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第八話 太陽の神殿にて、聖女の裁き


一方その頃、アダムス率いる軍勢は、ついに「太陽の城塞」カラート・シャムスに到着していた。

 

神殿の最奥の間は、街の狂信的な熱気とは裏腹に、不気味なほどの静寂と冷気に包まれていた。

 だが、そこはアダムスが想像していた神聖な場所ではなく、戦闘の痕跡が生々しく残る、冒涜された空間だった。燭台は倒れ、壁や天井は所々が崩れ落ち、祭壇には焦げ跡とは違う、おぞましい光の残滓がこびりついている。神殿は既に半壊していた。

 

その祭壇の前で、この街の神官長であるカシムが土下座せんばかりの勢いでアダムスに平伏していた。その顔は恐怖と怒りで歪んでいる。

 

「きょ、教皇猊下! おおお、お待ちしておりました……!」

 

アダムスは、目の前の無様な男と、荒らされた祭壇を冷たく見下ろした。

 

「……これが『異変の中心地』の有様か、カシム。報告では、ウリエル様の力が日に日に弱まっているとのことだったが……それだけではあるまい。この惨状はなんだ」

 

アダムスの氷のような声に、カシムは震え上がった。

 

「は、はい! まさしく……! あの忌まわしき『終わらない夜』のせいで、ウリエル様が神力を十分に発揮できず……その、弱体化なされた隙を突かれまして……!」

 

カシムは顔を上げ、涙ながらに訴えた。

 

「異端者どもが、この神殿を襲撃したのです!」

 

「……なに?」

 

アダムスの碧眼が、鋭く細められる。

 

「あの『マーロウ村の異端者』……天使殺しのセレスティアです! あの化け物が、ウリエル様が弱体化しているのを嗅ぎつけ、神殿に乗り込んできたのです! 我らの神官兵は必死に抵抗しましたが、あの聖剣の力の前に次々と……!」

 

「……それで?」

 

「あろうことか……あの異端者は、『太陽の儀式』のために集めていた『穢れ』の子供たちとその家族を扇動し、全て奪い去っていきました……! すでに街のどこかへ脱走し、潜伏しております……!」

 

「ウリエル様にご加護を賜る神聖な儀式が……! これでは太陽も昇らぬはずだ……!」


 カシムはその場に泣き崩れた。

 

「……儀式、か」

 

アダムスは、カシムの言葉を遮った。


 「あの、子供を生贄にするという古き風習だな」

 

「も、もちろんです!」カシムは、アダムスが儀式を肯定したと勘違いし、得意げに続けた。


 「あれこそが、この街の清浄を保つためにウリエル様が我らにお許しくださった、神聖なる――」

 

「――黙れ」

 

氷のような一言が、カシムの言葉を遮った。

 

「ひっ……」

 

アダムスはゆっくりと振り返り、その冷徹な碧眼でカシムを射抜いた。

 

「この土地は特別だ。かつてラーヴァナが統治し、パズズやラマシュトゥといった魔王どもの気配も色濃く残っている。

 ……結果、この地は魔女を生み出す『穢れ』の温床となっている。ウリエル様が儀式を許容されたのは、その大本の『穢れ』を祓い、これ以上魔女や悪魔どもが生まれるのを防ぐため、やむを得ず、だったはずだ」

 

アダムスは、恐怖に震えるカシムを一瞥した。

 その視線は、カシムが指にはめたルビーの指輪に冷たく注がれている。

 

「――だが、お前たちはその儀式を隠れ蓑に私腹を肥やし、あまつさえ、天使殺しの異端者に神殿の襲撃を許し、生贄まで奪われるとは。……これが、お前たちの言う『秩序』か?」


「……!」

 

「も、申し訳……ございません……!」


 

「ふん」アダムスは、カシムの言葉を鼻で笑った。

 その身から放たれる絶対的な圧だけで、神官長は呼吸すらままならなくなった。 


 「偵察によれば、この街にはセレスティアだけでなく、"翁が遣わす巫女"の反応もある」

 

