第十四話 教皇との戦い
「……あなたが、アダムス…!」
ミツキは、目の前の男が「諸悪の根源」であることを直感し、剣を握る手に力を込めた。
その身から放たれる圧倒的な威圧感に、肌が粟立つのを感じる。
(この男…! なぜ、ここが!?)
ロクサーナも、ラマシュトゥを完璧に誘導したはずの策が破られたことに、戦慄を隠せない。
アダムスは、そのミツキたちの動揺を正確に読み取り、退屈そうに短く吐き捨てた。
「――浅はかだな」
その声は低く、冷たく、よく通った。
「『魔王を囮に使い、地下水路を通って逃げる』。
策としては悪くない。だが、思考が透けて見える」
「なっ…!? なぜ、それを」
ロクサーナが叫ぶ。
「なぜ、だと?」
アダムスは、心底不思議そうに首を傾げた。
「私がこの街に到着した瞬間、街全域に神力の索敵結界を展開した。
貴様らが廃墟でコソコソと策を練っていたことも、偽の呪いで魔王を誘導したことも、今、その汚れた水路を通って這い出てきたことも――全て、最初から把握している」
「「「……!」」」
ミツキたちの顔から血の気が引いた。
作戦は最初から成功していなかった。
ラマシュトゥも、ミツキたちも、全員がアダムスの手のひらの上で踊らされていただけだったのだ。
「自ら袋の鼠になりに来るとは。探す手間が省けたというものだ」
「くっ…!」
ルークが剣を抜き、セレスティアが子供たちを庇うように前に出る。
アダムスの視線が、一行を順に舐めるように確認していく。
「天使殺しの異端者、セレスティア」
「翁の遣わした、忌々しき巫女」
「悪魔に魂を売り、疫病を撒いた薬師」
そして、アダムスの視線がヴィクラムで止まった。
「そして、そこにいるのは…カシムの報告にあった男か。
貴様については調べがついている。
汚職に加担し、金欲しさに異端の手引きまでするとはな。
貴様のような俗物が、神聖なる浄化の場にいるだけで不愉快だ」
「……っ!」
ヴィクラムの顔から、さあっと血の気が引いた。
アダムスの冷徹な視線。
それは、彼の全てを見透かすかのような絶対的な圧力を伴っていた。
彼は言葉を失い、ただ全身を震わせて立ち尽くすことしかできない。
その時、アダムスの碧眼はミツキたち「魔女」ではなく、その足元に縋り付いている「病人たち」と、子供を守ろうと盾になっている「親たち」に向けられた。
(魔女の契約者には見えん。ただの病人と、その家族か)
アダムスは一瞬で状況を看破した。
神殿で安穏としている神官長カシムの顔が脳裏をよぎる。
(あの俗物め。金欲しさか汚職の隠蔽かは知らんが、魔女の兆候もない民衆を手当たり次第に『穢れ』と認定し、巻き込んだな)
アダムスにとって、魔女狩りは神聖な儀式である。
無関係な人間を雑に巻き込むことは、その儀式の美学と正当性を損なう、許しがたい「ノイズ」だった。
(あの愚か者のせいで、『浄化』の秩序が乱れた。後で処分が必要だな)
アダムスは内心で冷ややかにカシムを切り捨てると、表情一つ変えずに神官兵たちへ新たな命令を下そうとした――その時だった。
「――止まって」
キィン、という耳鳴りと共に、世界から色が消えた。
押し寄せる神官兵の怒号も、親たちの悲鳴も、吹き抜ける風さえも、全てが凍りついた静寂の箱庭へと変わる。
「はぁっ、はぁっ…!」
ミツキが息を弾ませる。
「ライラ!」
ミツキは、凍りついたライラの手を掴んだ。
権能の力が伝わり、ライラの「時」が動き出す。
「え…? ミツキさん…? みんな、止まって…」
ライラが、凍りついた世界を見て目を丸くする。
「時間がないの! 子供たちと親御さんたちを、今すぐここから逃がすよ!」
ミツキは焦るように叫んだ。
「ライラ、手伝って! みんなに触れて! あたしの力を繋げる!」
「わ、分かりました!」
二人は凍りついた戦場を駆け回った。
ミツキとライラが、怯えてうずくまっていた子供、恐怖に硬直する親達、その一人一人に触れていく。
「立って!」
「こっち!」
「早く!」
ミツキの「権能」に触れた人々が、次々と灰色の世界の中で動き出した。
「ライラ!」
ミツキは、動けるようになった避難民の集団の先頭にライラを立たせた。
「みんなを連れて、今すぐここから逃げて! できるだけ遠くへ行って!」
「え…でも、ミツキさんたちは!?」
「いいから! あたしたちがここで時間を稼ぐ!
