第十二話 セレスティアの過去、聖女の祈り。
あの日、マーロウ村でルークに拒絶され、絶望のまま森へ逃げ込んだ後、セレスティアはどれくらい彷徨ったのか、自分でも分からなかった。
ただ、ぼんやりとした意識の中、無我夢中で走り続け……気づけば、城塞都市ヴァルハラという場所に流れ着いていた。
食べるものも、眠る場所もない。彼女はただ、路地裏で膝を抱え、マーロウ村での出来事を思い出しては、涙を流すだけの日々を送った。
(どうして……ただ村を守りたかっただけなのに……)
(ルーク……どうして、私の手を……)
そんなある日、街に警報が鳴り響いた。
ヴァルハラを襲撃した、巨大なワイバーンの群れだった。
街の戦士や騎士たちが、次々と炎に焼かれ、倒れていくのが見える。
(……いや。もう、誰も死なないで……)
セレスティアは、あの時――マーロウ村で天使を殺した時と同じ過ちを犯すのが怖くて、本当は力を使いたくなかった。
だが、炎がすぐそこの家を飲み込もうとした瞬間、彼女の意志とは関係なく、身体の奥から「何か」が溢れ出した。
空間が裂け、黄金の聖剣が無数に出現する。
ワイバーンが吐き出す業火 も、その硬い鱗も、聖剣の前では意味をなさず、ただ一方的に貫かれ、瞬く間に塵となって消えていった。
街の人々は、彼女を「ヴァルハラを救った聖女」と呼んだ。
……マーロウ村の時と、全く同じように。
セレスティアは怖くなり、すぐにまた街を飛び出そうとした。
だが、その噂を聞きつけた一人の男性が、彼女の前に現れた。
「……セレスティア。間違いない、セレスティアだな?」
見知らぬ貴族の男に名を呼ばれ、セレスティアはビクッと肩を震わせ、警戒した。
「……あなたは、誰ですか? どうして私の名前を……」
男は、その警戒を解くように、悲しげに微笑んだ。
「無理もない。覚えていなくて当然だ……。私はヴィクラム。……お前の、父親だ」
「父親……? そんな……だって、私のお父様は……」
セレスティアは混乱した。孤児院で聞かされた話では、自分は村の近くの無人の小屋で発見された。父親も母親も失踪したと聞いていたからだ。
「……ずっと探していた」
ヴィクラムは、セレスティアが知り得ないはずの幼少期の出来事や、母親の特徴を語り、自分が本物であることを証明してみせた。
「お前と、お前の母さんをずっと探していたんだ。まさかこんな……『聖女』と呼ばれる存在になって、ヴァルハラで再会することになるとはな」
こうして、セレスティアは失踪していた実の父親――ヴィクラムと、奇跡的な再会を果たした。
こうして、セレスティアは失踪していた実の父親――ヴィクラムと、奇跡的な再会を果たした。
ヴィクラムは、ヴァルハラは「聖女」の噂が広まりすぎて危険だと判断し、すぐにセレスティアを連れて街を出た。
それから数ヶ月、二人はあてのない旅を続けた。ヴィクラムは裕福な貴族であり、旅に不自由はなかった。彼はセレスティアに新しい服を買い与え、温かい食事を与え、これまでの孤独を埋めるかのように、父親としての愛情を惜しみなく注いだ。
セレスティアも、生まれて初めて触れる父親の優しさに、マーロウ村で負った心の傷――特にルークに拒絶された絶望――を少しずつ癒していった。
ある夜、隊商宿の焚き火の前で、ヴィクラムはセレスティアに向かい、深く頭を下げた。
「セレスティア……本当に、すまなかった」
「お父様……?」
「あの日……お前がまだ幼かった頃、私はお前と……お前の母さんを守ることができなかった。全て、私の責任だ」
ヴィクラムは、苦悩に満ちた表情で語り始めた。
「お前の母さんは……アマラ は、お前が生まれてからずっと、心を病んでいた。……私や屋敷の者たちがどれだけ尽くしても、彼女の心の闇は晴れなかった」
「お母様が……心を……」
「そして、あの日だ」
ヴィクラムは、さも今思い出したかのように、辛そうに目を伏せた。
「私が公務から屋敷に戻ると……お前とアマラの姿が、どこにもなかった。彼女は、発狂し、お前を連れて屋敷を脱走した のだ。……私が、彼女の苦しみに気づいてやれなかったせいで」
