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第十一話 永遠の夜の真相

 神殿の一角、子供たちが横になっている場所では、ロクサーナ、エリシェヴァ、ライラの三人が、疫病に苦しむ子供たち のために作業を始めていた。

ロクサーナは、神殿から逃げてきた母親たちから、ラマシュトゥの呪詛によって歪められた「蛇の護符」 を集めていた。

 

「この紋様では、パズズ様の守護は正常に働かないわ。むしろ、副作用の症状を悪化させラマシュトゥの狂気を引き寄せる餌になっている。……ライラ」

 

「は、はい!」

 

「あなたが記憶している『鳥』の紋様 を、この新しい羊皮紙に正確に描き写して。エリシェヴァ、あなたは魔力を込めやすいように薬草をすり潰して」

 

「わかりました!」

 

ライラは、その並外れた記憶力を頼りに、震える手で、しかし迷いなく、本来の「ライオンと鳥」の守護紋様を描き起こしていく。

 

ロクサーナは、その上からパズズより授かった魔力を帯びた粉末を振りかけ、呪文を唱える。

 すると、羊皮紙から複雑な魔法陣が浮かび上がり光が飛び出した。そしてその光は周囲の病人達の護符に吸い込まれていき次々と護符を「正常な状態」へと作り替えていった。

 

エリシェヴァは、新しくなった護符を、最も高熱にうなされていた少年にそっと握らせた。

 

「うぅ……」

 

少年の荒い息が、ふっと穏やかになった。

 

「……! 熱が下がっていく……。苦しそうな表情が和らいだわ!」

 

エリシェヴァが驚きの声を上げる。

 

「ええ」ロクサーナは冷静に頷いた。


 「ラマシュトゥの呪詛が消え、パズズ様の本来の守護が機能し始めた証拠よ。でも、完治した訳ではないわ。ウリエルを止めるまで、この『地獄』は続く。……でも、これで悪夢によるラマシュトゥの干渉からは解放されるはずよ」

 

「よかった……」

 

ライラは、苦しむ子供の顔が穏やかになったのを見て、安堵の息を漏らした。



 ――――――



 一方、焚き火のそばでは、ミツキ、ルーク、セレスティア、そしてヴィクラムが、休息をとりながらも言葉を交わしていた。

 

「……本当に、ルークなのね」

 

セレスティアは、数年ぶりに再会した幼馴染の姿を、まだ信じられないというように見つめていた。

 

「髪も、その眼帯も……すっかり変わってしまって」

 

「……」

 

ルークは、焚き火の炎を見つめたまま、答えない。彼女の脳裏には、マーロウ村での最後の光景が焼き付いていた。

 

「セレスティア……僕は……」

 

ルークは顔を上げ、意を決したように口を開いた。

 

「本当にすまない、セレスティア。あの時、マーロウ村で…… 天使たちに囲まれて、君が助けを求めたのに……僕は、怖くて……君の手を、取れなかった」

 

「ルーク……」

 

「君を見捨てた。……ずっと、それを謝りたかった」

 

絞り出すようなルークの謝罪に、セレスティアは驚いたように目を瞬かせ、それから、ふわりと微笑んだ。

 

「うう

 ん、いいの。ルークは謝らないで」

 

セレスティアは静かに首を振った。

 

「あの時、怖かったのは私も同じ。それに……私は、あの人たち(天使)を殺してしまったから。……ルークが私を怖がるのも、当然よ」

 

「だが……!」

 

「ふふっ」セレスティアは、深刻な顔をするルークを見て、悪戯っぽく笑った。

 

「ミツキさん、聞きました? この子、こんなに格好つけてるけど、昔は本当に気弱だったんですよ」

 

「えっ、そうなの?」

 

ミツキが興味深そうに身を乗り出す。

 

「そうなんです! 一緒に森にキノコ採りに行った時なんて、ただの雨蛙が跳ねただけで、私より大きな声で叫んで泣きべそかいて! 結局、私が手を引いて帰ったんですから」

 

「っ!…それは、か、蛙が苦手だっただけだ……!」

 

ルークが、顔を赤くして抗議する。

 

「本当?あはは! 今のルークからは想像もつかないね!」

 

ミツキが笑い、エリシェヴァも「まぁ……」と微笑む。

廃墟の森に、束の間、和やかな空気が流れた。


 「……でも」セレスティアは、ルークの銀髪を優しく見つめた。

 

「本当に変わったのね、ルーク。あんなに気弱だったのに……今は、すごく強くなった」

 

「……もう、あんな無力な自分ではいたくなかった」

 

ルークは、照れを隠すように再び真剣な表情に戻った。

 

