truth
公式戦終了後、俺達は会場を後にして、共有スペースに集まっていた。といっても、居るのはヴィアとヴェメと俺だけでおり、肝心の主役はまだ来ていない。他の貴族達も皆足早に席を立ち、さっさと地上へ上がっていってしまった。お陰でタダでの貸切状態だった。絢爛を吊るしたシャンデリアからは、薄いオレンジが明るく漏れ出ていた。1人用のふわふわのソファに座れば、身体が深く沈んだ。あまりの気持ちよさに今すぐにでも眠れてしまいそうだ。
「あー、疲れたぁ。もうこのまま寝てしまいたいですね〜」
「らいらーい。気持ちは分かりますけどぉ、一応ここ貴族の遊び場なんですよぉ?そんなはしたなく座らないでくださぁい」
「なんて言っときながら、姉さんも思いきりだらけてるじゃないか……。他に誰もいないとはいえ、もう少し姿勢正したらどうだい?」
ヴィアはそう言いながら、テーブルに置かれていた琥珀糖を一つ手に取り、そっと口にほおりこんだ。手で口元を軽く抑え咀嚼している姿からは、品位ある女性をありありと感じた。背筋をぴんと伸ばしてるのも相まって、それが更に増して見える。普段味わえないソファにテンションが上がりだらけている俺達とは全然違う。
「ヴィアちゃぁん!もっと休んで良いんですよぉ?ほら、ヴェメ達みたいに、だらーんってぇ」
「さっき貴族の遊び場って言ったのは、どこの誰だったっけ?」
「……ヴェメはそんなこと言ってませんよぉ?あ、ほらぁ!らいらいも気を抜いていいんですよぉ。どうせ誰も居ないんですしぃ」
「ふふ、ありがとうございます。しかし、どこにどんな目と耳があるか分かりませんから。それに、別にそんな肩肘張る程疲れることでもありませんからね。慣れましたし」
「……そっかぁ」
ヴェメは味方を失いしょんぼりと項垂れた。妹がしっかり者であればある程、姉というのは苦労が絶えないのかもしれない。しかしそれは、姉の自立が足りてないだけなのでは、とヴェメを見ていたら少し思ってしまう。
「全くもう。試合が無事に終わったとはいえ、ガラミユがどうなるかが分かったわけじゃないんだぞ。もしかしたら、惨い処罰にだって遭うかもしれない……」
「それはありませんよ」
ヴィアの不安と心配が胸いっぱいに詰まった言葉を、はっきりと制止する。その予想以上に響いた自分の声に、ヴィアは伏せていた顔をはっと上げた。
「なんで、そう言い切れるんだい?」
「忘れましたか?今回の主催はあのヒガン様ですよ?彼女は、ガラミユと私達を沢山助けてくれました。きっと最後まで、ガラミユの為になるようにしてくれますよ。だから、信じてくださいませんか。ヒガンのこと、そしてガラミユのこと」
ヴィアの瞳を精一杯見つめる。ヴィアも俺を見てくれている。何かを写し、覗き込みそうな空色を長い睫毛で封じた瞳は、何を視ているのだろうか。何を視てしまっているのだろうか。
「……相変わらず、何も見えないんだね。君は」
「ふふ。心を簡単に読まれては、たまったものではありませんから」
そうかい、とヴィアが返事を口から漏らしたところで、足音が聞こえてきた。そちらの方に顔を向ければ大きく伸びをしているガラミユと、それを眺めているヒガンが居た。
「お、やっと主役のご登場ですね」
「ごめん、遅くなった。でも、これでもうガラミユは本当に奴隷じゃないよ」
「だー、疲れたぁ……。あれ全部同じ書類だろ」
「全部全然違う書類。君のわがままに応える為に必要なものだって言ったでしょ」
「がらがらぁ、お疲れ様ですぅ。あ、ちなみにぃ、ヴェメ達はぁ、ずっとぉだらーんってぇしてましたよぉ」
「はぁ!?お前ら何もしてない癖に何やってんだよ!?」
「ミユちゃんの到着が遅かったからですよ?お陰で随分と暇を持て余しておりました」
俺がくすくすと笑いながら言った言葉に、ガラミユは随分と腹を立てた様子で、俺の前に置かれていたソファに思いきり腰掛けた。ガラミユの身体が沈んだ瞬間、彼は夢心地を覚えたかのように情けない顔で微睡み始めた。
「ふふ。気に入ったようですね」
「そうみたいだね。自分も、このソファは好きだよ」
いつの間にか隣に座っていたヒガンが、そんなことを言ってくる。
「……今回、何で受けてくれたんですか。貴女にとって、メリットって無いように見えますけど。変な注目も浴びるし、準備だってめんどくさいと言っていたでしょう」
「前に言ったでしょ。……好きな人がアレコレ言われるのは嫌なの」
「……そういえばそうでした。それだけの為に受けるだなんて、貴女は凄いですね」
「大したことないよ。それに、今は引き受けて良かったと思えているし」
ヒガンはそう口にした後、ガラミユ達の方を観た。ガラミユのソファを囲んで楽しそうに談笑しているその姿には、もう翳りなんて一切無いように見える。
