第十一話 アーリヤの死
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「……あたし、もう一度やり直したい。イブリースに囚われていた時は、ただ壊すことしかできなかったけど……今なら違う。もう一度、人として……みんなと一緒に未来を歩きたい」
その声は震えていたが、確かな希望に満ちていた。
ミツキは剣を杖代わりにして立ちながら、真っ直ぐに彼女を見つめる。
「……うん。アーリヤ、これから一緒に行こう。まだ終わりじゃない。ここからだよ」
アーリヤは静かに頷き、瓦礫の街を見渡した。
「この街だって、いつか……砂に埋もれたままじゃなく、もう一度、花を咲かせられるかもしれない。あたしも……そのために、できることを――」
ヒュッ――
風を裂く鋭い音が、未来を語る言葉を断ち切った。
「え……?」
途端に胸に焼けつくような痛みが走った。
アーリヤが視線を落とすと、黒羽の矢が深々と突き刺さっていた。
赤い血が衣を濡らし、瞬く間に花のような模様を描く。
「アーリヤッ!」
ライラが悲鳴をあげ、彼女を抱きとめる。
「な……なんで……ああ……そっか……」
アーリヤの声はかすれ、信じられないというように虚空を見つめていた。
ルークとエリシェヴァは即座にあたりを見回し剣を構えたが、敵影はどこにもない。
ただ砂漠の風だけが吹き抜け、瓦礫の影が揺れていた。
「……だめ、泣かないで……ライラ……」
アーリヤは震える唇で、必死に微笑もうとする。
「あはは……そうだよね……大勢の命を奪った私に……未来なんて……」
「喋らないで! 治癒するから……!」
エリシェヴァが駆け寄り、癒しの光を放つ。だが矢に刻まれた浄化官の呪印が、肉を裂き続けていた。
「っ……なんて、嫌な力……!」
エリシェヴァの額に汗が浮かぶ。
「……お願い、まだ死なないで!」
ミツキは残された力を振り絞って生命の権能をアーリヤにかけようとする。
――しかし、光は矢に触れた瞬間、まるで拒絶するかのように弾かれた。黒羽の矢がじりじりと燃え、逆に血を焦がしていく。
「なっ……どうして……!?」
必死に力を込めるミツキ。だが紅光は弾き返され、アーリヤの苦悶を和らげることすらできなかった。
(この矢…ただの武器じゃない…!どういう事なの…!)
アーリヤはそれでも、仲間たちを見渡した。
「お願い…ライラ…これからは……あたしの分まで、生きて……。未来を……信じて……」
「アーリヤ! いやだ、置いていかないで!」
ライラの涙が彼女の胸を濡らした。
アーリヤの瞳に宿る光は、絶望ではなかった。
ほんのわずかな時間でも、彼女は希望を抱き、未来を夢見ていた。
だが――その光は、矢の呪印によって、無情に閉ざされてしまった。
「アーリヤッ!!」
ライラが悲鳴を上げ、胸に矢を受けて崩れ落ちたアーリヤを必死に抱きとめた。
血が衣を濡らし、赤い砂に滴り落ちていく。
「なんで……なんでこんな……!」
ミツキは震える手で剣を握りしめる。
瓦礫の影から、黒衣の影が姿を現した。浄化官たち。冷徹な眼差しに一片の悔恨もなく、手にはまだ黒羽の矢を番えた弓が光っている。
「この殺傷力にありとあらゆる魔法を拒む力…流石アダムス様がお作りになられた矢だ。…しかし、イブリースの魔女を追っていた所だったが、こんな所で3人もの魔女に出くわすとはな」
男達の声は淡々と、しかし氷のように冷たかった。
「イブリースの魔女が何を語ろうと、大罪は消えぬ。街を焼き、多くの者を灰にした事実こそが全て。罪は結果で裁かれるのだ」
「あんた達……!」
ミツキの喉が怒りで震えた。
「……罪を浄めただけだ。何を驚く?」
浄化官の一人が淡々と告げた。黒羽の矢をまだ番えたまま、冷たい瞳でミツキたちを射抜く。
「罪を……浄める?」
ミツキの喉が震え、声が噴き出した。
「アーリヤは――! 未来を語ったんだよ! 自分の罪を背負って、それでも生き直したいって! それを、ただ“罪人”って一言で殺すの!? それが……あんたたちのいう神の正義なの!?」
叫びは怒りと悔しさで掠れていた。握る剣が震え、涙がにじむ。
「……小娘」
別の浄化官が一歩踏み出した。
「未来を語ろうが、人を焼いた事実は消えない。悪魔に身を委ねた時点で、人間である資格は失われたのだ」
「資格なんて誰が決めるのよ!」
ミツキの声が裏返った。
