Strong liquor builds up in the lungs
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
それが俺のこれまでもこれからもかわることのない不変の生き様だ
目的の為なら、俺はなんだって手に入れ、なんだって切り捨ててやる
刺されても毒を盛られても死んでも死んでやらないからな
「それで?2人は何飲みやす?俺はカンパリソーダ」
「えぇっと、僕は…カルーアミルク。ファルターさんは?」
「ブルームーン。…というか、何で酒場なんだ」
そう。俺は半ば強制的に2人を引っ張り、酒場というよりはBARに来ていた。そのBARの、カウンターから少し離れた3人分の席に座っている。このBARは貧民街のカジノの地下にあり、そこのマスターは、男だろうがなんだろうが捻り潰してしまいそうな程に顔面と筋肉が強い。そんなマスターの体を拝む目的で訪れる客も偶にいるが、大体の客の目当てはそこでは無い。BARで働いている胸が大きい方の女性スタッフだ。その人を一目でも、と望んで来る客が殆どだ。だが、2人は既に結婚しているらしく、彼女に淫らな視線を向けた次の瞬間には、自分の命はそこには無いとか。流石にそれは噂が独り歩きした結果だろう。だが、今回はそこが目的ではない。2人の注文を聞き入れ、店員を呼びつける。
「すいやせーん」
俺が手を上げ店員を呼べば、はーい、と元気な返事が聞こえてくる。声の主は、ぱたぱたと慌ただしく猫の耳と尻尾を揺らしながら、こちらに向かって走ってくる。ここで働いているもう1人のスタッフだ。
「お待たせ致しました!ご注文をお伺いします!」
「カンパリソーダが1つ、カルーアミルクが1つ、ブルームーンが1つ。…後は要らないっすよね?」
俺が2人の方に向き直りそう聞けば、大丈夫、という風に頷いてきた。
「んじゃ以上で」
「畏まりました!カンパリソーダがお1つ、カルーアミルクがお1つ、ブルームーンがお1つですね!少々お待ち下さいませ」
1つ丁寧にお辞儀をして、またぱたぱたと忙しそうにカウンターの方に駆けていった。彼女が離れたのを見てから、フタバはふぅ、と息を吐き出した。伏せていたらしい顔を上げた。
「何かやましいことでもあるんすか?フタバ先生」
「え!?な、なんで!?」
彼は俺の言葉に酷く動揺を示し、慌て様を全身で表現してくれる。本当、このやぶ医者は見てて飽きない。
「だって、あの猫ちゃん見てめちゃくちゃ慌ててたじゃねぇですか。どうしたんすか?」
かなり圧のある笑みを浮かべていることだろう。目の前の少年詐欺な男がひどく慌てているのが見える。
これだから馬鹿な野郎は飽きないのだ。フタバは少し悩んで、言葉を紡ごうとしたのだろう。口が話そうという意思を持ったのが見えた。だが、それは1音も吐かれることはなく入口が封鎖されてしまう。そしてまた考え込み、今度は上手く繋げて出してくれた。だがそれは、糸を通せないかのようなむず痒いものであった。
「…ライさんでも、話せないです。ごめんなさい。これは、僕とあの子の約束だから」
また顔を下に向ける。彼がここまで強固な意思を見せてくるとは珍しい。いつもなら、あっさりと口を割ってくれるというのに。そんな彼がここまで口を結ぶということは、余程守りたいなにかがあるのだろう。面白い。余計に唆られる。
「それで?こんなところに引っ張り出してきてまで、お前は何を考えてるんだ」
鋭い眼光が俺を睨んでくる。相も変わらず、ぐるる、とでも言いたげな唸り声が幻聴として耳を掻き乱してくる。
「別に何も。ただあそこに居ても、2人がなえなえのしょぼしょぼになるだけかと思いやしたんで。こういう時はいっそ、外の空気吸うのが最適解なんすよ」
「お前に言われてもな…」
