morning after a dry period of drinking
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
それが俺のこれまでもこれからもかわることのない不変の生き様だ
目的の為なら、俺はなんだって手に入れ、なんだって切り捨ててやる
刺されても毒を盛られても死んでも死んでやらないからな
窓から入ってくる朝の眩しい光で目を覚ます。全身が痛い。やはりソファでなんてもので寝るんじゃなかった。体を起こし、大きく伸びを1つすれば、ゲストルームの方から悲鳴が聞こえてくる。大方察しは付くせいで気は進まないが、そちらの方に向かっていく。
ゲストルームに入ってみれば、そこにはベッドから足でも踏み外し転がり転けてしまったのだろうか。地面にうつ伏せになっているフタバがすぐ視界に入ってきた。
「おはようございやすフタバ先生。寝心地どうだったっすか?」
「お、おはようございます、ライさん……。寝心地もなにも、ここ、どこですか」
姿勢は変わらずになんとか顔だけ上げてくる。その顔色は青く、酷くげっそりとしており、疲れ果てているようだった。まぁ、あんなに呑めばくるものもあるだろう。
「どこって、俺の家っすよ」
「へぇ……随分立派な家ですね……」
「そりゃどーも。それより、立てやすか?必要なら手ぇ、貸せやすけど」
フタバが床にうつ伏せになっているせいで、立ったままの俺は、彼を見下ろすような視線になっている。
フタバは自力で立とうとしたが、すぐに体が下に引っ張られ、起き上がることが出来なかった。
「……無理」
「了解しやした。ほら、起こしてあげるんで手ぇ掴んでくだせぇ」
彼の方に手を差し出すと、それを緩い力で握られたので引き起こす。重い体を持ち上げ、双葉はその持っている2つの足でなんとか立ち上がることは出来た。だが、問題は次だ。
「ねぇ、ライさん」
「トイレはここ出てキッチン隣の水場っすよ。左の扉っす」
俺がそう言えば、フタバはなけなしの生気でありがと、と言って、さっさと走っていってしまった。
今度は眠り執事様の番だ。
自分の寝室へと足を運び、扉を開ける。そこには、頭を抑え蹲っているファルターの姿があった。流石執事、朝早く起きれて偉いことこのうえない。
「おはようございやーす、ファルくん。よく寝れやしたか?」
笑みを崩すことのない口ぶりに、彼の眉間に皺がよっていくのが分かる。そんな顔をしても、頭痛は治まることを知らないというのに。寧ろ余計悪化してしまうではないか。
「よくも何も、二日酔いだ……。てか、何でお前は平気なんだ……。お前も結構飲んでただろ……」
「酒には自信があるほうなんで。それよか、今日はこのあとどうしやす?」
部屋の電気を付ければ、う、と呻き声が聞こえる。急に明るくなったものだから、脳か何かが受け付けていないんだろう。彼はまたベッドに体を横にし、寝る、とだけ呟いて、目を閉じてしまった。
「え〜。起きてくだせぇよ。ミネビア嬢放置する気っすか?きっとファルくんの待っていやすよ〜」
体をゆすったら、嫌そうな声が返ってくる。恐らく今、ものすごく気持ち悪い状態だろう。
「やめろ……。分かった、起きるから……」
ゆっくりと体を起こし、覚束無い足取りで部屋を出ていった。
「全く。あれでよく執事が務まりやすね。…さ、俺も準備しやすか」
部屋を出てキッチンへと向かっていく。朝食の準備だ。
キッチンへ着く頃には、用を済ませたのかフタバがリビングのソファでぐったりしていた。
「少しはすっきりしたっすかー?」
「まぁ…。朝はなんか軽いのがいいです…」
まさかの要求をされた。案外この人はわがままなのだろうか。だが、こちらとしてもあまり多くは作るつもりは無かったから都合はいい。本当はファルターに作らせたかったが、あの状態で料理なんかされたら、何が出されるか分かったものではないだろう。3人分とはめんどくさいが、仕方なく、オーブン近くに置いていた食パンを3切れ取り出す。賞味期限が近いものだったから、消化出来たのは助かった。
