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第四話 街の厄災

老婆が淹れてくれた温かい薬草茶の香りが、古びた宿屋の一室に満ちていた。ようやく見つけた人の温かさに、エリシェヴァは少しだけ警戒を解き、老婆の問いに答えた。

 

「私たちは、西の砂漠を越えて……アイン・アル・ハヤトという街から来ました。この街で起きているという世界の異変を、調査するために」

 

「アイン・アル・ハヤト……ああ、あの古き神々に守られたオアシスかい」

 

老婆は皺の刻まれた顔で頷くと、窓の外の動かない星空を見上げた。

 

「世界の異変、ねぇ……。神官様たちは『我らの祈りが足りぬ故の天罰だ』なんて言ってるが、あたしに言わせりゃ、気まぐれな神様が起こしたただの災厄さ。昔から、神様なんてのはそういうもんさね」

 

その言葉には、教会への盲信とは違う、古くからの知恵と諦観が滲んでいた。

 

「あの……女将さん」ミツキが、思い切って尋ねた。「あたしたち、この街に来て、子供たちの額に変な印が付けられているのを見ました。あれは一体……?」

 

老婆は、湯呑を置くと、悲しげに目を伏せた。

 

「……『太陽の儀式』の生贄の印さ。この街では、最も太陽の力が満ちる日に、七歳になった子供の中から『穢れ』を持つとされる子を選んで、太陽の天使ウリエル様に捧げる儀式があるんだよ」

 

「そんな……酷すぎる……!」

 

ライラが、震える声で呟く。

 

「昔は、ただ祈りを捧げるだけの祭りだったんだがね。何十年も前に、今の神官たちが来てから、いつの間にかこんなおぞましい儀式に変わっちまった。『街の清浄を保ち、厄災を退けるため』だと言ってね。……だけど、夜が明けなくなったせいで、儀式はできず、印を付けられた子とその家族は、ただ生殺しの日々を送っているのさ」

 

老婆の言葉が、一行の胸に重くのしかかる。

 

「それと……」と思い空気が流れる中、エリシェヴァが続けた。

 「裏通りで、病に苦しむ人たちを大勢見かけました。聖レクス市で流行っていたのと同じ、奇妙な病です」

 

「ああ、あんたたちも見たのかい」

 

老婆は、深いため息をついた。

 

「ひと月ほど前からかねぇ。奇妙な熱病が、貧しい者たちの間で広まり始めてね。教会の薬は全く効かず、神官様たちは『それこそ穢れの証だ』と言って、病人を儀式の生贄候補にする始末さ」

 

老婆はそこで一度言葉を切ると、さらに声を潜め、恐ろしげに続けた。

 

「……それだけじゃないんだよ。今の儀式が始まったのと同じ頃から……街の子供たちが、何人も姿を消しているんだ」

 

「子供が……消えてる?」

 

ミツキが問い返す。

 

「ああ。夜中に、すすり泣くような女の声が聞こえたかと思うと、次の日には子供が一人、ベッドから消えている……。神官様たちは『穢れを持つ子が、自ら身を隠しただけだ』なんて言うが、あたしたち年寄りは知ってるよ。あれは、この土地に古くから伝わる、子供を攫う魔王……ラマシュトゥの仕業だってね」


「ラマシュトゥ?」


ミツキが聞き返す。この街にはパズズ以外の魔王も居るのだろうか?


「ああ、"母の魔王ラマシュトゥ"さ。昔はここらで崇められた女神様だったんだけどね……。天上神達から"穢れ"だと魔王の身に落とされてからは気が触れてしまってね。夜な夜なすすり泣いては人間の子供を攫う様になってしまったんだよ。」



あまりにもの街の惨状に3人は言葉を失った。 

老婆の話で、街の絶望的な状況が明らかになった。

子供を生贄にする狂信的な儀式、原因不明の疫病、そして魔王による子供攫い。終わらない夜の下で、三つの厄災が、この街を蝕んでいるのだ。

ミつキは、仲間たちの顔を見渡した。誰もが同じ決意を目に宿している。-

 

「女将さん、ありがとう。色々と聞かせてくれて」

 

ミツキは深く頭を下げた。

 

 「あたしたち、この街でやるべきことが見えた気がする」

 

老婆は何も言わず、ただ「……気をお付けよ。神官様たちは、よそ者を目の敵にしているからね」とだけ、静かに呟いた。

ようやく見つけた休息の場所で、一行は次なる戦いの標的を、確かに見定めていた。


――


宿屋で一夜を明かした(と言っても、夜は明けないのだが)ミツキたちは、街の様子が少し変わったことに気づいた。あれほど街の至る所を巡回していた神官兵たちの数が、明らかに減っているのだ。

 

「……奴らも眠りについたのだろうか?」

 

窓から外の様子を窺いながら、ルークが冷静に分析する。

夜が開けなくなって数日が経つ。既にミツキ達は昼夜の感覚や起床時間、就寝時間といった概念が有耶無耶になりつつあった。

 

「あるいは、『太陽の儀式』ができないことで、人員を神殿の警備に集中させているか。……いずれにせよ、今なら動きやすそうだな」

 

ミツキは、仲間たちの顔を見渡した。

 

「そうだね、行こう。昨日の老婆さんの話を頼りに、病気の原因と、あの護符について何か手がかりがないか探してみる」

 