ファルターはいまいち俺の言葉が信用に欠けるらしい。俺は彼を信じてるというのに、本当に酷い話だ。
「そういえば、ファルくんは俺になんか言うことあるんじゃないんすかー?」
「は?」
本気で分からないと顔が言っている。本当に酷く失礼な男だ。誰のお陰で愛しのハニーを救えたと思っているんだ。
「お前に言うこと?なんかあったか?」
「えー?ひっどい男っすねー。そんなんじゃミネビア嬢に嫌われやすよ。ねー、フタバきゅーん。フタバきゅんもそう思うよねー?」
フタバの隣に移動し、座ってる彼と無理矢理肩を組む。突然のことに、あわあわと慌てている。なにがなんだか分からないと言った様子だ。
中腰も疲れてきたところで、自分の席へと戻る。それと同じくらいかのタイミングで、頼んでいたカクテルが到着した。運んできたのは、先程の猫娘ではなく、このBARの看板娘であった。
「お待たせしました。カンパリソーダがお1つ、カルーアミルクがお1つ、ブルームーンがお1つ。こちら3点でお間違い無かったでしょうか」
「えぇ、大丈夫っすよ。ありがとうございやす」
ドリンクをそれぞれの席の目の前に置きながら、彼女にそのような礼を告げる。
俺の言葉を聞けば、彼女は嬉しそうにごゆっくりとだけ残し、他の客の方へと行ってしまった。
「美人っすよね〜、あの人。マスターの奥さんらしいっすよ」
「興味無い」
真っ先に忠誠心の塊くんに否定される。本当にミネビアのことしか頭に無いのか。何も話さない俺とファルターの間に挟まれ、フタバが気まずそうにしている。彼はその空気に耐えられなくなったのか、応急処置程度の言葉を作る。
「…そ、それより、せっかく来たんですから飲みましょうよ」
「それもそうっすね。ほら、ファルくんもそんな仏頂面辞めてくだせぇよ。洒落た酒がまずくなりやすよ」
尚も不機嫌そうな顔をずらすことがないファルターが意外にも1番にグラスを掲げてきた。それに続いて、俺とフタバも手元のグラスを掲げる。
「それじゃとりあえず、適当ななんかにかんぱーい」
俺の言葉を合図に、カチャン、と3つのグラスが子気味いい音を立てふちをそれぞれ合わせる。
「適当ななんかって、すごく雑ですね…」
「んじゃ何すか?2人のしおしお記念日とでも言いやすか?」
「辞めろ、気色悪い」
でしょー?と返せば、ブルームーンを1飲みした彼は眉間に皺を寄せる。タイミング的に、ブルームーンが不味いと思ってるかのようにも見える。
「美味いっすか?それ」
自分の手元にあるカンパリソーダを揺らせば、中に入ってる氷がカラン、と涼しい音を聞かせてくれる。
不味い彼の顔よりも、涼しい氷の方が魅力的に見えてくる。
「…普通」
「僕は美味しいですよ。甘さも丁度いいです」
カルーアミルクを見せびらかすように自身の顔の前へと持ってくる。美味しいなら何よりだ。
「…それで?酒場に来て何を話すんだ」
「…そもそも、何か話したくて来たんですか?」
疑問がぐさぐさと刺さる。酒が入ったら適当に何か話してくれるかと思ったが、どうやらそこまでの道のりはかなり長いらしい。まずは飲ませることからだ。酒は人をおかしくする。カクテルだろうがなんだろうが関係ない。そしたらきっと、あられもない話が飛び込んで来るには違いない。
そうして酒を3人で飲むこと1時間程だろうか。
「だぁかーらぁ!みねびあわ、かわいくって、やさしくて、それだけじゃなくてぇ!あんなうできえちゃって〜!!」
「ファルくんって泣き上戸なんすね〜。くそめんどくせぇ」
いつの間にか、ファルターは俺に抱きつき肩を組むような体勢になっていた。しかしそれは片方の話だ。もう片方では、未成年詐欺の男がゲラゲラと笑っていた。
「あはは〜!ふぁるたーめっちゃ泣いてるー!すごぴー。ぴーって、あはは!!」
