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学び舎の道

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 およそ7000時間、と聞くと先輩は何の数字だと思いつきますか?

 これ、私たちが受ける義務教育の授業時間みたいなんですよ。トラブルによる延長や調整などもあるので、あくまでおよそです。

 不眠不休であったなら、1ヵ月の時間を突っ込むことにより、この国に定められし義務の時間は完了するわけですね。ほんと、数字で見たらの話ですけれどね。ここに休憩時間もさしはさまれますし。

 子供たちの無数の時間が詰め込まれる学校。それは不思議なことも起こるわけです。いや、起こってほしいという期待がそうさせているのか。先輩も義務教育時代にその手の経験、実はあったりしませんか?

 私はあるんですね~、義務教育中にあった不思議な話。先輩、ネタがほしいといつもぼやいていましたからね、ちょこっとサービスというわけです。メモの用意はいいですか?


 学校という空間そのものが、好きかどうか? ということから尋ねましょう。先輩は好きでしたか?

 ……おお、好きでしたか。それなら幸いですね。

 私はあまり好きではなかったのですよ。この同年代の子たちが集まる空間が。

 登校拒否とか保健室学習とかまでは行かないんですけれどね。こう、みんなの話し声をいろいろ拾ってしまうんですよね、私。

 聞いて心地よくなる言葉ばかりならまだいいですが、中には聞いていて不快になってくる言葉や、見ていて顔をしかめたくなる所業とかあるじゃないですか。

 ああいうのはどうにも苦手な性分でして。自分とか他人とかが対象になっているかは置いといても、見聞きすることそのものが醜いのですよね。

 授業中はやることがありますゆえ、そこらへんはおとなしいのですけれど、休み時間はその手のものがあふれ出す。

 なので私はしょっちゅうトイレに籠っていましたねえ。休み時間中は。きっとそのことでも陰口をいう輩はいたとは思いますが、耳に入れないようにするのが第一。

 万が一にも私に伝わらないようにしてほしいものです。まあ、伝わってしまったなら月夜ばかりと思ってほしくないですね。いつか取り返しのつかない不幸に遭うとき、ろくに覚えてもいない私のことを思い出してほしいものです。


 とまあ、恨み節はこれくらいにしておいて。

 その日も、私は昼休みにトイレへ籠っていたんですよ。

 朝からざあざあと降り続ける雨。ほとんどの人が校舎内にとどまり、思い思いに雑談を始めることでしょう。そうなれば、私が個室へ押し込められるのは、もはや自明の理。

 普段の教室のすぐそばのトイレでは、通行してくる人も利用してくる人も多い。また不本意な言葉が耳へ入る恐れもあるわけです。そうなると人通りが少ないところがいい。

 私は4階建て校舎の4階。一番東側の特別教室が肩を並べる一角を選びました。学年からして自分の所属フロアじゃありません。しかし、この時間はもっとも人が少ないはず。

 予想は当たり、トイレの入り口ですら生徒たちの喧騒はだいぶ遠くから聞こえます。これが個室に入ったならば、なおかなたへ飛んでいくわけでして。

 密閉はされていませんから、完全防音など期待するべくもないですが、戯言をダイレクトにぶちこまれるより、ずっといい。

 相対評価でトップクラスの静けさを枕に、便座へ腰かけていると、ほどなくウトウトしてきてしまいました。

 楽しいことが増えている昨今。眠るよりも優先したいことが多いですからね。私もご多分に漏れず、睡眠不足な毎日です。ついウトウト寝込んでしまったんですよ。


 はっと目覚めたとき、私がまず気づいたのがトイレの暗さでした。

 明かりをつけていなくても、容易に色の判別がついていた目前のトイレのドア。その下からのぞく細かに敷き詰められたタイルたち。

 それが今はほとんど暗がりの中へ沈んでしまっているのですから。少なくとも陽がほとんど沈み切っていると見て、いい状態でした。

 一生の不覚と思いましたよ。

 不快な言葉は聞きたくないですが、深みのある言葉は興味ありますからね。学校の授業そのものはけっこう気に入っていたんです。

 それをみすみす逸してしまった。何よりすっぽかしてしまったというのは痛いと思いました。あとで他のクラスメートのみならず、親が面談などで学校に来たときに何か言われるのではないか、と考えると気が重くなりました。

