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第七話 謁見 魔王パズズ

読んでくださってありがとうございます。

感想等いただけると有り難いです。

店の奥の部屋は、薬草の匂いに満ちた研究室のようだった。ロクサーナはランプの灯りを強めると、一行に向き直った。その紫色の瞳は、もう警戒の色を隠そうともしていない。

 

「さて、単刀直入に聞かせてもらうわ。あなたたち、魔王パズズの名を知って、一体何をしようとしているの?」

 

「それを聞く前に、こっちの質問に答えてほしい」


 ミツキも一歩も引かない。

 

 「あの疫病は、あなたが配ってる護符のせいなの?」

 

ロクサーナは、ミツキの真っ直ぐな視線を受け止めると、静かに頷いた。

 

「……そうよ」

 

「え……!?」

 

ミツキたちが息を呑む。

 

「どういう……ことなの?」


 エリシェヴァの声が震える。


 「あの護符は、ベルゼブブ様が言っていた……子供を守るためのものじゃ……」

 

「ええ、そうよ」とロクサーナは淡々と続ける。


 「あれは、『疫病の魔王』パズズ様の、守護の権能が込められた護符。身に着けた子供は、パズズ様の守護下に入る。……そして、その**『副作用』**として、パズズ様の気配に触れ、あの奇病を発症するの」

 

「副作用……!?」エリシェヴァが叫んだ。


 「病気になると分かってて、あんたはあれを配ってるっていうの!?」

 

「そうよ」

 

ロクサーナの紫色の瞳が、ミツキを冷ややかに射抜いた。

 


  

「そんな、あなたは治癒師でしょう!? 人を救うための薬師が、どうして病気を広めるような真似を……! そんなの間違ってるわ!」

 

エリシェヴァが、今度こそ声を荒らげた。 

彼女の激しい非難に対し、ロクサーナは静かに、しかし強い意志を込めて言い返した。

 

「いいえ。間違っているのは、この街の方よ」

 

ロクサーナは窓の外――神殿があるであろう方角を睨みつけた。

 

「この街では、将来魔女になる可能性がある子供たちに『穢れ』の印を押し、ウリエルの儀式でその家族によって生きたまま焼かれる。

 そして、それが『清浄』だと信じられている。貴方達も表通りで見たでしょう?

 ……私は、その現実を前にして選んだだけ」

 

彼女は、エリシェヴァを真っ直ぐに見据えた。

 

「パズズ様の疫病は、確かに苦しいわ。高熱に魘され、力も入らない。……けれど、パズズ様の加護により決して死ぬ事はないの」

 

「え……?」

 

エリシェヴァの息が詰まる。

 

「でも、『太陽の儀式』で火炙りにされれば、子供たちは確実に死ぬ」

 

ロクサーナは、残酷な現実を突きつける。

 

「私は、その二択を前にして選んだだけ。高熱で苦しむ『地獄』と、生きたまま焼かれて死ぬ『確実な死』と、どちらがマシか。私は前者を選んだ。ただ、それだけのことよ」

 

「そ……それは……」

 

エリシェヴァは言葉に詰まった。ロクサーナの言っていることは、冷徹だが、否定しきれない現実だった。治癒師としての理想が、街の狂気という現実の前に、足元から崩れ落ちていく。


 「……でも、だからって、病気を肯定するなんて……! 苦しんでいる人を見過ごすなんて、治癒師として……!」

 

「理想論だけでは誰も救えないわ」


 ロクサーナは冷たく言い放つ。


 「あなたは『どちらも救う』と言うのでしょうけど、どうやって? あの智天使ウリエルを止められるとでも? ……私にはできない。だから、私のあるじであるパズズ様の力を借りて、この『次善の策』を選んでいるのよ」


 エリシェヴァが食い下がった、その時だった。

それまで怯えたように黙っていたライラが、震える声で口を挟んだ。


 「……あの……!」

 

エリシェヴァとミツキの視線が、ライラに集まる。

 

「私は……そのロクサーナの言うこと……間違ってない、と思います」

 

「ライラ!?」

 

エリシェヴァが、信じられないというように目を見開く。

ライラは、アーリヤの形見の布切れを強く握りしめ、涙をこらえながら話した。

 

「だって…だって……! あの時アーリヤは、 神官に殺されて、もう……どこにもいないんです……! でも、この街の子たちは、病気で苦しんでるけど……死んでない……! 生きてるんです!」