「アーリヤは最後まで抗ってた! あんた達には見えなかった!? あの必死な姿が!」
ルークが横から低く唸るように言った。
「……見えていても、こいつらは気にしない。教会にとっては“都合のいい答え”しか正義じゃないからな」
エリシェヴァが震える声を上げる。
「人の痛みも、涙も、全部無視して……! そんなのが“浄化”だなんて……間違ってる!」
「黙れ」
浄化官が冷たく吐き捨てた。
「お前たちも同じだ。理由はどうであれ魔王や悪魔どもと契約し、力を振るう時点で既に穢れているのだ。……いずれ同じ運命を辿る」
ライラが耐えきれず、怒鳴った。
「違う! アーリヤは……っ、最後に笑ったの! 私の名前を呼んで……生きたいって……! どうして、それを奪うのよ!」
涙に濡れた声が瓦礫に響き、ミツキの胸をさらに熱くした。
「……ふざけないで」
ミツキは剣を構え、浄化官たちを睨み据える。
「アーリヤは……あたしの仲間だ! それを“不要だ”なんて言うなら――」
怒りに任せ、一歩踏み出す。切っ先が浄化官の喉元を狙った。
「……小娘。お前も同じだ。人の身でありながら、魔王の力を振るう穢れ。その時点で未来はない」
矢を番えた浄化官が冷徹に言い放つ。黒羽の矢先が、迷いなくミツキの胸を狙っていた。
「ふざけないで!」
ミツキが前に出た。瞳が怒りに光り、剣を抜き放つ。
「罪を裁く権利を持つのは神でもあんた達でもない! 仲間の命を奪った時点で――斬る!」
「待って、ミツキ!」
エリシェヴァが必死に叫ぶ。
「このまま戦えば……! もう誰も助からなくなる!」
先程のイブリースとの戦いで3人は既に体力の殆どを消耗していた、威勢は良いが大量の浄化官達相手では厳しい戦いになるだろう。
ライラはアーリヤの亡骸を抱きしめたまま、涙に濡れた顔を上げた。
「……お願い……あの子を返して……! せめて、これ以上奪わないで……!」
「甘いな」
浄化官の一人が鼻で笑う。
「どの様な理由であれ悪魔に縋った者はすべて同罪。女も、子供も関係ない。……次はお前達の番だ」
「っ……!」
ミツキは堪えきれず、一歩踏み込み剣を振り上げた。
胸の奥で怒りが爆ぜ、血の気が全身を駆け巡る。
「やめろ、ミツキ!」
ルークが制止するも遅かった。
刹那――。
――――シュッ、ズドーーーーーーーン――――――
鋭い風切り音が響き、浄化官の首筋から鮮血が噴き出した。彼は驚愕の声を上げる間もなく崩れ落ちる。
「なっ……!?」
ルークが剣を構え直し、エリシェヴァが息を呑む。
空から禍々しい形のカラフルな魔法陣が現れ、そこから放たれた黒い閃光が次々と浄化官たちを貫いていく、皆悲鳴を上げる間もなく血を噴き散らして倒れていった。矢でも剣でもない――闇の魔力に染まった呪弾が天から落とされた。
――暫くして、砂塵の中からゆっくりと姿を現すフードの一団が現れた。
ローブの裾を翻し紫の制服に身を包み、魔力を漂わせる少女たち。
「……あなた達は、マーロウ村の……!」
エリシェヴァが震える声で呟く。
その中の一人、赤髪の魔女イザベラが薄く笑った。
「間に合ったみたいね。危うく浄化官にまとめて殺されるところだったわよ。」
青髪のソフィアが冷ややかに付け加える。
「ほんとに愚かね、教会の連中は。――まぁ、私たちにとっては都合が良かったのだけど」
そして――群れの中心から、白いドレスを纏った少女が歩み出た。
フードを下ろし、短髪の黒髪を揺らして冷ややかに微笑む。
「初めまして……と言うべきかしら。ごきげんよう、サンクタ・エヴァを率いる者、アヤメよ」
彼女の声は柔らかく、それでいて全員の心を冷たく締め上げる力を帯びていた。
――
白いドレスの少女――アヤメが一歩、前に出た。
崩れ落ちた浄化官たちの血の匂いが風に混ざり、瓦礫の街は一瞬、凍りついたように静まり返る。
「……ア、ヤメ……?」
ミツキが首をひねる。――自分と同じ黒髪・黒目、そしてこの世界には存在しない響きの名前の少女だ。
ルークが剣を握り直し、隻眼を細める。
「君が、サンクタ・エヴァの頭か」
アヤメは小さく微笑み、頷いた。
「そう。よく覚えていてくれたのね、ルーク。前にあなたの力を見せてもらった時から、ずっと確信していたの。あなたたちこそ、この歪んだ世界を変える鍵になるって」
「ふざけないで!」
エリシェヴァが言い放つ。
「あなたたちが何を考えているか知らないけど……アーリヤを救おうとした私たちを嗤うつもり!?」
