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第二話 少女達の夜 ミツキとルークの回想

その夜、宿屋の一室で、ミツキは久しぶりに手足を伸ばして深い眠りに落ちていた。

温かい食事と清潔な寝台。仲間たちの穏やかな寝息。その全てが、荒んでいた心を優しく解きほぐしていく。

 

――やがて、彼女の意識は、吸い込まれるようにあの異空間へと誘われた。

虚空にそびえる黒い大樹。その根元に咲き乱れる、血のような彼岸花。

 

「……来たか、ミツキ。心の重荷は、少しは軽くなったか」

 

翁の静かな問いかけに、ミツキはわざとらしく頬を膨らませてみせた。

 

「んー、まあね。ふかふかのベッドは最高だったけど、……相変わらず物騒な場所ね。ここ。」

 

彼女は黒い大樹と彼岸花を見回して、やれやれと肩をすくめる。

 

「ここは、お前の心と繋がる場所だ。物騒に見えるのは、お前がまだ戦いの気配をその身に纏っているからやもしれぬな」

 

「うっ……。可愛げのない神様なんだから」

 

ミツキは少し口を尖らせたが、すぐにその表情を真剣なものに変えた。

 

「……まあ、いいや。それより、本題に入っていい?」


「ああ、構わん」

 

ミツキはまっすぐに翁へと歩み寄り、カルデア・ザフラーンでの邂逅で生まれた、心の奥の疑問をぶつけた。


 「あのね翁。少し気になる事があって……カルデア・ザフラーンで会ったサンクタ・エヴァのリーダー、アヤメのことなんだけど……」

 

翁は何も言わず、ただ静かに先を促した。

 

「あの子、あたしと同じ黒い髪と黒い瞳をしてた。それに、どこか……あたしと似たような、懐かしい気配がしたんだ。あの子は、一体何者なの?」

 

その問いに、翁の黄金の瞳が、静かにミツキを見据えた。

 

「……お前がそう感じたのも、無理はない」

 

翁の声は、夜の湖面のように静かだった。

 

「アヤメは――お前と同じだ。私がこの世界に送った、もう一人の……いや、お前にとっては“姉”の様な存在かもしれぬ」

 

「え……?」

 

「**“第一の転生者”**だよ」

 

その言葉は、静かだが、ミツキの心に雷鳴のように突き刺さった。翁は続ける。

 

「あの子もかつては、お前と同じように純粋な理想を抱いていた。歪んだ世界を正したいと、誰よりも強く願う……『白き勇者』だった」

 

 最初の……転生者……? あたしの前に、もう一人……?

 

「じゃあ、あの子はどうして……!」

 

同じ仲間のはずの彼女が、なぜあんな過激な思想を掲げ、自分たちと敵対するのか。ミツキが問い詰めようとした言葉を、翁は静かに遮った。

 

 「……アダムスに裏切られたのだ」


翁の声は、静かだが重かった。

 

「魔界戦争の折、アヤメはアダムスと共に戦い、彼の正義を信じた。

 だが、戦争が終わり、彼が教皇として秩序を築き始めた時、その正義が歪んでいることに気づいてしまった。アヤメが救おうと共に戦った魔女たちが、今度はアダムスの手によって『異端』として狩られ、処刑されていく。……それが、彼女が直面した絶望だ」

 

ミツキは息を呑んだ。アーリヤを殺した、あの浄化官たちの冷たい瞳が脳裏をよぎる。


「……そして、私にも過ちがあったのだ」

 

翁の声には、初めて明確な悔恨の色が浮かんでいた。

 

「最初の転生者であったあの子に、あまりにも多くを背負わせすぎた。夢の中でしか干渉できぬ我が身の無力さ故に、信じる正義に裏切られた彼女の心が、壊れていくのを止められなかった……。

 ――そして、完全に孤立してしまった彼女の絶望に……呼び寄せられてしまったのだ。かつて天上神に騙され、封じられた、――"原罪の魔王ジャランダラ"の魂が」


「……原罪の魔王!?」

 

「そうだ、『原罪の魔王』ジャランダラ。あの子もまた、この世界の理不尽に倒れた者。平和を望みながらも、天上神の謀略によって……。あの子は、アヤメの絶望の中に、かつての自分自身の裏切りを見た。そして共鳴し、囁いたのだ。憎しみを力に変え、共に神々に復讐を遂げよ、と」

 

翁の告白は、あまりにも衝撃的だった。アヤメの闇落ちの背景に、ある魔王の悲劇が深く関わっていたのだ。


「あの子がジャランダラに共鳴してから、私はあの子に関与出来なくなってしまった。憎しみに染まったあの子の心は、もう私の声を受け付けぬ……」


 翁は、そこで言葉を切った。その横顔には、神としての威厳ではなく、娘を失った父親のような、深い悲しみと無力感が漂っていた。

その姿を見て、ミツキはぎゅっと拳を握りしめた。

 

「……そっか」

 

彼女の声は、驚くほど明るく、力強かった。翁がはっとして顔を上げる。

 

「でも、翁。あたしは違うよ」

 

ミツキは、夜の闇を吹き飛ばすような、太陽のような笑顔を見せた。

 