 

彼女の脳裏には、黒羽の矢に貫かれたアーリヤの最期が焼き付いていた。

 

「生きてさえいれば……いつか、笑える日が来るかもしれない……! 死んじゃったら、もう……何も……!」

 

「ライラ……」

 

エリシェヴァは、ライラの悲痛な叫びに、何も言い返せなかった。


 「……二人とも、待って」

 

静寂を破ったのは、ミツキだった。

 

「どっちも間違ってるよ」

 

ミツキはロクサーナを真っ直ぐに見つめた。

 

「疫病で苦しむのも、火炙りにされるのも、どっちも間違ってる。子供たちが、どっちかを選ばなきゃいけないなんて、そんなのおかしいよ」

 

ミツキの言葉に、エリシェヴァもはっと顔を上げた。

 

「……そうだな、責めるべきはロクサーナではない。真の敵は、この狂った儀式を強いているウリエルと、この街の神官たちだ。

 彼等を止めなければ病を鎮めた所で根本的な問題は何も解決しないだろう。」

 

ルークが、低い声で結論付けた。


――こうして一行の間に、奇妙な連帯感が生まれ始めた、その時だった。

 

ロクサーナが、ふっと息を吐いた。

 

「……あなたたちが、ただの感傷で動いているわけではないことは分かったわ。ウリエルを止めると言うのなら……まずは、私のあるじに会ってもらう」

 

ロクサーナは懐から、あの護符と同じ、鳥とライオンが刻まれた石を取り出した。

 

「あなたたちが本当に信用に足るのか、どれほどの力を持つのか……パズズ様に、直接見定めてもらうわ」

 

彼女が謁見魔法の詠唱を始めると、部屋の空気が一気に重くなり、澱んだ土の匂いと、乾いた風の気配が満ちていく。

視界が歪み、四人はベルゼブブの領域とは全く違う、暗く、乾いた風が吹き荒れる荒野へと転移していた。

岩肌が剥き出しになった、荒涼とした玉座の間。

そして、その玉座に、「彼」は座していた。

一行は、その姿に息を呑んだ。

 

 ベルゼブブやアスタロトと同じ魔王としての威厳を放つ、堂々とした体格の人型の存在。――だが、その姿はあまりにも異様だった。

 

 ライオンのたてがみそのもののような、荒々しい長髪を靡かせ、玉座に置かれた両手は、人間のそれではなく、鳥……あるいは鷲のもののような、黒く鋭い鉤爪へと変形していた。

 そして、背中から生えた四枚の翼には、毒々しい色をした蛇が巻き付き、鎌首をもたげて威嚇の舌をちらつかせている。


「――この私に尋ね人とは、久しいな」

 

その姿を見た瞬間、ルークとライラは同時に目を見開いた。

 

(この姿……!)(護符の絵……!)

 

ライオンと、鳥(鷲)、そして蛇。街で見つけた二つの護符の要素が、全てこの魔王の姿に集約されていた。

 

 だが何より異様なのは、その圧倒的な力とは裏腹に、彼が纏う空気だった。

鬣のような髪の間から覗くその瞳は、一切の光を失い、深い絶望に沈んでいる。ベルゼブブが評した通りの、陰鬱な気配。


「……ようこそ、ネファスの魔女達、そして翁の巫女よ」

 

『疫病の魔王』パズズが、かすれた声で呟いた。

 

「……そしてロクサーナ、また私の妻が……ご迷惑をおかけしているようだね」


 ロクサーナは主の前に深く膝をついたまま、答える。

 

「……はい。ですが、主よ。この方々は、翁の巫女とその一行。ベルゼブブ様やアスタロト様とも繋がりがあるようです。……あるいは、ウリエルを止める力になってくれるやもしれません」

 

パズズの陰鬱な瞳が、ロクサーナからミツキたち四人へとゆっくりと移される。その視線には、アダムスのような傲慢さも、イブリースのような憎悪もない。ただ、全てを諦めたかのような、底なしの疲労感が漂っていた。

 

「……翁の巫女よ」


 パズズが再びかすれた声で呟いた。


 「お前たちも見たのだろう。このカラート・シャムスの惨状を。……そして、私の疫病と、ラマシュトゥの狂気を」

 