「だから力を求めた。二度と、あんな風に……誰かを見捨てないように。……そして、この力を手に入れたんだ」

 

「力……?」


 「ああ、」

 

ルークは静かに告げた。


 「だから力を求めた。二度と、あんな風に誰かを見捨てないように。……僕はあの後、沢山剣の特訓をして、そして魔王アスタロト様に認めてもらい、右目の視力を代償にネファスの魔女になったんだ」


 「魔王と……契約……?」


セレスティアの顔から、ふっと笑みが消えた。

 

「ああ。そして、この力を手に入れた。……記憶魔法、だ」

 

その瞬間、焚き火の火の粉を眺めていたヴィクラムの手が、ぴくりと微かに動いた。

セレスティアは、ルークの口から出た「魔王」という言葉と「記憶魔法」という言葉を、不安げに反芻した。

 

「記憶……魔法……?」

 

「ああ。他者の記憶を読み、その能力や技をコピーできる力だ。」

 

「他人の記憶を……読む……?」

 

セレスティアが、息を呑んだ、その時だった。


「――ほう。それは、実に恐ろしい力だな」


それまで黙って聞いていたヴィクラムが、娘を案じる父親の顔で、ルークとセレスティアの間に割って入った。

 

「魔王と契約し、人の記憶を読む力を得たか。……ルーク君、君が強くなったのは喜ばしい。だが、セレスティア」

 

ヴィクラムは、娘の肩に優しく手を置いた。

 

「そういう人の心の内を覗き見るような力は、あまり感心しないな。しかも魔王と契約して魔女になっただなんて。

 ――君の幼馴染だというが、今の彼女は、我々が知る昔の彼女ではないようだ。……あまり、深入りしすぎるんじゃないぞ」

 

「お父様! ルークはそんな……!」

 

「分かっているさ」

 

ヴィクラムはセレスティアの抗弁を笑顔で制した。


 「ただ、父親として心配なだけだ。あの子の仲間ミツキたちも、皆『魔女』のようだしな。……危険な世界に、これ以上お前が首を突っ込むのは……」


 「…………」

 

ルークは、ヴィクラムの巧妙な牽制に何も言い返せず、ただ眼帯の奥の瞳を伏せた。

 

ヴィクラムの言葉は、娘を案じる父親のものだった。

 だが、ルークにとっては「今の危険な魔女であるお前は、セレスティアにふさわしくない」と、その存在自体を拒絶されたように響いた。マーロウ村で彼女の手を振り払った罪悪感 が、重く胸に蘇る。


 「――とにかく!」

 

ヴィクラムの言葉によって重くなった空気を断ち切るように、ミツキが焚き火を囲む全員に向かって声を張り上げた。

 

「感傷に浸ってる時間はないよ! ロクサーナさんの言う通り、神官兵かラマシュトゥがいつここに来るか分からない!」

 

ミツキが廃墟の地図を広げようとした、ちょうどその時だった。

 

「終わったわ」

 

ロクサーナが、エリシェヴァとライラを伴って焚き火の輪に戻ってきた。その手には、紋様が描き直された護符が握られている。

 

「子供たちは?」

 

ミツキが尋ねると、エリシェヴァが安堵の表情で頷いた。

 

「ええ。熱はまだ高いままだけれど、みんな穏やかな顔で眠りについたわ。ラマシュトゥの呪詛が解けて、悪夢から解放されたみたい」

 

「よかった……」

 

ライラも、自分の記憶力が役に立ったことに、はにかみながら微笑んだ。

だが、ロクサーナはすぐにルークたちの間の重い空気に気づき、ヴィクラムと、俯いたままのルークを一瞥した。

 

「……随分と湿っぽい雰囲気ね。作戦会議の続きでしょう。早くウリエルを止める方法と、この子たちを守る方法を決めるわよ」

 

ロクサーナが地図を睨み込む。

ウリエル、神官兵、ラマシュトゥ。敵は明確だ。しかし、どうやってあの天使を討つのか。

その重い沈黙を破ったのは、セレスティア自身の、震える声だった。

 

「……あの……みんなに、話さなきゃいけないことが、あります」

 

焚き火を囲む全員の視線が、セレスティアに集まる。彼女は自分の手を強く握りしめ、意を決したように顔を上げた。

 

「この、『終わらない夜』のこと…… もしかしたら……私の、せいかもしれません」

 

「え……?」

 

ミツキが目を見開く。

 

「どういうことだ、セレスティア?」

 

ルークも剣の手入れを止め、彼女を凝視した。

 

「この街に来て……私、見たんです。神官たちが、子供たちの額に印をつけて……そして……」

 

セレスティアの声が、恐怖を思い出すように震えた。


 

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