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第十話 再会

「こっちよ。急いで」

ロクサーナはランプを掲げ、ラマシュトゥがうずくまる方向とは別の、暗い分岐路を照らし出した。

 

背後からは、未だ「いやぁぁ……! 返して……わたしのあかちゃんを……!」という魔王の悲痛な絶叫が響き続けている。

 

「ルーク、もう大丈夫なの?」

 

ミツキが尋ねると、エリシェヴァの治癒魔法を受けて顔色が戻ったルークは、こくりと頷いた。

 

「……ああ。もう問題ない。大丈夫だ。」

 

「よかった……」

 

ミツキは安堵の息をつくと、ライラの手を強く握った。

 「行こう、みんな!」

 

一行は、セレスティアという新たな希望と、世界の時を止めた元凶という大きな謎を追って、暗い地下通路の奥深くへと、再び歩みを進めるのだった。

ロクサーナが掲げるランプの光を頼りに、一行は狭い石畳の道を進んでいく。

どれくらい走っただろうか。やがて、カビと湿気の匂いが薄れ、代わりに新鮮な夜気と、露を含んだ草の匂いが鼻をついた。

ランプの光の先に、ツタに覆われた古い石の扉が見えてきた。

 

「……着いたわ。ここが東の森への出口よ」

 

ロクサーナが扉に手をかけ、魔力を流し込む。重い石が擦れる音と共に、扉がゆっくりと開いた。

一行の目の前に広がったのは、カラート・シャムス()の荒涼とした砂漠とは似ても似つかぬ、鬱蒼とした深い森の光景だった。

 

「……わぁ」

 

ライラが、その光景に息を呑む。


 「終わらない夜」のせいで太陽の光こそないが、凍てついた月明かりが木々の隙間から差し込み、巨大な木々やシダ植物を幻想的に照らし出していた。

だが、それはただの森ではなかった。

 

そこは、木々の間あるいは巨大な根に飲み込まれるようにして、カラート・シャムスの街並みにあった物より大きく、複雑な構造を持つ建築物が、そこかしこに点在している…大きな都市の跡地だった。

 かつては神殿であったか、あるいは宮殿であったかのような、精緻な彫刻が施された柱や壁が、ツタや苔に覆われて静かに眠りについていた。


「……これは……」

 

ルークは、その光景を見上げ、目を見開いた。

 

「この東の森はかつてのカラート・シャムスの中心部でね、この街は皆ラーヴァナが治めていた時代に建てられた物なの」


 ロクサーナが都市の廃墟を見回し、答える。


「今となってはただの廃墟だけどね。彼が人間界を去った後、この場所は神官たちによって意図的に放棄され、森に飲まれるがままになったと聞いているわ。……天上神の秩序にそぐわない『文明』の痕跡を、消し去りたかったのでしょう」


夜によって凍てついた月明かりが、ツタや苔に覆われた巨大な建造物の残骸を照らし出している。

 

「……すごい」

 

ミツキは、崩れかけた柱に施された、信じられないほど精緻な彫刻に手を触れた。幾何学模様と、見たこともない動植物が組み合わさったデザインだ。


 「街の建物よりも、ずっと複雑で……綺麗ね」

 

 エリシェヴァも、周囲の気配を探りながら息を呑む。

 

 「魔力とは違う。なんというか、もっと理知的で、計算された力の流れを感じるわ。」


 ルークは、かつては街の役所か何かであったであろう苔むした高層の建物を見つめていた。

 

「成る程、これほどの規模の廃墟都市が森に隠されていたとはな。大勢の子供たちを連れて身を隠すには、ここ以上に丁度良い場所はないだろう」


 彼女は、この複雑な遺跡が追手から逃れるための格好の隠れ家になると判断し、セレスティアがここに逃げ込んだことを確信していた。

 

「あ……!」

 

一行が、その忘れられた文明の痕跡に圧倒されていると、ライラが小さな声を上げた。

 

「あそこ! 人の足跡です!こんなに たくさん、子供たちのものと、大人のものも!」


 ライラが指さした苔むした石畳の上には、無数の足跡が残されていた。小さな子供のもの、そしてそれを導く数人の大人のもの。それは間違いなく、神殿から逃れてきた者たちの痕跡だった。

 

「ああ、間違いない。セレスティア達はここにいるんだな」


 

 