「私はずっと探していた」
ヴィクラムは、娘の手を強く握った。
「お前たちの行方を。心を病んでしまったお前の母さんを……アマラを」
「お母様……」
セレスティアは、初めて聞く母の名と、その悲劇的な運命に涙を浮かべた。
「そうだ。必ず見つけ出す」
ヴィクラムは、娘の手を強く握った。
「必ずお前の母さんを取り戻して見せる。そのために、私たちは一緒に旅を続けよう」
「はい……! お父様!」
こうして二人の「母親探しの旅」が始まったのだった。
――――――――
ヴィクラムは裕福な貴族であり、その人脈と財力は広大だった。彼は各地のギルドや情報屋に人を遣わし、「アマラ」という名の女性の痕跡を執拗に追い続けた。
セレスティアも、生まれて初めて触れる父親の優しさと、明確な「母親を探す」という目的を得て、マーロウ村で負った心の傷――特にルークに拒絶された絶望――を少しずつ癒していった。
(お父様が、私を探してくれていた……)
(お母様も、きっとどこかで生きている……)
その事実は、彼女が再び前を向くための、大きな支えとなった。
旅の途中、彼女の「無敵」の力 が魔物相手に発揮されることもあったが、ヴィクラムはヴァルハラの時のように、その力を噂立てられる前に素早く街を移動し、巧みに追手を巻いた。
「すごい力だ、セレスティア。だが、この力はまだ隠しておこう。お前の母さんを見つけるまで、教会に目をつけられるのは得策ではない」
ヴィクラムは常に娘の安全を最優先に考えている、思慮深い父親として振る舞った。
――そして数年が過ぎた頃。
西方の砂漠地帯を旅していた二人は、長旅の疲れを癒すため、地図上で見つけた最も大きなオアシス都市に立ち寄ることにした。
砂漠を旅する中、何度か凶暴化した魔物やジン(精霊)に出くわしたがセレスティアの力によりなんとか撃退した。しかし、二人の疲労は限界に達していた。
「カラート・シャムス……『太陽の城塞』か。大きな街だ、ここで少し休んでいこう」
ヴィクラムの提案に、セレスティアも頷いた。
しかし、その街は二人が期待したような休息の場所ではなかった。
街は異様な熱気に包まれ、住民たちはどこか怯えたように目を伏せて行き交っている。
二人が街に到着したのは、正に最悪のタイミングだった。
街は異様な熱気に包まれ、住民たちが広場に向かって集まっていく。ヴィクラムが「休息しよう」と宿を探そうとした矢先、セレスティアの耳に、群衆の狂信的な歓声が届いた。
「ああ、穢れが祓われるぞ!」
「ウリエル様万歳!」
広場の神殿の中央には、豪華な台座に高い薪が積まれていた。
そして、その上には――まだ七つにも満たないであろう、幼い少女が縛り付けられていた。少女の額には、禍々しい太陽の紋章が焼き付けられている。
「……え……?」
セレスティアは、目の前の光景が理解できなかった。
右手にルビーの指輪を付けた太った神官長らしき男が厳かに杖を振り上げ、宣告する。
「これより、この街の『穢れ』を浄化し、智天使ウリエル様に捧げる! 『太陽の儀式』を執り行う!」
「お父様……あれは、いったい……」
「……まさか。あれが、噂の……」
ヴィクラムが絶句した、その瞬間。
彼女の母親らしき人物が啜り泣きながら、松明の火を、少女の下の薪に移した。
「いやああああああああっ!!」
乾いた木が爆ぜる音と共に、幼い少女の甲高い悲鳴が広場に響き渡った。
炎が燃え上がり、少女の小さな体を舐め上げようとする。
炎の勢いは止まらず忽ち少女の全身を包み込み悲鳴は炎が燃える音に掻き消されていく。
そして、その炎は普通の物ではないのか不自然なくらいに黄金色に輝いていた。
「―――ッ!!」
その光景を見た瞬間、セレスティアの呼吸が止まった。
(……あ……ああ……!)
炎。
ただの薪が燃える火ではない。
何故だろう ――あの炎は、知っている。
脳の奥底、マーロウ村での天使との戦いではない………
さらに深く魂に刻み込まれた、原初の恐怖。
肌を焼き、骨まで溶かすかのような、神聖で、絶対的な灼熱の痛み。
(熱い……! 助けて……! いやだ……!)