食パンをトースターに入れ暫く放置する。本当はもっと美味しくなるなんかだってあるはずだが、生憎俺の料理スキルは中の下だ。それにトースターは勝手に仕事をしてくれるから俺はほぼ何もしなくていい。だが、これだけだと苦情を入れられそうだ。
「フタバ先生ー、なんか食べたいのありやすかー?」
他に何も思いつかないため、ソファに横たわる彼に意見を求める。
「ん〜…目玉焼き…」
「良いっすね、採用〜」
彼の言葉を飲み込み、卵を3個用意し、それらをフライパンで焼いていく。トースターがチン、と音を立てて、パンが焼けたことを教えてくれる。それを確認し、皿に置いていた目玉焼きを、食パンの上に移していく。
「あとは適当にベーコンでも焼きやすかね〜」
冷蔵庫からベーコンを取り出し、適当な枚数をフライパンに置いていく。やがて美味しそうな音と匂いを煙らせてくる。食べれるラインにまでなってきたそれを皿に移す。料理はこんなものでいいだろう。足りなければ自分で作らせればいい。ここにはコスプレでは無い本物の執事が居るのだから。
カウンターの方に、料理が乗った皿を置いていく。
「出来やしたよー。さっさと取りに来てくだせぇ」
キッチンから声をかければ、先程よりは少し顔色が明るくなったフタバが引き寄せられてきた。
「これ、あっちのテーブルの方に置けばいいですか?」
そう言ってソファとは別の、4つの椅子で囲んだ大きめな丸テーブルの方を指差してくる。
「そうっすね。お願いしやす。俺は片付けするんで」
はーい、と普段とさほど変わらない返事が聞こえてくる。
キッチンの片付けを済ませながら、先程からファルターが見えないことを考える。外には出ていないだろうから、この家の何処かにはいるはずだ。広いとはいえ、アパートの一室の隠れられる場所などたかが知れている。放っていても、すぐ見つかるだろう。だが、飯を冷ますのはいただけない。
「フタバ先生、ファルくんどこ行ったか知りやせんか?」
「ファルターさん?ベランダに行くの見ましたよ」
「ありがとうございやす。連れてくるんで、ちょっと待っててくだせぇ」
タオルで濡れていた手を拭き、リビングをスルーしてベランダへと向かう。
ベランダへ繋がる窓を開ければ、すぐに目的の人物の姿が見つかる。ただ動じず、その場にいるだけの彼の肩を叩く。
「何朝っぱらから黄昏てるんすか」
「別に。ただ、ここは富裕層とはあまりにも違いすぎると思っただけだ」
彼の言葉に、ベランダから見える景色に視線を向ける。そこは荒れにも荒れ果てた荒野で、建っている建物はほとんどがボロボロだ。生きているものも赤錆や苔が目立つものばかりだ。おまけに道端では、寝転ぶ人や人目も憚らずに殴り合う人達もいる。確かに小綺麗な富裕層とは違って、ここはとても治安と清潔感がある街には見えない。だがまぁ、明日の命すら常に怪しいこの世界では、能無しは簡単には生きられない。いや、それはどこに行っても同じか。
「……まぁ、富裕層は淑女の園っすからね。金持ちの住む天国がありゃ、貧乏人の暮らす地獄だって存在してるんすよ。……世の中ってのは、どこも変わらねぇもんっす」
ベランダの柵に手を置き、泥塗れの汚い世界を目に焼き付ける。
今、自分はどんな顔をしているのだろうか。
ふとそんなどうでもいいことが気になってしまう。でも気になってしょうがない。笑ってるだろうか。彼にとって、都合の良い人間に映ってるだろうか。全部違うだろう。自分でも分かる程に口角は下がり、眼球は下方向にある。瞼だって閉じかかってる。
「……さ、こんな話やめてさっさと飯にしやしょ!俺、お腹空きやした」
ファルターの顔を見ることなく部屋に戻っていく。後ろから、あぁ、と小さな声が聞こえた。
……何も悟るな、お前は賢すぎる。
中に戻れば、まだかまだかと待ちくたびれているフタバの姿があった。
「あ!遅いですよ2人ともー!」
頬を膨らませ、これでも必死に怒っているらしい仕草を見せた。
「悪ぃっす、ちょいと話し込んじまいやした。さて、さっさと食べやしょうか」
丸テーブル周辺にある椅子に座り、3人で食卓を囲む。