アヤメは視線を伏せ、横たわるアーリヤを一瞥した。
「……嗤う? 違うわ。むしろ称賛している。だって、あなたたちは教会が絶対に許さない“魔女の未来”を口にしたのでしょう? それは、私たちサンクタ・エヴァが追い求めるものと同じだから」
「同じ……?」
ミツキが睨み返す。
「なら、どうして見殺しにしたの。どうしてアーリヤを守ってくれなかったの!」
アヤメの瞳が、淡く揺れた。だが声は冷たく、凛としていた。
「……守る? 違うわ。私たちは、“守る”ためにいるんじゃない。世界を変えるためにいるの。アーリヤは……あまりにも弱すぎた。未来を語ったけれど、彼女自身がその未来を歩むことはできなかった」
「黙って……!」
ライラが震える声を絞り出す。
「アーリヤは……本当に、変わろうとしてた! 生きようとしてたんだ! それを……!」
「……その通りよ、ライラ」
アヤメは穏やかに言い、彼女を見据えた。
「だからこそ、彼女の意志は私たちが継ぐの。弱く倒れた魔女の願いは、より強い魔女たちが背負えばいい。……それが“聖女イブ”から受け継いだ、私たちの思想」
「聖女イブ……」
エリシェヴァが息を呑む。
「やっぱり……あなたたち、イブを……」
アヤメは小さく頷いた。
「そう、イブ。原初の女性でありながら魔王ルシファーと契約した"原初の魔女"。この世のすべての魔女を統べる存在よ。――あなたたちもいずれ分かるわ。この世界で少女が生きるためには、神も教会も皆滅ぼさなければならないことを」
「原初の……魔女……」
ミツキが小さく呟く。
その声音は動揺を隠せなかった。
アヤメは頷き、ゆっくりと歩を進める。
その姿は穢れのない白を纏っていながら、言葉は教会の教えと真逆の真実を告げていた。
「君たちは、イブを崇めているのか……?」
ルークは問う。しかし、アヤメは軽く首を振った。
「崇めているわけじゃない。ただ、事実を受け入れているだけ。魔女が生まれるのは偶然じゃないの。イブが残した因子が、今も人間の女性の血に脈打っているから。
だからこそ、教会がいくら魔女を狩り続けても魔女は代々現れ続ける。消滅する事は無いわ。永遠にね。」
エリシェヴァは唇を噛み、杖を握り締めた。
「それが……真実だと言うの……?」
「ええ」
アヤメの声はあくまで柔らかく、しかし一切の迷いを含んでいなかった。
「イブの始めた反逆は、まだ終わっていない。私たちサンクタ・エヴァは、その意志を受け継ぎ、完成させるために集った。
神に抗う魔女たちの“救済”のために」
「救済……?」
ミツキの胸に怒りが湧き上がる。
「アーリヤを救えなかったのに、そんな言葉を口にするの……!?」
アヤメはほんの一瞬だけ目を伏せ、次に顔を上げたときには再び無垢な笑みを浮かべていた。
「救えなかったからこそ、救うのよ。
一人の命が絶たれたのなら、その願いはより強い魔女が背負えばいい。
アーリヤの未来は……あなたたちか、私たちが継げばいい」
その言葉は甘く、残酷だった。
アヤメは白い裾を翻し、静かに背を向けた。
瓦礫の街に差し込む月光が、彼女のドレスを淡く照らす。
「……そうね少し喋り過ぎたわ。今はもう充分。あなたたちに考える時間をあげましょう。」
その声は柔らかい。だが、未来を見据える冷ややかな響きが隠されていた。
イザベラとソフィアが彼女に続き、ローブの裾を揺らしながら歩み出す。
ヘレナも一度だけこちらを振り返ったが、幼い瞳に浮かんだ感情はすぐにフードの影に沈んだ。
ルークが剣を握り直す。
「待て……! まだ聞きたいことが――!」
声は震えていた。怒りよりも、悔しさと喪失感の方が強かったからだ。
しかし戦闘の疲労により足は重く動かない。アーリヤの血の温もりが、いまだ仲間の手に残っている。
ライラはアーリヤの体を抱きながら、震える唇を噛み締めていた。
「……っ……こんな時に……!」
ライラは声も出せず、ただアーリヤの冷えた手を握りしめている。
そんな彼女らの痛みを見透かしたように、アヤメは振り返らず告げた。
「答えは急がなくていいわ。
でも、選ばなくてはならない時は必ず訪れる。――かつてイブがそうであったようにね」
その言葉を最後に、サンクタ・エヴァの魔女たちは音もなく瓦礫の影に消えていった。
残されたのは、荒涼とした沈黙と、止まった時の中に取り残された仲間たちだけだった。