ミツキは剣の柄を握りしめ、一歩前に出た。


「うん、聞いた。あなたが配ってる護符が、疫病の原因だって。……でも、ロクサーナさんは言ってた。その病気で、死ぬ事はないって。……それは、本当なの?」


 「……ああ」


 パズズは静かに頷いた。


 「私の権能は『疫病』であると同時に、古来より『守護』でもある。あの護符は、身に着けた者を私の守護下に置く証。……私の支配下にある病は、私の意志で決して死に至らせはしない。ただ、天使の『炎』から隠すための、苦肉の策だ」

 

 その言葉に、エリシェヴァが息を呑んだ。

 

「では……やはり、ウリエルの儀式から子供たちを救うために……」


「そうだ」とパズズは続けた。


 「だが、その私のささやかな抵抗が、妻をさらに狂わせた。ラマシュトゥは、私の護符が子供たちを『穢す』と信じ込み、あろうことか、私の紋様を『蛇』に描き変え、自らの呪詛を上書きし始めた。……あいつは、子供たちを救いたいのではない。ただ、『自分のもの』にしたいだけなのだ。天上神の手にも、私の手にも渡さぬよう……」


 ミツキが尋ねると、パズズの鬣のような髪が揺れ、その陰鬱な瞳がさらに深く沈んだ。

 

「……ラマシュトゥは、元は『母なる地母神』だった。私も『病を癒す地主神』だった。……天上神の使いどもが、この地に侵攻してくるまではな」

 

パズズの声に、押し殺した憎悪が滲む。

 

「奴らは、我らを『穢れ』と断じ、魔王へと堕とした。それだけではない……奴らは、『生命』すらも『穢れ』だと言い放ち、我らの……私とラマシュトゥの間に生まれた、幼い子供たちを、見せしめのように殺したのだ」

 

「なっ……!?」

 

ミツキたちが絶句する。


「……その日以来、ラマシュトゥは心を病んだ。狂ってしまったのだ。我が子を守れなかった絶望と、天上神への憎悪のあまり、目についた人間の子供を『自分の子供』だと思い込み、攫い続ける、哀れな魔王にな。 

――勿論、子供を殺した天使共は私が全て塵に変えた。だが、妻の壊れた心は、もう元には戻らない……」


 パズズの告白に、一行は言葉を失った。あまりにも理不尽で、悲劇的な過去。

「……そんな……」ライラが、アーリヤの最期を重ね合わせるように、小さく呟いた。


 「この街の『太陽の儀式』は、古くからあった悪習なの。生や出産を"穢れ"と断定した天上神によるね」


 ロクサーナが口を開いた。


 「けれど、魔界戦争が起こる前、この地を一時治めていた魔王、ラーヴァナがその儀式を『文明的ではない。何の意味も成さない無駄な行為』として一度は完全に廃止させたの。……なのに、彼が人間界を去ってから暫くして、智天使ウリエルが再びこの街に目をつけ、儀式を再開させてしまったわ」


 ――ラーヴァナ。世界中の夜が空けなくなった元凶としてベルゼブブが話していた魔王の名だ。


パズズの瞳に、明確な殺意が宿る。


「そして、あの忌まわしい火炙りの儀式が、ラマシュトゥのトラウマを再び抉ったのだ。

 ……結果、あいつの子供攫いは、魔界だけでなく、人間界にまで及び始めた。

 ……私がロクサーナに護符を配らせているのは、ウリエルから子供を守るためだけではない。ラマシュトゥが、これ以上罪を重ねるのを、止めるためでもあるのだ……!」 


全てが繋がった。疫病、子供攫い、生贄の儀式。その全ての元凶が、天上神の歪んだ正義と、それを執行する天使ウリエルにあるのだと。

 

「……話は分かった」

 

ミツキは剣の柄を握り、パズズを真っ直ぐに見据えた。

 

「あなたの気持ちも、ロクサーナさんの覚悟も、ライラの悔しさも、全部。……あたしたちも、そのウリエルっていう天使を止めに来た。……協力して、パズズ」

 

「……協力だと?」パズズは自嘲するように笑った。


 「翁の巫女よ。お前は私に何をしろと? 妻と戦えと? それとも、私を堕とした天上神の使い(ウリエル)と戦えと?」

 

「両方だよ」ミツキは即答した。

 

 「まずはウリエルを止めて、子供たちを生贄にする儀式を終わらせる。そうすれば、あなたが疫病を撒く必要もなくなる。……ラマシュトゥのことも、それから考えればいい」

 