「え……!?」

 

「疫病を撒き散らす魔王共に、神殿を襲撃した天使殺しと、翁の巫女。……神に仇なす者どもが、この地に集うか。好都合だ」

 

アダムスは冷酷に宣言した。

 

「全軍に伝えよ。これより、カラート・シャムスの『浄化』を開始する。神殿を襲撃し、神の儀式を妨害した大罪人セレスティア、そしてそれに連なる全ての異端者を残らず炙り出し、この私が直々に討ち滅ぼす!」


――


 アダムスが神殿の最奥の間から去っていく。その冷徹な背中が見えなくなるまで、神官長カシムは床に頭を擦り付けんばかりの勢いで平伏し続けていた。

 

やがて、アダムス配下の浄化官たちの足音も遠のき、絶対的な圧が消え去ると、カシムはわなわなと震えながら、ゆっくりと顔を上げた。

その顔は、先ほどまでの恐怖とは打って変わり、屈辱とどす黒い怒りに歪んでいた。

 

 「……若造が……!!」

 

 カシムは床を拳で殴りつけた。宝石をちりばめた指輪が、大理石に甲高い音を立てる。

 

「教皇だからと好き勝手に……! この私を……!」

 

アダムスに私腹を肥やしていることを見抜かれ、一方的に「浄化」を宣言されたこと。それは、このカラート・シャムスで絶対的な権力者として君臨してきたカシムにとって、耐え難い屈辱だった。

 

「全て……全て、あの小娘のせいだ……!」


 カシムの憎悪は、アダムスから、この事態を引き起こしたもう一人の異端者へと転嫁される。

 

――天使殺しの異端者、セレスティア。

 

あの娘が神殿を襲撃し、ウリエルが弱体化していなければ、アダムスのような若造にここまで屈する必要はなかったのだ。

カシムは、数日前の悪夢のような光景を、苦々しく思い返していた。


――


 「終わらない夜」が始まって間もなく、熾天使ウリエルの神力が日に日に弱まっていくのを、カシムは肌で感じ取っていた。太陽の力が届かぬことで、ウリエルは祭壇の奥で深い瞑想に入られ、神殿の守りは手薄になっていた。

 その、最悪のタイミングを狙いすましたかのように、奴らは現れたのだ。


 「神殿に侵入者だ! 例の異端者、セレスティアだぞ!」

 

報告を聞き、カシム自らが神官兵を率いて大聖堂に駆けつけた時、そこはすでに混沌と化していた。


セレスティアと、彼女の連れらしき高価な貴族の服を着崩した中年の男。そして、儀式のために集めていたはずの「穢れ」の子供たちとその家族が解き放たれ、次々と神殿の出口へと向かっていた。


 「何をやっている、ヴィクラム卿!」

 

カシムは、教会の大口の支援者パトロンであり、由緒ある貴族であるはずの男の裏切りに激昂した。

 

「その女は天使殺しの大罪人ぞ! なぜ子供たちを扇動している!」

 

「扇動? 違うな」


 ヴィクラムは彼女を庇うように一歩前に出た。


 「私たちは、救出しているのだ。貴様らのような、神の名を騙って子供を火炙りにする悪魔どもの手からな!」

 

「…っ、この裏切り者が!」

 

カシムは杖を振り上げ、神官兵たちに叫んだ。

 

「あの女こそが諸悪の根源だ! 神殿を荒らし、ウリエル様の儀式を妨害する異端者め! 構わん、子供たちごと捕えろ! あの女を殺せ!」


 神官兵たちが一斉に神力の矢を構える。子供たちが怯えて悲鳴を上げた。

その時、それまで黙って俯いていたセレスティアが、ゆっくりと顔を上げた。その銅色の瞳には、怒りも恐怖もなく、ただ深い、深い悲しみだけが浮かんでいた。

 

