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第五話 魔王召喚

「…街が火の海になったのも、アーリヤがおかしくなったのもイブリースって魔王の仕業だってトッサカンから聞いたの」


 ライラの声が震えながらも途切れると、広間の空気はしんと張り詰めた。誰もが口を閉ざし、ただ少女の吐き出した過去の重みに押し潰されていた。


「……そんなことが、この街で……」


 エリシェヴァは両手を握りしめ、胸に押し当てる。緑の瞳には涙が滲んでいた。


「現実世界での戦いはあの庭にある池から見てたの。あなた達、魔女なんでしょ」


 ライラは続ける。


「…アーリヤは私の唯一無二の友達なの。奴隷として連れてこられてから……いつか自由になろうってずっと話してたのに……だからお願いします。どうか…」


 ライラは俯き、肩を震わせる。


「酷すぎる……アーリヤ……」


 ルークは無言で眼帯の下の右眼を閉じ、短く息を吐いた。そしてミツキへと視線を向ける。


「……どうする、ミツキ?」


「決まってるよ」


 ミツキは剣を握りしめ、ライラの前に膝をついた。


「安心して。アーリヤは私たちが助けるよ。……絶対に」


 ライラの肩が小さく震え、やがて潤んだ瞳が彼女を見返す。


「……ほんとに? 本当に、助けてくれるの?」


「うん。私たちにできることなら、全部する。だから……信じて」


 ミツキの声は真っ直ぐで、ライラは堪えきれず涙をこぼした。


 ――その時だった。


「はいはーい! しんみりしてるところ悪いけど!」


 突然、軽い声が空気を破った。いつの間にか現れたトッサカンが、両手に抱えた大きな籠をどさりと置いた。


「ごはんの時間だよ! 外から転移させて調達してきたんだ。干し肉にパン、果物もあるし、井戸水もね。砂漠じゃ貴重だよ?」


「……えっ、外から……?」


 エリシェヴァが目を丸くした。


「そんなことできるの?」


「勿論! 僕を誰だと思ってるの? 上級悪魔のトッサカン様だよ!」


 少年は胸を張り、にかっと笑う。避難民たちは驚きと安堵の入り混じった表情を浮かべ、ざわざわと食事に群がった。


「……便利な能力だな」


 ルークが腕を組みながら呟く。


 だが、その時エリシェヴァがパンを手に取って首を傾げた。


「……この食べ物、値札が付いてるわね? トッサカン……まさか……」


「えっ……あっあれ? おかしいなぁ。お金も一緒に転移させたつもりだったんだけど……」


 トッサカンは慌てて頭を掻き、視線を逸らした。


「……つまり、無銭飲食…という事か?」


 ルークの声が低くなり、眼帯の下の右眼が光る。


「ち、ちがう! わざとじゃないってば! ほら、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 事情を知れば、お店の人だってきっとわかってくれるよ!」


 少年は両手をぶんぶん振って必死に否定する。


「…………」


 四人は盗品の可能性がある食べ物をまじまじと見る。

 盗みは良くないが…外には出る事は出来ない上に皆とてもお腹を空かせていた。

 四人は顔を見合わせ、罪悪感を飲み込みつつも空腹に負けて食事を始めた。


「こんなにお腹いっぱい食べられるの、何時ぶりかな……」


 ライラは小さく呟き、震える手でパンを口に運んだ。その横顔に影が落ち、彼女の胸中を覗いたかのようにミツキは息をのむ。


「……アーリヤと一緒に食べたかったな」


 か細い声が広間に溶けた。炎に焼かれる前の日常を思い出すように。


――


 食事が終わり、広間には少しだけ活気が戻っていた。だがミツキたちの胸には、重い現実が残っていた。

 アーリヤを救う方法を探そうと、ミツキたちは口々に意見を出すが、どれも決定打にはならない。


「……直接イブリースを倒す? 無理だ。相手は魔王、今までの魔物や下級悪魔たちとは格が違う」


 ルークが低く言い、剣の柄を握る手に力を込める。


「あんな強大な炎、わたしの治癒魔法でも耐えられないわ……」


 エリシェヴァの声には迷いがあった。


 ライラは必死に縋るように二人を見たが、答えは出ない。

 そんな沈黙を破ったのは、またしても軽い声だった。


「ねぇ、僕から一つ提案があるんだけど」


 籠のパンをかじりながら、トッサカンがにやりと笑う。


「ここは人間界じゃない。僕の作った異空間。だからルシファー様による“境界の掟”の外にあるんだ」


「……境界?」


 ミツキが首をかしげる。


「魔界を統べる魔王、ルシファー様が定めた掟の一つさ。

 境界の掟ってのは簡単に言うと魔王達は生身で人間界に行ってはいけないって掟だよ。あの魔界戦争後に定められた掟なんだ。


――当時はまだ魔界と人間界の境界が曖昧だったからね。魔王や悪魔達が、人間界と魔界を行ったり来たりし放題だったんだ。まぁ、そのせいで今回のイブリースみたいな人間が嫌いな魔王達が人間界に侵攻しだして戦争になっちゃった訳だけど」


 トッサカンは続ける。


「だから、基本的に魔王達は直接人間界にやって来ることはない。ネファスの魔女や使い魔を使役したり、自分と契約した魔女に憑依して限られた魔法を使うみたいな間接的な関与しかできないんだ」


「…成る程ね、翁が魔王からシギルを貰うためにまずはネファスの魔女を見つけ出す様言ってたのはそういう事だったんだ」


 ミツキは頷いた。


「つまり――君たちが契約してる魔王も、ここなら呼べる。相談してみたらどうかな?」


「……魔王を?」


 ルークとエリシェヴァは視線を交わした。


「……分かった、しかし広間では目立ちすぎるな。下手をすれば避難している人々が混乱する」

「そうね……もう少し、人目のない場所があればいいのだけれど」


 トッサカンは「任せて」と言わんばかりに胸を張り、ぱちんと指を鳴らした。

 すると迷宮の壁が音もなく開き、奥へ続く回廊が姿を現す。


 そこを抜けると、色鮮やかなタイルが敷き詰められ、黄金のランプが吊るされた小部屋が待っていた。

 曲線を描いた柱には細やかな模様が刻まれ、天井から垂れるランプの光が壁一面に炎や羽を象った影を揺らめかせていた。まるで神殿の奥にある祭室のように、荘厳で静かな空気が漂っている。


「なにこれ…凄い」


 ライラは目を丸くする。


「どう? この部屋なら大丈夫だよ」


 トッサカンは得意げに笑い、部屋の中央を指さした。

 四人は部屋へと向かい扉を閉めると、さっそく降臨魔法を発動させることにした。


 ルークは短く息を整え、胸の前で両手を組み古い言葉で詠唱を始めた。

 

(……アスタロト様なら事情を話せば協力してくれる筈だ。しかし、魔王をこの場に降ろすだなんて――背筋が凍るな。)


「――戦争の魔王、アスタロトよ。契約者の呼びかけに応じ、姿を示せ」


 エリシェヴァも震える指を組み、祈るように声を放つ。


(ベルゼブブ様ならきっと……)


「豊穣の魔王、ベルゼブブ様……どうか私の声に応えてください」


 次の瞬間、部屋全体が震えた。

 重苦しい羽音と共に、甘美で粘つく気配が広がる。床の文様が光を帯び、空気が圧し潰されるように重くなった。


「……っ!」


 広間で休んでいた避難民たちが遠くでざわめき始める。直接見てはいないはずなのに、全員が怯えて肩を寄せ合った。魔王の存在感は壁を越え、魂を震わせていた。


 そして――二つの影が姿を現した。

 

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