ルークが、荒い息の下で低く呟いた。その隻眼には、安堵とも焦燥ともつかぬ複雑な光が宿る。


 「急ぎましょう」エリシェヴァが一行を促す。


 「神官たちに見つかる前に、合流しないと」

 

ロクサーナは、ラーヴァナが統治していたという壮麗な廃墟都市を見渡し、冷ややかに付け加えた。


 「これだけの規模の廃墟なら、隠れる場所には困らないでしょうけど、ラマシュトゥがいつ追いつくか分からないわ。あの魔王は、子供の気配には異常に敏感よ」

 

「とにかく、足跡を追おう!」

 

ミツキの言葉に、一行は頷き合う。

凍てついた月明かりだけが照らす、苔むした柱と崩れたアーチの間を、息を潜めて駆け抜けていく。

 

 足跡は、かつてこの都市で最も壮麗であっただろう、巨大な神殿の残骸へと続いていた。天井は崩落し、所々星空が剥き出しになっている。だが、分厚い壁と入り組んだ回廊が、風と追手の目を遮るには十分な隠れ家となっていた。

 神殿の奥、崩れた祭壇の陰から、微かに光が漏れている。……焚き火だ。そして、ひそひそと交わされる声と、子供の小さな咳払い。

 

「……いた!」

 

ミツキが合図し、一行は武器に手をかけたまま、慎重にその広間へと足を踏み入れた。

そこにいたのは、十数人の子供たちだった。皆、薄汚れた服をまとい、寒さと恐怖に震えながら身を寄せ合っている。そして、その子供たちを庇うように、二人の大人が立っていた。

 

一人は、高価だが着崩した服をまとった中年の男。不安げに周囲を警戒しながらも、その手には剣が握られている。

 

そして、もう一人――。

 

焚き火の光に照らされ、金髪が淡く輝く。

ミツキたち侵入者の気配に、彼女は勢いよく振り返った。

その瞳は、ルークが語った通りの、印象的な銅色だった。

 

「セレスティア……!」

 

 ルークが、数年ぶりに再会する幼馴染の名を、想いを込めて絞り出した。

その声に、金髪の少女――セレスティアは激しく肩を震わせた。彼女は、聞き覚えのあるその響きに困惑し、声の主である銀髪で眼帯の女騎士ルークを凝視した。

 

記憶の中の気弱な幼馴染とは似ても似つかないその姿に、セレスティアの瞳が激しく揺らぐ。


 「……え……? どうして私の名前を……。……まさか……?」

 

「誰だ!」


 セレスティアの隣にいた中年の男――ヴィクラムが、即座に剣を抜き、子供たちの前に立ちはだかった。

 

「教会の追手か! ……いや、魔女だな?」

 

ヴィクラムの鋭い視線が、ロクサーナと、ネファスの魔女の気配を隠さないルークに向けられる。

 

「待って」ミツキが両手を広げ、前に出た。


 「あたしたちは教会とは関係ない――寧ろ敵。あなたたちを助けに来たの」

 

「助けに……?」ヴィクラムは剣を下ろさない。


 「魔女が、何の目的で……」


 その緊迫したやり取りの間も、セレスティアは銀髪の女騎士ルークから目が離せずにいた。

 

(……この声……。マーロウ村で聞いた、あの時のルークの声にそっくり……。でも、そんなはず……。姿が、あまりにも……)

 

混乱するセレスティアの心を読んだかのように、ルークが一歩前に出た。

 

「セレスティア。僕だ」

 

ルークは眼帯を外し、紫と青のオッドアイを露わにした。

 

「信じられないかもしれないが、ルークだ。マーロウ村の」

 

「ルーク……!」


 セレスティアの瞳が、今度こそ確信を持って見開かれた。銀髪に眼帯、鋭い戦士の出で立ち。記憶の中の気弱だった幼馴染とは似ても似つかない。だが、その声と、真っ直ぐな眼差しは、紛れもなく彼女が知るルークのものだった。

 

「本当に……本当に、ルークなの!?」

 

「ああ」

 

「生きてたんだ……! よかった……また会えるなんて……!」 


 セレスティアの張り詰めていた緊張が解け、その目には涙が溢れる。

その様子を見て、ヴィクラムは驚きながらも、ゆっくりと剣の切っ先を下げた。

 

「セレスティア……? 知り合い、なのか?」

 