「……やめてください」

 

少女のか細い声が、神殿に響いた。

 

「何をためらうか! 撃て!」

 

カシムの号令で、数十本の神力の矢が、セレスティアと子供たちに向かって一斉に放たれた。

だが、矢はセレスティアに届く直前、まるで見えない壁に阻まれたかのように、空中で静止し、力を失って床に落ちた。

 

「な……!?」

 

カシムも神官兵たちも、目を疑った。

 

「神力が……通じない……!?」

 

「ば、馬鹿な、そんな事があるわけ…! 撃ち続けろ!」


 第二射、第三射が放たれるが、結果は同じ。矢はセレスティアの数メートル手前で止まり、無力に落下していく。彼女は、ただそこに立っているだけ。それだけで、天上神の祝福を受けた教会の神力の一切を「無効化」していた。

“無敵の聖女”――マーロウ村での彼女の異名が、ただの伝説ではないことを思い知らされた。


 「……どうして……」

 

セレスティアは、大量の兵士に矢を向けられる恐怖を押し殺しながらカシムを見つめた。

 

「どうして、こんな酷いことができるのですか……? 子供たちは、ただ生きているだけなのに……!」

 

「黙れ、化け物め!」

 

カシムは、得体の知れない力への恐怖を、怒鳴り声でかき消した。

 

「お前のような天使殺しが、神の御前で何を語る! その『穢れ』の子供たちも、お前も、等しく神の敵だ! 構わん、子供ごと聖なる炎で焼き払え!」

 

カシムが杖を振り上げ、神官兵たちが炎の神術を構えた、その瞬間だった。


 「誰も傷つけないで下さい。もう、誰も……生贄になんてさせない!」

 

セレスティアが怒りを顕にし叫んだ。

それと同時に、彼女の背後の空間が裂け、天上の光と共に、無数の黄金の聖剣が姿を現した。

 

「ひ……ひぃぃっ!?」

 

神官兵たちが、マーロウ村の天使たちが見た最期と同じ光景を目の当たりにして悲鳴を上げる。

 

「撃て! 撃ち殺せっ!」

 

カシムが叫ぶが、遅かった。

 

聖剣の嵐が、神官兵も、神殿の柱も、床も、区別なく無差別に降り注ぐ。神官兵達は反撃どころか彼女の攻撃に耐えるだけで精一杯だった。

 眩い光と共に武器も防具も破壊つくされ塵となり、神殿の壁は崩れ堕ち、天井には穴が空き、祭壇は傾きそれに伴い大量の砂埃が舞う。

――神殿は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変わった。


「う、腕が……!」

「ぎゃあああっ!」


阿鼻叫喚の中、カシムは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

 セレスティアは、その惨状の中心で、悲しみの表情を浮かべながら静かに佇んでいた。その瞳からは、聖なる力とはまた違う何か強大な力が渦巻いていた。


「ひいいぃぃぃっ……!」

 

カシムは恐怖のあまり、負傷した兵士達をおいて這うようにしてその場から逃げ出した。


――


 「……あの化け物め……! あの小娘さえいなければ……!」

 

カシムは、回想の恐怖を振り払うように、壁を爪で引っ掻いた。


  「――だが、それもここまでだ。教皇アダムスが来た。あの男も気に入らんが、天使殺しの化け物を始末するための『駒』としては丁度良い」

 

少しして、呼吸を落ち着かせるとカシムは血走った目で、倒れた燭台を睨みつけた。

 

「フフフ…そうだ……潰し合え。異端者セレスティアも、翁の巫女ミツキも、あの傲慢な教皇アダムスも……! 全員まとめて、このカラート・シャムスで朽ち果てればいい。最後にこの街の『秩序』を取り戻すのは、この私……神官長カシムなのだからな!」

 

彼の歪んだ笑い声が、誰もいない神殿の闇に、不気味に響き渡った。

 

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