winner's reward sideGALAMIYU
「ナーチェ・カナグラフ」
トレディに名前を呼ばれた瞬間、身の毛がよだつ寒気に襲われた。覆い被さるような体勢になってしまっているナーチェの腕から抜け出し、彼女を再び車椅子に座らせる。
「ガラミユ、ありがとな」
「……別に。それより、トレディ様がなんの御用で?」
後ろを振り返り、神と崇められている彼女をきつく睨む。それが気に食わなかったのか、TOP4であるシュレントが俺を掴みにかかってきた。そう気付いた時には、彼女の顔は既に目と鼻の先だった。
──殴られる
体が自然とそう判断し、身構えた。
なのに、いくら待っても拳は俺に降ってくることは無かった。安堵すると同時に、恐る恐る目を開ける。眼前には、誰かが俺の前に立っているのが分かった。はっきりと目を開けば、俺に影を作っていたのは、美しい白髪だった。ヒガンだ。彼女は、シュレントの拳を受け止めていたのだ。
「邪魔すんじゃねぇよ、ヒガン」
「邪魔してんのはそっちでしょ。決闘は終わったわけじゃないんだけど」
「どうせそいつら2人とも、用済みで消されるだけだ。順番がただ早く回ってきただけに過ぎない。……お前はいつから、そんな他人の肩を持つようになってしまったんだ。前までは誰の味方もせず、常に全てを見下していたというのに」
「そんな前から自分のこと知ってました、みたいな口利くのやめてくれる?自分はずっと前からこうなんだけど?」
「誤魔化しても無駄だ、ヒガン。周りはお前が思っている以上に、お前のことを見ている。俺様もな」
「はっ。冗談は暴力だけにしとけよババア。FemalePalaceのNo.1は随分とお暇なんだね」
「クソガキが……!!」
シュレントの手に力が込められる。ヒガンから漏れ出た苦しげな声が聞こえる。あんな華奢な腕、すぐにでも折れてしまうだろう。けれど俺には何も出来ない。きゅ、と目を瞑った時、場を制す凛とした声が響き渡った。
「シュレント、お辞めなさい」
その声はトレディだった。目を開ければ、そこにはシュレントの肩に手を置いているトレディと、その傍に付いている他2人のTOP4が居た。2人はシュレントを拘束している訳では無いのに、不思議と逃げ出すことを許さない気迫が感じられた。
「ですが!コイツはトレディ様のことを睨みつけたのですよ!奴隷の分際で!!」
「その者はもう奴隷ではありませんよ。ですから、我々が嗜虐心にて弄ぶことは敵いません」
「そんなんじゃありません!私は、トレディ様に害する者を排除したいと考えているだけです!」
「お気持ちは有難いのですが、今はその思想は必要ありません。今の貴方は、ただの謀反者です」
トレディの言葉に、シュレントはがくりと項垂れ、膝を地に付ける。トレディはそんなのお構い無しに、セランカに何かを耳打ちした。その光景を眺めていたら、トレディと目が合った。彼女は笑みを浮かべ、俺とナーチェの方へと歩み寄ってきた。何をされるか分からないという不安を抱えていたら、知らずのうちにナーチェの前に立ち、彼女を庇っていた。
「ふふ、そう警戒しないでください。私は何もしませんから。あ、まずは奴隷脱却おめでとうございます。これで、貴方は晴れて自由の身ですね」
「本当に?俺はこれからどうなるの?」
「貴方の気の向くままに。貴方はもう、富裕層に縛られる必要は無いのですから。貧民街でも豚小屋でも、お好きにどこへでも行ってください」
なんだか、俺を追い出したいかのように聞こえる。何が不機嫌なのだろうか。
「お好きに、ねぇ……」
「はい。あぁ、ですが、奴隷脱却したことや、FemalePalaceに関わっていたことは、誰にも伝えてはいけません。我々にも、面子、というものがありますからね。そのくらいは守ってくださいね、前例破りの元奴隷さん」
俺一人に崩される面子なんて、FemalePalaceも案外大した事ない、なんてことを口走ろうとしたが、喉元を通ったところを飲み込んでお帰り頂いた。今の俺に、彼女らとどうこう渡り合える実力なんて無い。ズバズバものを言うヒガンに影響を受けたのだろうか。
「……分かった。色々言いたい事はあるけど、アンタらとイザコザ起こしたくは無いし、言わないでおく。それとあと一つ。……ナーチェはどうなる?」
俺の言葉に、トレディは不気味な笑みを浮かべた。それだけで、背中に嫌な汗が伝い、心臓が悪い予感に早立つ。
「それは言えませんね。しかし、決闘で負けた者は、永久FemalePalaceの所有物と決まっております。それだけはお伝え致しましょう」
「所有物って……。お前!人間をなんだと思ってんだよ!!」
「何って……ちょっと賢い、命が普通にある哺乳類、でしょうか。人間は動物をペットとして購入し、所有物にすることがあります。それと何が違うのですか?人間が自身より下等な動物を飼うことが許されるなら、神である私が、私より下等な人間を飼うことだって、何も不思議なことじゃありません。何を、そんなに怒っているのですか?」
信じられなかった。そんな話では無い。彼女はきっと、人間を己の欲の為だけに使うのだろう。富裕層とは、貴族とは、FemalePalaceとは、そういうものだ。だから俺は、ナーチェを神と名乗り続けるこの女に差し出すことを許せない。
「さぁ、その方を此方に差し出してください」
「……断る」
目を伏せて気を失ったふりをしているナーチェを抱き寄せる。そして、精一杯の反抗の目付きで、彼女を睨む。
「何故ですか?その方を貴方の傍に置いても、貴方が管理出来るものではありません。男である貴方より、神である私の方が、その方を上手に使うことが出来ます。さぁ、渡してください」
「……嫌だ」
「わがままは良くないのですよ〜。それに、ガラミユくんに拒否権なんて、無いのですからねっ!」
ペールトが手を上げた瞬間、何処からか現れた太い木の幹が、ナーチェの腕に絡みついた。抗おうとしても、俺の抵抗なんかじゃどうにもならなくて、弾き飛ばされてしまった。尻餅をついていた間に、ナーチェの姿は車椅子には無く、ペールトの腕の中に収まっていた。
「わーい!決闘で負けた貴族の子は初めてなのです〜!どうしてあげようかなぁ」
「ペールト、その者は貴方のではありませんよ」
「え〜。捕まえたのペトなのですから、ペトにくれないのですか〜?」
「そうですね……。どうしても欲しいというのなら、差し上げます」
「どうしても欲しいのです!!」
「では良いでしょう」
「やったのです〜!!」
お菓子の取り合いに思える彼女たちの会話の中にあるものは、カラフルで可愛らしいお菓子ではなく、足を失った人間だ。その異様な光景に、視界がくらくらしてくる。
「では、我々はこれで。シュレント、行きますよ」
「はい!」
「ヒガンは、お片付けをよろしくお願いしますね」
「……はい」
そう言って4人は、踵を返し、会場を後にした。
残された俺に、勝った意味なんてあったのだろうか