 とにかく戻らないと、と薄暗くなったトイレへ踏み出す私。真っ暗闇というほどじゃなくても、まわりも足元もおぼつかない。それでも覚えている感覚のまま、トイレ入り口付近へ。明かりのスイッチを入れてみました。


 つかない。

 何度もスイッチを入れては切るを繰り返しましたが、同じです。

 それどころか、廊下もまた同じです。トイレそばにある廊下の明かりを入れても、蛍光灯一本つきはしないのです。

 トイレから見える教室も、廊下途中にある教室たちも、みな閉めきっています。特別教室ゆえ、そのようなことも珍しくはないのですが、鍵まで厳重にかかっているとは想定外でした。

 よっぽど遅い時間になってしまったのだろうか。いや、でもそうだとしたら、誰かしら自分を探しに来ていてもおかしくないはずなのに、なぜ……。

 そう思いつつも、いったんは自分の教室へ戻るべく階段へ。その下り階段を下りていったのですが。


 手すりにかけた左手が、するりと抜けました。

 つかんでいたのに、唐突に感触も支えもいっぺんになくなって、私の身体は階下へつんのめった格好に。

 顔からはいくわけにはいかない! とっさに両腕を出したはずですが、出てきたのは右腕だけ。左腕はそこにあるという感覚だけで、私の目には全く映らなかったんです。

 え? と思う間に、できそこないのハンドスプリングのようなかっこうで、私は一気に踊場へ投げ出されていました。

 なのに、痛みがあまり感じられず、しばしぼんやりしていましたが、ふと顔をちょっと起こして気づくのです。

 いまや私は左腕のみならず、右腕、右足、左足のそれぞれがなくなっていて、ダルマな状態になっていることに。これもまた、存在している感覚はあれども、動かすことはできません。

 見ると、十数段ある階段のそこかしこに、私の四肢が落ちているんです。

 グロテスクなかっこうではありません。まるでお人形から取り外したもののように血も骨も何も見えず、部品として転がっている印象を受けました。


 ほどなくして、階段の上から姿を現す者たちがありました。

 背の高さからして、小学校低学年の子供たちのようでしたが、共通しているのは彼らが白いシーツを頭からかぶっているかのように、面貌がはっきりしない姿をしているということ。現れた10人ほど、全員がです。

 彼らは滑るように動き、音もなく階段を下り、私の散らばった手足を回収していきました。

 それぞれが両端を持ち、あまった子たちはそのいずれかの方向から支えを持って、恭しさを覚える動きで、階上へ戻っていくんです。

 動けない私は、声を張り上げたつもりでしたが彼らは聞く耳を持たず。現れたときと同じように、次々と静かに階段上の廊下奥へ隠れていってしまいまして。


 そこで、私の意識は戻りました。

 トイレの個室に腰掛けた自分がいます。両手両足もちゃんとついています。動かせます。

 時間はまだ昼休み中。明るさもまた、寝入る前と変わりません。

 ただ私の四肢なのですが、ときおり動かすときに「ピリリ」と電気に似たしびれが走るようになったんです。病院でも診てもらいましたが、医学的におかしいところは見受けられない、とのことですが……この状態は治ることなく、今に至っています。

 はじめは夢のことだと思っていた、あの暗がりの校舎での体験。

 あれ、白い子供たちの学び場に私は踏み入ってしまったのではないかと思います。

 私の持っていかれた四肢は、彼らの勉強道具のひとつとして、ひょっとしたら今でも使われているのではないか、と。

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