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現代文学集

ベランダから散歩へ(なろうラジオ大賞6 応募作品 テーマ:ベランダ、散歩)

 春の風がベランダのカーテンをふわりと揺らした。休日の朝、私はいつものようにベランダへ出て鉢植えに水をやる。その合間に目の前の通りを眺めるのが日課だ。


 ベランダから見下ろす人々の顔はぼんやりとしか見えない。それでも足取りや服装からその日の気分を想像し、勝手ながらささやかな物語を思い描く。


 彼女はそんな日常の中で見かけた一人だ。真っ赤なキャップと花柄のロングスカートの不思議な組合せ、軽快な歩みとひるがえされるスカート姿も美しく、私は目を奪われ一瞬で虜になった。


「散歩か……」つい独り言が口から出てしまう。


 最近外に出ていない自分に気づき羨ましさを感じたのかもしれない。休日も部屋で過ごしてばかりでベランダから眺めるだけでは、風の匂いや陽射しの暖かさを十分に味わえない。


 その時、彼女がこちらを見上げたような、何かを探しているように見えた。それがなぜか私を衝動的な行動へ駆り立てた。


 一人で準備をすると思い切って表通りに出る。朝の空気はまだ冷たいが、それでもやはり気分がよい。日頃眺めている道でも、いざ出てみると新鮮さを感じるのが不思議だ。


 しばらく行くと彼女はまだ近くにおり私に気づいたのか足を止めた。とは言え話しかけることもかけられることもなく彼女は歩みを再開する。


 私は少し距離を置いて彼女の後ろを進んでいく。目的地や道順は決まっていないからとりあえずの指針なのだ。


 さらに進むと彼女はふいに道端へしゃがみこんだ。追い抜かすのもはばかられ私もつい立ち止まる。立ち上がった彼女は一輪のタンポポを手にして近づいてきた。


「春っていいですね」突然の言葉に私は戸惑い、その不意打ちにうなずくことしかできない。だが彼女の笑顔を見て心が温まった気がする。


 彼女は会釈をしてからまた歩き出した。その後ろ姿を見送りながら来た道を戻るよう方向転換する。帰り道の私は、眺めているだけでは味わえない心地よさと、両腕の疲労感に喜びを感じていた。


 思い返せば一人で出かけたのなんて数年ぶりだろう。帰宅するとベランダの窓は開いたままだ。だが入ってくる春の風はほど良い心地よさである。


 私は独り言を言おうとしながらハッとした。これは名も知らぬ彼女のお蔭で口にしたくなったものだと。


「春っていいものね」


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