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第六話 魔王達との作戦会議

石造りの小部屋に、異様な重圧が広がった。

空気そのものが震え、見えない手で胸を圧迫されるような威圧感が押し寄せる。足元のタイルに刻まれた幾何学の紋様が淡く脈動し、壁に描かれた炎と羽のレリーフは灯火の揺らぎに合わせて怪しく影を落とした。


ルークは片膝をつき、深々と頭を垂れる。声を放つ時、喉の奥に重石を押し込まれたかのように息が詰まった。


「……お呼び立てしてすまない、アスタロト様」


そこには白い軍服に身を包み、大剣や長槍、無数の武具を背負った長身の女――戦争の魔王アスタロトがいた。背筋を真っ直ぐに伸ばし、鋭い瞳で場を射抜くその姿だけで、小部屋の空気が一層張り詰めた。


「……トッサカンの迷宮か…。ふん、こんな所に呼び出されるとわな」


その声音は静かだが、床石を軋ませるほどの重みがある。


エリシェヴァは震える指で祈りの印を結び、かすれた声を漏らした。

 

「ベルゼブブ様……」


虚空から舞い降りるようにして現れたのは、歪んだ羽を大きく広げた魔王。豊穣を司るベルゼブブ。彼の纏う気配は蜜のように甘く、しかしどこか粘つくようで、触れるだけで心を絡め取られそうな妖しさを孕んでいた。


「よくやった、エリシェヴァ。君の声は、ちゃんと魔界まで届いていたよ」


その声音は優しくも残酷な光を帯び、耳に残るたびに魂を甘く痺れさせる。

エリシェヴァは涙を滲ませ、必死に頭を下げた。


「……お力を、お貸しください。親友を……ライラの友達を救うために」


ミツキ達は深呼吸をしてから、今までに起きた経緯をひとつ残らず語った。

部屋の空気はますます重く、彼らの言葉ひとつひとつが魔王たちの眼差しの重みに晒される。


――――


二体の魔王は視線を交わし、やがて揃って小さく頷いた。


「イブリース――か」

 

アスタロトの声は低く沈む。

 

「奴の炎は水でも風でも鎮められぬ。通常の手段では消せん」


ベルゼブブが続けて囁くように言葉を繋いだ。

 

「さらに、彼はジンという"精霊"を使役する。ジンを操り、声や幻を作り出して人の心を惑わす。……ライラの親友、アーリヤを誘った囁きも、それだね」


ライラははっと息を呑み、肩を震わせる。

 

「やっぱり……! あの声は……幻だったの……」


「そういうことだ」

 

アスタロトの声は氷のように冷え切っていた。


しかしベルゼブブはなおも続ける。

 

「そしてもう一つ。君たちが砂漠で目にした鈴……特徴からして、恐らく対象の精神を砕く音色を響かせる魔具――《失意のベル》だね。イブリースの魔法道具の一つだ」


その名を口にした瞬間、ライラの顔から血の気が引いた。


「……じゃ、じゃあ……ザビール家は……最初からイブリースと……」


「可能性は高い」

 

アスタロトは短く頷く。

 

「人間ごときが独力であの魔具を手に入れられるはずがないからな」


ライラの唇は震え、声にならない。

ベルゼブブがゆっくりと翼を広げ、その影で部屋を覆った。


「彼の人間嫌いは魔界でも有名でね。かつてこの地を侵略した天上神を憎み、その傲慢を嫌悪し……そしてその天上神の造り物である人間の事も見下しているんだ。きっとザビール家に協力していたのも、好意から来るものでは無いだろうね」


トッサカンがにやりと笑みを浮かべて口を挟む。

 

「そうそう。特にアダムスに対しては酷かったよ。“人の身で神を気取る道化”だとか、“天上神の鎖に繋がれた犬”だとか、散々な言い様さ。おかげで魔界でもちょっとした笑い草になっていたくらいだよ」


重苦しい笑いが響き、広間の空気はさらに緊張を帯びた。

ルークは瞳を細め、深く息を吐く。


「……つまり、奴は神にも人にも牙を剥く、ただの災厄というわけか」


「きっと魔界戦争で街を襲ったアスモデウスやモロクと同じ様な魔王なんでしょうね…」

 