彼女は、なぜ自分がこれほどまでにこの「火」(=ウリエルの炎)を恐れるのか、その理由すら思い出せないまま、本能的な恐怖に全身を支配された。
セレスティアは全身を激しく震わせ、燃え盛る炎から目を離すことができない。
「セレスティア!? いかん、気を確かに持て!」
ヴィクラムは、娘の尋常でない様子に気づいた。
彼はセレスティアの腕を掴むと、強引にその場から引き離し、人混みの中を抜けて宿屋へと戻った。
宿の一室に駆け込むと、セレスティアは床に崩れ落ちたまま、動けなかった。
「ひどい……どうして……あんな……」
「……落ち着け、セレスティア」
ヴィクラムは娘の様子を見ながら、宿の主人から聞き出した儀式の詳細を、苦々しげに伝えた。
「宿の者の話では、あの儀式 は『太陽の天使』ウリエルのご加護を受けるため、街の『穢れ』を持つと選定された七つの子供を生贄に捧げるものだそうだ。……街の者たちは、それを『清浄』なことだと信じきっている」
「信じきって……る……?」
セレスティアは、広場で歓声を上げていた住民たちの、あの狂信的な目を思い出した。
「あんなに苦しんでいたのに……!? 生きたまま、あの子を焼いていたのに……!?」
おぞましい儀式の内容と、それを是とする街の狂気。
セレスティアは、その二つの事実に驚愕し、言葉を失った。
(ここは……この街は……狂ってる……!)
絶望が、再び彼女の心を支配しようとしていた。
「……お父様。私、あの子たちを助けたい」
セレスティアの銅色の瞳に、決意の光が宿った。
「私のこの力(無敵) なら、きっと……!」
「そんな無茶だ!」
ヴィクラムは慌てて娘を制止した。
「相手は智天使ウリエルと、街の全神官兵だ。危険すぎる!」
「でも、見殺しになんてできない!」
セレスティアは、父親の制止を半ば強引に振り切った。
「そんなに言うなら…。お父様はここで待っていてください。私、一人で行ってきます」
「セレスティア!?」
ヴィクラムは、娘の頑なな決意に、深いため息をついた。
「……わかった。お前の意志は固いようだな。……だが、正面から神殿に乗り込むのは自殺行為だ」
ヴィクラムは荷物の中から、一枚の古びた羊皮紙を取り出した。
「……そうだな。お前が信じられないのも無理はないが」
彼は、廃墟の森(ミツキたちが今いる場所)を指し示した。
「私の目的は、お前の母、アマラ を探すこと。その過程で、私は世界中の歴史や地形を学んでね…。
――カラート・シャムスが、かつて『文明の魔王ラーヴァナ』 によって統治されていた古代都市であったことを突き止めた」
「ラーヴァナ……?」
セレスティアはその名を反芻した。聞き覚えが無かったからだ。
「ああ。西方の砂漠と、この森や街を統治していた古い魔王の名前だ」
ヴィクラムは続けた。
「この地図は、そのラーヴァナの時代のものだ。そこでこの神殿には東の森から繋がる古い通路がある事が分かってね」
ヴィクラムが指さしたのは、東の森の廃墟から、神殿の真下へと繋がる、一本の細い線。
それは、ロクサーナがパズズから教えられたあの「隠し通路」だったのだ。
「お父様、これなら……!」
「ああ。神殿の連中に気づかれずに侵入できるかもしれん。……セレスティア、私がお前を守る。行くぞ」
早速二人はその日の夜に作戦を決行した。
ヴィクラムがラーヴァナの時代の古い地図 で発見したその通路は、ウリエルや神官たちには知られていない様で、何の仕掛けも結界もなく放置されているみたいだった。
そして二人は、ミツキたちが通ったのと同じ、カビ臭い地下通路 を通り、神殿の地下牢――儀式を待つ子供たちが集められている場所へと、侵入することに成功する。
地下牢の重い石の扉は、ウリエルの神聖な紋様によって固く封印されていた。
「くっ……これでは……」ヴィクラムが扉を押すが、びくともしない。
「……下がっていてください」
セレスティアが扉にそっと手を触れる。
その途端彼女の出か光が放たれ、扉が一瞬光ったかと思うと、神聖な紋様はまるで存在しなかったかのように光を失い、霧散した。ゴゴゴ、と重い音を立てて石の扉が開いていく。
「な……!?」
ヴィクラムは、ウリエルの強力な結界を娘が触れただけで解除したその光景に、父親として純粋な驚愕の表情を浮かべた。
(これが……! これが、あの子の力だというのか……!)