「あたしには、エリシェヴァがいて、ルークがいて、ライラがいる。アヤメみたいに、一人で全部抱え込んだりしない。あなたの後悔も、アヤメの絶望も、ジャランダラっていう魔王の悲しみも、……正直、今のあたしには重すぎるけど、一人じゃないから、きっと何とかなる!」

 

彼女は自分の胸をどん、と叩いた。

 

「だから、見てて。あたしたちが、アヤメが望んだはずの未来も、アーリヤが望んだ未来も、全部繋いでみせるから。あなたの後悔も、あたしが全部、希望に変えてみせるから!」

 

その言葉に、翁は一瞬、目を見開いた。

やがて、その唇に、ほんのかすかな笑みが浮かんだ。

 

「……ありがとう。頼もしいことを言うな。……ならば、信じよう。お前のその光を」

 

その言葉を最後に、夢の世界は優しい光に包まれていく。

ミツキの意識は、温かい現実へと戻っていった。

胸には、悲劇の物語だけではない、仲間との絆と、自らが灯した確かな希望の光を抱いて。


――


 

同じ頃、ルークは寝台の上で静かに目を開けていた。

隣の寝台からは、エリシェヴァの穏やかな寝息が聞こえる。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った部屋で、窓から差し込む月光だけが、壁に掛けられた剣を鈍く照らしていた。

眠れない。

目を閉じれば、カルデア・ザフラーンを発つ間際に、アスタロトが告げた言葉が脳裏で反響する。

あれは、魔王たちが魔界へ帰還する直前のことだった。アスタロトは他の者には聞こえぬよう、ルークを呼び寄せ、低い声で囁いたのだ。

 

『……ルーク。お前が探しているセレスティアについて、少し気になることがある』

 

アスタロトの真剣な眼差しに、ルークは息を呑んだ。

 

『先日の夜、我ら魔王とトッサカンだけで話していたのだが……心当たりがあってな、あの使い魔にセレスティアのことを尋ねてみた。奴は「聞いたことがない」としらを切ったが……あの目の動き、嘘をついている者のそれだ。奴は何かを隠している』

 

ルークが眉をひそめると、アスタロトは言葉を続けた。

 

『奴の主は“文明の魔王”ラーヴァナ。魔界戦争で人間界に侵攻し、天上神が遣わした超人によって一度は討たれたとされる、古き魔王だ。奴の権能は、我ら魔王の中でも特に異質だった』

 

アスタロトの紫の瞳が、遠い戦場を映すように細められる。

 

『ラーヴァナの権能は――“無敵”。神も悪魔によるものもあらゆる攻撃を無効化し、傷一つ負うことのない絶対的な力。魔界戦争当時、あのアダムスでさえ、奴を倒すことは叶わず天上界から別の超人を呼ぶ事となった。……お前の探す少女、セレスティアもまた、村では**“無敵の聖女”**と呼ばれていたそうだな?』

 

「っ……!」

 

ルークの心臓が大きく跳ねた。

 

『天使の神罰すら通じず、悪魔を恐怖させる力。そして、異空間から無数の剣を呼び出し、天使を虐殺したという逸話……。そのどれもが、ただの人間や魔女の域を遥かに超えている。まるで、かつてのラーヴァナそのものだ』

 

アスタロトはそこで一度言葉を切り、ルークの目を真っ直ぐに見据えた。

 

『ラーヴァナの腹心であるトッサカンが、そのラーヴァナと酷似した“無敵”の力を持つ少女の名を隠す……。考えたくはないが、一つの可能性が浮かぶ。セレスティアはお前と同じネファスの魔女かもしれん。それも、ラーヴァナと契約したな』

 

(……ありえない)

 

ルークは寝返りを打ち、シーツを強く握りしめた。

セレスティアがラーヴァナと契約しているところなど、一度も見たことがない。彼女はただの、不思議な力を持った村娘だったはずだ。ネファスの魔女だなんて、そんなはずは……。

 

(……だが)

 

全てがアスタロトの言う通りだった。

天使たちの神の裁きが一切通用しなかった、あの異常なまでの“無敵”ぶり。

 

半狂乱になった彼女が、異空間から無数の聖剣を呼び出した、あの人知を超えた攻撃。

 

そして、下級悪魔たちが彼女を見ただけで恐怖に泣き叫び逃げ出したという逸話。


ただの「不思議な力」で片付けるには、あまりにも規格外すぎる。

しかし、もし彼女が“無敵”の権能を持つ魔王ラーヴァナと契約したネファスの魔女だったと仮定すれば、その全ての現象に説明がついてしまう。

 

(僕が……何も知らなかっただけなのか? セレスティアは、僕に何かを隠して……?)

 

疑念と、信じたい気持ちが心をかき乱す。

セレスティアの、あの絶望に満ちた最後の顔が脳裏をよぎる。「助けて」と伸ばされた手を、自分は恐怖のあまり振り払ってしまった。

 

ルークは静かに起き上がると、窓の外に広がる穏やかな湖面を見つめた。水面に映る月は、まるで彼女の揺れる心のように、静かに歪んでいた。

 

「セレスティア……君は一体、何なんだ……?」

 

誰にも聞こえない呟きは、アイン・アル・ハヤトの静かな夜に溶けていった。

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