「こっちは笑い上戸っすね〜。くそめんどくせー」
俺は今、両極端の酔っ払いに挟まれ、3人で肩を組む形になっていた。片方から引っ張られ、もう片方から引っ張られる。一方俺は酒には耐性が強く、酒は入っているが、なんとか素面を取り繕えている。
「なぁ〜、ほんとにみねびあおきんの?だいじょぶ?」
「ファルくんがお願いしてればきっと大丈夫っすよ」
ファルターは大声を上げわんわんと泣き出す。推定20代半ばがみっともない。まぁ、飲ませたのはほぼ俺だから、俺の仕業だけれど。だが、このまま酔っ払い2人を抱えたまま店に居座るわけにもいかない。力技で酔っ払い2人を剥がし、そこら辺に放置する。店員を呼び、会計をその場で済ます。放置していた酔っ払い共を拾い、店を後にして、真っ直ぐに帰宅した。
「ただいま〜」
「おかえりー」
一人暮らしの部屋には誰も居ないはずが、何故か応答が聞こえてくる。サイドにいる酒潰れ野郎2人からの言葉だ。その重りを無くす為に、空き部屋となっているゲストルームへと足を運び、フタバをベッドへ下ろす。もう1つベッドがあれば良かったのだが、残念ながら1つしかない。もう片方の泣き上戸は、俺の部屋へと運び、ベッドに寝かせる。これで暫くは大丈夫だろう。
正直、ここまで綺麗に酔いつぶれてくれるとは思わなかった。俺の寝る場所が消えたが、まぁ仕方ない。今夜はリビングのソファで寝よう。
リビングに戻ってきた俺は、ソファに座り、状況を整理する。
ミネビアを狙ったのがFemalePalaceの会員、もしくは関係者なのだとしたら、状況はかなり深刻だろう。俺の招待どころか、ミネビアが参加出来るかどうかすら怪しい。つまりものすごく不味い。招待を受けられないとなれば、依頼を完遂出来ない。
「困ったな…」
体を横にし、ソファに自分の全てを沈める。さっきの酒が今更きたのか、少し頭痛がしてくる。体が疲労を感じてきている。FemalePalaceのことや、ミネビアのこと、そして俺のこと。色々考えなければいけないことは多いが、今はそんなの全て投げ出してしまいたい程に疲れていた。
「はは、酔っ払いの介護なんてしたからかねい…」
頭痛を感じつつも、眠くなる。けれど、微かながらもずきずきと痛む頭のせいで、目を瞑っても睡魔は手を貸してくれない。
ダメだ、眠れない。
「そういや、部屋に煙草あったな…」
一服をと考えた時には、自分の寝室の扉を開けていた。現在寝室にはファルターが寝ている。起こしたらまた介護に付き合わされる未来が見えるため、起こさないよう慎重に部屋に入り、ベッド近くの棚へと近付く。
「ん…」
傍から聞こえた声にびくりと体を震わす。ファルターの寝息だ。
「らい、ありが、と。みねびあ、たすけ、れ、て」
途切れ途切れだったが、確かにありがと、と聞こえた。
「ほんと、ファルくんは素直じゃないっすね」
煙草とライターを片手に、寝室を後にした。
「さむ…。貧民街の夜はやっぱ冷えるっすね」
煙草を咥え、ライターで火を付ける。思い切り息を吸えば、肺に煙が溜まっていく。ふぅーと吐き出せば、消えていく気がした。この世界では、煙草というものは魔法具の一種となっている。吸っても不健康になることはなく、ただの息抜きとなっている。要するに、NOT不健康な煙草だ。煙草は不健康になるからこそ価値があるというものを、この世界は理解していない。だが、そんなことを言っても誰にも理解されないだろう。第一、俺にそんなことを口にするのは許されていない。灰皿に煙草を押し付け、部屋の中へと戻る。煙草とライターはテーブルに置いておく。
そのまま落ち着いてきた心内を抱え、ソファへ体を沈める。すると、先程とは違って、夢への誘い声が聞こえてくる。その声のする方へ足を運び、意識は遠く遠くに流れて行った。