「……自分、ガラミユのことなんて全然知らなかったし、どうでもいいと思っていたけど、今は違う。良い友達だと思っているよ」
ヒガンの口から、『友達』というワードが出てきたことにひどく驚く。その関係性を貶す意味で口にすることはありそうだと失礼ながらに思うが、自分が誰かを友と言う姿も、また失礼ながら想像が付かなかった。しかし、彼女が誰かを、ガラミユを友と言ったことが、凄く嬉しい。
「そうですか。良かったですね、お友達が増えて」
「うん。まぁ、こんな公式戦なんて大きいもの開いといて、その主催者が得たものが友達だなんて、笑い話もいいとこだけどね」
「そうでしょうか。私は素敵だと思いますよ。それに、凄く、嬉しい」
「嬉しい?なんで、欺瞞が嬉しいの?」
「ふふ。何ででしょうね。それより、ガラミユが無事に勝って帰ってきたら、パーティを開こうねと話していたところなんですよ」
俺の言葉に、反対側に居たヴェメが真っ先に乗り込んできた。
「そ〜そ〜、そうでしたぁ。お菓子ならキッチンにあると思いますからぁ、すぐに準備出来ますよぉ」
「手伝うよ、姉さん」
「ありがとうございますぅ。すぐに終わるので、がらがら達は待っててくださいねぇ」
そう言い残し、姉妹はキッチンの方へと向かっていった。残されたのは、ガラミユとヒガン、俺の3人だった。気まずい空気がどんよりと流れるかと思ったが、雰囲気は変わらず、ガラミユが口を開いてきた。
「あの、ヒガン。改めて色々ありがとう。お陰で助かった」
「別に。自分は審判として当然のことをしただけ。まぁ、ナーチェが暴力振るったり、レンが割り込んだりしてきた時はどうなることかと思ったけど」
「ヒガンにとっては当たり前のことだったのかもしれないけど、俺にとっては、凄く助かったんだ。本当に。あの時あそこに居たのが、他のTOP4やトレディじゃなくて、ヒガンで良かったって、心から思ってる」
「……あっそ」
顔を背ける彼女の耳は、真っ赤に染まっていた。
「ふふ。あぁ、そういえばミユちゃん。勝利おめでとうございます。ひやひやしましたよ、あの試合」
「いや、だって、俺が勝ったら、ナーチェが……」
「あんな奴のこと、気にしなくていいのに。と思っていましたが、ガラミユにとっては、あれでも大切な人だったんですね」
「大切、とは違う気がする。俺とナーチェは、きっと、どうしようもなかったんだ。どうしようもなかったから、お互いしか見えなかった。お互いしか見えなかったのに、何も見えていなかった。そのせいで、ナーチェのことを助けてやれなかった。……はは、何言ってんだろうな。忘れてくれ」
すっかり暗い顔になってしまった頭を伏せ、ガラミユは黙り込む。彼とあの女の歩んできた茨の道を俺は何も見ていないから何も知らない。それでも、一つだけ分かっていることがあった。
「けれど、彼女はきっと、貴方の解放と幸せを、願っていたのではないでしょうか」
「は?ナーチェが、俺の、解放と幸せを……?」
「えぇ。そうで無かったら、貴方に依存していたナーチェが、奴隷脱却なんて提案しないと思いますけれどね。……貴方が何より大切だから、貴方を自分から離したかった」
「……アイツは、そんな綺麗なこと考えれるような奴じゃねぇよ」
「えぇ。確かに、真に願っていたのは、自分の権利回復だったかもしれない。でも、その裏の無意識の奥底で考えたのは、貴方のことだったのではないかと、私は思っています。いや、そうであって欲しいと信じています」
俺の言葉を受けて、彼は俺の顔を見つめたまま黙りこくってしまった。やがて、その咀嚼が終わり、喉元を通ったのだろう。彼の心に消えてしまった言葉は、彼の瞼から形を変えて流れ落ちてきた。その異様な光景に、俺も、ヒガンも、何も言えなかった。それだけ、彼の零す涙が、あまりに似合わなくて、あまりに綺麗だったのだ。
「あ、あぁ……。そうか、アイツは、いつも、俺を見てた。俺を覚えてた。何十もいる使用人の中、いつも、俺だけを見つけるのは、得意だった。だから、俺も、どんだけ殴られたって、アイツのことを嫌いだと思ったって、本気で離れたいなんて思わなかった。だって、だって……アイツは、ナーチェだけが、俺を見つけてくれると、必要だと思ってくれると思っていたから。だけど、今は、もう違うな。俺には、傍に居たい人が出来たから」
不器用な笑みを浮かべ、ガラミユは流れていた涙を手で強く拭った。雨が上がったその顔は、今まで見た中で一番、晴れやかな顔つきだった。それと同時に、ヴィアとヴェメがなにやら装飾が派手に凝った箱を何箱も持って戻ってきた。
「戻りましたぁ。って、あれぇ?がらがらぁ、何かありましたぁ?」