あなたは子供たちを守って! 早く!!」
「……!」
ライラは一瞬ためらったが、ミツキの覚悟を悟ると、涙をこらえて子供たちの手を引き、凍りついた世界の闇の中へと走り出した。
(よし。これで、ひとまず子供たちは…!)
ミツキは、ライラたちが見えなくなるまで見届けると、荒い息を整え、戦場の中央――ルークやセレスティアたちの元へと戻った。
彼女は剣を構え直し、石壁の上に立つアダムスを睨み据える。
「……解除」
指を鳴らすと同時に、世界に色が戻った。
「……え?」
「な、何だ!」
「? 子供たちとあの小娘が…消えた!?」
目の前にいたはずの子供たちが忽然と消え失せ、神官兵たちが空を掴んでバランスを崩す。
戦場は一瞬にして混乱に包まれた。
作戦は成功したのだ。
「――『時の停止』か」
その、あまりにも冷静な声が、混乱する神官兵たちのざわめきを切り裂いた。
ミツキがはっと顔を上げると、アダムスが、まるで最初からすべてを知っていたかのように、ミツキを冷ややかに見下ろしていた。
「……っ! どうしてそれを!」
ミツキは驚きの声を上げる。
(結界が揺らいだ。やはりあの巫女が時の理を…)
――アダムスは、ミツキがその権能を使った瞬間から、彼が張った『神絶の結界』の中でその一部始終を(ミツキに気づかれずに)観察していたのだ。
(どちらにせよ索敵範囲内だ。子供たちの群れは、後で捕縛すればよい。
それよりも、目の前の魔女を仕留め損なうことの方が、秩序を乱す)
アダムスにとって、邪魔な一般人が消え、魔女だけが残ったこの状況は、むしろ「好都合」だった。
「子供など後で探せばよい。――総員、魔女どもを消し去れ!」
アダムスの号令が響く。
守るべき弱者はいなくなった。
だが、ミツキは確実に消耗し、敵の殺意は純粋に彼女たちへと向けられた。
本当の地獄は、ここからだった。
「「「おおおおおっ!!」」」
黄金の光を纏った数百の神官兵が、波となって押し寄せる。
「散開! 固まるな!」
ルークが叫ぶ。
「エリシェヴァは後方支援! ロクサーナさんはあたしと前衛を!」
ミツキが指示を飛ばし、消耗した体に鞭打って剣を構える。
「セレスティア! あなたの力を!」
「はいっ!」
セレスティアが一歩前に出た瞬間、神官兵たちから放たれた無数の神力の矢と光弾が彼女に殺到した。
だが――
キン、キーン!