 「……」

 

パズズは答えなかった。ただ、その陰鬱な瞳が、ミツキの奥にある翁の力と、彼女自身の揺るぎない決意とを値踏みするように見つめていた。

 

「……それと、この『終わらない夜』のこと」

 

ルークが、冷静に言葉を挟んだ。

 

「ベルゼブブ様は、魔王ラーヴァナの関与を疑っていた。……あなたはどう思う?」

 

その名を聞き、パズズはゆっくりとこの荒野の空――人間界の「終わらない夜」が映し出されたかのような、凍りついた空を見上げた。

 

「……ラーヴァナ。……ああ、あの男の力の気配は、確かに感じる。……だが、何かが違う。この『時の停滞』は、ラーヴァナ本人の意志によるものではない。

 ……まるで、ラーヴァナの権能だけが暴走し、それとは似ても似つかぬ、別の……ひどく純粋で、脆い『人間』の魂と無理やり結びつき、世界を縫い付けてしまったかのようだ」

 

「人間と、ラーヴァナの力が……?」

 

「憶測だ」とパズズは遮った。


 「だが、この異変が起きている今、ウリエルは『太陽の儀式』を行えない。奴は焦っているはずだ。……今こそ、奴を討つ好機かもしれん」

 

パズズは玉座からゆっくりと立ち上がった。その鷲の鉤爪のような手が、ロクサーナの肩に置かれる。

 

「……ロクサーナ。この者たちを、神殿の隠し通路へ導け」

 

「! 主よ、それは……」

 

「翁の巫女に賭けてみる」


 パズズの瞳に、ほんの一瞬、諦めではない光が宿った。

 

「――ウリエルを止め、妻の狂気を解き放てるというのなら。この『疫病神』の力、お前たちに貸そう」

 

パズズはそう言うと、鷲の鉤爪へと変形した手を自らの胸――鬣のような長髪の奥へと差し入れた。

その手が引き抜かれた時、そこには禍々しいほどの疫病の気配と、それとは対極にある神聖な守護の光が入り混じる、複雑な紋章シギルが握られていた。

ライオンの頭と鳥の翼、そして蛇が絡みついた、彼自身を象徴するような紋様だった。

 

「これは、我が力の核たるシギル。元々は『守護』を司るものだったが……天上神に堕とされ、今や『疫病』の源ともなっている」


 パズズは、その陰鬱な瞳でミツキを真っ直ぐに見据えた。

 

「翁の巫女よ、これを受け取れ。そして……必ずや、ウリエルを断ち切り、我が妻の……ラマシュトゥの魂を、あの狂気から救い出してくれ」

 

その声は、魔王の命令ではなく、一人の夫としての、悲痛な願いのように響いた。

シギルはパズズの手を離れ、光の矢となってミツキへと飛び込む。

 脳裏に、翁の声が響く。

 

これまでのシギルとは違う、脳髄を直接掴まれるような激しい頭痛と、内側から精神が腐っていくような強烈な不快感が全身を駆け巡る。ミツキは思わず膝をつき、こめかみを押さえた。

脳裏に、翁の声が響く。

 

《……四つ目だ。理は集まりつつある。……ミツキよ、それこそが『狂気の権能』》

《……だが、心せよ。それは他の三つとは質が全く違う。力ではない……『鍵』だ》

 

(鍵……?)

 

ミツキは激痛の中で、その言葉の意味を必死に理解しようとした。

 

《――決して、安易に使うな。……お前が、『ミツキ』として仲間たちの元へ還りたいと願うのならばな》

 

「……っ、分かったよ……!」

 

ミツキは激痛と冷気に耐えながら、顔を上げ、パズズに力強く頷いた。

 

「……約束する。あたしたちが、全部終わらせてみせる……!」

 

ミツキのその決意の目を見て、パズズは満足したかのように、あるいは、ようやく肩の荷が下りたかのように、わずかにその表情を緩めた。

 

「……ロクサーナ。この者たちを、神殿の隠し通路へ導け」

 

「! 主よ、しかし……」

 

「行け。……もう、私にはこれ以上、打つ手がないのだ……」

 

パズズが力なく手を振ると、荒野の世界が歪み、一行の意識は再びカラート・シャムスの薬局へと引き戻されていった。

 

 



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