牢の中は、絶望の空気で満ちていた。
そこには、儀式を待つ十数人の子供たちとその親たち だけでなく、親たちから引き離され、隅に集められた高熱にうなされる病人たちもいた。病人たちの多くは、首からは禍々しい「ライオンと蛇」が描かれた護符 を下げている。
「あなたは……!?」
「この牢屋を開けられるだなんて…何者だ!?」
突然現れた侵入者に、親たちが子供を庇うように警戒する。
「私たちは……あなたたちを助けに来たのです! この通路を通って、森へ逃げましょう!」
セレスティアが叫ぶ。
しかし、親たちの反応は鈍かった。彼らの瞳には希望ではなく、深い「戸惑い」と「疑念」が浮かんでいた。
「……何を言っているんだ?」
「あなたたちも神官の仲間でしょう! 我々を試しているのか!?」
「もう無駄だ……どうせ明日の朝になれば、我々も子供たちも、あの広場で焼かれるんだ……」
絶望に支配され、その場から動こうとしない親たち。その姿に、セレスティアは叫んだ。
「このままここで、黙って死ぬのを待つ気ですか!」
セレスティアは、一番近くにいた母親の腕を掴んだ。
「私は、広場で女の子が焼かれるのを見ました! あんな思いを、あなたたちにさせてたまるもんですか!」
「だが、どうやって……神官達とウリエル様には逆らえない……」
「…………私には、天使の力を無効化する力があります!」
セレスティアは少し口籠ると、牢の扉を塞いでいた結界の残骸を指さした。
「私たちが来た、あの隠し通路を通れば、森へ逃げられる! どちらがマシか、決めてください!」
セレスティアの気迫と、ヴィクラムの貴族としての佇まい に押され、親たちの瞳に、ようやく「戸惑い」から「生」への光が宿り始めた。
「……本当……なのか?」
「この子たちを……助けられるのか……?」
「時間がない! 行くぞ!」
ヴィクラムが病人たちを担ぎ上げ、セレスティアが子供たちの手を引く。
こうして一行は、今来たばかりの隠し通路(森への脱出路)を引き返し始めた。
だが、その時だった。
通路の奥の闇から、甲高いすすり泣きの声が響いてきた。
「……どこ……? どこへいくの……わたしの、あかちゃん……」
「!?」
その声は、通路でラマシュトゥに遭遇したミツキたちが聞いたものと全く同じだった。魔王ラマシュトゥが、子供たちの気配を察知して現れたのだ。
「ひぃっ!」
子供たちが怯えて泣き叫ぶ。
「あかちゃん……! いた! わたしのあかちゃんたち!」
ラマシュトゥは、子供たちの群れを見つけると、狂喜の表情で両手を広げ、影の触手を伸ばしてきた。
「――っ!させません!」
セレスティアは子供たちを庇うように前に出た。
彼女の「無敵」の力 が発動し、影の触手はセレスティアに届く直前で霧散する。
「な……なぜ……? あかちゃんに、触れられない……!」
ラマシュトゥが焦れる。
「やあああああっ!」
セレスティアは、マーロウ村で天使たちを虐殺した時のように、虚空から無数の黄金の聖剣を召喚し、ラマシュトゥに向かって一斉に放った。
「ひっ……いやあああああっ!」
聖剣の嵐に貫かれ、ラマシュトゥは悲鳴を上げてその場から後退した。彼女はセレスティアの「無敵」の力に阻まれ、子供たちに手が出せないと悟ると、怨嗟の声を上げながら闇の奥へと一時的に姿を消した。
「……はぁ、はぁ……」
魔王を撃退した ものの、セレスティアの消耗は激しかった。
「セレスティア、大丈夫か!?」
ヴィクラムが駆け寄る。
「……なんとか。でも、お父様……」
セレスティアは、ラマシュトゥが消えた暗い通路を睨み据えた。
「あの魔王が、この通路をうろついている。……子供たちや病人を連れて、ここを通って森へ逃げるのは……もう不可能です」
「……っ! くそ、ではどうする!?」
ヴィクラムが地図を広げるが、出口は森への一つだけだ。
「……神殿に戻りましょう」
セレスティアは意を決した。
二人は、助け出した子供たちと病人、そしてその親たちを連れ、迷路のような地下通路を戻り、神殿の まだ襲撃されていない別の区画へと撤退していった。
そこは、古い書庫か、あるいは神官たちの控え室だった場所のようだった。一行はバリケードを築き、ランプの灯りを最小限にして息を潜めた。
隠し通路からは、ラマシュトゥの怨嗟の声が微かに響いてくる。
絶望的な状況の中、助け出された親たちの一人が、ヴィクラムに掴みかかった。
「どうしてくれるんだ! あの通路は魔王がうろついている! 森へなど逃げられやしない!」
「そうだ! 神殿に立てこもったって、いずれ見つかるぞ!」