全ての攻撃は、セレスティアに届く寸前、まるで見えない壁に阻まれたかのように弾け飛び、霧散した。
「無敵」の権能。
「なっ…! やはり神力が通じない!」
「構うな、押し潰せ!」
神官兵たちが動揺する一瞬の隙。
「今よ!」
ロクサーナが勢いよく杖を振り、魔法を使う。
その途端、地面に紫色に光る大きな魔法陣が現れ、兵士たちの生気を奪っていく。
「ぐっ…! ああっ! 息が…!」
次々に兵士たちが苦悶に膝をついていった。
「そこを!」
ルークが低い姿勢で駆け抜ける。
アスタロトの魔力を纏った剣が、疲弊した兵士たちの鎧を紙のように切り裂いていく。
「エリシェヴァ! ルークの援護を!」
「ええ!」
エリシェヴァが植物の蔓を伸ばし、後続の兵士たちの足を拘束する。
「邪魔だ!」
ミツキも、消耗した体に鞭打ち「破壊の権能」を解放。
突撃してきた兵士の盾を、権能の力で粉々に粉砕した。
五人の連携は完璧だった。
セレスティアが全ての魔法攻撃を無効化し、ロクサーナとエリシェヴァが敵の動きを止め、ミツキとルークが確実に仕留める。
神官兵たちは次々と倒れ、一見すると戦いは互角に見えた。
――だが、戦況を見下ろすアダムスは、その眉一つ動かさなかった。
「……児戯に過ぎん」
アダムスは、ミツキたちの連携が、ただ一人の少女――セレスティアの「無敵」の力に依存していることを見抜いていた。
そして、その「無敵」の少女が、ある一点を庇っていることにも。
「そこだ」
アダムスが、セレスティアの背後にいるヴィクラムを指さす。
「あの男を狙え。無敵の力も、守る範囲には限界がある」
「はっ!」
アダムスの正確な指示を受け、浄化官数名が、セレスティアではなく、彼女の背後にいるヴィクラム目掛けて神力の矢を放った。
「お父様!」
セレスティアは、自分ではなく父が狙われたことに気づき、咄嗟にヴィクラムの前に回り込もうとした。
その一瞬、彼女の「無敵」の守りが、ミツキたち前衛から逸れた。
「――今だ」
アダムスの冷徹な声が響く。
セレスティアの守りを失ったミツキ、ルーク、ロクサーナの三人に、後方で待機していた神官兵たちの第二波――数十発の光弾が、寸分の狂いもなく同時に着弾した。
「「「ぐっ……!!」」」
「きゃあああっ!」
エリシェヴァが咄嗟に張った植物の障壁は、アダムスの指揮下の神術によって一瞬で焼き尽くされ、ミツキたちは三人まとめて吹き飛ばされた。
「ミツキさん! ルーク!」
セレスティアが悲鳴を上げる。
「よそ見をしている余裕があるのか? 聖女よ」
アダムスは、いつの間にかセレスティアの目の前に立っていた。
「……!」
セレスティアは反射的に、マーロウ村で天使を虐殺した時のように、虚空から無数の黄金の聖剣を召喚し、アダムスに向かって一斉に放った。
「やあああああっ!」
神官兵をいともたやすく屠った必殺の聖剣の嵐。
だが、アダムスはそれを聖槍『ロンギヌス』一本で、まるで雨粒でも払うかのように、こともなげに弾き返していく。
ガギン! ギン! ガガガッ!
黄金の聖剣と、神の聖槍が衝突し、凄まじい火花と衝撃波が遺跡全体を揺るがす。
「無駄だ」
アダムスは、最後の聖剣を弾き返すと、セレスティアの首元に聖槍の穂先を突きつけた。
――セレスティアの「無敵」の力は、アダムスが放つ神力には自動的に反応し、その身を守り続けている。
だが、彼女はまだその強大すぎる力を、自らの意志で完全に制御できていなかったのだ。
「……ほう」
アダムスは、自分の槍がセレスティアの聖剣の内側に入り込めたことに、初めてその碧眼に興味の色を浮かべた。
「その黄金の輝き…ウリエルの『太陽』の力とは似て非なるもの」
アダムスは、かつて魔界戦争で対峙した、あの忌まわしき魔王の名を口にした。
「ラーヴァナの権能…『月の刃(チャンドラ=ハーズ)』か!」
「チ、チャンドラ…ハーズ……?」
セレスティアは、その言葉の意味を理解できずに怯える。
「なるほど奴め、死の間際に己の権能を人間に隠し持たせていたとはな」
アダムスは全ての謎が解けたとばかりに、セレスティアへの興味を失い、冷酷な侮蔑の表情を浮かべた。
「魔王の権能をその身に宿すか。なんと穢らわしい。その存在自体が冒涜だ。――直ちに塵に還してやろう」
アダムスが聖槍に神力を込める。
「――セレスティアに指一本触れさせないっ!」
アダムスの意識がセレスティアに集中したその隙を突き、ミツキとルークが左右から同時に斬りかかった。
「――遅い」
アダムスはセレスティアから視線を外すことなく、聖槍の柄でミツキの剣を受け止め、同時に回し蹴りでルークの鳩尾を正確に打ち抜いた。
「重すぎ…っ!」
ミツキは権能で受け止めたにも関わらず、その衝撃に腕が痺れる。
「……速さが、見えない……!?」
ルークは蹴られた腹部を押さえ、体勢を崩す。
二人は再び吹き飛ばされ、地面を転がる。
強すぎる。
連携が、権能が、一切通用しない。
仲間たちが次々と負傷していく。
エリシェヴァの治癒も追いつかない。
ミツキの脳裏に、パズズから与えられた「狂気の権能」が閃いた。
翁の「使うな」という警告が響く。
だが、仲間が、セレスティアが、ヴィクラムが、ロクサーナが、ルークが、目の前で殺されかけている。
(……うるさいっ!)
