"She" reflected in the mirror
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
それが俺のこれまでもこれからもかわることのない不変の生き様だ
目的の為なら、俺はなんだって手に入れ、なんだって切り捨ててやる
刺されても毒を盛られても死んでも死んでやらないからな
ドレス、コスメ、ウィッグ、ドレス、ドレス、コスメ…。頭が痛くなる程の女の材料の山に目眩すら覚える。目の前の淑女達は尚も愉快に俺を人形かのように扱う。あれを試せ、これを使え、もう疲れてきた。
そんな悲劇な出来事が起こったきっかけは2時間程前に遡る。
ミネビア嬢とFemalePalaceについて話したあの日から、既に1週間が経過していた。あの日から俺は、ミナヒに特訓を付けられ、フタバのクリニックで療養中のミネビアに品行方正を叩き込まれ、毎日が疲労困憊だった。しかし、ミネビアはいつまでもここには居られないと言って、2日前にファルターと一緒に富裕層へと帰って行った。少しは落ち着いた日々を過ごせる、と思ったのも束の間、ミナヒの特訓は苛烈さを増していくばかりだった。そんな時に、ミネビアから一通の手紙が転送された。その内容は、俺に着せたいドレスが決まったから、ウィッグを持って館に来てくれ、という旨のものだった。
それから何故か、ミナヒも一緒に富裕層へと行くことになった。道は以前の物を覚えていたため、難なく館へ辿り着くことは出来た。
扉をノックして、ごめんくださーい、と適当な声掛けをする。やがて向こうから扉が開けられた。だが、扉を開けたのは、見たことがない女性だった。黒い前髪は切り揃えられており、腰ほどまで伸びている綺麗なロングヘアだ。紫色の瞳をしており、メイドのような身なりをしている。
「お待ちしておりました、ライ・シークレティアス様、ミナヒ様。ご主人様がお待ちです。こちらにどうぞ」
気品溢れる佇まいは、初めてファルターが出迎えた時とは大違いだ。厳粛という言葉が似合うそのメイドに付いていけば、1つの部屋に案内される。そこは以前の応接室ではない。
「どうぞ、お入りください」
彼女の案内に従って、ミナヒと共に入室していく。そこは、服の宝庫と言っても過言じゃない程に、色々なドレスやアクセサリーが収納されていた。
「ここは…」
「ドレスのお宝箱ですよ、ライ様!」
後ろから誰かに抱きつかれ、思わずバランスを崩してしまう。ミナヒはというと俺に興味は無いようで、近くの服を見て周っている。
「だ、誰っすか…」
首を横に回して背後に目を向ければ、先程の女性と同じくらいの女性に後ろからハグされていた。黒髪を三つ編みドーナツにしており、目の色は紫色。メイドのような身なりをしている。
「うーん…。ライ様、これはちょっと痩せすぎだと思いますよ。もうちょっと食べた方が良いです。あ、でも腹筋は結構固いですね。鍛えてるのはいいことです!」
俺の話には聞く持たずで、シャツの下に手を入れ、腹をぺたぺたと触ってくる。擽ったいというより、単純に鳥肌が勝つ。
「いや、だからなんなんすか、あんたは。…メイドっすよね?」
はい!と元気な返事が返ってくる。その直後、彼女の悲鳴が聞こえ、俺は解放された。
何事かと後ろを振り返れば、先程玄関で出迎えてくれた女性が、俺に抱きついてきたメイドの首を掴んである程度宙に掲げていた。どこにそんな力があるんだ、と言いたくもなったが彼女はすぐさま俺に向かって頭を下げてくる。
「ライ様。大変な不躾、誠に謝罪致します。大変申し訳ございません」
「いや、それはまぁ驚きはしやしたけど、もう大丈夫っすよ。それより、あんた達は?」
気品溢れている方のメイドは、手に持っていたメイドからそのまま手を離す。痛い!という彼女の言葉を無視して、スカートの端を軽く持ち、会釈をしてくる。
「私はミネビア様にお仕えしているハロン・タキメイルといいます。この不躾な者はピロナ・ヤーガナム。どうぞお見知り置きを」
「ご丁寧にこりゃどうも。話は聞いてるかと思いやすが、俺はライ・シークレティアス、そしてあっちの方で色々と物色してんのがミナヒっす。ところで、ミネビアは?」
ハロンはきょろきょろと辺りを見回し、ミネビアの姿が無いことを確認する。