「ああ……もう終わりだ。どうせ明日の朝になれば、儀式は再開され、この子たちを火炙りに……」
親たちが再び絶望に支配され、泣き崩れ始めた、その時だった。
「――待て」
一人の男が、震える声で仲間を制した。彼は、先ほどセレスティアが地下牢の扉を開けるのを間近で見ていた。
「そういやあんた……さっき、この牢のウリエル様の神聖な紋様を、触れただけで……」
「そうだ!」
別の母親も、通路での光景を思い出し、叫んだ。
「このお嬢様が、通路にいたあの恐ろしい化け物を、黄金の剣で追い払ったんだ!」
「魔王を……?」「結界を解いた……?」
親たちの間にどよめきが広がる。目の前の金髪の少女は、ただの侵入者ではない。自分たちの常識を超えた「何か」であると、誰もが気づき始めた。
先ほどまでの絶望が、今度は熱狂的な「期待」へと変わっていく。
「おお……! あなた様は、ウリエル様が遣わしてくださった、真の『聖女』様だ!そうに違いない!」
誰かがそう叫ぶと、親たちは堰を切ったようにセレスティアの前にひざまずいた。
「聖女様! どうか我らをお救いください!」
「あなた様のそのお力があれば、ウリエル様だって……!」
「聖女」――その言葉を聞いた瞬間、セレスティアの血の気が引いた。
(また……だ……)
マーロウ村の時と同じ。人々は、彼女の意志とは関係なく、彼女の力 に希望を見出し、一方的に崇拝する。
「やめて下さい……私は、聖女なんかじゃ……」
セレスティアは後ずさった。
その様子を見て、儀式の恐怖を理解している年長の子供たちも、セレスティアの服の裾に泣きながら縋りついてきた。
「ウウッ…おねえちゃん……助けて……!」
「死にたくない……! 広場で、焼かれるの、いやだ……!」
「そんな……!」
親たちからの狂信的な期待と、子供たちからの純粋な命乞い。その板挟みになったセレスティアを、母親の絶望的な言葉がさらに追い詰めた。
「ああ……! お願いです、聖女様! 太陽の見えるよく晴れた朝 が来たら、この子たちは……!」
「明日の朝」――「火」――その言葉が、セレスティアの魂に刻まれたトラウマを容赦なく抉った。
(ああ……いや……。いやだ。そんなの、絶対にいや!)
(この子たちが、あの「炎」 で焼かれるなんて……!)
彼女は、自分でも気づかないうちに、その身に宿る力に、強く、強く願っていた。
(太陽なんて、昇らなければいいのに……!)
(あんな残酷な儀式を照らす光なんて、いらない……!)
(儀式の日なんて、永遠に来なければいいっ……!)
彼女は、マーロウ村で聖剣を召喚した時 とは比べ物にならないほどの強い意志で、ただ一点、「太陽の静止」を祈った。
(お願い……! 誰でもいい……! 太陽を……止めて……!)
銅色の瞳から涙がこぼれ落ちた、その瞬間。
彼女の身体の奥底から強大な力を感じ――そして「何か」が決定的に変わってしまったのだ。
――――――――
どれくらい経っただろうか。
神殿の外から聞こえていた神官たちの怒号が、次第に困惑と動揺のざわめきに変わっていった。
「……どうしたんだ? 外が騒がしい……」
ヴィクラムが、警戒しながら地下牢の小さな窓から外を覗き込むと、信じられない光景に目を見開いた。
窓の外の神殿の中庭では、松明を掲げた神官兵たちが右往左往し、明らかに混乱していた。
「なぜだ! 一番鶏が鳴く時刻 はとっくに過ぎているのに、空が白む気配すらないぞ!」
「空を見ろ! 星が……月が、全く動いていない!」
「ま、まさか、ウリエル様のご加護が……!?」
「馬鹿な! これでは穢れを払う儀式が行えないではないか!」
本来なら、一番鶏が鳴き、神殿が朝を告げる鐘を鳴らす時刻 をとっくに過ぎているはずなのに、空は星が輝く「夜」のまま、一切明るくなる気配がなかったのだ。
「……夜が、明けない……?」
親たちも、その異常事態に言葉を失う。
「……!」
セレスティアは、自分の祈りが現実になってしまったことを悟り、全身を震わせた。
「う、嘘……私が……私が祈ってしまったから……?そのせいで…世界が……」
「――お前のせいじゃない、セレスティア!」
その時、ヴィクラムが娘の肩を強く掴んだ。
「寧ろ、良くやった!この状況……むしろ好都合だ!」
「え……?」
「夜が明けない限り、奴らの『太陽の儀式』は永遠に完遂できない! 神官たちも混乱している今こそ、脱出のチャンスだ!」
ヴィクラムは、神殿の中央へと続く通路を指差した。
「セレスティア、子供達はお前の力で皆を守れ! この通路を通って森へ逃げるぞ!」