「はい! お父様! この子たちは私の、昔からの親友なの!」

 

セレスティアが喜びで言葉を詰まらせた、その時だった。


「――再会を喜んでいるところ悪いけれど、感傷に浸っている時間はないわ」

 

氷のように冷たい声が、焚き火の音を遮った。

ロクサーナだった。彼女は杖を握ったまま、一切の感情を排した紫色の瞳でセレスティアを冷静に観察していた。

 

「ルークから話は聞いたわ、あなたが神殿を襲撃した"無敵の聖女"ね。ラマシュトゥが『子供たちを連れ去った』と叫んでいたのは、あなたのことよ」

 

「ラマシュトゥ……? あの、神殿の地下通路にいた魔王のこと……?」

 

セレスティアがルークたちとロクサーナを交互に見て戸惑う。

 

「そうよ」ロクサーナは淡々と事実だけを告げる。


  「まず状況を整理しましょう。

 あなたは詳しい事情を知らなかったようだけれど、この街の疫病は『疫病の魔王』パズズ様が、子供たちを太陽の儀式から守るために与えた『守護』だった。病にはなるけれど、決して死なせないための、次善の策だったの」

 

「え……!? あの病気が……守護?」

 

セレスティアは信じられないというように目を見開く。

 

「ええ。そして、正直な所あなたの善意の行動(神殿襲撃)は、結果として事態をより悪い方へ導く事になったわ。

 神殿から子供達の気配がなくなった事によりラマシュトゥの動きが活発化し、神官兵達は貴方と子供達を見つけ出そうと街中を血眼になって探し回っている。

 ――これじゃ迂闊に街に近づく事すら出来ない。」

 

ロクサーナの冷徹な指摘に、セレスティアは唇を噛んだ。

 

「そんな! 私は、あの子たちがあのおぞましい儀式の生贄にされるのを、解放したかっただけで……!」

 

「――でも、あなたの力は見させてもらった」

 

ロクサーナはセレスティアの抗弁を遮り、本題に入った。

 

「神殿を単独で壊滅させ、天使の力を無効化するその『無敵』の力。……貴方の力あれば、この街の元凶である智天使ウリエルを討てるかもしれない」

 

「!」

 

「私の目的も、パズズ様の目的も、ウリエルを止め、子供たちの儀式を終わらせること。利害は一致しているはずよ。お願い、協力を申し出るわ。私たちと手を組む気はある?」

 

ロクサーナの紫色の瞳が、真っ直ぐにセレスティアを射抜く。それは非難ではなく、明確な「交渉」の眼差しだった。 


 「セレスティアさん。あたし達もこの街の理不尽な儀式を止めるために来たの」

 

ミツキはロクサーナとセレスティアを交互に見て、真っ直ぐに続けた。

 

「目的は同じはず。だから、あたしたちと協力してほしい! お願い!」 

 

ミツキの必死の訴えと、ロクサーナの冷静な交渉。二人の言葉を受け、セレスティアはルークの顔を見て、意を決したようにこくりと頷いた。

 

「……わかりました。あの子たちを守るためなら……協力します」

 

「よかった!」

 

ミツキの顔がぱっと明るくなる。ロクサーナもまた、冷静に

 

 「……話が早くて助かるわ」


 と頷いた。

こうして、目的を同じくするミツキ達が、廃墟の森で初めて手を結んだのであった。


 「しかし……」

 

ヴィクラムが、娘の決断を受け入れつつも、ミツキたちに向き直った。

 

「ルークは娘の幼馴染だと分かった。だが、君たちは一体……? 私はヴィクラム。セレスティアの父だ。 娘の仲間として、君たちのことも知っておきたい」


 「あ、ごめんなさい!まだ自己紹介していませんでしたね!」

 

ミツキは慌ててヴィクラムとセレスティアに向き直った。

 

「あたしはミツキ! こっちはエリシェヴァ、こっちの子がライラ。あたしたちも、ルークと一緒に旅をしてるの」

 

「私はエリシェヴァ。ちょっと前まで診療所を営んでいたの。治癒魔法が使えるわ。よろしくね。」

 

「ら、ライラです……!」

 

エリシェヴァとライラも、それぞれ緊張した面持ちで頭を下げた。

ヴィクラムは「ミツキ殿」と頷き、改めて娘の仲間たちを見据えた。


 

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