四人は息を潜め、再びカラート・シャムスの裏通りへと足を踏み入れた。

夜警の数が減ったとはいえ、街の空気は相変わらず重い。家の奥から漏れ聞こえる苦しげな呻き声が、一行の耳に痛々しく響いた。

 

「……まずは、昨日、神官たちが踏み込んでいた家を調べてみましょう。何か見つかるかもしれないわ」

 

エリシェヴァの提案に、一行は頷く。

子供が「穢れの印」を付けられた家は、扉に乱暴な印が残されており、すぐに分かった。中は静まり返り、人の気配はない。おそらく、家族ごと神殿の施設に連れていかれたのだろう。

 

家の中は荒らされ、家財道具がひっくり返っていた。一行は手分けして、何か手がかりがないか探し始める。

 

「こっちは薬草の包みだけ……特に変わったものはないね」

 

「こっちも……普通の生活用品ばかりだ……」

 

ミツキとルークが首を振る中、エリシェヴァが一冊の古い本を床から拾い上げた。

 

「これは……古い薬草学の本かしら。病気の治療法について書かれているみたいだけど……文字が古すぎて、私にもすぐには読めないわ」

 

その時だった。本のページを覗き込んでいたライラが、息を呑んである一点を指さした。

 

「あの……これ……」

 

「どうしたの、ライラ?」

 

ミツキが尋ねると、ライラは本の挿絵と、記憶の中にある光景を必死に見比べていた。

 

「文字は……分からないけど、この絵……。さっき裏通りで見た、病気の人が持ってた護符に描かれていた絵と、少しだけ……違う」

 

ライラの言葉に、三人は顔を見合わせた。

彼女が指さすページには、古の精霊の図が描かれていた。ライオンの頭と鳥の翼を持つ、神聖な姿の精霊だ。

 

「……これ、です。線の数も、蛇の鱗の向きも……間違いありません」

 

ライラの、迷いのない確信に満ちた声。

その言葉に、三人は顔を見合わせた。エリシェヴァは、ライラの指さす紋様を改めて覗き込む。本には、似たような意匠がいくつも並んでいる。どれも風化し、細部は 無くなっている部分も多い。

 

(本当……? こんなにたくさんの中から、一瞬見ただけのものを正確に……?)

 

エリシェヴァ自身、先ほど裏通りで見た護符の絵柄を思い出そうとするが、靄がかかったように曖昧で、ライオンと蛇が描かれていたこと以外、細かい部分は全く思い出せない。ミツキやルークも同じようで、困惑した表情を浮かべている。

しかし、ライラの瞳は揺らいでいなかった。彼女は、自らの記憶の中にある映像と、目の前の石板の紋様を、寸分違わず照合しているかのように、一点を見つめている。

その絶対的な確信に押されるように、エリシェヴァは再び、ライラの指さす紋様に集中した。

そして、気づいた。

言われてみれば確かに、他の似たような紋様とは線の太さや曲がり方が微妙に違う。そして、中央に描かれた精霊の姿――それは、ライラが言う通り、禍々しい蛇ではなく、翼を広げた鳥だった。

 

「……本当だわ……! ライオンと……鳥……。さっき私たちが見た護符とは、全く違う……!」

 

エリシェヴァは、驚きに目を見開いた。文字を読むことはできずとも、一度見た光景を完璧に記憶し、再現する。それは、常人ではありえない、まさしく天賦の才だった。ライラが持つ、過酷な過去ゆえに研ぎ澄まされた、特異な能力。

 

「すごい……ライラ、すごいよ……!」


「えへへ……そんな事ないよ。ほら私字が読めないから日頃から見たものは絶対に覚えようって心がけてたの」

 

ミツキは、感嘆の声を漏らしながら、改めて照れるライラの横顔を見つめた。この内気で怯えがちに見える少女の中に、これほど鋭敏な観察眼と記憶力が秘められていたとは。


 「それに、周りの模様も違う。護符の方は、もっと線が歪んでて、禍々しい感じがした。でも、こっちの絵は、なんだか……優しくて、温かい感じがする」

 

文字が読めないライラだからこそ、絵柄の細かな違いを、写真のように正確に記憶し、比較することができたのだ。

 

「……なんだって?」

 

ルークが、その意味するところに気づき、目を見開いた。

 

「つまり、街で出回っている護符は、この本にある本来の絵柄を……誰かが意図的に、あるいは間違って、描き変えたものだということか……?」

 

病を退けるはずの神聖な絵が、禍々しい絵に描き変えられている。

その事実が、この疫病の核心に触れる、重要な手がかりであることは間違いなかった。

その時だった。遠くから松明の光と、複数の足音がこちらに近づいてくるのが見えた。

 

「……神官たちだ。長居は無用だな」

 

ルークの冷静な声に、一行は頷き合う。

宿屋に戻った一行は、改めて顔を突き合わせた。

 

「ライラ、もう一度、思い出せる? 本に描いてあった、本来の護符の絵を」

 

ミ-ツキの言葉に、ライラはこくりと頷くと、羊皮紙の上に、記憶を頼りに絵を描き始めた。その線は、震えることも、迷うこともなく、寸分違わぬ正確さで、本にあった神聖な精霊の姿を写し取っていく。

その完璧な模写を見て、エリシェヴァは確信を持って言った。

 

「この護符を作っている人物……。その人が、この疫病の全ての謎を握っているはず。会いに行きましょう、きっとこの街の何処かに居る筈だわ」

 

ミツキは、ライラが描き上げた絵をじっと見つめ、強く頷いた。

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