「おかしいですね……。先に向かわれているかと思ったのですが……」
ハロンがそう口にした瞬間、扉がバン、と思い切り開かれた。その音に何事かと思ったのか、遠くにいたはずのミナヒも吸い寄せられてきた。
「すみません、遅く、なりました……!」
息が上がっている彼女を見かけて、メイドの2人がミネビアの方へ駆け寄っていく。
「ミネビア様、無理はなさらないでください!」
「そーですよ!片腕ないまんまなんですからね!」
主に心配の叱咤を送っている。この2人からしたら、たまったものじゃないだろう。気付けば主が消え、帰ってきたと思ったら片腕無くして帰ってきたのだから。
「すみません。部屋にある化粧品を選んでたら遅くなっちゃいました……」
「全く!心配するこっちの身にもなってくださいよ!」
「ご、ごめんなさい。ライさんも、お待たせしました。準備も整ったので、そろそろ始めましょうか。ミナヒさん、ウィッグは持ってきていますか?」
ミネビアの言葉に、魔法具の時計にしまっていた水色のロングウィッグを取り出すと、親指を立てて準備が整っている旨を伝えた。
それからというもの、4人の女性陣に挟まれ、俺の着せ替え人形遊びは白熱していった。
そして冒頭へと戻っていく。
「うーん、やっぱり青のドレスの方が良いですかね…」
「でもそれ露出度高くない?青だったら、こっちの裾が広がってる方が良いんじゃない?」
「あ!良いですね!ライさん、着てみてください!」
ミネビアが笑顔で差し出してきたドレスを受け取り、更衣室へと入っていく。かれこれ似たようなやり取りを何度も繰り返し、20は既に着替えている。褒めてくれたら終わるかと思ったら、次はこれ、そのつぎはそれ。女性を扱うのも振り回されるの慣れていると思っていたが、そんなことはないらしい。最初こそ、鏡の中にいる自分自身が可愛くて舞い上がっていた。だが、着慣れぬドレスの脱ぎ着を繰り返し、体力的にかなりきつい。
「はぁ…」
ため息を吐いても、鏡に映る自分はどう足掻いても可愛い。
「もうこれでいい気がするんすけど、だめっすかねぇ…」
何度そう思っても、向こうは一向に満足してくれない。いや、満足はしているのだろう。だからこそ、次も次も、とヒートアップしていくのではないのだろうか。
「女の考えることは分かったようでよく分かんねぇっすねぇ」
鏡の前でくるりと1回転し、何か付け忘れた物が無いかを確認する。ひらりと舞うドレスは、俺が女になる為の手助けをしてくれている。鏡の前に帰ってきた時に見る自分の顔は更に女を引き立たせてくる。藍色の髪を三つ編みにした髪は、明るく、澄んだ巻き気味の水色になっている。胡散臭い身なりは跡形もなく消えており、俺の髪色の中に赤が混じったようなドレスは、俺みたいだと自惚れてしまう。
「やっぱ俺最っ高に可愛い〜」
着慣れないドレスを着るのは面倒臭いが、着飾った自分を見るのは嫌いではない。自分を世界一可愛いと言えるアイドルになった気分だ。
「ライー、さっさと出てこーい」
ミナヒの声だ。そんなに長いこと篭っていただろうか。今度は何をされるかと恐怖が背後に漂ってくる。銃を後頭部に突きつけられた気分のまま、更衣室を出て、ミナヒ達の前に姿を見せる。
「ど、どうっすか…?」
「姿勢が悪い。そんなんじゃ女装した男だ。もうちょっと姿勢直せ」
早々にミナヒからばってんが届いてくる。言われてようやく直すが、そんな自分が未熟だと思う。常に出来ていないと、あそこでは生きていけないだろう。
「…すごーい。姿勢どころかちょっとした仕草まで女の子みたい」
「今まで相当努力されてたのですね」
メイド達からの涙溢れる賞賛の声を飛ばされる。だが、そんなことを褒められても褒められた気もせず複雑な気分になる。
「良いですね。今までで1番似合ってると思います。私はこれが良いと思いますけど、ミナヒさんはどう思います?」
「うーん。そうだなー…」
ミナヒは俺に近付き、俺の体をあちこち触り、わざわざしゃがんでまでパニエを捲ってきた。
「ちょ、ミナヒ?セクハラっすか?そんな何か気になるもん俺のスカートの中にありやすか?」
「あんたの下着なんて微塵も興味無いに決まってるだろ。ただ、武器仕込むならどこに仕込ませようかと思っただけだ」
わざわざ濁してやったというのに何故直球にぶつけてくるのだこの女は。
