ふぅ」

 

 ヴィクラムは大きく息を吐き出すと、背筋を伸ばした。

 そして、まるで重たい衣装を脱ぎ捨てるように、その顔から「悲劇の父親」という表情マスクを剥ぎ取った。

 後に残ったのは、爬虫類のように冷たく、そして底知れぬ殺意を宿した目だった。

 

「……やれやれ。ごっこ遊びも骨が折れる」

 

 彼は懐から小さな手帳を取り出すと、月明かりの下でパラパラとめくった。

 そこには、娘の成長記録などではなく、緻密な計算式と魔法陣の解析図、そして「処分計画」の修正案がびっしりと書き込まれていた。

 

「観察記録、第412項。……対象『セレスティア』。能力の覚醒を確認」

 

 ヴィクラムは、地下で眠る娘の方角を見下ろし、冷酷に吐き捨てた。

 

「……あの時、大人しく灰になっていればよかったものを」

 

 彼の脳裏に蘇るのは、十年以上も前の記憶。

 

 貴族の家系に生まれながら、家を継げぬ「失敗作」として生まれた娘。

 

 それを事故に見せかけて殺そうとし――妻アマラに阻まれ、失敗したあの日の屈辱。

 

「だが、怪我の功名とはこのことか。……まさか、失敗作ゴミの中に、これほどの『力』が眠っていたとはな」

 

 ヴィクラムは、自身の右腕をさする。かつて妻に負わされた火傷の痕が、疼くような気がした。

 

「アマラ……。お前が命懸けで守った娘は、順調に育っているぞ。……私の手の中でな」

 

 彼の瞳には、娘への愛情など微塵もない。あるのは、一度殺し損ねた獲物を、今度こそ確実に仕留めるための、冷徹な計算だけだった。

 

「……次は、サントーン・カーシャヘルか」

 

 その名を口にした瞬間、ヴィクラムの口元が三日月のように裂けた。

 

「あそこは、かつてラーヴァナが愛し、その技術のすいを集めた『研究都市』の成れの果てだ」

 

 ヴィクラムは手帳のページをめくる。そこには、古びた石碑の拓本や、解読された古代文字がびっしりと記されていた。

 

「私は調べ尽くしたのだよ。古の文献、禁書、石碑に至るまで……『文明の魔王』と呼ばれた男の全てを」

 

 彼の瞳に、狂気的な知性の光が宿る。

 

「奴はただ暴れるだけの獣ではない。天上のことわりすら解析し、模倣し、独自の体系を築き上げた稀代の天才だ。……その奴が遺した『最高傑作』である『無敵』の権能が、まさか私の娘の中に隠されているとはな」

 

 彼は夜空に向かって手を伸ばし、何かを握り潰すように拳を固めた。

 

「あそこなら誰にも邪魔されない。……私の『研究』を完成させるには、最高の舞台だ」

 

「セレスティア。お前は私の人生の汚点だ。だが……その命を『鍵』として使えば、私は神の領域へと至れる」

 

 ヴィクラムは、誰にも聞かれないように、けれど世界に宣言するかのように、低く囁いた。

 

「安心しろ。今度こそ、苦しまずに殺してやる。……お前の死が、私に大いなる祝福をもたらすのだから、父親としてこれほど誇らしいことはない」

 

 風が吹き抜け、ヴィクラムの髪を揺らす。

 その影は月光の下で長く伸び、まるで死神の鎌のように揺らめいていた。

 

 ザッ。

 

 背後で、微かな足音がした。

 ヴィクラムは瞬時に表情を消し、振り返る。

 そこには、眠れずに夜風に当たりに来たらしいライラが立っていた。

 

「あ……ヴィクラムさん?」

 

 ライラは目をこすりながら、不思議そうに首を傾げた。

 

「こんなところで、何を……?」

 

 その問いかけに対し、ヴィクラムの顔には、瞬時に「良き父親」の仮面が張り付いた。

 目尻を下げ、穏やかに、優しく微笑む。

 

「やあ、ライラ君。……いや、少し目が覚めてしまってね。娘の寝顔を見ていたら、これまでの苦労が報われたような気がして……神に感謝を捧げていたところだよ」

 

「そうだったんですね……。ヴィクラムさんは、本当にセレスティアさん想いなんですね」

 

 ライラは疑うことなく、感心したように微笑んだ。

 彼女には見えない。ヴィクラムの背後に広がる、濃密な殺意の気配が。

 

「さあ、夜風は体に毒だ。戻ろうか。……明日は早い」

 

「はい!」

 

 ヴィクラムはライラの背中を優しく押し、地下への階段へと促した。

 その背中を見送りながら、彼はもう一度だけ、東の空を振り返った。

 

(楽しみにしていろ、セレスティア。そして……アマラ)

 

 彼の心の中で、どす黒い愉悦が渦を巻く。

 

(お前たちが隠した『秘密』を暴き、その命を使い潰して……私がこの世界の『祝福』を手に入れる。その時こそが、本当の夜明けだ)

 

 崩壊した街に、朝日が昇る数時間前。

 真の黒幕は、誰にも知られることなく、静かに牙を研いでいた。

 少女たちの旅は続く。

 希望に満ちた朝の向こう側に、最も信頼していた者による裏切りと、罠が待っているとも知らずに。

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