ミツキの思考が、一瞬、赤黒い怒りに染まった。
(使っちゃいけない…? ふざけるな!
仲間が死ぬくらいなら…!)
「――アダムスゥゥウウウッ!!」
ミツキは叫び、アダムス本人に向け、最強の切り札である「破壊の権能」を、殺意をもって解放した。
「消し飛べっ!」
「!?」
アダムスは、自身の体内に「死」そのもののような権能の奔流を感じ取り、咄嗟に神力で防御しようとした。
だが、間に合わない。
ドン!
ミツキの権能は、アダムスが展開していた神力の結界も、彼自身の肉体も、一切の抵抗を許さず、アダムスの身体の内側から木っ端微塵に「破壊」した。
鈍い音を立てながら彼の身体は爆散し、あたりに衣類の破片、肉片や大量の鮮血が散らばっていく。
「……う…はぁ…はぁ……」
ミツキが、全力を使い果たして膝をつく。
「きょ、教皇猊下あああっ!!」
神官兵たちも、教皇が一瞬にして爆散したことに動揺し、動きを止めた。
――しかし。
「……ふむ」
ミツキの背後から、平然とした声が響いた。
「え…?」
ミツキが振り返ると、そこには、数秒前と寸分違わぬ姿のアダムスが、何事もなかったかのように立っていた。
「……破壊の権能か」
彼は、自分の肩についた僅かな埃を、まるで虫でも払うかのように指で弾いた。
「哀れな巫女よ。その程度の未熟な権能で、天上神の代弁者であるこの私を『破壊』できるとでも思ったか」
アダムスは聖槍『ロンギヌス』を振り上げ、今度こそミツキにとどめを刺そうとした。
仲間たちは、アダムスの圧倒的な神力に圧され、動けない。
ミツキの敗北は、もはや避けられないかに見えた。
その時だった。
アダムスはある違和感に気づく。
(子供達とラマシュトゥの気配が索敵範囲内から消えた!?)
ヒュゴォォォッ!
アダムスが驚いたのも束の間、夜空を切り裂き、“凄まじい速度の何か”が空から飛来する音。
それはアダムスの聖槍が放つ黄金の光とは似ても似つかぬ、青白く、冷たい閃光だった。
「……っ!!」
アダムスは、ミツキに振り下ろそうとしていた槍を即座に翻し、その閃光を側面から弾き返した。
ズドオオオオオオン!!!