エリシェヴァが小さく頷いた。

アスタロトは瞳を細め、鋭い視線で一同を見渡す。

 

「……結論から言おう。アーリヤを救うには、奴の身体からイブリースを追い出すしかない。だが外から切り離す術は存在せん」


ベルゼブブの声は甘くも重く響く。

 

「ゆえに必要なのは――精神世界への侵入だ。依代の心の中に入り、イブリースの支配を引き剥がす。それが唯一の方法だよ」


エリシェヴァは顔を強張らせ、震える声を漏らした。

 

「精神世界……でも、そんなこと……私たちにできるの?」


「方法はある」

 

アスタロトはミツキの方へ視線を送る。

 

「ミツキ、先日謁見した際に私はお前にシギルを託したな。その際に翁の"生命の権能"を解放している筈だ。それを応用すれば他者の魂と繋ぎ、精神世界に踏み入る事ができる。……アーリヤに触れられれば、だがな」


「……あの権能、そんな事もできるの?」

 

ミツキが驚きの声を上げる。

 

「じゃあ時止めの権能を使用してアーリヤに近づけば…」


「それは無理だろうね…」

 

ベルゼブブの羽音が重く響く。


「イブリースの炎は存在そのものを喰らう。水や風では消せないし、治癒の光でも癒せない。そして――時間すら超える。止められた世界の中でも燃え続けるんだ」


「……っ!じゃ、じゃあ時を止めても意味ないの?」

 

ミツキの声は震えていた。

アスタロトの返答は冷酷で、石壁に突き刺さるように響いた。

 

「ああ、止まった時間の中で、ただ炎に焼かれるだけだ」


「……そんな……」

 

ミツキは口ごもり、剣を握りしめたまま下を向く。絶望が押し寄せる中でも、彼女は諦めずに過去の戦闘を必死に思い返していた。


やがて顔を上げ、思いついたように声を上げる。

 

「……ん?待って。ルーク、前にマーロウの村で忘却魔法を使ったでしょ? 代償が重いみたいだから申し訳ないけど……あれでイブリースの“記憶”を消して混乱している隙をついて、アーリヤに触れられないかな?」


だがルークは申し訳なさそうに首を振った。

 

「残念ながら…それも無理だ。僕の魔法が干渉するのは宿主の記憶だけ。依代の身を乗っ取っているイブリースには一切届かない。この場合、忘れ去られるのはアーリヤ自身の記憶だけだ」


「……っそれは」


ライラの顔は青ざめ、血の気が引いた。


ベルゼブブも深く頷く。


「彼女の人格や思い出を削れば、イブリースを追い出すどころか魂そのものが弱り、抵抗できなくなる。……救いたいのなら、忘却魔法は使うべきではないね」


部屋の空気は再び絶望に沈みかけた。


(どうしよう、私の権能も、エリシェヴァの治癒魔法も、ルークの記憶魔法も効かない……。このまま生身でアーリヤに近づいても、皆火炙りにされるだけだ…。

 ん、――記憶魔法?)


ミツキはふと、マーロウの村でサンクタ・エヴァの魔女達と戦った日のことを思い出す。


『こ、これって私の時間停止の権能、よね……本当にどういうこと……?』


『――記憶の中にあった“彼女達の戦術”を再現しただけさ。僕の“記憶魔法”はね……“一度見た戦術や現象”を、相手の記憶から抽出し、再現することができる。さっき、ミツキの能力を観察していた彼女達の脳内に、君の時間停止がきっちり刻まれていたんだよ』


そしてミツキは、魔王達の間で控えていたトッサカンに視線を向けた。

 

『……ごはんの時間だよ! 外から転移させて調達してきたんだ。干し肉にパン、果物もあるし、井戸水もね。砂漠じゃ貴重だよ?』


「……精神世界に入って、イブリースを追い出す……できるかもしれない!」


勢いよく立ち上がるミツキ。

ルークが目を細め、問いかける。

 

「……何か、考えがあるのか?」


ミツキは小さく息を吐き、口元に笑みを浮かべた。

 

「うん……今、少しだけ……閃いた」


その瞳には確かな光が宿っていた。

作戦の核心へと繋がる糸が、ようやく掴めそうだった。


「みんな、協力してくれる?」



 

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