「いんや、なんでも!それより、お菓子何があんだよ」
「色々持ってきたよ。好きに食べるといい。紅茶もすぐに持ってこよう」
そうして、楽しい楽しいパーティーが幕を開けた。色んなことを背負ってきた皆が、やっと今日、その荷を降ろせたのだ。楽しそうな淑女達のその顔を見て、やっと、何か成功させることが出来たと、そう思った。笑って、騒いで、食べて、飲んで、今日だけは熟女らしい品性は忘れて、皆が普通の少年少女に染まってほしいと、密かに思っていた。その願いだって、叶えられた。この楽しそうな輪の中に、俺もいる。それが、嬉しかった。
「ふぅ、お腹いっぱいですぅ」
「こんなにお菓子食べたの初めてかも……」
「俺は胃もたれしそうな気分だったぜ……」
皆が腹を抑え満足気に苦しんでいる中、一つの足音が聞こえてきた。その音に真っ先に警戒を示したのはヒガンだ。次いでヴィア。そして俺。ヴェメとガラミユは、自分の身を守るように姿勢を低くして、頭を抑えていた。
「おやおやぁ?そんなに警戒しないで欲しいのですー!」
「……ペト?」
足音の正体は、FemalePalaceのNo.3、ペールトだった。
「はい、ペトなのです!皆さん、こんな時間にまだ残ってるだなんて、全く悪い子達なのですねぇ」
「なんだい?トレディやシュレントにでも言うつもりかい?」
「まさか!そんなことしてもなんのペトの為にもならないのです!だけど、呼ばれてもない、会員はもう帰れと言われているというのに、まだ残っているのは、悪いことなのです。ヒガンちゃん達が悪いことをしているというのは、変わらないのです。あ、ヒガンちゃんはトップ4だから悪くはないのでした!失礼しましたのです〜」
「ペト、そんなくだらないことを言う為に来たわけじゃないでしょ。要件は何」
「もう!ヒガンちゃんは釣れないのです!でも、その通り、ペトは用があって来たのです!」
そう言ってペールトは、細く女性らしい華奢な人差し指で、俺を指さした。
「欺瞞を、ペトに貸してほしいのです」
「……断わると言ったら?」
「このことを、No.1のシュレント・ザファビエルに報告させていただくのです。トレディなんかより、あの子の方が、よっぽと君達にとっては厄介な脅威に見えるのです」
「そんなことで渡すとでも?欺瞞はあんたなんかには渡せない」
「それは君が決めることじゃないのです。彼が決めることなのです」
「なっ……!?」
ペールトは、今なんと言ったのだろう。
『彼が決めること』『彼』
彼女は、俺を男だと見抜いているのだろうか。
「欺瞞、いや、ライ・シークレティアス。私は、貴方の欲しい『真実』をきっと持っている」
「……はぁ?」
「だから、私の手を取って」
「ふざけるな!!!」
ヒガンが能力を発動し、ペールトに向ける。しかし、ペールトの体は切り裂かれることは無かった。それ以前に、ヒガンが能力を発動することが無かった。彼女は、太い木の幹によって拘束されていた。
「ぐっ……!」
「外野は黙ってて欲しいのです。他の皆も同じ。縛り付けておくのです」
ペールトが言うより前にトレビアを発動し、ヴィア、ヴェメ、ガラミユを一瞬で縛ってしまった。
「さて、これで邪魔者は居なくなったのです」
「……ペールト、貴女の望みは、一体、なんなのですか」
「……ペトの、私の望みはただ一つ、子供達に、幸せに生きてて欲しい。こんな、穢れた場所なんて知らず、穢れた母なんて知らずに。その為には、あの子を解放したい。その為に、貴方の力が欲しいんです。お願いします。どうか、私の手を取って……!!」
幼い少女から、母のような慈愛の愛情を向けられる。そのわけがわからない歪な光景に、目眩がしてくる。
「……分かりました」
「ライ!!!!ダメ!!!」
ヒガンが木の幹に拘束されながらも、そう声を上げてくれる。しかし、その声に耳を貸すことは出来ない。俺にとってなにより大事なのは、嘘の中に隠れた真実だ。その真実を探すためなら、どんな罠にだって飛び込もう。
「……ありがとう。そういうことなのです!他の皆様は、すぐに帰って欲しいのです〜!あ、ヒガンちゃんもなのですよ。はーい行った行った〜」
ペールトは器用にトレビアを操縦し、彼らを拘束させた木の幹を、入口まで運んでいく。俺は一人、広い共有スペースに取り残されることとなった。
真実を知れば、俺は、普通の幸せを得ることが出来るのだろうか。普通の家族と同じ、普通の幸せ。その為に、俺は……
嘘をつき、秘密を隠し、全てを欺く
それが、ライ・シークレティアス、東偽東の、生きる方法だ
これにて1度「FemalePalace」完結となります。中途半端な終わりとなってしまい申し訳ありません。詳しくは活動報告にて記します