アダムスが弾いた「何か」は、遺跡の石壁に着弾し、凄まじい爆発を引き起こした。
遺跡は大きな音を立てながら崩れ落ち、破片が神官兵たちに降り注ぐ。
「ぐわっ!?」
「何だ、今の攻撃は!?」
神官兵たちが混乱し、包囲が乱れる。
アダムスは、聖槍を握りしめたまま、攻撃が飛んできた夜空の一点を睨み据えた。
「……何者だ」
アダムスの索敵結界が、二つの新たな反応を捉えていた。
その声に応えるかのように、二つの人影が、月を背にしてゆっくりと地上に舞い降りた。
一人は、ミツキたちも見知った顔だった。
緑と金色の衣装を纏い、真紅の瞳を悪戯っぽく輝かせている。
「トッサカン!」
ミツキが驚きの声を上げる。
「やあ! ミツキ、また会ったね!」
使い魔トッサカンは、まるで散歩でもしているかのように、この地獄の戦場にひょっこりと姿を現した。
だが、問題はもう一人だ。
トッサカンの隣に立つその男の姿に、アダムスは初めて、その冷徹な表情をわずかに歪めた。
「……貴様は……」
ミツキたちとさほど変わらない年頃の青年。
しかしその身に纏う雰囲気はアダムスが放つ「神聖な圧」とも、魔王たちが放つ「禍々しい圧」とも異なる、異質で強大な「何か」だった。
「あの時の人…! どうして、ここに…!?」
エリシェヴァは、ライラを宿屋まで送り届けてくれた青年の顔を確かに覚えていた。
青年は、エリシェヴァに軽く目配せすると、アダムスに向き直った。
耳には特徴的な孔雀の羽根飾りが揺れている。
その青年の姿を認識したアダムスは、初めて、その冷徹な表情をあからさまな「不快」と「敵意」に歪めた。
「……ほう。これは驚いた」
アダムスの声が、先ほどまでとは比べ物にならないほど低く、冷たくなった。
「『魔女』どもを狩りに来れば、神の秩序に従わぬ『まつろわぬ国の当主』まで釣れるとはな。――何の用だ、ムルガン」
「ムルガン……」
エリシェヴァは、アダムスの口から初めて明かされたその名を、驚きと共に反芻した。
「教皇アダムス。……その槍の輝き、噂には聞いていたが。
なるほど、これならば魔王イブリースも浄化されよう」
ムルガンはアダムスの敵意を意にも介さず、静かに告げた。
「……トッサカン」
「はいよっ!」
トッサカンは心得たとばかりに指を鳴らした。
ミツキ、ルーク、ロクサーナ、セレスティア、ヴィクラム、そしてアダムスの口から出た名に動揺しているエリシェヴァ。
消耗しきった彼女たちの足元に、カルデア・ザフラーンで見たものと同じ、空間を歪める魔法陣が瞬時に展開される。
「待ってっ! あの……ムルガンさん! あなたも!」
エリシェヴァが叫ぶ。
「――行け」
ムルガンが静かに告げる。
「説明は後! とりあえず、君たちは『お客様』だからね!
パズズ様たちも、ライラちゃんたちも、みんな『中』で待ってるよ!」
「えっ!?」
「パズズ様も!?」
次の瞬間、ミツキたちの体は重力から解放され、空間の亀裂(トッサカンの迷宮)へと吸い込まれていった。
神官兵たちが慌てて矢を放つが、その全てが歪んだ空間に呑み込まれ、消えていく。
数秒後、遺跡に残されたのは、アダムス率いる教会軍と、たった一人でその前に立ちはだかる、孔雀の羽飾りをつけた青年――ムルガンだけだった。
「……逃したか」
アダムスは聖槍を構え直し、ムルガンを睨み据えた。
「貴様の素性はどうでもいい。
教会の支配が及ばぬ『まつろわぬ国』の当主が、わざわざ異端者を庇い立てするとはな。
――それすなわち、貴様の国もまた、天上神の秩序に弓引く『穢れ』の巣であると、そう宣言しに来たのか?」
「さあな」
ムルガンは、アダムスの問いには答えず、ただ静かに両腕を構えた。
「俺の目的は一つ。お前を、ここで足止めする」
「……面白い」
アダムスは、ミツキたちを取り逃がしたことへの焦りよりも、目の前の「もう一つの穢れ(まつろわぬ国の当主)」を排除できる喜びに、その唇を吊り上げた。
「――ならば、まずは貴様から『消し去ろう』」




