エピローグ サンクタ・エヴァ本部にて
エピローグ サンクタ・エヴァ本部にて
――サンクタ・エヴァ本部。
「――それで、マーロウの廃村からすごすごと帰ってきたと。」
重苦しい空気が立ちこめる石造りの大広間。無数の燭台にともる青白い炎が、天井の高みに影を揺らしていた。奥の祭壇めいた高座に、一人の少女が腰掛けている。
短い黒髪は光を吸い込むように艶やかで、その両脇には二つのリボンが結ばれていた。雪のように白いドレスを纏い、細い脚を優雅に組む。黒い瞳は氷のように冷たく、だがその奥に宿る光は炎のように激しい。
彼女こそ、この集団を率いる存在であった。
玉座の前で膝をつく二人の魔女――イザベラとソフィアは、荒い息を整えながら報告を続けていた。
「……あの時、私達の記憶はルークの“忘却の魔法”に焼き払われました。すべてを思い出すのに時間がかかり……」
「結果として、彼女の勧誘には……失敗を……大変申し訳ありません……!」
二人の声は震えていた。敗北の痛みと、組織の怒りを恐れるがゆえに。
あの後、様子を見に来た他の仲間によって保護されたものの、ここ二、三日の記憶は抜け落ち、廃村に向かった目的すら忘れ混乱していたのだ。
長い沈黙ののち、白いドレスの少女はすっと立ち上がる。その所作は音もなく、だが場の空気を一瞬で張りつめさせる力があった。
「――顔を上げなさい。」
その声音には怒気も嘲りもなかった。ただ、揺るぎない威厳が宿っていた。
イザベラとソフィアは、恐る恐る顔を上げる。
「失敗を責めはしないわ。あなた達は命を賭けて任務に臨み、そして生きて帰った。それで十分よ。」
少女は二人の肩に手を置き、穏やかに言葉を続ける。
その手は細く柔らかいのに、不思議と逆らえぬ重みがあった。
「今は休んで。深い傷を癒やすことに専念しなさい。――カルデア・ザフラーンでの戦いは、もっと激しいものになるのだから。」
二人の瞳に、涙がにじんだ。
従者たちに支えられて退出していく背を見送ると、少女は再び玉座に戻り、長く息を吐いた。
「時間を止め、破壊魔法を操る赤いドレスの少女……ね。」
彼女の視線は宙に漂い、冷たく鋭い光を帯びている。
ルークと共にいたあの少女――異質な気配を纏う存在。
(……きっと転生者だわ。あの古き神はまだ懲りていないのね……。)
唇にかすかな笑みを浮かべ、低く吐き捨てる。
「滑稽ね。また神に抗う駒を増やして……翁、一体何を企んでいるのかしら?」
高窓から差し込む月光が、白いドレスを銀色に染め上げ、長い影を大広間の床へ伸ばしていた。
その瞳には怒りとも哀しみともつかぬ色が宿り、次なる戦いの舞台を見据えていた。
「……カルデア・ザフラーン。今頃イブリースの手によって、多くの犠牲者が出ているはず。良い“素材”が、沢山取れそうね。」
少女は自身の剣をそっと撫でる。その刃は月光を受け、冷たく光を反射した。
その呟きが、闇に沈む大広間へと吸い込まれていく。
こうして、ルークの章は幕を閉じ、世界は新たな嵐へと歩みを進めていった。