そのまま全員が揃ったことを確認すれば、2人とも何も言わずに食べ始める。この世界には、いただきますもごちそうさまも無い。食事とはただ、自分の生命エネルギーの補充だ。食材に感謝をしてるのは料理人くらいで、住民達はそんなものを知らない。あったら食べる、それだけだ。
「そういや、2人はこの後どうするんすか?」
食べながらそう聞けば、2人とも今口にある分を飲み込み、話そうとしてくれる。
「僕はクリニックに戻ります。いつまでも休んでいられませんし。ファルターさんは?」
「……そうだな。正直、色々迷っている」
食欲が止まったのか、手に持っていた食べかけのパンを皿に戻す。
「ミネビアをこのまま、フタバさんのところに預けていいのか、僕は貧民街に居た方が良いのか…。館の方は、残ってるメイド達に連絡したから大丈夫なんだが、ミネビア、いや、ミネビア様の執事としては、何が正しいのか。どうすれば、彼女が傷付かずに済むか、ずっとそんなことばかり考えてる」
そこまで話し切ると、彼は自分の分を急いで口の中へと押し込んでいった。
「……悪いな、余計なことまで話して。少し外に出てくる」
「行ってらっしゃーい」
座ったまま、手をひらひらとふれば、彼は玄関から外に出ていってしまった。フタバがあっ、と言って立ち上がったころには、もう遅かった。
「……大丈夫ですかね。あんな身なりで貧民街を歩くなんて」
「まぁなんとかなるっすよ。ファルくんはまぁまぁ強ぇんで」
勢いで飛び出してきてしまった。土地勘も全く無いというのに。だが、自分の家では無い他人の住居で1人になる方法などあるはずが無い。
どこに行っても、無駄に広い道に同じような建物ばかりで、少し迷いそうになる。こんなところで迷子など死に行き便直行だろう。
「はぁ……」
溜息をつけば、ぴゅーと風の音が聞こえてくる。
今までこんな経験は無かった。自分の全ては彼女だった。そんな彼女の魂の蝋燭が危なげに揺れている。
あの時の後悔は深い。僕が傍に居たのに、離れていたわけじゃないのに、あんな話をした後で1人で向かわせるべきじゃなかったのに。僕がもっと、ちゃんと、ミネビアを見て、考えていれば。
僕のただ1人の想い人は、あんな目に遭わずに済んだんだ。後悔の念は積りに積もって、空の果てまで超えてしまいそうだ。
「……ざまぁないな」
そう思っても、人の気配に対しては嫌でも冴える。
「……誰だ」
なるべく低く、威嚇でもするかのように空気に言を乗せれば、気配は物陰からわらわらと姿を表してきた。数は6だ。
「お、凄いね〜。ちゃんと隠れてたつもりだったのに」
「あの程度でちゃんと隠れただと?馬鹿馬鹿しい。……要件はなんだ」
「おいおいあんちゃん、先に誰かじゃなくて要件を聞くのかい?」
小馬鹿に笑うかのように目の前の大男は言う。こういう相手は言っても教えてくれないものだ。それに、そんなものは必要ない。
左手を軽く開けば、ナイフが収まる。それを見られぬうちに、1番口が開く男に目掛けて素早く投げる。それは男に当たることはなく、耳を掻き切る寸前で通り抜けていき、やがてそのナイフは消失した。集団はそれだけで、もう足が竦み始めていた。
「言ったはずだ。要件は何だ」
再びそう言えば、男は怯えながらも、己を奮い立たせてきた。
「要件は1つ!金目の物を全て出せ!!」
男のその声を合図に、他の野郎共が僕を拘束しようとしてくる。
だが、僕を捕らえに来た3人は何故か地面から現れた鋭い炎の鎖によって、心臓を貫かれた。
「…は?」
残っていた他の3人は、何が起きたのか分からないという顔をしていた。いや失礼、3人ではない。2人だ。既に1人逃げていた。
「どうする?今なら時短であの世に連れていけるが、同じことされたいか?」
平坦な声だっただろう。だが、その声は寒気を帯びてくれたのか、残り2人も尻尾を巻いて逃げていった。
部屋を出ていく時、扉が閉まる寸前でフタバさんの声が聞こえたが、恐らく彼はこのことを言いたかったのだろう。
「本当、物騒な町だ」
それだけ言い残し、広がっていた血溜まりを靴底に付ければ、赤い足跡が暫く続いた。そのうち全て落ちるだろう。そう、そのうち、全部。