「ポケット付いてるガーターベルト付けてさ、ここら辺から手を突っ込めるようにドレス少し切ったら、銃くらいは仕込めそうだよな」
さらっと人のドレスを切ると言ってしまった。それも所持者の前で。ミネビアの顔をちらりと見れば、ショックを受けてる様子は特に見られてなかったが、メイドの方はわなわなと震えてる。
「ちょ、ちょちょちょちょい!!そのドレス、ミネビア様のなんですけど!?人の物になんてことしようしてんですか!」
仰る通りだ。俺の言いたいことを全て言ってくれて助かった。
「なら、そのドレスは差し上げますよ」
「…え?」
声のした方を向けば、ミネビアが平然とそんなことを言う。
「私より、ライさんの方がお似合いですから」
正直、その言葉には気が引けるが、持ち主からの言葉だ。ここは素直に受け取っていた方がいいだろう。
「分かりやした。ミネビア嬢がそこまで言うのなら、ありがたく頂戴致しやす」
「はい、そうしてください」
会話と着せ替え人形ごっこが一区切りしたところで、元の衣装に着替えようかと更衣室に入ろうとする。だが、その足は扉からのノックによって中断された。
「ファルターです。ライ・シークレティアスはいらっしゃるでしょうか」
「いやすよー。入ってきてどーぞ」
失礼します、と言って彼は入室してきた。だが、よく考えたらここは女性用の更衣室と言っても過言では無い。勝手にあげて大丈夫だっただろうか、と眼球を動かし周りを見るが、特に誰も気にしてる様子は無かった。
「ファル?どうしたんです?」
「少々、そいつに話がありまして。……借りてもいいでしょうか」
ファルターは何故かハロンの方をちらちらと見ながら、ミネビアに丁寧に接した。何か弱味でも握られてるのだろうか。
「ふーん。俺はいいっすけど、ミネビア嬢達はよろしいんすか?」
「はい、構いませんよ。行ってあげてください」
ミネビアの言葉に感謝を告げ、部屋を出ていくファルターの後を追っていき、長い廊下へと出る。けれど、ドレスは凄く歩きにくい。歩くのにもたつき、いつもより歩行速度が遅くなってしまう。だが、そんな俺を見かねて、ファルターは足を俺に合わせてくれた。
「随分とまぁ紳士なんすね」
「お前だって、このくらいのことはやるだろ」
「さぁ?俺はひでぇ男なもんで、女の子見捨ててさっさと歩いちまうかもしりゃせんよ」
ファルターが下手な嘘は辞めろ、とでも言いたげな睨んでくる。嘘なんて何一つ無いのに。
「あぁ、そういや、話ってなんでしょか。さっさと着替えたいんで、手短に頼みやすよ」
「お前、前に聞いてきただろ?なんで貧民街の匂いを知ってるかって」
そういえばそんなこともあった。確かに気になってはいたが、彼を知った今となっては、正直どうでもいい。それに、大方話の結末は見えている。
「そういや保留にしてやしたね。でもそれ、俺はもう分かりやすよ。ファルくんって、FemalePalaceにいやしたんすよね?」
空気が一瞬張り詰める。そう思ってたのは、俺だけらしい。
「……そうだ。あそこには、貧民街から連れられてきた男を集める保管所がある。どこにあるかまでは分からないが、人の気配は滅多に感じなかったから、普通の会員では手が出せない所だろう。恐らく、お前の欲しいものはそこにあるんじゃないのか」
そこまで言えば、ファルターは数歩歩いて近くの窓に手を置き、赤く広がっていく空を見ていた。
「...見つかるといいな」
ファルターはそう言いながら、確かに、笑った。見間違いなんかではない。確かに笑っていた。けれど、その顔は一瞬で元通りになってしまった。
「...そうっすね、きっと見つけやすよ」
強く、決心の念を込める。大丈夫、きっと見つかる。情報を集め潜入するだなんてこんな任務、俺の専売特許じゃないか。全部見つけて、そしていつか、破壊してやる。
「それじゃ、俺はそろそろ戻るっすね」
「あぁ、それじゃ俺は紅茶でも淹れておく」
彼と別れを告げ、元のドレス部屋へと戻っていく。相変わらず、ドレスは歩き慣れることはない。これは動けるよう練習が必要か思うと、またため息が一つ溢れた。
パーティーまであと一週間。パーティーが始まる前にくたばらないかと、また不安が一つ増えてしまった。何故俺はこんな苦労が絶えないのだろう。嫌気が刺しながら、ドレス部屋への歩を進めた。